グラーシュを食べ終えた秋人は、廃教会の外の壁にもたれ掛かり腕を組みながら物思いに耽っていた。
(この試合、負ければ学園を失うだけでなくみほさんは家から勘当・・・・・やれやれ)
「秋人さん、ここに居たんですね」
と考え込んでいるとみほが歩み寄って来た。
「ありがとう、おかげで皆少し元気が出たよ」
「礼には及ばないさ」
みほは秋人に頭を下げてお礼を言う。
「秋人さん、それは?」
「あぁ、これか」
とみほが秋人の足下にある黒いケースを指差す。秋人は、ケースを開けて中身を見せる。
「これは・・・・・ヴァイオリン?」
中に入っていたのは高級感あるヴァイオリンだった。
「あぁ、戦車の中に置きぱっなしだったのを忘れててな」
「秋人さん、ヴァイオリン弾けるんですか?」
「まぁ、ドイツにいた頃近所に住んでいた音大生に教わっていたから大体は弾ける。(だが、今はそんな事よりどうやってみんなの緊張を解くかだな・・・・)」
秋人は、グラーシュでみんなを元気にする事は出来たがまだ緊張が解けた訳ではない、どうやってみんなの緊張を解くかを考えていると、
「あの、秋人さん」
「ん?」
「秋人さん、何でも一人で背負わないでもっと私達に頼って下さい!」
完全な不意打ちだった。その言葉を聞いて、秋人はふいに涙をこぼしてしまう。完全な無意識での涙が一滴、こぼれ落ちた。あの戦争で感情がただ死んで行き、泣く事も無くなった秋人が初めてこぼした涙だった。
「あ、あれ?何でだろう、目から雫が・・・・」
「秋人さん、こっちに来て」
みほの抱擁が秋人を包み込む。秋人の頭を自身の胸に押し当てながら、秋人の頭を撫でる。
「つらいときは、みんなに任せてください。みんな、みんな、居るんです。一人で抱え込まないで」
「・・・・・・」
抱きしめられながら、秋人は無言で頷いた。誰にも見られていない秋人とみほのそんな優しい時間は長くは続かなかったが、ふたりだけの秘密である。それから、涙を拭きみほから離れると
「それで秋人さん、ちょっといいですか?」
「何だ?みほさん」
「お願いがあるんだけど、ちょっと来てくれない?(皆の緊張を解くなら、アレしか無い!)」
「あぁ、わかった」
そう言って二人は教会の中の隅っこに移る。
「それで、どうしたんだ?」
「うん、それがね・・・・・」
そうしてみほは、秋人の耳に顔を近づけ、自分が考えた案を伝える。みほの案を聞いた秋人は、
「本当にやるのか?アレを!?」
「うん、せめてみんなの緊張が少しでも解けたら、踊っても意味はあるかなって・・・・・・」
一か八かの大博打、これでみんなの緊張が解けるか。ケースからヴァイオリンを取り出して、木箱の上に乗りとある吹奏楽で使われる曲を演奏してみた。
「「「「「「ッ!?」」」」」」
突然の音に、大洗メンバー全員が驚いて振り向く。その視線の先には、ヴァイオリンと弓を持った秋人と、その斜め前に立つみほの姿があった。
「に、西住に日向・・・・・・一体、何を・・・・」
いきなりの事に戸惑いを隠せない河嶋が、おずおずと尋ねる。秋人は、振り返り軽く微笑み、みほに振り向く。
「ちょっとした余興だ・・・・いくぞ、みほさん」
「うん、お願い秋人さん」
そして、秋人は最初に軽く右足で足踏みしてリズムをとる。そして、秋人がヴァイオリンを弾き始めると演奏と共にみほが踊りだす。
『あんこう踊り』を
「みぽりん!?」
「にっ西住殿っ!?どうしたんですか?」
引っ込み思案で、聖グロリアーナであんこう踊りの内容を知った時真っ赤にして恥ずかしがっていた時とは違い、今みほは自ら率先して、しかも一人で踊っていると言うのに、武部と秋山は驚愕で目を見開いている。
「みんなも歌って下さい!私が踊りますから」
「逆効果だぞ!おい!?」
と河嶋がツッコミを入れるが、みほは真剣だった。
「あの、恥ずかしがりのみほさんが・・・・」
「みんなを盛り上げようと・・・・」
「微妙に間違っているってるけどな」
この瞬間、みんなの為に動くみほを前にみんな先までのやる気の無さを戒める。
「わっ私も踊りますっ!」
「わたしも!」
「わたくしもやります!」
「仕方ないな・・・」
秋山に釣られて武部、五十鈴、冷泉とあんこうチームが加わり、いつの間にか
「ウム!」
「是非も無しっ!」
カバさんチーム、
「規則違反ね・・・・」
「まったく戦車道の全国大会で・・・・」
カモさんチーム、
「訳分からないよー」
「あんこうラリー!」
「つないでいきましょうっ!!」
「我々もっ!」
アヒルさんチーム、
「ここは踊るしかっ!」
