カレと出会い、そして語り合う
不破諌はこの国が心底嫌いだった。
二年前のツヴァイウィングのライブで部隊の一員として彼らは多くの人間を救う功績を残した。しかし、世間では彼らの無能さが人々を殺したと報道され、疎外されていた。
その発端となったのがどこから流れたのか定かではないが、
彼らには救う意思が無かった。
目の前の恐怖に恐れ逃げた。
などと心無き言葉で溢れかえっていた。
それでも、そんなことは無いと訴え続ける者たちもいた。それこそが彼らがあの場で救った数少ない人々。
彼らは何度も何度も世間に自分たちを助けてくれたのは彼らだとそう言い続けた。すると今度は、そんな彼らに白羽の矢が立った。
あいつらは他人を利用して生き残った人殺しだ。
声を揃えて民衆はそう言い放った。これに滑車をかけたのは、国による被害者の優遇への不満。家族を失った遺族の恨み、それらが主だった。
被害者には何の罪もない。彼らは奇跡的に生き残った。それだけなのに、それを良しとしない民衆。それこそが罪に問われるべきだろう。
あの日起こった惨劇を目の前で見てもいない者たちが知ったように語る。それが何よりも許せなかった。
「あんな奴らをこれから救わなきゃ行けねぇなんて⋯⋯胸糞悪いぜ。お前もそう思わないか? 奏」
不破は一つの墓標の前にいた。あの日、死んでいった数ある死者の一人——天羽奏の墓だ。そこには名前など掘っていなく、奏の墓だと決定づける目印はない。
「あれから仕事失うわ、住むとこ無くなるわで大変だったんだぞ」
どこからか漏れた情報により、不破は住んでいた場所を特定され毎日のように嫌がらせを受けた。それが一軒家ならば多少は我慢はできたが、アパート暮らしともなるとご近所へまで迷惑が掛かる。それを嫌った不破はすぐさま家を出て、路頭に迷うこととなった。
「だからこそあいつには感謝してんだ。垓の奴にはさ」
天津垓。素性は定かではないが、ある条件付きで不破に住居を提供し、給料として金銭面でも世話を焼いてくれている。研究者だということしか不破は知らない。後は永遠の二十四歳らしい。
「変な研究とか得体の知れないもの作ったりしてるが、贅沢言ってられるほど俺も余裕ねぇからな」
垓とは何度も会う間柄だが、未だに不破は彼を信用していない。
「こうも信用できないってことは、もしかしたら前世かどっかで犬猿の仲だったのかもしれねぇな」
心の奥底で何かを企んでいそうな垓とは常に仕事上の仲として接している。ある一定の線を引いてるため、垓も不破に対して無理難題を与えることも無い。ビジネスパートナーというやつだ。
「——まぁ、ともかく俺の方は上手くやってる。翼も歌手として大活躍してるらしいしな」
奏無き後、ツヴァイウィングは解散し翼はソロ歌手として活動を続けていた。その一方でシンフォギア装者として影ながらノイズから人々を守っていた。もちろんその事実は国家機密として一部の人間しか知らない。
「俺の立場上あいつを見守ってやれねぇから、代わりにお前が見守ってやってくれよ」
不破は静かに両手を合わせ願った。生者が死者に何かを頼むのは些か変ではあるが、奏ならどうなろうと気合で何とかするんじゃないかと不破は心のどこかで思っていた。
「——さて、俺はそろそろ仕事に戻る。これからしばらくは来ることが難しくなるかもしれねぇから」
しばらくの別れだと最後に言い残し、不破はその場を去る。
「それじゃあな——奏」
去り際に一陣の風が不破の背中を押した。
メッセージとも取れるその現象に、不破はしばらく忘れていた笑みを少しばかり浮かべたのだった。
◇
墓地を後にした不破は、夕暮れ時の公園の木によじ登っていた。
「おじさん! もうちょっとだよ!」
「がんばれー!」
「誰がおじさんだ!」
不破が手を伸ばすその先、そこには木の枝に引っかかった風船があった。
仕事場へ向かうところで子供たちの泣き声がこだましていた。声をたどってみると、その正体は木の枝を見つめながらも泣きじゃくる二人組の女の子だった。
