【完結】まちカドまぞく/陽夏木ミカン攻略RTA   作:兼六園

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 那由多誰何の犯した罪を知り、夢から覚めるべく外に合図をする桃を余所に、シャミ子と楓はメタ子に呼び止められた。

 

『シャドウミストレス、秋野楓。汝らはまだ目覚めの時ではない。まだ、汝らには見せるべきものがあると感じた』

「え……?」

「……俺もか」

『うむ』

 

 ちらりと桃を見る楓は、姿を消す桃を見送る。どうやら外からの刺激で起こされたらしく、顔をシャミ子たちの方に戻せば、そこには厳重に鎖で縛られた扉が現れていた。

 

『これは、ある大まぞくに封じられた──幼少期の桃の記憶である。この扉は大まぞくによって厳重に封じられたモノ。我にも汝にも桃にも開けられぬ、永久に開けなくていいモノである』

 

「大まぞく……?」

 

「開けられないならどうして見せた? 俺たちに、何をして欲しいんだ」

 

 メタ子を見下ろして、楓は淡々と話す。その様子を見て、シャミ子は()()()()()と感じる。

 

『代わりに汝らに授けたいのは()が記憶。猫の(われ)が見た、桃と桜の出会いの場面である。

 ここから先で目にしたことは桃にも、何人(なんぴと)にも話すな。約束できるか』

 

「は、はいっ」

「ああ」

 

『よろしい、ならば──時を戻そう!』

 

 

 突如、ガクンと足場の感覚が消え、二人と一匹は宙に投げ出される。

 

「何────っ!?」

 

 シャミ子の疑問符の混じった悲鳴を聞きながら、楓たちの視界が切り替わった。

 そこは日本ではないだろうどこか遠くの雪国。()()()()()()が響き渡る──戦場だった。

 

「ここは……」

『我の記憶の中である。ついてくるがいい』

 

「──メタ子。生きてる子が居るかもしれない、通じそうな言葉で呼び掛けて」

 

 メタ子について行くシャミ子と楓は、軍服のような冬服に身を包む千代田桜を見つけた。彼女の指示を聞いて、メタ子は大声で問い掛ける。

 

『Організація, що контролює вас, впала

 Ви не маєте більше вчиняти самогубства』

 

「何語!?」

「……聞き覚えが無いな。ロシア語……じゃない、どこか北の言葉だとは思うが」

 

 厳密にはウクライナ語であるそれを理解できないままでいる二人が疑問を覚えるが、その意識は桜の横に居た人物に逸れる。

 

()()()っ後で泣け! 今は防げ!」

「スイカ……? ひえっ!?」

「──那由多誰何……っ、……?」

 

「……どうしてこんなことができるんだ……あんまりだ……かわいそうだ……」

 

 そこには三角座りでさめざめと泣いている那由多誰何の姿があった。

 ざわ、と心が荒れる楓の目に映る彼女を見て、楓は何かが()()と感じる。

 

 よく見れば桜と誰何は雪で出来た壁を背にしており、その横から顔を覗かせた桜が、地面の下から開けられた蓋を押し上げる少女を見つける。その桃色の髪色が、正体を物語っていた。

 

「Лише я не вмер

 Здаюсь」

 

「……も、桃?」

「そのようだな」

 

 降伏を指すようにして手を上げ、あれよあれよと保護された少女は、桜が用意したインスタントのうどんを手に困惑している。

 

「……Що це?」

「うどん! うどん! 絶対美味しい!」

 

 そう力説され、困惑を残しながらも少女はずるずるとうどんを啜る。

 

「かわいそうかわいそう。いっぱいたべて」

「スイカも食べな」

「えっ! ぼ、ぼくは……」

「体冷えてるでしょ! ダシだけでも飲め」

 

 恐らくこの頃も()()以外は口にしないのだろう誰何に、それを理解している桜はそれでもとカップ麺を押し付けた。

 

「今は共闘してて私がリーダー。全ての業は私が背負う。のんどけっ」

「桜ちゃんはぼくのことよく分かってくれてるよねぇ」

「いや全然わからんよ? きみ変だもん」

「……たまぁに食べると美味しいんだよね」

 

