早朝。休日ということもあってか、珍しく楓は
しかし、抱き枕のように強く抱き締め、相手の胸元に顔を埋めて眠っている楓は文字通りの爽やかな桃のような香りに違和感を覚える。
「──桃?」
──なんとなく、普段の桃とは違う匂いだと思った。そんな些細な違和感に気付いて、楓は抱き締めていた相手の正体を見ようとして起き上がり、布団を捲った先の
「……えっ」
「……おはよ」
ころりと寝転がり、眠そうな顔で楓を見上げているのは、良子に近い背丈をした桃色の少女だった。眠気が残る頭の中が混乱で埋め尽くされている楓の服を引っ張りながら少女は言う。
「……もう少し寝よ?」
「桃が、小さくなってる……」
「なに言ってるの?」
疑問符を浮かべる少女に裾を引かれる楓は、携帯で時間を確認する。休日なら昼まで寝ても罰は当たらないだろうと思い、少女と共に横になろうとして──扉の開閉音を耳にした。
「ただいま……楓、その子誰」
「──桃? えっ、じゃあこの子誰?」
「いや、私も知らないんだけど」
「…………ねむい」
朝からフルマラソンすなわち朝フルを終わらせて帰って来た桃は、自分の恋人が小さい自分と同じ布団で寝ようとしている場面に出くわす。
何が起きているのかわからない。
しかしそれと同時に、確かに桃の心に薄暗い感情が灯った気がした。
「これは一体どういうことなんですか?」
「俺も同じ事を聞きたいよ」
緊急事態と称して、楓と桃はいつものメンバーに連絡して呼び出した。布団を畳んでスペースを確保した楓の部屋の居間に、シャミ子とミカン、小倉が集まっている。
楓の胡座をかいた足の隙間にすっぽりと収まる少女──小さい桃は、眠いのか畳の目を見ながらボーッとしている。
「──それで小倉、何か分かったことはある? 私も何がなんだかさっぱりなんだけど」
「うーん……流石に過去の千代田さんが未来に来たとか、偽物とかまぞくが化けてるとかは無いんだろうけどねぇ……」
小倉が持ってきていた本を二人で読み進めて情報を探る。
その傍ら、桃は横目でちらりと楓たちを見た。小さい自分が楓に寄り掛かり、時折その頭を撫でられている。異様なほどに──その光景にムカついている自分が居た。
「っ────」
「というか、もう直接聞いたらいいんじゃない? アレを見れば敵対してないのはわかるわよ」
「小さい桃は前に夢で見ましたが、やっぱり当時からあの格好だったんですね!」
「……じゃあ聞いてくるよ、あとシャミ子はその事について後でお話しするから」
やぶ蛇! と震えるシャミ子を余所に、桃は楓の元に向かう。
背中を楓に預けて力を抜いている小さい自分に視線を合わせるように屈むと、単刀直入に聞く。
「君は誰なのかな」
「……私? 私は千代田桃だよ」
「は?」
「短気すぎるぞ桃」
頬をひくつかせて眉を潜めた桃から小さい桃を庇うように座ったまま距離を取る。
一連の会話を聞いていた小倉が、不意に思い付いたように横から割り込み質問を変えた。
「じゃあもう一つ聞くんだけど~、小さい千代田さんは座椅子のお兄さんが誰で、君とどんな関係性なのか説明できるかなぁ?」
「誰が座椅子だ……」
「……お兄さんは秋野 楓でしょ?」
それで、と続けて一息間を置いて答える。
「────
そう言って、小さい桃は見上げて視界に映った楓の首に顔を近づけ、リップ音立てながら吸い付くようにキスをする。
流し目で桃を見ると、まぶたを細めてキスを続けながら笑う。それは露骨な挑発だった。
「は──?」
「まぁ、大胆」
「ほぉー……!」
「……なるほどねぇ~」
ビキ、と額に青筋を浮かべる桃を、ミカンとシャミ子が二人で羽交い締めにした。
眼鏡の位置を直しながら、小倉は頭の中で情報を整理して呟く。
「うん、この小さい千代田さん……便宜上
「つまり? ……小桃はそろそろやめて」
「やだ」
「やだじゃないが」
首から顔を離そうとして、甘噛みまでしてきた小桃を引き剥がして座り直す。
動けないように後ろから腕を回して身体をホールドし、楓は小倉に聞いた。
「なんで、その結論に至ったんだ?」
「それは小桃ちゃんの発言からだねぇ。仮に小桃ちゃんが見た目通りの……大体9歳くらいとしたら、その時楓くんには会ってないんだから楓くんにそこまで懐くのはおかしいんだよぉ。
──恋人だって断言までした点からも、考えられるのは一つ。小桃ちゃんは、千代田さんの募った欲望や願望という器に魔力が満ちて動いている分身体なんだねぇ」
