ほんへから3年後です。楓くんをロリコンに堕とすRTAはーじまーるよー。
──姉・吉田優子がまぞくとして日々精進していることは、良子にとって喜ばしい事だった。
姉の成功を喜び、姉の配下の存在に喜び、いつしか兄のように慕っている隣人の青年と姉が結ばれるのだろうと、ぼんやりとしたビジョンを思い浮かべていた。
そんな未来を考え、その通りになることは、良子にとって嬉しいことの筈だったのだ。
しかし時間の流れとは残酷で、優子が努力をする度に、優子は良子の元から離れて行く。
何時からか優子の活動拠点は配下の一人である千代田桃の実家に移り、ばんだ荘に帰ってくるのも週末の一日か二日程度。
青年──楓は優子と結ばれることなく相も変わらずばんだ荘の下の階で生活している。
良子は優子が帰ってこないことに寂しさを覚えていた。それでいて良子は、楓が優子と結ばれなかったことに、確かに安堵していた。
その理由が淡い恋心からくる優子への嫉妬であることに気付いたのは、優子がまぞくとして覚醒したあの日から三年経過した頃だった。
──中学に上がってから暫く経った頃、良子は放課後の校門前に見慣れた青年が立っていることに気付いて表情を明るくした。
「お兄っ」
「良ちゃん」
制服のスカートを揺らして、人目も憚らず懐に飛び付く。
腹に顔を埋めるようにして抱き付いた良子の身長は、既に優子の背丈を超えていた。
12歳の平均身長が約149cm前後なのだから、まぞくに覚醒したあの時から一切身長が伸びていない姉を追い抜くのも当然なのだろう。
「待っててくれたの?」
「うん。今日はどしゃ降りになるかもしれないってニュースで言ってたんだよ。
良ちゃんが傘を持っていかなかったって清子さんから聞いたから、念のためね」
「あっ……忘れてた」
空を見上げれば、辺りは灰色の雲で覆われていた。今にも雨が落ちてきそうで、うっかりしていた良子は頬を染めて顔を俯かせる。
楓が良子の鞄を持ち、空いた手を繋ぐ。何歳になっても変わらない距離感が、心地よくもどこか物足りなかった。
「──寂しい?」
「えっ……?」
「シャミ子、忙しくてあんまり帰ってこられてないから、寂しいのかなって」
「……ううん。お兄が居るから平気」
それは本音であり、嘘でもある。寂しいのは事実だが、良子は楓を独占できる現状を、罪悪感を覚えながらも満喫していた。
楓の手を握る自分の手に力を込めて、離さないようにと強く掴む。二人を見下ろす曇天の中で、雷がゴロゴロと轟いている。
ばんだ荘に戻るまでに幸い雨は降らなかったものの、部屋に入ってから一時間も経たずに小雨は大雨に、やがて強風を伴うどしゃ降りとなる。良子を部屋まで送ったはいいが、窓を叩く雨音と共に楓の心に不安が湧いていた。
「……清子さんが帰ってくるまで、一緒にいた方がよかったかな」
このどしゃ降りではシャミ子たちも身動きは取れまい。買い物に出掛けた良子達の母・清子も心配である。リリスは川に流されているか桃の家に匿われているだろう。
「お茶でも淹れるか」
考えすぎだと頭を振って台所に向かおうと立ち上がる楓の携帯が、ちゃぶ台の上で震える。相手を確認すると、商店街にある『喫茶店あすら』の固定電話からだった。
──宿題も復習も終えて、良子は暇を持て余していた。図書館から借りていた兵法書も返却したばかりで、テレビも大雨洪水警報を流すニュースしか映っていない。
勤勉だろうと、必要以上に勉強はしない。過剰に知識を詰め込むのは却って効率が悪いからやめた方がいいと楓に言われて以降、良子は無理するのをやめた。ふるりと寒さから身震いして、台所でコーンポタージュの素が入った袋を開ける。
「……お兄、どうしてるかな」
トウモロコシの甘さを味わいながらぼんやりとそんなことを呟く。
すぐ真下に居るだろう兄貴分の事を思い浮かべて、はふ、と湯気を吹いた。
大事な姉の大事な人。この三年で、良子の想いは変化していった。今ではふとした時に、楓のことが頭に浮かぶ。そんな楓が、仮に優子と結ばれたとして──自分が大切な二人は、自分を大切にしてくれるのだろうか?
