ガチャが悪いのと暑さでダウンしてたから今回も短いです。
休日の昼、手持ち無沙汰で何となしにテレビを眺めていた楓は、夏の季節特有の海がどう、プールがどうといったCMを目にする。
ふと、ちらりと横に座るしおんを見て、それから視線を合わせることなく言われた。
「──着ないよぉ?」
「まだなにも言ってないよ」
「流石に分かるよぉ。そもそもの話になるけど、キミは私が海で泳ぐ姿を想像できる?」
少し考え、ないな。と首を振る。
「そっかぁ。着ないのかぁ」
「着て欲しかったのぉ?」
「うん」
「即答するんだ……」
えぇ~……と困惑した様子で呟くしおんを余所に、楓はがくりとテンションを下げる。
着ないのかぁ……と言いながら、そのまま台所へと消えていった。少しして水が流れる音がしたため、皿を洗い始めたのだろう。
「悪いことしちゃったかなぁ」
ほんの僅かに罪悪感はあるが、それでもやはり、プールや海に興味なんて無いのだから仕方がない。他の子に頼めばいいのに、とすら考える。シャミ子や杏里なら、楓のためなら水着姿の一つや二つ喜んで見せるだろうに、とも思う。
『好きな子の水着姿が見たいだけ』という男のいじらしい感情は、恋愛感情に鈍い少女には理解されない──とはいっても、しおんが楓を気に入っている事実は変わらない。
そのため、なんとなく、手元の携帯で画像検索をするのも吝かではなかった。
「楓ってそういう感情あったんだ」
「俺を仙人か何かと勘違いしてないか」
学校の昼休みに、いつものように杏里と会話を交わす楓は伊達眼鏡の奥からじとっとした目線を向ける。教室を冷やすクーラーがあっても尚暑さで溶けている者が何人かおり、楓と杏里もまた暑さに辟易していた。
「まあ、ある意味仙人っぽいよね。霞を
「さっき食べてた弁当が霞に見えるのか? あとでアイス奢ってやらんぞ」
「ごめんて」
からからと笑う杏里だが、はぁ~と感慨深いため息が漏れる。『こいつらめんどくさ……』という感情がこもっていることは伝わっていないらしく、楓は首をかしげた。
「確かに小倉ってインドア派だろうしねぇ。本人が拒否したならもう望み薄じゃない?」
「だよなぁ」
机に突っ伏す楓の雰囲気があまりにも同情を誘う悲哀さを醸し出しており、杏里は苦笑を溢してから肘をつきながら顔を近づけると、そっと頬を擦り寄せて耳元で囁く。
「ね、私の水着なら見てもいいけど」
「……しおんの方がいい」
「こ……こいつ……っ!」
わがまま言える立場かー! とぐしゃぐしゃに髪を掻き乱す。がるるる……と威嚇するように唸る杏里は、ふと、視界の端から小倉がこちらを見てるのに気付いた。
「──うん?」
──教室と廊下の間に隠れるようにして、その瞳を普段以上に虚無に染めながら。
「
口パクでそう言われ、杏里は体を硬直させる。楓の後ろから見ているが故にその行動は楓からは見えていない。ひぇ……という声が、杏里の口から空気のように漏れ出ていた。
──数日後、休日の昼から買い物に行っていた楓は、額から玉の汗を流して息を切らしていた。冷蔵庫から薄めたスポーツドリンクを取り出して呷ると、机の上に中身が取り出された梱包の残骸を見付けて拾い上げる。
「なんだ、これ。衣類……?」
しおんが買ったのか、と呟いて、件の本人を探す。すると、浴室の方から自分を呼ぶしおんの声が聞こえてきた。
「……楓くぅん」
「しおん、風呂にいるのか?」
浴室とを隔てる扉を開いて風呂場に向かうと、風呂場の扉を開け放ったままのしおんが湯船に浸かっていた。ひんやりとした空気からして、水風呂なのだろうと考える。
「──どうしたんだ、その格好」
「これはねぇ……買ったんだよぉ。楓くん見たがってたでしょぉ?」
タオルを何枚か用意して、湯船からだらりと伸ばした手にファスナー付きのプラスチックバッグに入れた携帯を握り、電子書籍を読むしおん。髪を纏めてバレッタで留めており、ビキニタイプの黒い水着を身に付けていた。
「海には行きたくないし、プールで泳ぐ気もないけど、水風呂に入るときに着れば楓くんも見られるかなぁって思ったんだよぉ」
「そうか。わざわざ俺のために……ありがとう、しおん。嬉しいよ」
「……えへ」
真っ直ぐの感謝はむず痒く、水風呂に入りながらも顔が熱い。プラスチックバッグ入りの携帯で口許を隠しながらしおんは続ける。
「あのねぇ、楓くんが私の水着を見たいって言ったとき、最初は『杏里ちゃんとかシャミ子ちゃんの水着でも見せてもらえばいいのに』って思ってたんだけど……」
そこで一度区切って、携帯を浮かべた桶の中に置くと、タオルで手を拭ってから浴室の椅子に座る楓の頬へとそっと手を伸ばす。
頬に触れ、眼鏡の縁を指でさすり、髪を指先で分けるように撫でる。
「なんとなく、嫌だったんだぁ」
「……そっか。ねえ、しおん」
「なぁに?」
「──すごく綺麗だよ」
「────ぁぇ?」
お返しのように頬に触れ、真っ直ぐに瞳を覗き込むようにしてそんな事を言う。
触れられている頬が熱い。まるで茹だるような熱さが頭を支配する。しおんは、こんな感情を知らない。知るはずがない。
「……ぁ、う……」
「ああそうだ、今日の晩御飯は、冷や飯と出汁で冷やし茶漬けにでもしようか」
「……うん」
頬を紅潮させるしおんは冷やすように首まで水風呂に浸かる。浸かっても尚、胸の奥が熱い。不快じゃないが、未知の感覚。
楓の期待に応えたくて、他人に目線を奪われるのが嫌で、身と心を捧げるがごとき奉仕のような感情とはまた違う。
しおんはそれから少しして、ようやく、自分の感情に気が付いた。
「──そっかぁ」
智慧を持ち、知識を持ち、教える者としていつしか上下を作っていた自分が──初めて対等に隣を歩みたいと思える相手が楓だった。とっくの昔にこの想いがあったのかもしれないが、無意識に蓋をしていたのは、自覚するのが怖かったからか。
「……楓くん」
──こうして、小倉しおんはこの日、生まれて初めて男の子に恋をする。
どこか心地よくも思う胸の熱が収まるまで、少女は湯船から出られなかった。
しおんちゃんが恋をするまでの楓くんに対する感情は『崇拝する相手に魂を捧げるのが至上の喜びになるやべー信者のアレ』みたいな感じだったので何気にちょっと危なかったりする。