「──不思議な感覚だな。これは過去だ、つまり那由多誰何は()()おかしいのか、()()()()おかしくなるのか。全くわからない」

「楓くん……もしかして、怒ってますか?」

 

 ダシだけを飲んで残りを少女に渡す誰何を見ながら、楓は手を強く握る。

 心がざわざわと荒れて落ち着かない。誰何を赦すべきではないかという考えと、赦してはならないという考えがせめぎ合っている。

 

 眉をひそめてかぶりを振ると、彼はシャミ子にぎこちない笑みを向けて口を開いた。

 

「全部後回しだ。今は記憶を見よう」

「…………はい」

 

 視線を三人に戻した楓たちは、桜の問い掛けを翻訳するメタ子に声を耳にする。

 

「ねえ、君、名前は?」

『Як тебе звати?』

「Мене звуть Операція 27」

『──無いそうだ』

 

 辛うじて27だけは聞き取れた楓が、メタ子の返しが気遣いであると察しながらも、桜が少女の頬を撫でながらした提案に目尻を上げた。

 

「じゃあ~~『モモ』って名前で呼んでもいいかな、ピンクで綺麗な花がもうじき咲くんだよ。ねえ君、うちの国に来なよっ」

 

「あっ、桜ちゃん。解散する前にれんらくさき……おしえて?」

 

「えっごめん無理。なんか死ぬほど電話掛けてきそうだから」

 

 

 

 

 

『それから桃は桜と共にこの町にきて、時がたって、たって、別れの時が来た』

「あの、今の記憶は桃の話と違います。だって桃は施設で育ったって……」

『それは大まぞくに上書きされた架空の記憶だ。見よ、汝の父、大まぞくヨシュアの姿を』

 

 場面が移り、そこは桃の家の寝室。桜が眠る桃の隣で、件の男を招き入れる。

 

「入ってきて、ヨシュアさん」

「──お邪魔します」

 

 あどけない少年のような姿に、驚くほど低い声色。それでいて頭と腰から伸びた角と尻尾が、人ならざる存在であると証明していた。

 

「この子が例の桃さんですか?」

「うん、この子が保護されるまでの記憶を消して欲しいんだ。普通の施設で育った思い出にでも上書きしておいて」

「わかりました! ボコボコに消しちゃります」

「あと……私への過度な愛情も消しておいて」

 

 さらりと言い放つ桜に、ヨシュアはきょとんとした顔で返事をする。

 

「えっ……?」

「これから大変なことになるからこの町を離れてもらいたいのに、話を聞かなくて」

「それは、ちょっと……」

「あ、やっぱ嫌? ごめんごめん」

「いえ、難しいだけです」

 

 ──辛い記憶は兎も角、愛した記憶は消しづらい。なんらかの切っ掛けで簡単に戻り、夢魔はどうあがいても真実の愛には勝てない。

 

 ヨシュアの語りに、桜はそっかあ……と呟いて、片手で顔を覆いながら続けた。

 

「ちょっと優しくしすぎちゃったかなぁ。この子には普通の人生を生きて欲しいな……整合性が取れる程度に上手く消してくれる? ごめんねぇ、こんなことさせちゃって」

 

「いえいえ、こういう時のためのまぞくですからっ。任せてください!」

 

 にこりと笑って、ヨシュアは今現在シャミ子が所持している『なんとかの杖』をペンのように握って桃にかざす。

 

「……桃さん、ごめんなさい。新しい町で……僕がこれから奪う、桜さんとの思い出を塗り替えられるような──生きる理由になる、素敵な誰かと出会えますように」

 

 それは正しく親のような口調で、優しく桃に語りかけるヨシュア。その光景を見ながら、ようやく合点が行った楓は呟くように言う。

 

「──誰何はあのとき、自分と鉢合わせた桃が何も覚えていないことに安堵していた。()()()()()()()()()()()()()()()安心したのか」

 

「そうだったんで──「シャミ子! 楓も聞こえる? ねえ、大丈夫!?」声が──」

 

