それぞれの思いが重なり、桃の部屋へと集まって数分。彼女の口から放たれた言葉は、その場の全員に衝撃を与えた。
「──姉の昔からの知り合いに、この町をずっと狙ってるヤバめの魔法少女が居る。
私の怪我は過去にその魔法少女から負わされたモノで、なんとか町の外に追い出せたけど、アイツがまた来る可能性があるんだ」
一拍。
深呼吸して、桃は続ける。
「アイツの外見や能力は私の記憶にしか残っていない。だから──シャミ子に私の記憶に潜ってもらって、皆に共有してもらいたい」
「私ですか!? あっ、でも……それだと私だけが見ることになりますよね?」
話題を振られたシャミ子がぎょっとしつつも、自身の能力の範囲が狭いことを話す。
その言葉に、おもむろにリリスが手元の像を取り出して言った。
「それには心配及ばん、余の邪神像に小倉が勝手に追加したこのHDMIポートでテレビ接続するからな! 念写の応用らしいぞ……」
「ご、ごせんぞ…………」
魔改造の粋に達しつつあるリリスの本体に哀れみの顔を向けるシャミ子と桃は、早速と夢として記憶を覗くべく布団に入る。
寝転がるシャミ子の横に座る楓に、彼女はそっと手を差し出した。
「楓くん、手を握っていてくれますか?」
「ああ、いいとも」
不安そうにするシャミ子にそう言って、楓は布団から出された手を握り返す。
落ち着いた様子でまぶたを閉じた彼女の顔を見て、ほっとしながら────ぷつんと意識がシャットダウンされ、楓は布団に顔を突っ伏すようにして気絶した。
「楓くん!?」
「まてミカンよ……むう、どういうことだ……楓の魂がシャミ子の傍におる」
それからテレビに映し出される桃の
その場の全員が、楓までもがシャミ子と共に夢の世界に旅だったのだという事を察し──画面の奥で困惑している青年を見ていた。
「どうなってるんだと思う?」
「さあ……私はわかんないよ」
「わ、私が手を握っていたからでしょうか」
6年前の姿をした幼い桃の後ろを歩く楓は、シャミ子と並走しながら疑問符を浮かべる。
自分もまたまぞくの端くれだからかと内心で独りごつ楓は、過去の桜ヶ丘を、かつては満開だった桜の木を見上げたりしつつ、歩きながらかつて居たはずのまぞくの痕跡を探る桃を見た。
昔の出来事をなぞるべく意識を切り替え、幼い頃の状態で喋る桃は天真爛漫な年相応の無邪気さがあるが、その不安感はひしひしと伝わる。
「昔のこのまちには、まぞくが沢山居たはずだったんだよな。今となってはほとんど見かけないが……何があったんだ?」
「どうしたんでしょうね……桃! 手がかりは見つかりましたか?」
「ううん、このまちの住人は、十人に一人はだいたい不思議な見た目の人たちだったのに……不安になってきた、お姉ちゃんの家に行こう」
逸る気持ちを抑えつつ、桃とシャミ子、楓は姉・千代田桜の家に向かう。
見覚えのあるがどこか違う昔の風景が流れて行き──たどり着いた場所には。
「なに、これ……」
「知らない人が住んでるな」
桜ではない、別の人物の家となっている住居があった。上書きするように貼られた紙には『那由多 誰何』と書かれている。
「……シャミ子、ちょっと手を繋いでて」
「どうしたんですか?」
「…………怖い」
小さな声で僅かに怯えた様子を見せる桃の手をそっと握るシャミ子を余所に、楓は表札の名前を翻訳しようと顔を近づけていた。
「那由多……なゆた、なんて読むんだ、これ。だれ……なに?」
「──『なゆたすいか』だよ。『誰何』と書いて、『すいか』って読むんだっ」
「──────」
ぴたりと、楓の動きが──意識が止まる。その声に、口調に、嫌に明るい雰囲気に、ざわざわと体の奥から嫌悪感が溢れだして。
「…………誰何……?」
「──か、楓くん!?」
振り返って声の主──那由多誰何を見やる楓の鼻と涙腺から、ポタリと血がこぼれた。
体が、本能が、閉じられた記憶が、眼前の少女を拒絶しているのだ。
「お兄さん……!」
「よせ、記憶通りに振る舞え……っ」
壁に手をついて膝を突かないようにと堪える楓は、慌てて近寄ろうとする桃を手で制す。記憶に齟齬を生まないようにとして──ふと、奇妙な会話の違和感に気づいて肌を粟立たせる。
「ぼくの家になにか用かな?」
そういって桃を見る誰何は、ほんの数秒前、なんと言ったのか。それを思い返して、楓はぞわりと背筋を凍らせた。
那由多誰何の名前がわからなかった
──
「────ぅ、おぇ」
そのことに気付いた楓が、あまりの恐怖と気持ち悪さに嘔吐したことを、誰が責められようか。