あと書くなら完走してね(重要)
まちカドまぞくRTAの追走をしてもいいし、違う作品のシステムとして使ってもいい。自由とはそういうものだ
カリカリ、カリカリ。ノートに文字を書き記す音と静かな呼吸だけが響くばんだ荘一階の楓の部屋に響いていた。一足先に目標の範囲を終わらせた楓が、じゃれてくるウガルルの相手をしながら、不思議そうな眼差しでシャミ子を見ている。
「──ん、どうかしましたか?」
「ああ、いや、うーん……」
「……楓くん?」
膝に乗せたウガルルに指を甘噛みされながら、楓はシャミ子の──危機管理フォームに変身した格好を見て、ポツリと呟いた。
「それ、脱げるのか?」
「ヌ!? ──げ、ますよ……?」
「楓くん……?」
「今の言い方が不味かったのは理解してる」
変身していると集中力が僅かに増すからと宿題を片付ける時は危機管理フォームになっているシャミ子と、横から覗き込むように楓の顔を見やるミカン。即座に弁解した楓を、向かいの桃がちらりと見て、それからシャミ子を見る。
「楓、急になんでそんな質問したの?」
「ああ……ちょっと気になったことがあってね。ほら、桃やミカンも変身してるときって格好が変わるだろう? 今のシャミ子みたいに」
「……まあ、そうね」
桃とミカンはお互いに変身した自分の格好を思い浮かべて楓の言葉に頭を振った。
「ふと、シャミ子の服は変身したあとどこに行ったんだろうか……と考えたら気になってさ」
「……まあ、言われてみれば」
「うが、がぶぶぶぶ……」
ウガルルの顎を撫でてグルグルと唸るような声を出させながら、楓は桃に言う。
「じゃあシャミ子で実験してみる?」
「今『じゃあ』って言いました?」
「そこは引っ掛からなくていい」
桃の言葉にシャミ子が反応し、ミカンと楓、ウガルルは何をするのかと首をかしげる。
「私も少し気になってたんだ。例えば変身した状態で服を着込んだら、変身解除したときの服は変身前と変身後のどちらの格好が優先されるのか──とか。シャミ子、ちょっと着替えてみて」
「突然ですね!? というか着替えがありませんよ、ここ楓くんの部屋なんですから」
「──あ、それならこれ使っていいよ」
「へ?」
ウガルルを膝から下ろしてミカンに預け、シャミ子の背後にある押し入れから無地のTシャツと半ズボンを取り出す。それは、ウガルルが着用している普段着とサイズ違いの物だった。
「ウガルルが使ってるのは俺が小学生の時のお古だけど、こっちは中学生の時の奴だから、シャミ子ならピッタリじゃないかな」
「遠回しに私をチビだって言ってません?」
「そこは引っ掛からなくていいよ」
桃の言葉を真似して薄く笑う楓は、上下セットのそれを手渡す。シャミ子は肌面積の多い格好の上にTシャツと半ズボンを着込むのは、どうにも不格好なのではないかと考えていた。
「これ本当に着ないといけないんですか?」
「その服が無事だったら持ち帰ってもいいよ。どうせ俺はもう着られないし」
「私がんばります」
突然手のひらを返してやる気を出したシャミ子はいそいそと服を着込む。ズボンを穿くために腰のマントを外した事で余計に肌色が増したシャミ子から目線をそっと逸らした楓は、絵に描いたような笑顔のミカンと不意に目が合った。
「──怒ってるのか?」
「………………いいえ?」
たっぷりと間を置いてから否定したミカンは、膝の上のウガルルを撫でながらそう言った。怒ってるな……と内心で独りごつ楓は、小さく息を吐いて着替え終わったシャミ子に目線を戻す。
「着替えましたよ!」
「……なんだか……アレだな」
「なんか背徳感があるね」
「二人とも散々言いますよね!?」
マントが無いシャミ子の危機管理フォームは、ただの前当てで胸を隠し、ビキニパンツにガーターベルトにロングソックスという、外でこんな格好をしていたら通報不可避だろう姿をしていた。
その上にTシャツと半ズボンである。
半ズボンの裾からはガーターベルトの一部とロングソックスが露出しており、男物のTシャツもまた、一部がこれでもかと盛り上がっている。普通の格好の筈なのに、恥ずかしそうにするシャミ子は奇妙な色気を醸し出していた。
「……まあ、とりあえず、早速変身を解除してみてくれるか。これで変身後の服を優先するのか変身前を優先するのか、はたまた重ね着されるのかが判明できる」
「今さらですけど、こんなことをやってメリットとかあるんですか?」
「私と楓はもやもやが晴れる、シャミ子は寝巻きをタダでゲットできる。WINWINって奴だよ、もしかしたら歴史的解明にもなるかも」
「……本当ですか?」
「ごめん最後のは適当言った」
むきー!! と言いながら桃に飛び掛かったシャミ子を窘めて数分。改めて疑問の解消に動いてもらうべく、楓はがるるるる! と威嚇しながらしがみついていたシャミ子に声をかける。
「それじゃあ、変身を解除してくれる?」
「……はい。戻りますよー……っと、はい」