「アイーッ!!」
ウサギさんチーム、生徒会と大洗チーム全員があんこう踊りを踊っていた。ミーナ達は、踊りはしなかったがリズムに合わせて手拍子をしていた。
観客席
「・・・・・」
「お嬢・・・・」
その頃の観客席エリアでは彼女等の踊りがモニターで流れており、百合は頭を抱え、新三郎は驚きのあまり声が出なくなっていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しほやまほは、黙って見ていたがしほは少し顔を引き攣っている。
「秋人お兄ちゃん・・・・・ヴァイオリン弾けるんだ」
「あらあら・・・・」
他にも、愛里寿や千代が唖然としつつも、どこか楽しそうな表情で見ていたり
「・・・・・・」
「あらあら・・・・・これは正にハラショーですわ・・・・」
小高い丘陵の上では、唖然としているオレンジペコの隣で、ダージリンがそう言う。
その頃、場所は戻って廃教会では大洗メンバーが全員であんこう踊りを踊り、半ばお祭り騒ぎになっていた。その時の彼女たちは、先程まで意気消沈していたその姿はもうなく、とても楽しそうに踊っていた。
「あ・・・・・・あの!」
「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」
そこへ、突然大きな声が割り込んで来る。
水を注された一行が踊りを中断して声を主の方へと向くと、3時間前にカチューシャからの伝令として、降伏を勧告しに来たプラウダの生徒の一人が入り口に立っていた。
「誰?」
「ああ、日向達は知らないだろうな・・・・・・まぁ、彼女は見ての通り、プラウダチームの一人だ。恐らく、勧告の返事を聞きに来たんだろう」
「カチューシャの・・・・」
プラウダの生徒が訪ねて来た事に疑問に思った秋人が首を傾げたので、河嶋が説明に納得の表情を浮かべるとプラウダの生徒は、
「もう直ぐタイムリミットです。降伏は?」
「しません。最後まで戦います」
そう聞かれると、みほは間を空けることなく言い返した。
「それと、カチューシャさんに伝えてください」
「何でしょう」
「・・・・秋人さんは渡しません、と」
試合前のおどおどした雰囲気とはうって変わって大声で言ったみほに、プラウダの生徒は目を見開くが、直ぐに表情を戻した。
「・・・・・・・分かりました。では、そのように伝えておきます」
そう言って、プラウダの生徒がプラウダ陣営に戻ろうとした時だった。
「あぁ、ちょっと君いいかな?」
「な、何ですか?」
「カチューシャに伝言頼めるかな?」
「は、はぁ・・・・・・まぁ、お伝えしましょう」
「ここから先は、俺達の独壇場だ。自分自身の作戦に過信するあまりホワイトタイガーに喉元を噛みつかれない様にせいぜい気を付けろよっと」
「分かりました」
そう伝えるとプラウダの生徒はプラウダの陣営へと戻って行った。
プラウダ陣営
「・・・・で、土下座?」
そろそろ降伏勧告から三時間、睡眠を取っていたカチューシャはノンナに起こされまだ少し寝ぼけている。
「いえ、降伏はしないそうです」
「ふーん、そう・・・待った甲斐がないわね」
だが、ノンナからのその報告に面白くなさそうに目をこするとすぐに気持ちを切り替えた。
「それじゃ、さっさと片付けてお家に帰るわよ」
「では・・・」
「ちゃんとあいつらに伝えたはずよ、降伏しなければ今度は容赦しないって」
プラウダ側からすれば勝てた状況で敢えて見逃してあげたのだ、これ以上は、あのフラッグ車と秋人のティーガー以外を全滅させる宣言を守るため必要はない。
「さっさとフラグ車やっつけて終わりにしてやるんだから」
ならばここからは本気だ、大洗のフラッグ車を狙い撃ちにしてやる。
「向こうは我々を偵察していた様ですが編成に変更は?」
「必要ないわ、敢えて包囲網の中に緩い所作ってあげたんだから、奴等はきっとそこをついてくる」
この三時間の間に大洗がこちらを偵察に来る事くらいはカチューシャも予想していた。その為の罠は用意してある。
「ついたら挟んでおしまいね」
「上手くいけばいいんですが」
「カチューシャの立てた作戦が失敗する訳ないじゃない!それに第2の策でフラッグ車狙いに来ても隠れているかーべーたんがちゃんと始末してくれる」
フラッグ車の護衛にはKV-2を設置した。先程たった一発の砲撃で大洗を窮地へと追いやった重戦車だ。
「用意周到な偉大なカチューシャ戦術を前にして、敵の泣きべそをかく姿が目に浮かぶわ」
意地悪く微笑むカチューシャだがふと気になったのかノンナに尋ねた。
