ゴウゴウとクーラーが冷風を出す音を聞きながら、ミカンと楓は傾けた座椅子に横になっていた。ずり落ちないようにと楓の手がミカンの腰に回され、ミカンもまた楓に寄り添う。
「……暑いわね……」
「くっついているからでは?」
当然だが、クーラーで涼しくても、こうぴったりとくっついていれば暑いだろう。楓の胸板に頬を寄せながら、ミカンは拗ねるように言う。
「やぁよ。ウガルルが珍しくシャミ子たちと遊びに行ったんだもの、折角二人きりなのに……楓くんは離れたいの?」
「そう言われるとだな……」
んふふ、と満足気に吐息を漏らし、ふと横たわりながら楓を見る。
クーラーが効いていながら肌が触れ合いじっとりと汗を掻き、ドクドクと心臓が高鳴る。もぞもぞと楓の腕の中で体を伸ばしたミカンは──楓と目線を合わせて触れるように口をつけた。
「んっ、ふぅ、んーっ、んぅう……」
唇を食み、ついばむように触れ、口の隙間から舌先をねじ込む。鼻息を荒くして、座椅子に寝転がりながら互いを貪る。
やがてミカンの手が下半身に伸び、楓が片手をミカンの胸元に持っていった辺りで、ちゃぶ台の上に置かれた携帯がアラームを鳴らした。
びくりと互いに肩を跳ねさせ、茹だる暑さが失わせていた冷静さを取り戻す。
「……え、ぇへ」
「……もう昼か」
冷静になってから暑さとは別の意味で頬を染めるミカンを腕に抱きながら、空いている手で携帯のアラームを止めて時間を見る。
ずっとクーラーの下でだらけているのもな──と考えてから、楓はミカンに言った。
「ちょっと、その辺歩くか」
──財布と携帯だけを手に外に出て暫く、目的もなく、なんとなくショッピングセンターに来た二人は、夏ということもありセールも行われている水着コーナーに訪れていた。
「折角だし、水着の新調でもしようかしら。今度みんなでプールにでも行かない?」
「……そうだな、健康ランドに確か温水プールがあった筈だし」
様々なデザインの水着を眺めながら店内を歩いていると、ふと背後から声をかけられる。振り返った二人は、共通の友人を目にした。
「おーっす二人とも。おデートかい?」
「杏里……まあ、そうなるな」
「そういう貴女はお買い物かしら」
「うんにゃ、やることないからぶらついてた」
実家の精肉店とショッピングセンターが近いからか、身軽な格好で歩いていた杏里。
二人を追いかけて水着コーナーに訪れると、手近の水着を観察しながら続けた。
「なに、プールにでも行くの?」
「そうね、折角だから新調しようと思ったのよ。杏里は新しい水着は買ったの?」
「いやいや、見せる相手なんて昔から楓くらいしか居ないから。今年は無理かなぁ」
「どうして? 一緒に遊びにいけば良いじゃない。私はもちろん大歓迎よ?」
「うーん善意が眩しい」
カップル相手に割り込むのもなぁ……と小さく呟いて、それから杏里は良いことを思い付いたと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「どうせなら私がミカンの水着をいい感じに見繕うけど、どーよ?」
「……良いんじゃないか? 俺にはセンスがないからな、杏里なら信用できる」
「彼女居るのに他の女にそういうことさらっと言わない方が良いよ楓」
まぁたこいつは……。そうぼやいて、杏里はミカンに向き直ると言う。
「んで、どうする?」
「私は構わないのだけど……」
「資金ならある。問題ないよ」
そう言って楓は杏里に財布からお札を取り出して渡す。強化された視力でミカンは何枚渡したかを視認したが、しれっとした顔で一番大きい金額のお札を4~5枚渡しているのを確認して、それとなく見なかったことにした。
