千代田家の前で遭遇した那由多誰何に連れられファミレスに移動した桃たちは、隅の方に座って対面していた。
誰にも見られていないからと、ぐったりと机に突っ伏す楓の背中をシャミ子がさする。
「楓くん、大丈夫ですか?」
「……喉と胃に違和感はあるが、問題ない」
気だるげに顔を起こし、楓は大人数用のソファに背中を預けて桃と誰何の会話を聞く。
「あの、ご飯……私だけ食べてていいんですか? 手持ちがないなら一緒に──」
「あっ、ぼくご飯を食べないタイプなの」
「? ……ダイエット?」
「ちがうよ」
誰何は桃の問いに淡々と返す。
「ご飯が、かわいそうだから、食べないの」
「……いつから食べてないんですか?」
「えーっと、もう千年くらいは液体以外の物は口にしてないかな~」
にこりと、楓の心に嫌悪感を与える笑みを浮かべる。それから手元のお冷やを一口含み、一拍置いてさらに続けた。
「桜ちゃんはこの町に平穏に暮らしたい魔族を集めていたみたい。『魔族と魔法少女が一緒に暮らす秘匿された町』……素敵だよね!
でもそういうのって、不純な考えの魔法少女や魔法少女を飼ってる大人も寄ってくるから、そうなる前に町の全てを引き継ぎたいんだ」
所々に違和感を覚えるワードを残し、誰何は桃に魔族の戸籍探しを手伝ってほしいと提案する。その後にインパクトの強い見た目の眷属を呼び出し、当然のようにカードを数枚使っていた。
──情報収集の為にファミレスを出た桃と、その背中を追う楓たち。おもむろに口を開いたシャミ子の言葉に、彼は返した。
「いい人そうに見えましたけど、あの人が桃を襲うんですか?」
「シャミ子、君の認識は間違っている」
「ほぇ?」
「那由多誰何は嘘をついていないんだよ」
楓がそう言うと、続けて桃が言った。
「うん。あの人、自分が正しいと確信してるんだ。だから嘘
「桃……大丈夫ですか?」
辛そうに表情を重くする桃を追って商店街に入り、早速と楓の幼馴染・杏里の母が経営している精肉店に訪れると、またも違う違和感。
「おー、まぞくの連絡網に詳しい人? 知ってる知ってる!」
「本当ですか? 教えて下さい!」
「コロッケ買ってくれたらね~」
「買います!」
二人の会話をよそに、楓は看板を見上げて考えるように眉をひそめる。
「……楓くん?」
「……杏里のお母さんのお店って、前からこんな名前だったか?」
『さたんや』と書かれた看板を見てそう呟く楓と並んでうんうんと唸るシャミ子は、桃の声に意識を下へと戻した。
「居場所がわかった、図書館に行こう」
「そうですか、早速いきましょう!」
「……本当にコロッケ買わされたんだな」
紙袋を片手に持つ桃を見て、楓はそんな言葉を漏らしていた。
──商店街から図書館へと移動した三人だったが、図書館だからと断じるには疑問が生じるほどの薄暗さだった。
「■つけた! ■■■■さん!」
「あれっ!? なんか見づらい!?」
「桃ちゃん。町に戻ってきてたんだぁ」
「ど■■■そんな格好を?」
「ノイズが酷いな……」
ザザザザ、と砂嵐のようなノイズに紛れて、二人の会話が途切れ途切れとなる。
ホッケーマスクを付けた、声と輪郭から少女と判断できる相手は桃と会話を交わす。
「■ンシ■■上■る■■■■……あと■れてるから。■■■■何度か■■■■の謎■■■……、■■■■のって怖■■■■……」
「桃? もしかして調子悪いんですか?」
「違う。こんな会話知らない、この人は……この記憶は……一体、何……?」
「こいつ……もしかして」
桃の疑問の裏で、楓の疑問が口から漏れる。桃が知らない相手だが、第三者としての視点から、楓はなんとなく少女の正体を察した。
「この人と会ったときに、こんな会話はしなかった。ただ名簿を貰っただけの筈」
「……忘れていたのか?」
「いや、こんなインパクトしかない相手を忘れるわけがないと思う」
まあ、確かにな。といってホッケーマスクを見る楓。そのマスクの奥から出たくぐもった声は、やはり雑音の混ざったノイズであった。
「……■れ? 桃ちゃん、■■■■■魔法かかってる? ■■■見えない……。桃ちゃん、誰かに■■■■■ない?」
「えっ! いえ、■■自分で考■■ここに……」
何か聞かれたのだろうかぶりを振る桃に、少女は少し考える素振りを見せる。
そして、何処かからクリップで留められた紙束に貼られた電話番号を彼女に見せた。
「とりあえず、光闇系の人がこの町に住みたいならここにファックスでお手紙を送ってねぇ。町の色んな所にアクセス■■■ようになるよ」
そう言って、続ける。
「システム名は、■■役所! ……じゃあこれ引き継ぎ書類。私インドア派だからわからないことあったら聞きに来てねぇ」
「わかりました」
桃は引き継ぎの書類、大量の名簿を渡されて会釈する。帰ろうと踵を返した桃と共に図書館を出ようとした楓は、小さな独り言を耳にした。
「……本当に、今日この時間に名簿を受け取りに来た……貴方の言うとおりなんだねぇ。
出来ることが無くてごめんね、桃ちゃん──
「──グシオン……?」
──何故そこで自分の名前が? そんな疑問を問える筈もなく、少女──グシオンはそれっきり、図書館の奥へと消えていった。
──夜、記憶の通りに名簿を受け取り、桃は記憶通りに誰何へそれを渡した。
「すご~~~い! やっぱりこの町、神話級の魔族がたくさん住んでる!」
「よかった。あの、調査中に買ったコロッケ、食べますか?」
「コロッケはかわいそうだから食べられないや、ごめんねっ」
「そ、そうですか……」
さらりと拒絶しながらも、誰何は名簿を片手に気分を好くして言葉を続ける。
「桃ちゃんが居なかったらこんなに早く見つけられなかったよ! これで色々進められそう。少しずつ、
「あの、桃……顔色も悪いですし、今日はもう中断しませんか?」
「いや……大筋は間違ってないのに私の知らない記憶が出てきた。まだ何か隠されてるかもしれないし、もう少し続けよう」
シャミ子の心配を受け流し、続行を決める桃は、拒絶されたコロッケを後ろで立っている二人に渡して問い掛ける。
「夢コロッケいる?」
「食べます食べます!」
「楓は?」
「…………いや、俺は要らない」
「──か、楓?」
見上げた桃は、楓の顔を見てぎょっとする。コロッケを一つ咥えたシャミ子も、体を強張らせる。拒否した楓の顔は、酷く歪に──今まで見たこともないように暗く。
「さっきみたいに戻したら、困るだろう?」
そう言って口角をひきつらせて笑う顔は、泣いてるようにも見えて──当の楓は、桃の記憶を通して、誰何の犯した罪を理解する。
桃は知っているのだろう。シャミ子はこれから知るのだろう。楓は理解してしまったのだろう。那由多誰何がどんな魔法少女なのかを。そしてこれから──この町で虐殺が起こることを。