『……時が来てしまったか』

 

 二人は意識が浮上する感覚──夢から覚める感覚を覚え、これが最後とばかりにメタ子が二人へと一息で語りかける。

 

『大まぞくの子()よ、今日は話せてよかった。メタトロンが宿る猫の体に残された時間は少ない。我々案内役は弱き子を正しく導くために生まれた。その(ことわり)が今の時にそぐわぬ、歪な(いにしえ)の遺物であってもだ。

 

 そして我は個人的……いや個猫的に桃の幸せを心から願っている。桃を、頼むぞ』

 

「────」

 

「ああ」とか、「任せろ」とか、とにかく何か言おうとして口を開くが、最後まで何も言えずに、楓たちは意識を暗闇に落とした。

 

 

 

 

 

「──楓くん!!」

「────ミカン」

 

 はっと意識が覚醒した楓は、恋人(ミカン)の声に体を起こす。畳の上に座るように起き上がった楓に、彼女は飛び付くように抱き付いた。

 

「楓くん、私っ、何も分かってなかった……」

「…………ああ、大丈夫。大丈夫だ」

 

 ミカンの肩越しに、それとなく尻尾を不安そうに楓の膝に触れさせるリコにも目線を向け、それから楓はそっとミカンを押し退けて立ち上がると、ポケットから落ちていた携帯を手に踵を返す。

 

「ど、何処に行くの?」

「少し風に当たる。今は……何も言うな」

「あ──わ、私もちょっと風に……」

 

 足早に玄関に向かう楓と、その背中を追うシャミ子が桃の部屋から出ていった。

 

「──ねえ桃、楓くん、楓くんはね……」

「まぞくと人間のハーフ、でしょ。なんとなく、雰囲気で察したよ」

「……言おうとしてはいたみたいなの」

「分かってる。ちゃんと分かってるから」

 

 

 

「頭がどうにかなりそうだ」

「……私もちょっと、そんな感じです」

 

 外を歩き夜風で頭を冷やす楓の言葉に、シャミ子が返す。

 

「那由多誰何のしてきたことは許されることじゃない。でも自分の願いを語る顔は本気だったし、桃の境遇に悲しむ顔は嘘じゃなかった」

 

 喉に言葉が引っ掛かり、荒く呼吸を繰り返して、楓はようやく本心を絞り出した。

 

「──誰何を許せない。でも……許してやりたい。(こころ)が……苦しいよ、シャミ子」

 

「私だって……誰何さんの事がわからない。それでも私は、私たちは……色んな人に守られてきていたんですね。守られるだけじゃなく、守れるまぞくに()()()()です」

 

 フォークの形をした杖を掲げて足を止めるシャミ子に、疲れきった顔をした楓が足を止めておもむろに振り返る。

 

「──苦しんでいる桃は愛おしい? 全然違います。あの人は見たことがないだろうけれど、桃は笑顔が一番可愛いんです。()()()()じゃない。()()んです────『かいふくのつえ』」

 

 ごう、と魔力が杖に集まり、そうしてヨシュアが使っていたのと同じ形状の杖となる。

 出来た──と喜ぶシャミ子を前に、ふと、楓の携帯が震えた。

 

「……もしもし」

『あ、もしもし楓? 杏里だけど~ごめんねこんな時間に電話しちゃって』

「いや、夜の散歩中だ。それで?」

『ああいや、押し入れの整理してたらさあ、楓宛のDVD見つけたんだよねぇ』

「……なに?」

『いや、なんかさあ――』

 

 一拍置いて続けられた杏里の言葉に、楓は思考を停止させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『このDVD、【15歳になった楓へ】って書かれてるんだけど……』




・Організація, що контролює вас, впала
(汝らを支配する組織は崩壊した)

・Ви не маєте більше вчиняти самогубства
(もう自殺する必要は無い)

・Лише я не вмер
(私だけ死ななかった)

・Здаюсь
(降伏します)

・Як тебе звати?
(汝の名前は?)

・Мене звуть Операція 27
(オペレーション27)

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