「──じゃあ、俺は先に帰ってるよ。
ウガルルが居ないなら今のうちに部屋の掃除しておきたいし、ミカンの水着はお楽しみに取っておきたいからね」
「はいはい。そんじゃ、お任せあれー」
ひらひらと手を振る杏里に手を振り返して、楓は水着コーナーを離れて行く。
渡された金を財布に入れると、杏里はミカンの背中を押して女性用の水着コーナーの片隅に向かった。あれよあれよと押し込まれたミカンは、困惑した様子で疑問符を浮かべる。
「あ、杏里、どうしたの?」
「うん? いやぁ、ほら、楓が居ると話しづらいからさ。私からしたらミカンって恋敵だし」
「あっ……」
「──いやいやいや、別に憎んでるわけじゃないって。まあ今は……恨み2割、複雑2割、祝福6割……的な感じ?」
カラカラと笑いながらも、どこか痩せ我慢をしているような。
事実しているのだろう、杏里は素直に祝福したくもあり、幼馴染を横から掠め取ったようなものであるミカンには多少なりとも恨みがある。
「──なんでよりにもよって余所から来た奴なんだー、とか。それなら私でよかったじゃん、とか。色々考えたけどさ~……あの楓が惚れ込んだってことは一目惚れだったんだろうし、そりゃ勝てないよなぁ……ってなるわけ」
「……ごめ──いえ謝ったら駄目よね。その……やっぱり、楓くんのこと、好き?」
「うん、大好き」
臆することなくそう断言し、一拍置いて頬を紅潮させる。恥ずかしくなったのか、誤魔化すように咳払いして水着を選ぶ。
「って、なに言わせてくるんだか…………おっ、ミカンー、これなんてどう」
「あら、もう選ん、だ……の……」
ニコニコといい笑顔をしながら杏里が見せてきたのは、まるでメイド服の裾や袖を切り落として水着に張り付けたような、おおよそ泳ぐのには向かないビキニだった。
「これ試着してよ」
「嫌ですけれど……?」
「いいじゃーん、機能性はともかく普通に似合いはするでしょ」
「そう言えば貴女さっき恨みが2割とかなんとか言ってたわね」
「それも今のうちに清算しといた方がいいじゃん? 着てくれるだけでいいからさっ!」
上下でセットのビキニを渡されるも乗り気ではないようにして渋るミカンは、不意打ち気味に顔を近づけた杏里の耳打ちに掌を返す。
「楓、意外にこういうの好きだよ」
「着るのも吝かではなくってよ!」
「チョロいな~」
メイドビキニをかっさらい試着室に突撃するミカンを見送りつつ、次のネタ枠の水着を探す。真面目に選ぶ前に暫く遊ぶか~と考えながら、それとなく杏里は店員に撮影の許可を聞いていた。
──30分か、一時間か、気付けば何十と試着を繰り返していたミカンは、どこか気疲れした様子で杏里に聞く。
「そろそろ……真面目に選ばない?」
「えーもう? ……わかったから変身しようとしないで私が悪かったから」
両手を上げて降参を暗に伝えると、ミカンは渋々大人しくなる。
「楓くんの好みに合わせたいのだけど、あの人この手の話はしないのよね……」
「楓の好み? 足だよ」
「足……?」
「うん。足」
首を傾げるミカンに合わせて杏里もまた同じ方向に首を傾げる。足? 足。とおうむ返しすると、目頭を指で押さえて再度聞いた。
「私いま、水着の話をしているのよね? なんで足が出てくるの……?」
「……あー、あのね、楓って足が好きなんだよ。フェチ的なやつ」
「──部屋着のときに視線が下を向いていたのってそういう……」
幼馴染による恋人への性的志向の暴露という恐ろしい事態になっていることを、本人は知らない。尤も、その場に居れば破壊力は倍増していただろう。他人の性癖に寛容だったことが唯一の救いとも言えるが、はたまた。
