【完結】まちカドまぞく/陽夏木ミカン攻略RTA   作:兼六園

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【速報】小倉しおん、可愛い。



小倉エンド/屋根裏の少女にご用心

「────えっ、今なんて?」

 

 楓の眼前で分厚い本を読んでいた少女が、聞こえなかったとでも言いたげなとぼけた表情でそう返してくる。埃が舞う屋根裏に訪れた楓は、少女──小倉しおんに言い直す。

 

「だから、屋根裏で暮らすのをやめたらどうだ? って言っているんだが」

 

「あー、出ていけってことかな」

「なぜそうなる」

 

 鼻根の辺りを指で押さえてため息をつく。呼吸した際に埃を吸い込み、数回咳をした。

 

「──これでわかるだろう、ここは空気が悪いし埃も舞ってる。

 女の子が部屋として使っていい場所じゃないし…………いや、そもそも誰もここを使っていいとは言ってない」

 

「そうだっけ?」

「そうですが?」

 

 しらばっくれる態度に、楓のため息は尽きない。何か考えるそぶりを見せた小倉は、ポンと手を叩いて笑った。

 

「うん、わかった! そこまで言うなら、屋根裏で暮らすのはやめるよぉ」

 

「健康の為にもそうしてくれ」

 

 やっと話が通じたと内心そう思い、屋根裏から出て行く。にこにこと笑みを崩さない小倉が眼鏡の奥でコールタールのような瞳を楓に向けていたのは、当然わかるわけもなかった。

 

 その後は普通の生活を過ごして、風呂から出たら戸締まりをして布団に入る。しかし、眠りが深い故に気づけなかったのだ。

 ガチャガチャとドアノブを弄る音が深夜に鳴り響いていた事を。

 

 

 

 ──朝、不意に人の気配を感じた楓の意識が浮上する。まぶたを開けてぼやけた視界のまま周囲を探ろうとした瞬間、バチリと眼鏡越しの瞳と視線が交わった。

 

「おはよう、楓くん。ご飯出来てるよぉ」

 

「────ッ!?」

 

 濁った目で楓を見ている小倉が眼前に居た。ほぼ反射的に、逃げるように被っていた布団を巻き込みながら小倉から離れる。

 

 生物としての危機感としか言いようがない心拍数の上昇を深呼吸で落ち着けると、楓はようやく小倉に対して口を開いた。

 

「……なんでここにいるんだ?」

「屋根裏から引っ越したんだよぉ」

「理由じゃなくて方法を聞いてるんだけど」

 

 ああ! と言って、小倉は懐から1つの鍵を取り出す。それは楓が鞄に入れているこの部屋の鍵と同じ形状をしていた。

 

「合鍵作ったんだぁ」

「──なんで?」

 

「だってほら、楓くんは屋根裏以外で暮らせって言ったでしょ? 

 でもここに居た方がいろんな事が知られるし、緊急時にすぐ駆け付けられる

 かといってシャミ子ちゃんの部屋は家族がいるし、千代田さんは断りそうで、陽夏木さんの部屋はウガルルちゃんが居るんだもの」

 

「……だから俺の部屋にしたと」

「そうなんだよぉ」

「……なるほど」

 

 寝起きの混乱も相まって、楓の頭はろくに動いていなかった。

 この件は後で話そうと思い布団を畳んで顔を洗いに行くと、戻ってくる頃にはちゃぶ台に料理が並んでいる。

 

「冷蔵庫の中身使っちゃったけど、あるもので作れそうなのを作ったからねぇ」

 

「小倉って料理出来たんだな」

 

「伊達に成績上位じゃないからねぇ。なんでか倫理で満点取れないけど」

 

「なんでだろうね」

 

 倫理観のある奴は勝手に合鍵を作らないし夜中に忍び込まないし人の寝顔を起きるまで見続けたりはしないだろう。そもそも最後の1つに限っては何が愉しいのかと楓は疑問に思う。

 

「まあ、この部屋を使うのは別に構わないぞ。一人で使うには広いし」

「うん。これから少しずつ荷物を移すねぇ」

 

 普段通りの笑顔が今になって恐ろしくなってくる。ひとまず朝食をと思い、楓は畳に座ると箸を片手に味噌汁を啜った。

 

「…………うまい」

 

 

 

 ──楓の生活に小倉が加わってから数日、学校に登校した楓は自分の席に座って幼馴染みの杏里と話していた。視界の端ではシャミ子とミカンがAクラスからやって来た桃と話している。