自信満々で知識と推理を披露する小倉は咳払いして更に続ける。
「闇堕ちとは違うから魔力を垂れ流してるわけじゃないし危険ではないけど、生まれた原因が原因だから……後の友好な関係の為にも問題は解決した方がいいんじゃないかなぁ?」
「……私の、何が原因だって言うの?」
「それは千代田さんにしかわからないし、なんとなく分かってるんじゃないかなぁ。尤も、普段から毎日のように楓くんとイチャイチャしてるのに何が不満なのかはわからないけどねぇ」
不満は不満でも欲求不満なのかなぁ? とわざとらしい口調で締めた。子供の前だぞ……という楓の声には無視を決め込む。
「桃は楓くんと毎日毎日イチャイチャイチャイチャ、一体何が不満なんですか?」
「そうよー、この間なんか商店街で腕組んで歩いてたって杏里から聞いたし」
「見られてたのか……っ!」
うぐ、と痛いところを突かれた声を出す桃を見て小桃はくすくす笑う。
「笑わないでくれるかなぁ……!?」
「ミカン、シャミ子。あんまりからかうんじゃないよ、杏里の視線なら俺は気付いてたけど」
「じゃあ言ってよ!?」
「だって──」
楓は当時の桃とのデートを思い出す。
皆が出払っているからと、二人きりの買い物をしていた時だった。
腕を組んで歩く提案をした桃は、頬を赤くしながらも嬉しそうだったのだ。
──友人が見てるぞと言ってやめさせるには、あまりにもその顔が魅力的に映りすぎた。
「……まあそれはいいとして、具体的に俺は桃と小桃に何をすればいいんだ?」
「二人が望むことを、だよ~。何もかもを全て受け入れてあげてねぇ」
大雑把だなと言い、顎を小桃の頭に乗せる。楓が密着してきて勝ち誇ったような視線を桃に向けて、またもや桃を煽っていた。
「……それじゃあ、あとはお若い三人に任せようねぇ。私たちはお邪魔だから~」
その様子を見ていた小倉は棒読みで言う。ちら、とミカンたちを見て合図した。
「──! そ、そうだったわね。私もウガルルにご飯作らなきゃ~」
「えっ、えーっと……私はその……お父さんボックスを磨くので!」
仕事が終わった職員かのように小倉たちは三人でぞろぞろと玄関に向かった。
残された桃は楓と小桃の前に座って、無言で俯いている。すると、ひょっこりと顔を居間に覗かせてきたミカンが三人に小声で言った。
「ちゃんと防音の結界貼っておくのよ?」
「君は俺たちの母親かなにかか」
「オホホホホ」
親友と友人の営みの邪魔はするまいと、それだけ言って部屋から出ていった。
改めて三人で向き合い、楓は小桃に降りて貰ってから話す。
「桃は、何かしてほしいことがあったの?」
「……それは……」
「言いたくないなら、私が言おうか?」
「────」
俯いて、口を開いて、閉じてから深呼吸する。
「……楓とこうやって過ごしてから、私は──どんどん欲深くなってる。
楓が優しいから、その優しさに甘えて……もっと、もっと、って」
「──お兄さんに甘えたい。愛されたい。自分だけを見てほしい。
……離れないでほしい、って」
桃と小桃に挟まれて、頭を肩に置かれて耳元で声を出される。ぞわぞわと背筋を寒気が走り、首筋にかいた汗を嗅ぐ鼻音がした。
「小倉に話し掛けられてるのを見て嫉妬して、杏里と話してるのを見て嫉妬した。皆に優しい楓を見てると、どうしても心配になるんだよ」
「
二人がかりだが、それでいて優しく楓を押し倒す。桃が左手を、小桃が右手を掴んで動けなくすると──二人は楓を見て少しずつ呼吸を荒くする。
「楓をぐちゃぐちゃにしたい」
「私をぐちゃぐちゃにして」
左右から己の願望を、欲望を同時に吐露して行く。汗と一緒に、桃の香りが部屋に充満する。
「──桃」
一言で、二人を纏めて呼ぶ。楓は優しく笑って、小さく呟いた。
「いいよ、おいで」
「っ──楓は、そうやって……!」
「お兄さん、お兄さんっ!」
二人で半分ずつのし掛かり、馬乗りになって荒い呼吸を繰り返す。
「──私みたいな醜い奴を受け入れるなんて、楓はお人好しだったんだね」
「今更だね」
「……我慢出来ないけど、仕方ないよね。だって────」
瞳を妖しく輝かせて、桃たちは楓に顔を近付けると熱い吐息を耳に吹き付けながら──
「──
そう言って、首筋に歯を立てた。
R-18√に続きます。続きを期待する方はワッフルワッフルと書き込ん以下略(古のオタク)