「足好きとはいえ普通に顔とかも見るから……足にパレオを巻くとか、水着を上着で隠して、こう……泳ぐときにドーンと見せる感じ」
「なんだか恥ずかしいのだけれど……他の手はないの?」
「そのシャミ子に負けずとも劣らないご立派様を活かすときが来てるんだぞ! ここで恥ずかしがってどうすんのさ!」
そう熱弁されては、やらざるを得ない。まずは水着を決めて、それに合わせる上着などを探すことになり、二人はなんだかんだとショッピングを楽しんでいた。
「パレオはやめてデニムのショーパンとヒールで足に視線を集めて~、ビキニの上にはパーカーで胸を隠して~、泳ぐときに脱いでアピール。これで堕ちない男なんて居ないって!」
「上手く行くかしら?」
「奥手になったらなにも成功しないぞ…………いや、そうだなぁ。なんなら予行練習してみれば? 下に水着着て帰って、部屋で見せて反応を伺ってみるの」
「な、なるほど……?」
確かに本番でいきなり試すよりは──と考え、試着して着心地を確かめたそれをかごに入れた。ミカンもまた、相手に可愛く見られたい年頃の少女なのである。
会計を済ませて試着室を借りて手早く着替え、下着の代わりに水着を着る奇妙な背徳感に背筋を震わせ、上にパーカーを羽織り帰路を歩く。
余った資金をミカンに渡した杏里は、手元の携帯に保存したミカンの水着ファッションショーのデータを見て口角を緩めた。
「これどうしよっかなー」
ま、あとで考えるかぁ。そう呟いて、店に戻るべく水着コーナーを出ていった。
夕陽が顔を覗かせる時刻、もうじきばんだ荘に到着するといった辺りで、ミカンは不意に携帯を開く。そこには桃からのメッセージが入っており、珍しさからアプリを起動する。
「……あら」
シャミ子たちと遊びに行ったウガルルが疲れて眠ってしまったので、自分の部屋で預かっておく。といった旨のメッセージだった。
わざわざ言われなくてもわかるように、露骨に気を遣われている。
「──全くもう……」
しかして絶好の機会を逃すわけにもいくまいと、早足で歩く。自室となる楓の部屋の前で合鍵を使い、ミカンは帰宅した。
クーラーの効いたひんやりとした空気が汗を冷やし、ぶるりと身震いする。
「ただいま、楓くん」
「お帰り。水着は買えた?」
「ええ、それなんだけど……」
玄関に迎えに来た楓に近づき、前から抱き付く。服装が変わっていることに気付いた楓は、ミカンの妖しげな雰囲気に息を呑む。
「──実は、この下に着てるのよ」
「……そうなのか。もしかしなくても杏里に何か言われたんだろう?」
「どうかしら~?」
胸板に頬を押し当て、体全体で楓に密着する。前を閉めたパーカーの中から感じる柔い感触に、さしもの楓でも緊張を高めた。
「あのね、桃からメッセージが来て、遊び疲れたウガルルを預かってくれてるらしいの」
「……そう、か」
「──二人っきりね」
妖艶に微笑み、焦らすように、首もとのジッパーをゆっくりと下ろして行く。
クーラーが効いている筈なのに体が暑く感じる。じーわじーわと蝉が鳴く。
汗が流れ、唇が乾き、無意識に生唾を飲み込んで、楓はミカンの声がやけに鮮明に耳に届く感覚から表情を強張らせる。
「……ね、期待してもいい?」
爆発しそうなほどに心臓が高鳴り、耳の真横で脈動しているのではと錯覚するほどにうるさく響いていた。楓はゆっくりとパーカーのジッパーに手を置き、期待するミカンに代わって、ジジジ……とジッパーを下ろして行く。
──カチ、と。下げ終えたジッパーから手を離した楓が見たのは、パーカーの中から窮屈だったかのようにまろび出た、汗で濡れた艶やかな水着とミカンのハリのある素肌だった。
ワッフルワッフル