見てしまった以上、放っておくわけにもいかなくなった不破は、興味で釣られた自分を恨みながらも風船を取るために木によじ登ったのだ。
「⋯⋯くっっそ、あと少しが届かねぇ⋯⋯」
もうすぐそこまで来ているのにも関わらず、風船と自身の指先との距離は縮まない。もどかしさと自分の置かれている状況に羞恥を隠せない不破。小さな女の子たちに応援されながら木によじ登るその姿は傍から見れば笑いものだ。
「「がんばれー!」」
女の子たちの純粋な応援と偶に通りかかるサラリーマンの冷ややかな目に当てられ、不破は次第に考える事を放棄し、がむしゃらに手を伸ばし続けた。
「うぉぉおぉおお!」
微かに風船に繋げられた糸に触れた。だが一歩及ばず。
それでも、と手を伸ばし続ける。
あと少し⋯⋯もう少し⋯⋯。
「——木から降りられないおじさんってどこですか!!」
その瞬間、不破はしっかりと風船を取ったと同時に、地面へと落下した。
大きな声を上げた主はその様を見てしまい青ざめていた。
「——ごめんなさいっ! 私が声上げちゃったせいで⋯⋯」
「いってぇ⋯⋯」
咄嗟に受け身を取り、痛みを最小限に抑えた不破。
その傍に女の子が駆け寄る。
「あ、あの⋯⋯立てますか?」
「ほら、」
「えっ? これは⋯⋯」
「ちゃんと取ってやったぞ。もう手離すなよ」
不破は相手を見ずに近寄ってきた女の子に風船を差し出す。
だが、それは人違いであって、差し出された女の子はどうするべきか困っていた。
そして当の本人たちは、不破が落ちてしまった事に怯えて立ち竦んでいた。
あまりにも受け取ろうとしない女の子に痺れを切らした不破は、おもむろに立ちあがった。
「だぁぁ! さっさと受け取りやがれ誰のために取ってやった⋯⋯と⋯⋯」
そこで不破は気づいた。
「あ⋯⋯のぉー多分あの子たちじゃ⋯⋯?」
不破の勘違いを指摘するように、少し離れた所に立っている女の子二人に指をさした。
「⋯⋯お、おう」
自分が覚えている中で女の子が三人いた覚えはなかった。素性の知れない女の子に言われ、不破は間違いだったと気づくとすぐさま二人の元に近寄っていった。
「——ほら、風船取ってきてやったぞ」
「「⋯⋯。」」
返事が無い。一点をぼんやりと見つめ反応が無い二人にどうしたものかと困る不破。
だが、意外にも手を加えたのはもう一人の女の子だった。
「ほらほら! お兄さんならへいきへっちゃらだよっ!」
「「⋯⋯あっ」」
不破がかけた声よりも明るく元気な声に二人はやっと意識を戻した。
女の子は不破から風船を受け取ると、二人の前に差し出した。
「はい、お兄さんが取ってきてくれた風船」
「ありがとー」
「ありがとうございました!」
「よしよし、よくできました。お兄さんにもちゃんとお礼言うんだよ」
すると、二人は向き直ると不破に向けて同じくお礼をした。
面と向かってお礼を言われ慣れていない不破は若干、こっ恥ずかしくなると二人を冷たくあしらった。
「またねー」
「おじさんとおねえちゃんバイバイー」
「ばいばい~! 今度は手を放しちゃだめだからねー!」
「助かった」
聞こえるか聞こえないかの声量で呟いた不破。
しかし、その声は確かに女の子の耳に届いていた。
「お、お礼なんていいですよ! 第一、お礼を言われるようなことをした覚えがありません」
「バッチリ聞いてやがったか……」
「何かまずいことでもありました?」
「いいや、忘れてくれ」
願わくばお礼を言ったことも……と念じる不破。彼の性格上、素直に謝ることや、お礼をするという事とは無縁のものだった。
しかし、何故かこの女の子に対しては、無意識にも言わなければと口が働いた。
「てか、お前いつからここにいた?」
「お兄さんがあともうちょっとーって所からです!」
「あっ! あのでっけぇ声出してたのお前か!」
風船を取る直前、不破の耳には微かに女の子の声が聞こえていた。そしてその声に驚き、勢い余って残り数センチだった風船との距離を縮められたことを思い出した。
