【完結】まちカドまぞく/陽夏木ミカン攻略RTA   作:兼六園

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ウガルルエンド/家族以上、恋人未満

 早朝、目を覚ました楓の視界に少女のふさふさとした髪が広がっていた。

 文字通り尻尾のような毛が一房、後頭部に流れて垂れている。

 

「……起きるか」

 

 何時からか実の親兄妹のように懐かれ、少女──ウガルルを自室に招いてから数週間。楓はウガルルが起きないように布団から出ると、顔を洗いに洗面台へと向かう。

 戻ってきてもまだ眠っている件の少女は、楓の枕を抱いて涎を垂らしながら小さく唸るようなイビキを掻いていた。

 

「……ぐるるるるる……」

「おーい、ウガルル、起きなさい」

「──んが、がう。うぅ?」

 

 ぱちりとまぶたを開けると、寝ぼけ眼のウガルルと目線が合う。何が楽しいのか、ふにゃりと頬を緩め、笑みを浮かべて楓を見る。

 

「ぐゥ、うるるる」

「朝ごはん作るから、布団畳んで、顔洗ってきて。出来るね?」

「……わかっタ、おはよウ」

「はい、おはよう」

 

 もぞもぞと起き上がり、あくびを漏らす。鋭い犬歯がちらりと見え、ウガルルは目元をこすりながら覚束ない足取りで洗面台に向かった。

 朝食も食べ終え登校の準備を終わらせた楓だったが、部屋を出てすぐの辺りでシャミ子達を待っていたとき、問題が起きる。

 

「…………ウーガールールー」

「ぐるるるるる」

 

 背中から首に腕を回して両足で腰にしがみつく、見方によってはおんぶにも見えるだろう体勢で、ウガルルは楓にしがみついていた。

 上の階から降りてきたシャミ子・桃・ミカンが楓達を見掛けて、苦笑を溢して駆け寄ってくる。

 

「楓くん、ウガルルさん……なにをしてるんですか? 新手の遊びでも?」

「全く違いますけど……?」

 

 困惑した表情のシャミ子にそう聞かれるが否定する。小さく唸り続けているウガルルを、ミカンが脇に手を回して引き剥がした。

 

「こーら、楓くんを困らせちゃ駄目よ」

「……がう」

「楓、ウガルルと何かあったの?」

 

 今度は桃にそう問われ、記憶を探って頭を振った。少なくとも楓から何かした覚えは無い。直後、するりとミカンの拘束から逃れたウガルルは再び楓に近付く。腰に腕を回し、腹に顔を埋めた。

 

「ウガルル、そろそろ学校に行かないといけないんだよ。離してくれる?」

「──やダ」

 

 楓を見上げたウガルルは、窘める言葉を明確に拒絶した。彼女がこうしたワガママを言ったことは今までで一度もなかったため、楓とミカン、シャミ子と桃はそれぞれが顔を見合わせて驚く。

 腕時計を確認して、楓は後頭部で揺れる尻尾のような髪を掬って撫でると言った。

 

「じゃあ、明日からの休みは部屋に居るから、今日だけ我慢してほしい」

「……んが」

「早めに帰るから、しっかり家を守っててね」

「──がう……行ってらっしゃイ」

 

 別れ際、最後に強く抱き締めてから離れる。ばんだ荘の敷地を出るまで、ウガルルは、じっと楓の背中を見続けていた。

 

 

 

 ──机を繋げて弁当を食べている楓たちは、朝のウガルルの行動を思い返していた。鮭フレークを混ぜたおにぎりを作っていた楓が、厚焼き玉子を杏里の唐揚げと交換する。

 

「それで、ウガルルちゃんが楓に甘えたんだって? それってなんか問題なの?」

「問題……というか、意味がわからん。普段から肉食わせろってワガママはよく言ってきたけど、あんなワガママは初めてなんだよ」

 

 甘えた甘えた、と言って厚焼き玉子を口に放り込む。そして、甘っ。と呟いた。

 

「というかウガルルの事ならミカンに聞けばいいじゃん、ママなんだし」

 

 横目でコンビニサラダにレモンドレッシングを掛けて混ぜているミカンを見ると、フォークでザクザクとレタスを刺しながら言い返してくる。

 

「だからママじゃねぇ言うとろーが。それがさっぱりわからないのよ、楓くんの所に居たがるくらい好かれてるのは分かるんだけどねぇ」

「はへー。パパなのか兄なのか、どっちなんだろうね。案外違ったり?」

「知らん。そもそもあの子は精神が幼すぎる。ミカンの中に10年居たからって『じゃあ10歳の子供として扱おう』とはならないだろ?」

「そうねぇ、あの子まだ複雑な計算とか漢字は覚えられないし……」

 

 ふう、と。同時にため息をつく。そんな二人を見て、杏里は夫婦か……と呟いた。

 視線に気付いたミカンが、サラダをフォークで刺して言う。

 

「サラダ要る?」

「いやぁ、胡麻ドレの方が好きかなあ」

「美味しいのに……」

「この柑橘舌め……」

 

