那由多誰何が名簿を手にして以降、なにかと家を出ることが多く、部屋に桃が残される回数がだんだんと増えてきていた。
やれ危ないことがある、やれ痛い思いをしたらかわいそう。つらつらと言葉を並べた誰何は、それから使い魔のウリエル──手足が手錠で拘束された羽の生えたウリ坊を彼女に投げ渡した。
「……ウリエルさん、手のやつ外した方が遊びやすくないですか?」
折角だからとカードゲームに興じることにした桃がふとそんなことを聞くと、ウリエルはイエスマム! と言ってから続けた。
「自分も外したい気持ちはあるのですがッ────ギャアアアアア!!
諸事情で『イエスマム』と『ハイ』しか言えないのです!! 質問しないで!!!」
「い、いえすまむ……」
何らかの制限があるのか、ウリエルは電撃を浴びながらそんな風に叫ぶ。
明らかにドン引きしながらも、桃はとりあえずとそう返していた。
「もしかしてなんだけど……スイカさんに、何か……されてます?」
「……イエスマム」
「もしかして……助けてほしかったり?」
「イエスマム! イエスマァァァム!!」
「あの女、なんなんだ……」
「私にもさっぱりです……」
ここまで自分の使い魔に恐れられている那由多誰何とは、と、楓とシャミ子は戦慄した。それからウリエルがカードを動かして作ったメッセージを見下ろして、その真意を読み取る。
「『こうえんさくら』……あの公園の桜か。そういえば、この頃はまだ咲いていたんだな」
「桜の公園? スイカさんにはバレない方が?」
「イエスマム! イエスマム! イエスマム!!」
「わ、わかったから」
窘めるようにそう言って、早速と桃は家を出る。夜道を駆けて、住宅街を走り、公園に向かいながら──ふつふつと那由多誰何への疑問が湧く。桃のなかにある違和感が、膨らんで行く。
あまりにも真っ直ぐな瞳、居なくなった姉への淡々とした態度、喪服のような黒い服、口癖のような『かわいそう』という言葉。
そして湯水のように空中から取り出される、まぞく討伐の特典カード。
『──時は来た』
そんな疑問を押し退けるように、木の根の近くに座るメタ子がそう言った。
『この木の周りは最も結界の力が強い場所。あの魔法少女は立ち寄れぬ』
「メタ子……!? 無事だったんだ、よかった……どうしてこんなところに」
『ウリエルとは旧知の仲。我々ナビゲーターは、天の記録を介して薄く繋がっている』
尻を持ち上げて、くるりと背中を向けると、メタ子は根っ子の近くを前足で引っ掻く。
『急げ、時が来る前に……ここ掘れにゃんにゃんである』
訝しむ桃が言われるがままに傍らに座ると、メタ子は一拍置いて更に続ける。
『那由多誰何は何処にでもいる賢く優しい子であった。まこと光の一族の愛する子らを導き助けるに相応しい巫女であった。だが──神話の時代から時は過ぎ、徐々に徐々に、我々とスイカの関係は歪なものになっていった』
「……長い時間を生きすぎて、おかしくなっていった、ということか」
「楓くん?」
「……いや、経過を見守ろう」
メタ子の独白に呟くように独りごつ楓は、シャミ子の言葉にかぶりを振って、桃が掘り返したモノを見下ろす。そこから出てきたのは、いつぞやに掘り返したことがある壺だった。
楓が枯れた桜の根元から掘り返した際は何も入っていなかったにも関わらず、かつてのそれにはこれでもかとカードやコインが入っていた。
その壺から溢れる膨大な量の魔力に、ぐにゃりと視界が歪んで楓は思わず膝を突く。
「ぐ、ぅ」
「楓くん! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫、大丈夫だ……」
桃の過去を見てからどうにも違和感を覚える楓の態度を、シャミ子は指摘できない。
『それは千代田桜が、ある大まぞくを封印した時の物。桜はある目的でカードを切り、なおその量が余った。時が来たら使え』
「お姉ちゃんがまぞくを封印!? お姉ちゃんはまぞくを守りたい人だよ? そんなこと……」
