超絶短め
休日の昼、暇を持て余した楓は、ばんだ荘の敷地内を箒で掃いていた。
「…………いたたた……」
箒を片手で持ちながら、もう片方の手で腰をさする。それから体を伸ばして関節を鳴らした辺りで、ふと気配がして振り返った。
「……あっ」
「あ。えーっと、確か楓くんやったっけ。掃除しとるん?」
赤毛の少女が自室の隣から出て来て、楓に挨拶をしてくる。少女の名は
以前リコを追って現れ、一悶着起こしたが現在は和解して引退した元魔法少女である。
「はい。学校に行ってるときは清子さん……シャミ子のお母さんがやってるので、休日くらいは代わりに掃除するようにしてるんです」
「ほぇー偉いもんやなぁ。リコにも見習わせたいくらいやわ。あいつ何回言っても掃除せーへんのよ信じられるか?」
「今度俺から言っておきます」
「いや悪いなぁ、頼むな」
ははは、はは……と乾いた笑いが響き渡る。気まずそうに頬を指で掻いた紅玉は、少し考えてから楓に切り出した。
「あー、楓くん、あん時はすまんかったな。アタシも我を忘れてたっていうか……その、リコの事が憎くてしゃーなくてな……」
「訳は聞いてますよ。まあ、死者も怪我人も出ませんでしたし、俺も気にしてません」
「お人好しやな。彼女さんの前で封印されてよぉそんな風に振る舞えるもんや」
「……あの時は誰とも付き合ってませんが」
えっ? はい? と言葉が重なる。
「えっ、あれで?」
「……あのあとすぐミカンと恋仲になったので間違いではありませんけど」
「おー……そらおめでとさん」
はぁ、恋人なぁ。と呟く紅玉は、ごほんと咳払いを一つ、話題をし直す。
「そんでな、ちと楓くんに頼みたいことがあってん。楓くんって中華料理作れるか?」
「人並みには」
「……アタシに料理教えてくれへん?」
「……リコの味を盗みたいのでは」
痛いところを突かれたように、紅玉は「うっ」と呻いてから返した。
「──お恥ずかしながら、魔法少女になってからの10年間ずーっと料理しとらんかってん。リコの味を盗む以前に基礎がなぁ」
「なるほど。俺でよければ手伝いますよ、シンプルな炒飯なんかでいいなら」
「おー、ええよええよ。ほんなら中華鍋持ってくるから待っときや」
隣の部屋に戻っていった紅玉を見送り、その間に箒を仕舞いに行く。帰って来た紅玉が手に中華鍋と炒飯の具材を持って楓に近寄る。
「じゃ、俺の部屋で作りましょうか」
「……そういえば楓くん、恋人の……ミカンちゃん? は今日おらへんの?」
「ミカンはウガルル連れてシャミ子たちと桃の家に遊びにいってますよ、向こうの家の掃除も兼ねてるらしいので帰りは遅いかと」
「あー、うーん。そか」
無断でええんやろか……と思案するが、楓本人が難しく考えていないため、頭を振って後ろを付いて行く。隣の部屋とはいえ一度も立ち入った事のない男の部屋に若干緊張しつつ靴を脱いだ。
「お邪魔しまーす」
「はい、いらっしゃい。そういえばその中華鍋、ちゃんと手入れしてますか?」
「大丈夫、ちゃんと洗剤で洗ったで」
「………………うーん……」
「……なんか駄目やった?」
「あのですね、中華鍋は洗剤で洗うと油の膜が落ちるんですよ」
眉間を指で押さえて説明すると、あっ、と紅玉が呟く。そういやリコに似たようなこと言われたなぁ……と思い出した。
「まあ、すぐに空焼きからし直せば大丈夫ですよ。台所に行きましょう」
「……ごめんなぁ手間かけさせて」
「気にしてないので」
──洗い直し、空焼きから油を使った加熱も終え、野菜くずを炒めて油を馴染ませると、紅玉に指示して洗剤を使わずに洗わせる。
改めて油の膜がコーティングされた中華鍋が復活し、感慨深いため息をついた。
「見事なもんやな……」
「これからは調理後はお湯で洗って、仕舞うときに水気を取ってから薄く油を塗ってくださいね。それと料理を入れっぱなしにしないこと」