 

「──まあそういうわけで、今は小倉と暮らしてるんだよ」

 

「大丈夫か? 寝てる間に足の指をでたらめに入れ替えられたりしてない?」

 

「毎朝確認してる」

「そりゃよかった」

 

 ふざけた口調だが、心配自体は本気でしている。杏里は小倉を友人と思ってはいるが──その性格と内面を把握しきれていないというところから、いまだに警戒心を解けないでいた。

 

 頭がよくて成績優秀、運動神経の無さを除けば大変普通の優等生なのだろう。尤も、悪魔や黒魔術に対する興味が常人のそれを遥かに超えている部分さえ無ければの話だ。

 

 

 アレさえなければなぁ。という感想は、実際に同棲している楓の心からの言葉だった。

 深くため息をついた直後、不意に廊下から視線を感じた楓はその方向を見る。

 

 ──小倉が教室のドアに半身を隠してこちらを見ていた。跳ねるように体を震わせた楓の目線に沿って同じ方向を見た杏里もまた、ぎょっとした様子で一歩引く。

 

「お、小倉……」

「やっと気付いたの~?」

「……いつからそこに?」

「10分くらい前からかなぁ」

 

 さらっと恐ろしいことを言い放つ小倉を見て口角が痙攣している楓。周りを目だけで見ると、他の生徒が露骨に顔を逸らした。

 

 小倉が変人奇人の類いだということをその場の全員が理解していた。ふと、杏里はそんな小倉が手に小さい荷物を持っているのに気が付く。

 

「ねぇ小倉、それはなに?」

 

「ああ、これ? 楓くんのお弁当だよぉ、朝渡そうとしたけど忘れてたんだぁ」

 

「……ありがとう」

 

 バンダナで包まれた弁当箱を受け取り自分の鞄に入れると、小倉はわかりやすくにっこりと笑う。そんなお手本のような笑顔を見て、杏里は静かに天井を仰いだ。

 

「折角だ、お昼は一緒に食べないか」

「……うーん、やめておこうかなぁ」

 

 背後に一瞬目線を向けてそう言う。

 自分がどういう視線を向けられているかを理解しているのだ。

 小倉は別に楓を困らせたいわけではない。部屋の件でも、楓に出ていけと言われたとしたらその日のうちに出て行っただろう。

 

 寧ろ──。

 

「そうか。小倉が作ってくれたんだから、一緒に食べたかったんだけどな」

「は────、あー。そっかぁ……」

 

 基本的に楓の言葉に裏は無い。そのせいで楓と同棲してからずっと、小倉は言葉通りの誉め言葉を浴びせられてきていた。

 

 ──小倉が楓を困らせているのではなく、楓が小倉を困らせていたのである。

 

「…………じゃあ、晩御飯は私が作るよぉ。何系がいい?」

 

「うーん、今日は中華の気分。麻婆豆腐とか作れる?」

 

「いいよぉ」

 

 ほんとに同棲してるんだ……と呟いた杏里は、小倉──を見ている楓の顔を見る。

 

 困ったように眉を歪めて微笑む小倉を前にした楓の顔はどこか赤い。杏里の見間違えでなければ、楓は小倉の困り顔に見惚れていた。

 

「……マジかぁ」

 

 

 

 ──小倉がCクラスに帰ってすぐ、楓が自分の机に腰かけている杏里に言った。

 

「小倉って、俺より早起きなんだよね」

「楓より早いってやべーな」

 

「……料理もよく作ってくれてて頭が上がらないんだけど、あいつ、俺が起きるまでずーっと真横で顔を覗いてくるんだよなぁ」

 

「なんかあったら通報した方がいいぞ」

「まだ問題は起きてないから……」

 

 変な方向に変わりつつある幼馴染みに、杏里はただため息をつくことしか出来なかった。

 

「……ぶっちゃけさあ、楓って小倉のこと好きでしょ」

 

「──え」

「は?」

 

 何を言っているんだとでも言いたそうな顔をして机の上の杏里を見上げる。「何を言っているんだ」は杏里のセリフだろう。

 

「そもそも、嫌いな奴と暮らそうとは思わないじゃん。しかも相手は小倉だよ?」

 

「まあ確かにそうかもしれないが……『だから好き』ってのは早計じゃない?」

 

 楓にさっきの見惚れてた顔を見せてやりたい、と思うのは妥当であった。笑った顔より困った顔に魅力を感じるのは、好きだから以外にどんな理由があるというのか。

 