『時が来た! 隠せ!』
「──も~もちゃんっ」
声を荒らげたメタ子に言われた通りに、桃は即座に壺を隠す。すると、背後には、夜景に溶け込むような黒色が立っていた。
「心配したよ、探しちゃった。あれ、メタ子だ」
「スイカさ──」
「桃、待て──」
楓は咄嗟に桃を止めようとするが、当然ながら、過去の出来事に介入することは出来ない。あっけらかんとした態度で討伐カードを切った誰何は、桃とメタ子を『呼んだ』。
抵抗できないように、逃げられないように、確実に手元に呼び寄せる為だけに、那由多誰何はわざわざカードを使った。
過去の桃はこの時点で、それを見ていた楓たちもまた、那由多誰何が結界に阻まれている──町に歓迎されていないことに気づく。
──言葉遣いは優しいのに、薄ら寒いと桃は思う。──おぞましく、気持ち悪い。楓はそう考える。──『もう休んでいいよ』と、誰何はメタ子にそう言った。
──家に帰った桃たちは、お喋りが出来なくなったメタ子の嘆きにも聞こえる鳴き声を聞き続ける。情報源を黙らせるという行為を、彼女はさらりとやってのけていた。
──またもや誰何が部屋を留守にしているとき、桃は町のまぞくを探しに家を出た。
先ずは図書館に訪れて、と。そうした桃は、しかしてあの時のまぞくと出会えない。
「あの、お面を被ったまぞくが居ましたよね? 質問というか、相談があって」
「まぞく……? いえ、そのような方は見たことがありませんが……」
「そんなはず──黒ずくめのコスプレをしたまぞくが居ましたよね!? ほんの数日前にも、この席を占領していて…………」
さっと指差した方向にある、少女が──グシオンが座っていた筈の椅子を見れば、そこには黒焦げの椅子が鎮座している。
「……なんかこの椅子焦げてませんか?」
「あら? 焦げてますね、片付けないと……」
まるで今気づいたかのように、眼前で起きている異変に無頓着な司書の言葉に、桃は目を見開いて何かを察したように眉をひそめた。
「ここにカッパの親子? そんなの居たかなぁ」
「鳥のまぞく? さあ……知らないけど」
「この土地ならずっと前から空き家だよ?」
──居ない。
どの家にも、どの店にも、そこに居た筈のまぞくが、徐々に徐々に、少しずつ。
その姿を、残滓を、形跡を──最初から存在していなかったかのように消している。
桃の中にあった疑念はやがて確信に。
その真偽を問い質そうとして、彼女は部屋の中で
「いててて……あれ、桃ちゃん」
「スイカさん、あなたはこの町に住んでいるまぞくを封印してますね」
「…………えっ?」
「その水筒の中身は何? ここは姉が命懸けで作ったセーフティゾーンです。答えてください、あなたはこの町に何をしたっ!」
桃の言葉に、演技でもなんでもなく本気で困惑している誰何は、困ったように返した。
「あれ、あれれ? 桃ちゃん、何か誤解してるよ。最近は魔族だって人間と大して変わり無いんだよ? 封印なんてしてないよ……」
「…………あ?」
──ズキリと、楓の頭に痛みが走った。桃の背後で、シャミ子の隣で、ズキズキとした激痛に、ぶつかるように壁にもたれ掛かる。
「かえ、で──くん」
「────那由多、誰何」
「…………かっ、かえでくん」
痛み、痛み、痛み。頭が割られているのではないかと言うほどの激痛から、楓の意識が飛び飛びになる。チカチカと、フィルムの間に何かを挟み込むように、記憶が割り込まれる。
痛み、父親、激痛、来訪、痛み、母親、死、父親、誰何、痛み────那由多誰何。
「──大丈夫」
さも子供をあやすかのように、窘めるように呟くと、誰何は一拍置いて続ける。
「ちゃんと、苦しまないように殺してるよ」
にっこりと、聖母のような優しい笑み。その裏に──あまりにもドス黒い死を隠して、那由多誰何は桃に笑いかける。
「……ああそうか、全部、思い出した」
──場面が切り替わる直前のブラックアウト。
全員の
「お前が両親を殺したんだな、誰何」