改めて振り返ってもやはり、女の子は礼を受け取るに値すると不破は認識する。
「そ、そんなに声大きかったですかね……」
不破の物言いに少しばかり納得の行かない女の子。
そこでふと、不破は思い出した。
「そう言えばお前、来る時に俺が降りられなくなってるとかなんとか言ってなかったか?」
「ああー! そうですよ! お兄さん達を見てたっぽい男の子が"おじさんが木に登って降りられなくなってるから助けて"って教えてくれたんですよ」
それで駆けつけたと女の子は語る。が、何一つとして事実とは異なるもので不破は眉間にしわが寄るのを隠せないでいた。
「誰がおじさんだ。俺はまだ二十代だぞ……あと木登りなんて余裕なんだよ……」
「あのー? だ、大丈夫ですか……?」
様子のおかしくなった不破に声をかけると、ハッと我に返り何でもないとぶっきらぼうな反応を返す。
「——っ」
しかし、また新たな痛みが不破を襲った。足からヒリヒリと焼ける痛みが流れている。
突如、顔をしかめた不破を女の子は気に掛けた。
「ほんとに大丈夫ですか!?」
「⋯⋯あぁ、足を擦りむいただけだ。こんなのなんてことねぇよ」
「だ、ダメですよ! 傷に菌が入ったら大変です!」
すると女の子は、絆創膏を取り出し貼ってあげると不破をベンチに誘導する。
何度も抵抗する不破だったが、頑なに諦めない女の子に押されて仕方なく従うことにした。
「自分で貼れるんだが⋯⋯」
「私にやらせてください!」
「償いのためにやってんならやめろよ。落ちたのはお前のせいじゃない」
「⋯⋯私、人助けが趣味なんですよ。だから償いとか、そういうのじゃないですよ」
きっぱりと言い切る女の子。
「人助けが趣味ね⋯⋯変わってるな」
「あはは⋯⋯親友にも言われるんですよ。それ」
すると、貼り終わったと女の子は、不破の足から離れる。
ピンクのウサギがプリントされた可愛らしいデザインの絆創膏が不破の両足に貼られていた。
「⋯⋯笑うなよ」
「——わ、笑いませんよ⋯⋯ぷっ」
あまりにも不破とうさぎの絆創膏がミスマッチなため、女の子は笑いを抑えるので必死だった。
「に⋯⋯似合ってますよ」
「うるせぇ」
見るからに年下の子にからかわれたのが恥ずかしくなり、不破はそっぽを向いた。
そんな姿が可愛いと感じた女の子はそっと不破の横に腰を下ろした。
「⋯⋯」
「⋯⋯なんだ?」
「何でもないですよ」
不破の方を見て笑みを浮かべるの女の子。不破は少し居心地が悪かった。
「お前なぁ⋯⋯」
「⋯⋯響」
「あ?」
「お前なんて名前じゃないです。私は立花響です!」
先程までとは打って変わってふくれっ面を見せる女の子——改め、響。
「で、立花——」
「響です」
「たち——」
「ひ・び・き!」
頑なに呼び方を変えない不破。頑なに名前呼びを強要する響。どちらも譲らない攻防を先に降りたのは、意外にも不破だった。
「だぁー分かった。響。これでいいか?」
「——はいっ!」
花咲くように笑う響。その笑顔に思わず釣られそうになるが、不破はこらえた。
「で、響」
「はい! なんですか?」
「——無理に笑ってて辛くねぇのか?」
「えっ?」
意外な不破の質問に、これまでの響の表情とは一変した顔を見せた。
「な、なにを言って⋯⋯⋯」
「さっきその鞄が見えた」
「——っ」
咄嗟に横に置いていた鞄を隠すように響は前かがみになる。
「その傷と落書き⋯⋯いじめか?」
「こ、これは私がちょっとドジっちゃって出来た⋯⋯」
「死ねなんて言葉がどうやってドジで書かれるんだよ」
「⋯⋯」
ついに返す言葉を失った響。その表情が示す感情は恐怖と絶望だった。
「今は中学生か?」
「⋯⋯はい」
「なら高校は別の地区に行くんだな」
「——ど、どうして⋯⋯」
「立花響」
不破は何度もこの名前を頭の中で復唱していた。そして思い出した。
「あの日、ライブ会場にいたな?」
「——っ!!」