想いは、考えは変化する。
かつて大切だったものは、いずれ大切では無くなるかもしれない。一人で居ると、そんなネガティブな考えが過ってしまう。
その考えを中断させた切っ掛けは、いつの間にか頬を伝って畳に落ちる涙であった。視界が潤んで歪み、ポロポロとダムが崩れたように大粒の涙が溢れて流れる。
「────あっ、つ、ぅ」
涙と共に、楓の顔が、声が、匂いが想起される。想いが溢れる。
テーブルの上のマグカップは中身が冷めきっており、良子の体は震え、楓への想いを自覚してしまって──畳を見下ろして俯く。
「……お兄」
楓と姉が結ばれるのは──なんとなく、嫌だ。姉は大切だが、楓はあげたくない。良子は不意に立ち上がって、玄関に向かう。誰も邪魔をしない今でなくては駄目なのだ。思い立った今こそ、行動しなければならない。
大雨降りしきる外に飛び出した良子は、楓の部屋をノックする。
聞こえたかはわからないが、開かなかったらチャイムを鳴らそう。そう考えた良子の目の前で、一分もせずにその扉が開かれた。
──携帯の着信に出た楓の耳に届いたのは、喫茶店を経営している二人ではなく、良子達の母・吉田清子の声である。
『もしもし、楓くんですか?』
「はい。清子さん、どうしたんですか」
『実は帰り道で大雨に降られてしまいまして、喫茶店の店長さんたちのお店に避難させてもらっているんです。
雨が止むまで外に出られなさそうなので、今日はこちらに泊まることになりそうなんですね。そちらは大丈夫ですか』
実の母親のように心配してくれる清子に、楓は電話越しに表情を緩める。優子は桃宅にミカン達と一緒だろう。その後は他愛ない会話をして、最後に楓はこんなことを提案された。
『楓くん、もしよろしければ、良子の事を頼んでもいいでしょうか。
あの子は聡明ですが、それでも幼い子供なんです。姉の成長を嬉しく思いながらも、そのせいで自分から離れて行くことに耐えられない』
「……ええ、そうでしょうね。良ちゃんは寂しそうにしていますから──俺でよろしければ、いつでも傍に寄り添いますよ」
自分の手を強く握る良子の寂しげな表情を思い出し、楓は普段のようになんてことない言葉を返す。しかし、更に帰ってきたのは、清子の呆れたような声だった。
『…………あー、いえ、そういう意味ではなくてですね……まあ、今はまだその反応でいいのでしょうけど……』
「はい?」
『貴方は強敵ですねぇ。うちの夫みたい』
「……はぁ、そうですか……?」
当然吉田家の父・ヨシュアが比較に出されて頭に疑問符が浮かぶ。
そんな折、ふと通話の声とは違う──雨粒とは違う、小さく何かが叩かれた音がする。聞き間違えでなければ、それはノックの音だった。
「……すみません清子さん、急用が出来たのでお電話切らせてもらいますね」
『えっ──そうですか、わかりました』
「それでは。……あと、リコの無茶振りは聞かずに無視していいので」
通話を切って、すぐさま玄関の扉を開ける。ざあざあと絶え間ない雨音が響くどしゃ降りの外に──傘も差さずに立っている良子が居た。
「──良ちゃん」
「────」
雨音が良子の声を掻き消す。
玄関の傍らに立て掛けていた傘を取り出して、その中に良子を入れる。
「良ちゃん、なんで傘も差さないで……いや、それより上がっていきな。お風呂沸かすから、湯船に入って────」
「お兄」
楓の言葉を遮って良子が見上げながらそう言い、服の端を掴んでしゃがませるように裾を引く。無言ながらに意図を察した楓が濡れるのも構わず片膝を突いて、良子と視線を合わせ──両手で頬を挟まれ、そのまま口を合わせられた。
「んぐ、っ──!?」
ガツ、と歯がぶつかる勢いのままに行われる口付けは、良子の心情をこれでもかと表現していた。段々慣れてきたのか、唇を食むような動きで楓の口と自分の口を合わせては目尻に涙を溜める。