一瞬だけ光に包まれて危機管理フォームから戻ったシャミ子は、ロングスカートに縦セーターのゆったりとした服装をしていた。
「──あら、失敗かしら?」
ミカンが呟き、シャミ子が自分の服装を確かめる。少し考える素振りを見せる桃が、楓の隣で思い立ったことを口にした。
「シャミ子、もう一回変身してみて」
「えっ、どうしてですか?」
「いいからやってみて」
「……は、はぁ……」
言われた通りに再度光に包まれて変身を完了したシャミ子の格好は──Tシャツに半ズボン、その下に危機管理フォームの装備を付けた数分前の格好だった。あれ? とシャミ子が言うと、桃がやっぱりか、と呟いて続ける。
「多分、変身後の格好はシャミ子のイメージによって保存されてるんだと思う。分かりやすく言うなら、上書き保存……かな」
「な……なる、ほど……?」
「──これ結局、変身前の服が何処に行ったのかについての解明は出来てないな」
「ですね」
ふふ、と小さく笑って、シャミ子はTシャツと半ズボンを脱ぐ。
約束通りに服を受け取り、傍らに畳んで置くと腕を伸ばして若干疲れたような顔をした。短時間で何度も変身をしたり解除したからか。
「……ふぅ、少し冷えてきましたね」
「肌掛け使うか? 取ってくるよ」
「あっ、ありがとうございます楓くん」
部屋の隅に置かれてる敷布団の上にある薄い毛布を手にとって広げ、シャミ子の背中に回して肩に掛ける。端を掴んで膝まで包んだそれの匂いを当然のように嗅ぐと、シャミ子ははふ……と満足気に吐息を吐いた。
「…………ふーん」
「桃、どうかしたか?」
「いや、別に。私もちょっと寒いなあとか、別に思ってないけど」
「そんなに寒いなら暖房点けようか」
「それは電気代がもったいないよ」
「ええ……」
モ゛ン゛と不機嫌な態度を取る桃に不思議そうに困惑する楓を見て、くつくつと笑みを漏らしてミカンが耳打ちする。
「────」
「……なるほど。肌掛けが欲しかったのか」
「う゛っ」
「へぇ~? 桃も可愛いところがあるんですねぇ」
ニヤニヤといたずらっぽく笑みを浮かべるシャミ子にムッとした顔を向けると、突如として負のオーラを醸し出しながら言う。
「……闇堕ちしそう」
「最近の桃、打たれ弱くないですか?」
「……そこは引っ掛からなくていい」
──このあと本当に闇堕ちした桃を元に戻すのに時間が掛かったのは、また別の話。
「……なんだか、どっと疲れた」
「お疲れ様、楓くん」
「──それで、ミカン?」
「あら、なあに?」
夜、桃を元に戻してから解散したあと、布団を敷いて横になった楓を、ミカンが後ろから抱き締めていた。楓の後頭部が胸元に来るようにして、手を回して強く力を込めている。
「……いや、なんでもないよ。ごめんね、シャミ子達にばっかり構って。嫌だったろう」
「…………本音を言うと、ちょっとだけ。でもね、桃もシャミ子も楓くんの事が大好きなのは知ってるんだもの。私は貴方を閉じ込めておきたいわけじゃないのよ?」
「──出来るだけ気を付けるよ」
手を上に回してミカンの頭に指を伸ばし、ほどいた髪をサラサラと梳す。ミカンはくすぐったそうに顔を楓のつむじに押し付け、同じシャンプーの筈なのに違うように感じる匂いを受け止める。
「かーえーデ!」
「うぐーっ……!」
今度は歯磨きを終えたウガルルが飛び付き、楓の腕を枕にして前から抱き付いてくる。腹が圧迫されてうっと声が漏れたが、グルグルと喉を鳴らして甘えてくるウガルルには強く言えない。
「がうがう」
「全く……ウガルルにも力加減を覚えさせなきゃな。よく噛んでくるようになってきたし、そのうち腕に穴でも空きそうだ」
「そうねぇ。でも、人の指を甘噛みするのは楓くんに対してだけなのよ。好かれてるわね、なんだか嫉妬しちゃいそう」
「自分の娘に嫉妬しないの」
「まだ違うったら」
まだ、ねえ。と呟く楓を見て、抗議するように後ろから抱き締める力を強める。
それから少しして、カチリと電気を消して薄暗くなった室内を、楓の瞳だけが見渡す。
「────」
楓は自分の瞳が普通ではないことを理解している。リコの妖術を掛けた眼鏡を付けていれば、多魔市の中で宙を漂う奇妙な力の流れに加えて、亡霊とでも言えばいいのか路地裏に時折見える半透明の何かを見ることもない。
自分は普通の人間だという自覚もある。だからこそ、もしかしたら自分は普通ではないのかもしれないという確証を得るのが怖い。
──いつか、どこかで、真実を知るのが怖い。
「……ああ、くそっ」
自分を抱き締めるミカンの手に自分の手を重ね、ウガルルの背中に片手を回す。
幸せが零れ落ちそうで、皆が寝静まった夜に、楓は独りで恐怖している。
ちょっとだけ独自設定。
実際のところ変身前の服って何処に行ってるんですかね?桃が以前変身して戦うとダメージを引き継ぐから服がほつれるみたいなことを言ってたので、シャミ子みたいな変身できるまぞくの場合も同じ感覚なのか。