あの日とはつまり、ツヴァイウィングのライブだ。そこに彼女——立花響は観客として来ていた。あのノイズ騒動の生き残り。
そして、不破と同じくあの日から傷を負わされ続けている被害者だ。
「おそらく遺族やらクラスメイトから嫌がらせを受けている⋯⋯違うか?」
「⋯⋯。」
「悪い。思い出させちまった」
相当辛い過去だったことは、今の響の顔を見れば一目瞭然だった。
これまで必死に隠していこうとしてたもの掘り起こしてしまった事に罪悪感が募る。
「不破さんも⋯⋯やっぱり私たちは悪いって⋯⋯思い⋯⋯」
「んなわけあるか」
響の悲痛の問いをばっさりと切り捨てるように言い放つ不破。
不破の返事に下がったままだった響の頭が上がった。
「誰も悪くねぇよ。あの日俺も、お前も頑張った。生きてる俺たちには奇跡が付いていた。死んだ奴らには奇跡は付いて来なかった。それだけの差だ」
「奇跡⋯⋯」
「だって言うのに、ただ生き残ったからというだけで悪だと判定して寄ってたかって袋叩き。だからこそ俺はこの国が心底嫌いだ。多いほうが正義なんて風潮に反吐が出る」
溜まった鬱憤をさらけ出すように悪態をつく不破。
響はそれをただじっと聞いていた。
「⋯⋯私の学校にもあの日死んじゃった子がいたんです」
響は黙々と語り始めた。
その死んだ生徒はサッカー部のキャプテンで、将来を嘱望されていたが死んだ。だというのになぜ、取り立てて取り得のないと自負する響が生きているのか。死んだ生徒のファンだった女子生徒がきっかけで始まった響へのいじめ、それはついに全校生徒へと広まった。
学校に居場所を無くした響をさらに追い詰めたのは家への攻撃だった。帰ってくる頃には、玄関のドアいっぱいに張り付けられた張り紙。「死ね」「消えろ」「人殺し」「税金泥棒」「生きる価値無し」などと心無い言葉がいたる場所に書かれてた。
そして石を投げつけられガラスを割られることもあった。それは、明らかに響が帰ってきたところを見計らった犯行だった。
極めつけは、そんな環境に怖気づき会社に行くと言ったっきり帰ってこなくなった響の父の存在だ。
気がつけば響はその全てを不破に話していた。
「その親父さんとはまだ連絡ついてないのか?」
「はい⋯⋯でもあの人は私とお母さんとおばあちゃんを見捨てた。もう、いいです」
「⋯⋯」
中学生が経験するには壮絶な日々を聞き、不破はさらにこの国へのヘイトが高まった。また、ある存在にはそれ以上の憎悪が生み出されていた。
ノイズ⋯⋯。人を襲い自分もろとも消滅する特異災害。
「どいつもこいつも一部を除いて怒りの矛先が欲しいだけだ。自分の大切な者を殺したあいつらはその者と一緒に死んでいるからな」
「ノイズ⋯⋯」
だからといってそれを誰かに押し付けていいわけではない。尚更ノイズという悪質な存在が嫌になる。
「⋯⋯この街にいる限りそういう矛先は向き続ける。だが絶対に折れるな。弱音を吐いてもいい、泣いてもいい何をしようがとにかくこらえろ。それに⋯⋯偽りだろうが笑えるってことは一人は支えがいるんだろ?」
「はい、大切な私の親友が⋯⋯」
「ならそいつを大事にしろよ」
そう言うと不破は、長く話しすぎた、と立ち上がり去ろうとする。
「あっ⋯⋯」
見ず知らずの人間に、響は初めて自分の過去を話した。それを思い出すだけでも辛いものばかりだった。でもそれを聞いてもらう度に辛さが和らいでいくのを感じた。ずっと溜め込んでいた土砂が一気に崩れ落ちていく。
一言、ありがとう、と不破に伝えたい。そして響もまた立ち上がった。
「あの! ありがとうございました!」
「ただ話を聞いた。それだけだ」
礼を言われるほどの事をした覚えはない。どこかで聞いた台詞を口にする。
「それじゃな」
「あっ待ってください!」
「⋯⋯まだなんかあるか?」
「名前⋯⋯お兄さんの名前まだ聞いてません!」
「不破諌だ」
それだけ言うと不破は、今度こそその場を後にした。
「不破さん⋯⋯か」
その場に取り残された響は、教えてもらった名前を大切に呟き、帰路についた。