 はっ──と息を呑んで楓を見る。そういえば、こいつも柑橘舌だった……と。

 ちらりと見やると、楓は弁当を食べ終え、食後のデザートとばかりにオレンジジュースとみかん大福を口に含んでいる。

 ──食べていないのに、杏里は口の中が酸っぱくなった気がした。

 

 

 

 

「……がーうー」

 

 ばんだ荘二階の手すりに座って、ウガルルはぼんやりと地面を眺めている。

 その体を楓の部屋にあったパーカーで包み、時折すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。

 

 ウガルルにとってミカンは自分の主人という感覚が強く、確かに居ない時間が多いと寂しく感じる。しかし、楓にも同じ感覚を覚えているかと言われれば、間違いなく否定できるだろう。

 何故楓が自分の近くに居ないだけでこうも不安になるのか、何故、他の女の匂いがするとモヤモヤと嫌な感情が湧いてくるのか。

 

 それを理解するには、あまりにも、ウガルルという少女の精神は幼すぎた。

 

「──あら、ウガルルさん?」

「……んが。……あ、ボスのママ」

「ボス……ああ、優子の事ですね」

 

 買い物帰りなのか、エコバッグを片手に階段を上がってきたシャミ子の母・吉田清子がウガルルと鉢合わせる。

 どことなく元気がない少女を見て、清子は一人の母親として放っておけなかった。

 

「荷物を置いてくるので、待っていてください。お外でちょっとお話しましょうか」

「……ン、わかっタ……」

 

 頭に疑問符を浮かべながらも頷く。

 パタパタと小走りする清子の背中を見送って、それから数分して戻ってくると、清子はウガルルが座る手すりに両手を置いた。

 

「それで、ウガルルさんは何を悩んでいるんですか? もしかして、楓くんのこと?」

「──がう」

 

 図星を突かれ、ぶかぶかの袖で口許を隠す。その様子が微笑ましく映り、清子は小さく笑みを浮かべた。優子たちを通じて目の前の少女の事はある程度知っているからこそ、その純粋な感情が、眩しく見えて仕方がない。

 

「ゆっくりでいいですよ。どんな悩みなのか、話してみてください」

「ウー……楓がいないト、寂しイ。あト、モヤモヤすル。ミカンのことも大好きだけド、楓から他の女の匂いがするのガ、なんかやダ」

 

 拙い言葉で、ポツポツと、ウガルルは胸の内をさらけ出す。清子は最後まで聞くと、淡い感情が渦巻いている事を察して暖かく笑う。

 

「あらあら……そうだったんですか」

「ボスのママはこれが何かわかるのカ?」

「ええ、ええ。それはもう簡単な話ですよ」

 

 パーカーの襟を直してあげながら、あっけらかんとした顔で清子は言う。

 

「ウガルルさんは、楓くんのことが好きなんですねぇ。その感情は、他の人に楓くんを取られたくない部分から来てるんですよ」

 

「好キ……好キ? オレはミカンも楓もボスもみんな好きだゾ?」

 

「難しいかもしれませんが、ウガルルさんの言う好きと、楓くんに対する好きは、似ているようで違うんですよ」

 

 頭から煙が吹き出そうな程に混乱しているウガルルに、分かりやすく説明し直すには──と考えて、清子は言い方を変える。

 

「好き、というのは、善くも悪くも独占欲なんですよ。相手を誰にも取られたくない。そう考えて考えて考えて、どうしようもなく相手の事を想ってしまう。それを、好きと言うんです」

 

 あくまで持論だが、しかしある種的は射ている考え。パーカーの袖に顔を埋めて、楓の匂いに包まれながらその言葉を反芻する。

 

「オレは……楓ヲ、取られたくなイ?」

「そう考えてみて、しっくり来ましたか?」

「がう。オレ、楓を……独占? したい……好キ? なんだと思ウ。……んが、ボスのママもそういうのあったのカ?」

 

 首を傾げて問うウガルル。

 ふと、清子は自分の夫の顔を思い出して──頬を緩める。幼心に、ウガルルもまた、言わんとしていることを察してがうと唸った。

 

「──んが、帰ってきタ」

「あら、もうそんな時間」

 

 ピクピクと耳を反応させて、ばんだ荘の外から聞こえてくる足音を聞き分ける。とん、と手すりから飛び降りて地面に着地して、敷地の外から見えてきた人影に飛び付いた。

 

「楓! お帰リ!」

「──ぐわーっ!」

 

 たたらを踏んで尻餅を突く楓に抱き付いて頬擦りするウガルル。

 それを見て微笑ましそうに笑うミカンたちと、興味深そうにメモを取る小倉とそれを見やる良子。それらを二階の通路の手すりにもたれ掛かりながら、清子が優しく見下ろしている。

 

「……ウガルルさんに恋はまだ早そうですねぇ」

 

 そう呟いて、静かに皆の元へと降りて行く。立ち上がって抱き上げる楓は、やや頬が紅潮したウガルルにこう返した。

 

「ん、ただいま」

「……がう。ぐるるる……」

 

 休日は一緒に──という約束を果たすべく、楓はウガルルを連れて部屋に帰った。

 恋を知るには幼すぎて、しかし兄妹と呼ぶには近すぎる。そんな不可思議な距離感の二人のその後を語るのは、また別の話。


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