「ん、りょーかい」
卵や具材、白米を取り出しながらそんな会話を交わし、知識とレシピ通りに炒飯を作り始める。じゅうじゅうと具材が焼ける音を聞きながら、紅玉が楓に世間話を切り出す。
「こないだリコがな、可愛らしいメガネ掛けとってん。珍しいやろあいつがメガネなんて」
「ああ、多分それ俺があげたやつですね」
「……英雄色を好むなんて言うけどな、リコに粉かけるのだけはやめといた方がええで」
「粉……単なる友人へのプレゼントですよ。リコは、周りを敵だと思い込んでいる」
投入した白米をほぐしつつ中華鍋を揺らして混ぜ合わせながら紅玉は首をかしげる。
「そういうの、ミカンちゃんはどう思うんかね。嫉妬されたりせーへんの?」
「友人に贈り物をする程度で一々恋人に許可なんて必要ないと思いますが……。
ええ、まあ。確かにどうなんでしょうね、相手が女性だったし今度からは気を付けますよ。流石に痴情のもつれで死にたくない」
「ははは。今考えたらこの状況もアレやなあ。なんかあったら弁明するわ」
しゃれにならん……。そう楓が呟くが、炒める音に掻き消された。
カチリとコンロの火が止められ、おたまに掬った炒飯を2杯皿に盛られる。
「ほい完成、昼飯にしよか」
「……よし、あとは反復練習をしつつリコの味を盗む感じですね。お茶を入れるので、お皿を居間に持っていってください」
「ん。はいはい」
お茶と皿をちゃぶ台に置いて対面に座り、レンゲで掬った炒飯を一口食べて極々普通の味に舌鼓を打つ。パラパラの米粒があるが、所々にダマの米が混じっていた。
「うーん、旨いけどまだまだやね。リコどころかじーちゃんにも届かへん」
カチャカチャと炒飯を掬う音が響き、数分で食べ終わる。皿を片付け中華鍋を言われた通りにお湯で洗ってから、油を塗った紅玉が鍋を手に玄関に立つ。
「いい気分転換にもなったし、作り方も覚えたわ。ありがとうな楓くん」
「いえいえ」
「ミカンちゃんになんか言われたら素直に話すんやで、アハハ」
カラカラと笑って、紅玉は部屋から出ていった。中華か……と呟いて、楓は買い物に出掛ける準備を始める。帰ってくる恋人と娘の為にと、静かに袖を捲った。
──ただいまー、と言って帰って来たミカンとウガルルは、香ばしい匂いに鼻が反応してエプロンを身に付けた楓が迎えに来て口を開く。
「おかえり、今日は中華だよ」
「そうなの……ねえ、誰か来た?」
「なんでわかるの……?」
辺りを見渡したミカンはあっけらかんとした顔で楓に言う。がう? と唸ったウガルルは何を言っているのやらと困惑していた。
「ああ……紅玉さんがね、中華料理を教わりたいって言うから炒飯を作ったんだよ。
それだけだからね、すぐに帰ったから何もなかったからね?」
「ふふ、慌てなくても疑ってないわよ」
うふふ、と笑うミカンは自分の羽織っていた上着を脱いでコートラックに掛ける。
「楓、チューカってなんダ?」
「美味しい料理だよ」
「肉!」
「……も入ってるよ」
手を洗おうねー、と言いウガルルを洗面台に向かわせ、ミカンは楓の腕にするりと自分の腕を組ませて流し目で見上げてきた。
「──ちょっとだけ、嫉妬してたりするのよ?」
ぐり、と胸元に頬擦りするミカンを抱き留めて、楓は頬に手を添える。
「じゃあ……これで許してくれる?」
「……んー」
玄関先で、隠れるように、つま先立ちのミカンに顔を寄せて浅く口づけをする。
多幸感に包まれ、これだけで、なにもかもを許してあげられそうになる。
「……二人ともなにやってんダ?」
「────!!」
ひょこりと玄関に顔を覗かせたウガルルの気配を察知して、楓とミカンは慌てて離れる。誤魔化すようにして距離を取った二人を見て、ウガルルは終始、頭に疑問符を浮かべていた。