「……こういうのは自分で気付くべきか。

 はぁ~~~あの楓がよりによって小倉にかぁ~。ま、骨は拾ったげるからね」

 

「なんて言い草なのだよ……」

 

 ニヤニヤと厭らしく愉快そうな顔で笑う杏里が楓の頭を雑にぐしゃぐしゃと撫で回す。

 

 とりあえずは応援しておこう。と考えて、そこで思考を止める。いややっぱ小倉はどうなんだ、とも考えそうになったからだ。

 

 

 

 ──放課後に麻婆豆腐の材料を買いに行った小倉は、帰り道の最中でばんだ荘の隣人ことシャミ子と偶然出くわした。

 

「あ、シャミ子ちゃん」

 

「こんにちは、小倉さん。小倉さんも買い物ですか?」

 

「そうなんだよぉ、楓くんが麻婆豆腐食べたいって言うから材料を買ってたんだぁ」

 

「へぇ~! 小倉さんって料理もするんですね!」

 

 そうだねぇ、と言って荷物片手に眼鏡のズレを直す。スーパーのビニール袋の中には豆腐やひき肉を筆頭に本格的な材料が入っている。

 

「私だけなら栄養さえ取れればいいって感じだったけど、楓くんも居るからね~」

 

「楓くんも幸せ者ですねぇ」

「えっ、そうかなぁ」

「へ?」

「え?」

 

 あっけらかんとした態度で当然のように否定した小倉に、シャミ子は間抜けな声色で返した。

 

「私が変人なのは私もよくわかってるからねぇ~。むしろ、楓くんは迷惑してると思ってたし、さっさと部屋から出ていけって言われるとも思ってたんだよねぇ……」

 

「楓くんはそんなこと絶対言いませんよ?」

 

「今ならシャミ子ちゃんのその信頼感がよくわかるなぁ。私も結構楓くんに助けられてるもの」

 

 まずちゃんとした場所に研究資料と実験道具が置けるようになったのは大きい。更には衣食住が安定していて屋根裏と比べたら寒さも凌げる。

 

 男にどう思われようが関係ない性格をしている小倉からすれば、別段着替えを見られようが同じ風呂を使おうがどうだっていい。

 

 

 そう思っていたが、ただ、最近は──。

 

「……でも実際に楓くんに出ていけって言われたら、どうなるんだろう」

 

「なにか言いました?」

「……なんでもないよ~」

 

 

 ──もし楓に嫌われたら、と考えると胸が痛むようになった。それが何故なのかを理解できるほど、小倉に色恋への興味は無い。

 

 ──小倉に自覚が無いだけで、彼女は楓をかなり気に入っている。杏里が楓に言っていた『嫌いな奴と暮らそうとは思わない』という言葉は、月並みだが真理と言えるだろう。

 

「────はぁ」

 

 小さく頭を振って思考を切り替える。幸いこの日は金曜日だった。いつものように研究に没頭しよう、そう考えてシャミ子と同じ帰路を歩く。

 

 楓のためにと、わざわざ麻婆豆腐の素などではなく細かな材料を買って帰っている行動そのものが答えになっていることには、まだ気付かない。

 

 

 

 

 ──麻婆豆腐の調理もつつがなく終わり、食事を済ませた楓と小倉はそれぞれが風呂に入ってから自由に部屋を使っている。

 

 部屋の隅に出来た小倉の研究スペースで本人がフラスコを磨いているのを見ながら、楓はぼんやりと考えを纏めていた。

 

 

 小倉はいつも金曜の夜から日曜の夜までを自分の研究や千代田桜が残したメモの解読の時間にしている。しかし、必ずと言っていいほど朝になるまでそれを行っているのだ。

 

 健康に悪いし徹夜のまま朝食を作るのは危ないと言っているのだが、小倉自身もその言葉を聞いていながらやめる気配がない。

 

 加えて寒さにも弱いらしい。

 これは獣寄りのウガルルもそうだから、さほど気にはならない。

 

 

 ついでに頭を使うからか糖分を好み、よく飴を舐めている。

 怪しげな実験している時の表情は意外と凛としていて、そのくせ寝顔は年相応に穏やかで────と、そこまで考えた楓は顔を覆う。

 

 なるほど、と合点が行く。

 

 気付けばいつも小倉の事を考えていた。

 

 小倉に恐ろしさを感じながらも、嫌だと思ったことは無く、今となっては小倉の存在が生活の一部になっている。

 

