募る思いとは?
イズハが五月雨、涼風、大潮、満潮、荒潮の5名を指揮して4日。
満潮は…、講義にすら顔を出さなくなった。
原因は初対面のイズハなのだが、総司令官である秋山の元へ訪れ、詳細を聞きに行った。
秋山から告げられたことにより、イズハは衝撃を隠せなかった。
それと同時に、怒りが込み上げて来たのだった。
「なぜ、それを黙っていたんですか?」
イズハの問いに、秋山は言葉を噤む。
満潮にあのような出来事があった事を知っていれば、絶対に煽るような行為をしなかったからだ。
満潮の過去。
自身が取り残され、艦隊が全滅。
そう簡単に立ち直れるものではない。
「それは…、満潮は演習成績だけ見れば、即戦力になり得る。だからこそ、優秀である君の元で演習を行えば、何か変わると思ったんだ…すまない」
秋山が頭を下げると、イズハは溜め息を零す。
「心の傷なんて、そう容易く治るものではありません。指揮官を失ったのなら、尚更です」
イズハは自身の行いを悔いた。
事情も知らずに満潮の負った傷に塩を塗り込むような事をしたのだから。
そして、再び満潮のもとへと足を運んだ。
「失礼する」
イズハが入室した瞬間、金属製の時計が飛んできた。
それを片手で掴む。
「何しに来たのよ!あんたの顔なんて見たくない!!」
満潮は顔を歪ませながら、イズハを睨む。
完全な拒絶だ。
もう何を言っても聞く耳は持たないだろう。
「分かった。これだけは言わせてくれ」
イズハは脱帽し、頭を深々と下げる。
「すまなかった。君の事情も知らず…」
満潮は返事の代わりに枕を投げつける。
「帰れ!!」
と、締め出されてしまった。
イズハは深い溜め息を零しながら、その場を立ち 去った。
満潮は苛立ちながら、布団に潜り込むと、腹が鳴る。
苛立っていても、減るものは減る。
満潮は渋々、食堂へと向かった。
向かう途中、苛立つ思いが募るばかりだった。
そんな事を思い浮かべながら、廊下を歩いていると、廊下の曲がり角から、笑い声が聞こえて、ふと足を止める。
呉鎮守府に在籍する提督達であった。
「それにしても佐世保から、研修ねえ」
「新設鎮守府だか知らないが気の毒なもんだぜ」
「俺だったら嫌だね。あの満潮もいるからな」
「優秀なのは分かるけど、言う事聞かないってのは論外だよな」
「行く当てなかったなら、解体でもすればいいのに」
満潮は唇を噛み締める。
(わたしだって…好きで残って…)
その時、壁にぶつかるような物音が鳴る。
満潮は、そっと曲がり角を覗き込み、すぐに隠れた。
「貴様ら…それでも提督か?」
イズハが、満潮の悪口を言っていた提督に掴みかかって いた。
「なんだよ、いきなり…!!」
「じゃあ…貴様らは、満潮のために何かしたのか?」
イズハは、八つ当たりをしてしまった。
自身が満潮を傷つけたことの怒りを。
「うるせえよ…、お前だって苦労してんだろ」
「確かにな…、俺は満潮に何も出来てない…だがな、何かしようともしてない奴らが、満潮を悪く言っていい理由にならない!」
「司令!」
不知火の声で、イズハは我に返り、胸ぐらを離す。
「行こうぜ…」
提督達は一目散にその場から逃げ出した。
「司令、落ち着いて下さい。研修先で暴力なんて笑えませんよ」
不知火が冷静に注意しているものの、心の奥底では、正直イラついていた。
「落ち着いてるよ…。すまない不知火、見苦しいところを見せたな」
イズハは煙草を懐から取り出して咥える。
「司令…。喫煙所ではありませんし、逆ですよ」
不知火が親指と人差し指で、くいっと動かす。
冷静な口調であったイズハだが、煙草を逆に咥えている時点で、全くと言っていいほど、落ち着いていない。
「満潮の件、どうするつもりですか?」
「何とかするさ。満潮の気持ちは、分からなくもないからな」
(知りもしないくせに…!)
満潮は拳を固める。
「不知火。もし、1人だけ生き残ってしまったらどうする?」
「難しいですね…」
「俺は…死にたいと思った」
不知火は下を向き、隠れている満潮は心臓を 高鳴らせた。
「なぜ、俺だけ生き残ったんだろう。なぜ、俺だけ取り残されてしまったんだろう…。そう思った」
「司令…」
「だが…今なら分かる…。楽だったんだよ。皆がいない現実を目の当たりにしなくて済むから。向き合わなきゃ、見えるものは失うってのに…。生きる事から逃げたかっただけなんだ」
イズハは煙草を懐にしまう。
「皆の分まで生きる…。それが残された者の役目なんだ」
「そうですね…。不知火も皆の分まで生きます…」
「そうだな…。そろそろ戻るか」
「はい」
イズハ達が立ち去った後、満潮はそのまま自室に戻り、考え込んでしまう。
イズハの言葉が、自分に当てはまるものだったからだ。
生きるという意味を…自分が残ってしまった意味を理解しなかった。
理解しようとしなかったのだ。
イズハの言う通り、死ぬという事が楽で目を背ける事を逃げ道にしていた。
(わたしは…今の自分を…三谷司令に胸を張って言えるのかな……)
満潮は机に突っ伏し、横目で写真を眺める。
そのまま、眠りについてしまった。
逃げる事は決して間違いではない。
しかし、逃げてはならない時がある。