「楓くんって、子煩悩よね」
そんな言葉に視線を向けた先で、鮮やかな蜜柑色の髪をクーラーの風で揺らす少女が楓を見ていた。そうか? と返しながら、青年──楓は口の回りをチーズケーキのクリームで汚すウガルルの口許を拭っている。
「どの辺を見てそんなことを?」
「現在進行形ですけれど……?」
ちゃぶ台に面と向かい、ウガルルを膝に乗せている楓が疑問符を浮かべるも、少ししてからなるほど確かにと合点がいく。
ぎこちなくフォークをケーキに突き刺すウガルルを見守る顔は、完全に親のそれだった。
「まあ、子供は好きだし」
「いつかウガルルに弟か妹が出来たら、あなたって私以上に可愛がりそうよね」
「……この話は数年早くないか」
将来の話を今されてもな。そう続けて、一拍置いて少女──ミカンの顔が羞恥に染まる。
ふと半分以上残っていたケーキを一口で食べたウガルルに一瞬ぎょっとした顔をするも、再度口を汚して呆れた声を漏らす。
「あーあーあー。まったく……」
「うー、がぅ」
「これからはテーブルマナーも覚えなきゃな」
「めんどくさいゾ……」
「ちゃんとしないと晩御飯の肉の量減らしちゃうぞ。ウガルルが居るからって杏里の所の肉屋で増量サービスされてるんだからな?」
んが!? と、ショックを受けたように唸る。くつくつと小さく笑うミカンが、食べ終えたケーキの小皿を纏めて立ち上がり台所に向かった。
「俺が洗おうか?」
「ううん。ウガルルの相手をしてあげて」
「ん、わかった」
よし、遊ぶぞ! と言って小脇にウガルルを抱えて振り回し始めたが、ウガルル本人もきゃっきゃっと喜んでいるから問題ないだろう。
そもそもまぞくは人間より頑丈である。
「小皿と……お昼の時のお皿も洗っちゃおうかしら。それにしても暑いわねぇ」
水道の冷水が心地よく、皿を持つ手が柑橘類の香りがする洗剤の泡に包まれる。テンポよくキュッキュッとスポンジで擦ると、無意識に足でリズムを取ってしまい笑みが浮かぶ。
お椀が3つ、コップも3つ。自分の使っていた部屋を小倉に貸し、楓の部屋で暮らし始めて暫く。胸の奥が暖かく──幸せの絶頂と言っても、過言ではないのだろう。
「……ふふ」
──ミカンがふと我に返ったのは、夕食用の米を研ぎ終わり予約のスイッチを入れた辺りだった。ついつい手が進んでしまい、皿を洗ったあとも台所での用事に手を付けてしまっていた。
「──ふぅ。ちょっとスッキリ」
あとは商店街に買い物にいこうかしら、と思案して、壁にかけられた時計を見て流石にまだ早いだろうと結論付ける。
ほったらかしにしていた楓とウガルルを見に台所の暖簾を潜ると、視線の先で、二人は座布団を枕に横になっていた。
腕を枕に横を向いてウガルルをあやすように背中をさする楓は、うとうとと船を漕ぎ、ミカンの気配に気付いて眠そうな目を向ける。
「楓くん、ウガルル寝ちゃったの?」
「……ああ、うん。遊び疲れたみたいでさ、ミカンも台所から戻ってこないし寝かせちゃおうと思ってね。何してたんだ?」
「ごめんね、いっそ炊飯器の予約もしちゃおうと思っててつい。あなたも眠いでしょ? いいのよ、ウガルルと一緒に寝ちゃっても」
真夏の猛暑でクーラーの温度を上げるわけにもいかないため、押し入れから肌掛けを取り出して二人に被せる。ウガルルを挟むようにして楓の向かいに座り、ミカンはそっと頬を撫でた。
「……買い物……行かないと」
「夕方からでいいわよ、外は暑いもの」
「……うーん……?」
恐らくあまりの眠気に、楓は自分でも何を言っているか分かっていないのだろう。頬から髪に手を伸ばして、くしゃくしゃと撫でる。
それから楓の胸元に頬を寄せて穏やかな寝息を立てるウガルルに微笑みかけ、座布団を手繰り寄せて畳んで枕にすると、川の字になるように並んで横になった。
「家事なんて、少しだけ眠って、起きてからやればいいんじゃない?」
そう言われると、楓はウガルルの背に回していた手をミカンの腰に伸ばす。
ミカンもまた、楓の左腕にそっと指を這わせてほんの一瞬渋い顔をする。
「……おやすみ、楓くん」
僅かに頭を振って、ミカンは小さく、楓にだけ聞こえるように鼻唄を奏でる。
「──♪ ~~♪」
慈愛の込められたそれを聞きながら、楓の意識は即座に落ちる。
クーラーの冷風が出る音と、呼吸の音と、小さな鼻唄。それらが、部屋の中に染みてゆく。
なんてことのない1日の真昼時を、こうしてただ無為に過ごすのも悪くないのではないか。
何も進展せず、何も進んでいないが、まるで駆け足で生き急いだような慌ただしい日々がようやく落ち着いたのだ。
1人の少女の呪いを解くために頑張った褒美が
3人の少年少女は、まるで本当の家族であるかのように一つの肌掛けを共有しながら仲睦まじく昼寝を謳歌する。
いつか、両親に紹介しないとなあ……と。そんなことを、ぼんやりと考えながら。
単行本6巻が発売しないと続き書けないんだ代