 お手本のような笑顔も、時折見せる困り顔も、知識を披露するときのはしゃいだ姿も、その全てが可愛らしく愛おしい。

 

 

 ──自覚した途端、感情が溢れてくる。このまま勢いで想いを伝えたらどうなるのか、とも考えて、その思考は一瞬で冷えきった。

 

 小倉はきっとその手の話は興味がないだろう。同棲を許可したのはそのためかと思われたり、言われたらどうしよう、と。

 

 ぐるぐると思考が巡り、やがて楓はお茶を飲み干してから立ち上がる。

 

「……小倉、俺はもう寝るよ」

「ん、わかったよ~。明かりも手元のやつを点けるねぇ」

 

 布団を敷いて床に就く。すぐ横の壁側には小倉用の予備の敷布団が畳まれており、反対にはちゃぶ台を跨いで小倉の研究スペースがあった。

 

 そこから届く暖色の明かりと小倉の気配が心地よく、楓はすぐに意識を沈ませる。

 

 

 

 楓が寝入り穏やかな寝息を立ててから数時間。研究に一区切りつけて眼鏡を外し、腕を伸ばして首を鳴らす小倉は数分ほど虚空を見上げてボーッとしている。

 

 眼鏡をかけ直した小倉が不意に立ち上がり、ミシミシと畳を鳴らしながら楓のもとに近付く。そして枕元に座ると、ただじっと楓の寝顔を覗き込んでいた。

 

「──君は私といて幸せなの?」

 

 消え入りそうな小さい声に、楓が反応するわけがなかった。

 

「──なんで私を受け入れたの?」

 

 その声は震えていた。

 

「──嫌わないで」

 

 布団からはみ出ていた手をそっと握る。

 

「────嫌わないで」

 

 眠りながら反射的に小倉の手を握り返す楓に、小倉はビクリと肩を震わせる。

 

 そこに居たのは、ただの、特別な人に嫌われることを恐れる少女だった。

 

 

 

 

 ──朝陽がカーテンの隙間から入ってきて、楓の目が覚める。味噌と焼き鮭の香りがして完全に意識が覚醒した。起き上がった楓の元に、小倉が近づいてくる。

 

「おはよう、楓くん」

「ああ、おはよう。

 また徹夜で朝飯を作ったのか?」

 

「……ちょっと行き詰まっててねぇ」

 

「そうか、ありがとう。

 俺も君の研究や桜さんのメモの解読を手伝えたらいいんだがな」

 

 気にしないでいいよぉ~と言いながら、小倉は楓が起きたばかりのまだ畳まれていない布団に潜り込み肩まで毛布を被る。

 

「……おい」

「自分の布団出しても寒いんだもん、気にしないでいいから朝ごはん食べてねぇ」

 

 ──俺が気にするんだよ……という言葉が小倉の耳に入る頃には、小倉はすさまじい速度で眠りに就いていた。それだけ疲れていたのだろう。

 

 ()()()()()()()()()穏やかな顔で眠る小倉に、楓は何も言えなかった。

 

「まったく、眼鏡をかけたまま寝るなよな」

 

 小倉の眼鏡をそっと取り、間違って踏んだりしないように頭の上に折り畳んで置いておく。横を向いて眠る小倉は、あまりにも無防備で──。

 

「……君は、俺といて幸せなのか?」

 

 優しく髪を掻き分け、目元から耳の裏に引っ掻ける。

 

「屋根裏に戻ったっていいんだぞ」

 

 そうは言っても、楓は小倉に戻ってほしいとは思っていないだろう。

 

「だけど、俺のところに居てくれたら……それはすごく、嬉しいんだよ」

 

 返事は返ってこない。それでも、楓は現状に充分満足していた。ここから進展するのは、色々なことが落ち着いてからで構わない。

 

 小倉の耳元に顔を近付けて、囁くように心からの想いを言葉少なに伝えた。

 

 

「──いつもありがとう、しおん」

 

 

 言い終えた楓は、立ち上がって顔を洗いに行く。完全に眠っていると思っていた小倉に言いたいことを言うだけ言って満足したが故に、最後まで気付くことはなかった。

 

 ──小倉の顔が、耳まで真っ赤に染まっていたことに。むず痒そうにまぶたの裏で瞳が右往左往していたことに。

 




タイトルの元ネタは森のキノコにご用心。

半世紀ぶりに1から100まで普通の小説書くのはチカレタ……やっぱRTAパートって神ですわよ。

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