「そう言えばアキーシャの事はどうなの?」
「大洗の隊長から渡さない、との事です」
「そう、なら勝ってからアキーシャの事を貰うわよ!ノンナ、クラーラ!」
「えぇ」
「・・・・・・・」
クラーラが何も言わなかった為、カチューシャとノンナが疑問に思っていると
「イエ、ナンデモナイデス」
「そう、なら行くわよ?」
そう立ち上がるカチューシャすると、ノンナが思い出したのか
「ああ、それとですが、日向さんから伝言があるとの事です」
「アキーシャから、なんて?」
「はい『ここから先は、俺達の独壇場だ。自分自身の作戦に過信するあまり、ホワイトタイガーに喉元を噛みつかれない様にせいぜい気を付けろよ』との事です」
「へー、一丁前に生意気な事言うじゃないアキーシャ、こっちに来たら二度と生意気言えない様躾けてやろうじゃない。それじゃ、お望み通り一切容赦しないから、行くわよ!」
そして、カチューシャの号令でプラウダ戦車は動き始める。
みほが、考案した『ところてん作戦』の概要はこうだ。
先ず、偵察に出た2チームからの情報を纏った結果、プラウダの包囲網には、一ヶ所だけ、防御が緩くなっている場所が存在しているが分かったのだ。
だが、それは戦力不足の理由ではなく、『大洗チームを嵌める為の罠』なのだ。
それからの展開を予想すると、その防御が緩くなっている場所から脱出しようとした場合、別の場所で待機していた予備戦力が駆けつけて攻撃を仕掛けてくる。そうすれば、足止めを喰らっている内に本隊が到着し、再び包囲されると言う結末を辿る。
早めに決着を付けようと、フラッグ車を叩きに向かっても、恐らく同じ結果ぎ待っている事だろう。
その為、防御が緩くなっているその場所には行かず、敢えて、包囲網の中では最も戦力が集まっている、敵の本隊・・・・・・つまり、カチューシャやノンナが居る本陣へと突撃し、それに戸惑っている間に強行突破するのである。
その後、大洗側の戦車数輌で敵の気を引いている間に主力が反転して廃村地帯へと舞い戻り、プラウダのフラッグ車を撃破すると言う作戦である。
だが、秋人達の戦車はこの場には無い為、彼等は基本的に独立行動するになったのだ。
「・・・・・・・以上が『ところてん作戦』の内容です。では、戦車に乗り込んで下さい!」
『『『『『『『『『はいっ!』』』』』』』』』
みほの一声で、メンバーが続々と戦車に乗り込んでいく。そして丘の上に戦車を止めていた秋人達は後片付けを終えて自分達の戦車の元へと走って向かって行く。
「さて、俺も戻るとするか」
そう呟きながら、秋人は廃教会を後にしようとしたのだが
「日向君」
と、そこで角谷会長に呼び止められる。
「ん?何ですか?」
「ありがとね。こんな私達を信じてくれて・・・・・・・・・それから、ゴメンね。利用する様な事しちゃって」
いつもの様な、掴み所の分からない大物感が引っ込み、若干しおらしさを感じさせる様な声色で言って、頭を下げる。それを見た秋人は、
「構わないですよ。むしろ、感謝しているんですよ」
「え?」
「あなた達と出会えたおかげで、俺は生き返ったんだ。あの戦争でゆっくりと死んで行くだけだった俺の心は生き返ったんだ、戦車道に入って新しい人生が開そうな気がして来たんです」
「日向君・・・・」
「それに、ここに来てこの試合で優勝したい理由が出来たんだ」
「・・・・それって、何?」
角谷が聞くと、秋人は微笑みながら、
「会長達を表彰台に立たせ、みほさんに優勝旗を持たせる。観客席からの歓声を浴びて喜ぶ、俺はあの時も言った様に"大洗を頂点に押し上げる"って約束したからな。俺は一度交わした約束は絶対に守るのが俺の主義だ・・・・・やらなきゃ絶対後悔する。だって、俺このチーム好きだから」
「ッ!?」
「それじゃ、俺はもう行きますので」
そう言って、秋人は廃教会から出て行った。角谷は、秋人が見えなくなるまで眺めていたが、やがて調子を取り戻し最後の準備に取り掛かる。
みほ達が『ところてん作戦』を開始しようとしていた。全車輌のエンジン音が響く中、
「・・・本当に良いんですか?」
「あぁ」
「任せて」
「でも・・・」
「さあ、行くよ!」
「はい」
「西住ちゃん」
「え?」
Ⅳ号に乗るみほに角谷が話しかけた。
「私らをここまで、連れて来てくれてありがとね」
と、今まで見せた事もない優しい笑みでそう言う角谷、
「皆さん・・・・それでは、これから敵包囲網を一気に突破する『ところてん作戦』を開始します!パンツァーフォー!!」
と号令と共に大洗チームは出撃する。