「りょ、ちゃ──ちょっと待って。良ちゃん、落ち着こう。ね?」
「お兄、すき。お兄がすき。すきっ」
「…………本当に、一旦落ち着こう」
どしゃ降りが幸いして、辺りには誰もいない。楓は良子を落ち着かせて、その手を引いて部屋に招く。頭からつま先までびしょ濡れの状態で畳の上を歩かせられないため、バスタオルを置いて道を作り、ついでにお湯を浴槽に張る。
「……お風呂入って、気分をさっぱりさせれば、さっきの事は勢いだけの間違いだったって理解できるよ」
「それはないよ。良はお兄が好きなんだもん、この想いは絶対間違いじゃない」
そう断言する良子を浴室に押し込んで踵を返す。服を洗濯して乾かすまでの代わりに自身のTシャツを置いて、居間に座り込んで頭を抱えた。それと、良子の勢いが強いキスで前歯が痛む。
「──どうしろって言うんだ」
──数十分経過して、髪を乾かしたらしい良子が風呂から上がる。
ブカブカのTシャツが膝までを覆い隠し、髪は下ろされていてホカホカと湯気が立っている。湯船に浸かって気分もさっぱりしたらしい。
「……それで、良ちゃんは──」
「うん。お兄が好きです」
「そうですか……」
両手で顔を覆った隙間から、深いため息が漏れた。年齢差、一時の感情、勢い任せ──と、様々な理由が脳裏を過る。
「良ちゃん、はっきり言うんだけど、君が俺の事を好きだと言ってくれたのはとても嬉しいよ。でもね、君はまだ12歳なんだよ。
恋に恋する年頃……って言えばいいのかな。どれだけ賢くても、君は、そういう部分には盲目なんだと思うんだ」
「そんなことっ──!」
反論しようと口を開いた良子の唇に、楓の人差し指が押し当てられる。
でも、と言って、楓は続けた。
「だからこそ、一つ賭けをしよう」
「…………賭け?」
「──もしも君が16歳になっても俺の事を好きでいてくれたら、俺も君の想いに本気で応えます。16は、良ちゃんが法的に結婚できる歳だけど、その頃の俺は22だからね。
その時までに違う人に恋をするかもしれないし、俺への想いが一時の勢いだったと悟るかもしれない。今答えを出すべきではないんだよ」
ギクリ、と良子は表情を強張らせる。なにせ確かに、この答えに至ったのは勢いに他ならなかったからだ。しかしその想いは本物である。だからこそ間に冷静になる余地を挟んだことで、良子は楓の言葉の正当性を理解していた。
「──ん、わかった。
あと四年待てばいいんだよね、三年我慢できたんだもん、四年くらい待てるよ」
「……三年我慢?」
「そう。良はずっと前からお兄が好きだった。でもお姉と幸せになって欲しかったから、自分の気持ちには蓋をしてたの」
ふにゃっと笑いながら、良子は膝立ちになって楓の顔を自分の胸元に抱き寄せる。
ぎゅう──と柔らかくも力強く抱き締めて、その耳元に囁くように言った。
「良の気持ちが本物だったら、16歳になった時にお嫁さんにしてくれるんだよね。
……待てるよ。だってこの気持ちは、勢いのままに伝えたんだとしても、嘘じゃないから」
「そっか────ん……?」
楓の顔に当たる良子の胸元と、支えようと腰に回した手の感触が違和感を訴えた。布の奥にある筈の別の布の感触が無かったのだ。
「……良ちゃん、下着は?」
「えっ、濡れてたから洗濯機に入れたけど」
「────そうかぁ」
ちらり、と見上げる。
自分を見下ろす良子は、愛しい兄への慈しむような眼差しを向けていた。
ひとまず自分のお古の下着と肌着を貸そう。そう考えながら、楓は誤魔化すように立ち上がってから優しく良子の頭を撫でた。
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