ある時、ミカンとウガルルの三人で出掛けていた楓は、道中でシャミ子と鉢合わせた。
「シャミ子、買い物か?」
「……ええ、はい」
「あら、どうかしたの? 元気ないわよ」
「いえ、実はですね……」
気まずそうに楓を見てから、シャミ子はミカンを手招きする。
背中を預けてくるウガルルに指を齧られながら遠巻きに二人が耳打ちする様子を観察していると、シャミ子が顔を赤くして、ミカンが何かを察したかのように頷いていた。
シャミ子を連れて戻ってきたミカンは、おもむろに楓へと提案する。
「ね、楓くん、よかったら服屋さんに行ってもいいかしら?」
「別に構わないが、シャミ子の用事か? ウガルルが退屈しないといいけど」
下に顔を向け、見上げてきたウガルルの顔を覗き込む。がう? と疑問符を浮かべたウガルルは、ふとその耳に何かを捉え、楓の腕からするりと抜け出して駆けて行く。
「ウガルル!?」
「ミカン、シャミ子、追いかけるぞ」
「は、はいっ!」
ウガルルが走っていった方角へと走る三人は、少しして杏里とも鉢合わせた。向こうも楓たちに気付いたようで、小走りで駆け寄ってくる。
「楓っ、ミカンとシャミ子も。ちょうどよかった~、あれ見てよ」
「なん…………」
杏里が指差した方向を見ると、そこにあった壁に埋め込まれた土管の中に、誰かが入っている。足と尻が飛び出しており、その特徴的な動物の毛のある足は紛う事なきウガルルのそれだった。
「う、ウガルル──っ!?」
「どうして……」
「杏里、何があったんだ?」
「いやあ、なんかウガルルちゃんが急に走ってきたと思ったら土管に突っ込んじゃって」
慌てて腰を掴んで引き抜いた楓の腕に宙ぶらりんのウガルルは泥に汚れていたが、その手には同じく汚れている子猫が抱えられていた。
「こら、ウガルル。急に走ったら危ないだろう……その猫の鳴き声が聞こえたのか?」
「がう。ごめン……」
「首輪が無いから野良だねぇ」
ウガルルをミカンに任せて、楓が受け取った猫の様子を確かめる。
杏里がペットボトルの水で軽く顔を洗ってやると、首に首輪が付いていないことに気付く。
「ミカンとシャミ子はウガルルを銭湯に連れていってあげてくれるか。俺は杏里と一緒に、保健所にこの子を預けてくるから」
「ミカンママ~、折角だしウガルルちゃんに服買ってあげなよー」
「誰がママじゃい!」
全く……と呟きながら、ミカンはシャミ子とウガルルを連れて銭湯に向かう。残された楓と杏里が顔を見合せ、猫がにゃあと鳴いた。
「……楓パパ?」
「やめんか」
──諸々の想定外を済ませ、杏里と別れて服屋でミカンたちと合流した楓。
銭湯に入ってどことなくスッキリした様子のウガルルを連れて服を見て回っていたが、子供にはどうにも服選びは退屈らしく。
「……ああ、全く子供ってやつは……」
ほんの数秒目を離した隙に、ウガルルが消えていた。ミカンにシャミ子の用事を優先させて自分で面倒を見ると言った直後にこれである。
「ミカンの方に行った可能性もあるか」
楓はミカンに携帯で連絡を取り、ウガルルが行っていないか問い掛ける。
「……ミカンか? ごめん、ウガルルが居なくなった。ああ。子供には退屈だったらしい」
『こっちには来てないわよ。ねえ楓くん、迷子センターには行ってみた?』
「これから行く。俺で探すから、ミカンはシャミ子の用事を片付けてあげてくれ」
『ええ。お願い』
通話が切れ、携帯の画面を消してポケットにしまう。そのあと直ぐに、館内放送で迷子のお知らせが聞こえてきた。
【迷子のお知らせです。たま市からお越しの
「………………ううん」
離れたところで同じようにミカンが頭を抱えている光景を思い浮かべながら、楓は目頭を指で押さえ、絞り出すように呟いた。
「まだ陽夏木じゃねえ……!」
「──すみません、お世話になりました」
ウガルルを引き取り、係のスタッフに会釈してその場を後にする。抱き上げられた腕の中で、ウガルルはもぞもぞと暴れ、肩に噛み付く。
甘噛みではあるがなにかが不満らしい少女に、楓は店内を歩きながら問い掛ける。
「ウガルルー、何がしたいんだー?」
「……うー、がうゥ。わからン」
「わからんか。そうか」
諭すような声色で、会話が途切れる。そろそろ買い物が終わっただろうミカンたちと合流しようと服屋に向かうと、近くのベンチで二人が休憩するように座っていた。
「あっ、楓くん」
「ウガルルさんも」
「買い物は終わったのか?」
「ええ。私の方でウガルルのお洋服も買ったから、帰りましょうか」
席を立つ二人が近寄り、あの、と声をあげたシャミ子が袋を片手に視線を集める。
「私は、一足先に帰りますね」
「ん、用事か?」
「いえいえ、家族水入らずという奴ですよ」
「だからママじゃねえ言うとろうが」
「いいんじゃないか、言葉に甘えるのも」
えっ、と言って楓を見るミカンだが、言葉を返す前にそそくさと足早にシャミ子が立ち去る。
「……どうしたの?」
「ウガルルが甘えたがりでね」
遅れて店内から出ようと歩く楓に抱っこされたウガルルは、肩に顔をうずめたまま動かない。ミカンは、今日はやけにわがままだと考える。
「さっき館内放送で『陽夏木』楓、なんて言われてただろう。アレはウガルルがそう言ったんだろうけど、たぶんこの子、本当に俺たちを親だと思っているんじゃないか?」
「…………えっ」
「ミカンの中に10年近く居たとはいえ、ようやく少しずつ情緒や理性、感情を育んでいる最中なんだ。甘えられる相手が必要なんだよ」
ぎゅう、とウガルルが楓の首に回す腕が強まる。ああ──と、合点が行ったようにミカンが吐息を漏らした。
「そうなの──いえ、そうよね。元は召喚された悪魔だったんだもの、ウガルルという個体ではあっても、誰かの子供ではないわ」
「なあ、ウガルル。君のそのわがままは成長の証なんだよ、わからないなら少しずつ理解すればいいし、俺の事も父親だと思っていい」
「…………いいのカ?」
顔を上げて楓を見やり、頷く彼へと強く頬擦りをする。その光景を隣で見ていたミカンは、おもむろに携帯の写真アプリを起動して、三人が写り込むように自撮りをした。
「ウガルル、それなら私の事も、たまには……ママって呼んでもいいわよ」
──少し複雑だから、本当にたまに、ね。そう言って柔らかく笑みを作るミカンが、楓には……本当の母親のように見えていた。
「────」
「……楓くん?」
「ああ、いや、なんでもない」
チリ、と脳裏に火花が散る。何かを、思い出そうとして、一瞬思考が止まる。
帰り道歩く途中、飛び立つ鳥から抜け落ちた羽根が、何時までもまぶたに焼きついていた。
「ところで、シャミ子の買い物はなんだったんだ? 俺には話しづらい事だったのか?」
「……下着のホックが壊れたらしいのよ」
「…………なるほど、確かに言いづらいな」
【夫と娘が出来ました♡
まだ結婚してねえけど笑
(画像表示)】
──その日、ミカンの携帯に掛かってきた両親と担任の鬼電の回数は3桁を超えた。
あと楓くんにわりと本気で怒られた。