大日本帝国海軍において、奮闘する一人の提督の物語である。
部下殺しの提督
男はベッドの上でうなされ、もがき苦しむ。
その姿は、海の中で溺れているようだった。
見渡す限りの闇。
水泡の音だけが男に纒わり付くようにして響く。
呼吸も出来ず、沈んでいるのか、浮かんでいるのかさえ分からない。
男はやがて、藻掻く事を止めた。
「は……」
男はベッドの上で目を覚ます。
視界は暗く、夢であったと理解するまで、数分の時間を有した。
早くなった鼓動。
窓から吹き込む、潮風の匂い。
雲が風で流され、月明かりが差し込み、自分の寝室であると、胸を撫で下ろす。
男は汗だくのままベッドから起き上がり、窓から月を見上げる。
ボサボサとした黒髪に、程よく鍛え抜かれた肉体。
そして、左頬には火傷の跡が生々しく残っている。
男は深い溜め息を零しながら、拳を握り締める。
今でも忘れる事のない、あの日の事を。
※※※※※
6年前。
横須賀鎮守府海域。
護衛艦外ヶ浜。
「通信が途絶しただと?」
彼の名前は、
22歳。
階級は大尉。
護衛艦外ヶ浜を任された艦長である。
外ヶ浜は、艦載機を搭載しており、戦術的爆撃を行い、深海棲艦の注意を引く役割を担う。
「はい。第4艦隊からの応答がありません」
女性通信士である、
年齢は20歳の伍長だ。
斥候の役割を担う、第4艦隊の通信が途絶し、武中は妙な違和感を覚える。
いくら深海棲艦の影響を受けたとして、全く通信が途絶える事はない。
艦娘を介して通信を行うため、障害をそれほど受けることはないからだ。
「護衛艦だってのに、第4艦隊を先行させて待機ってのも…おかしい話だ」
武中の言う通り、それは護衛艦の意味を成していない。
確かに、補給艦の役割も担っているとすれば頷けなくはない。
第4艦隊が先行してから、30分。
何も応答がないのも有り得ない。
横須賀鎮守府海域には、深海棲艦が滞在している。
接敵していても、おかしくない頃合いだ。
そう思っている内に、遥か遠方で爆発が起きる。
「萩丘ッ、第4艦隊に連絡しろ! 第1艦隊にもだ」
武中が指示を出し、双眼鏡を覗き込む。
爆発が起きているのは確かだが、ここらでははっきりとした様子が分からない。
「武中さん…」
「どうした?」
「第1艦隊…応答ありません!」
「何だと!?」
武中が萩丘の元へと向かい、無線機で連絡を取る。
「こちら、護衛艦外ヶ丘。第1艦隊応答せよ」
返答はない。
「萩丘は、このまま第1艦隊へ連絡し続けてくれ!」
武中は、総員に命令する。
「これより護衛艦外ヶ丘は、付近まで前進する!」
護衛艦外ヶ丘は、戦闘海域に近付こうとした時だった。
「……だ………こ………」
「第4艦隊からの通信!!」
「代われ!!」
武中は無線で叫ぶ。
「架!! 無事か!? 状況はどうなってやがる!」
武中が呼んだ架という将校は、三谷架。
候補生でありながら、前線指揮を任された将校である。
「……中…さん……これ……だ」
「架!!」
轟音とともに、無線が途絶える。
「どうなってんだ!? 細谷ッ、谷本ッ!!」
「は、はっ!」
「はいっ!」
武中が部下である細谷と谷本を呼ぶ。
「艦載機で様子を見て来てくれ! 兵装は深海棲艦には通用しない。射程外上空から、出来る限りの情報を伝えろ!」
「「了解しました!」」
2人が司令室から、格納庫へ向かおうとした瞬間、艦内が爆発で揺れる。
「な、何だ!?」
「う、右舷被弾…!! 砲撃ですッ!!」
「砲撃だと!? 深海棲艦か!?」
「いえ…これは…」
萩丘が息を呑み、砲撃方向を確認する。
「第1艦隊からの砲撃です!!」
「第1艦隊だと!?」
何故、攻撃されているのか、状況がまるで理解出来ない。
味方からの砲撃に晒される。
理解しようにもし難い事実だ。
「白旗を上げろ!」
武中は、砲撃を止めさせる手段を講じ、甲板にいる兵士達に命令する。
しかし、白旗を上げるも、甲板にいた兵士諸共…砲撃に晒された。
「味方だぞ…!! 同胞を……ッ!!」
ドォォォォンッ。
更に護衛艦に衝撃が走る。
「右舷、更に被弾!!」
護衛艦が傾く。
先程の砲撃で、右舷に風穴が空き、そこから海水が流れ込んで来た。
「武中さん! 指示を……」
萩丘が指示を求めた直後、司令室へ着弾。
悲鳴を上げる間も無く、爆風に巻き込まれた。
「がは…」
武中は朦朧とする意識の中、火の海になっている司令室で立ち上がる。
左頬には激痛が走り、声を振り絞る。
「誰か…無事な者は……」
見る限りの死体。
助かっている者は、奇跡に等しい。
深海棲艦と戦い、国のために命を棄てる覚悟だだった。
目の前に広がる現実は、あまりにも非情。
味方の砲撃で、乗組員が命を落としている。
受け入れ難い現実が、武中を嘲笑う。
「た…け…中…さ……ん……」
武中は、か細い声を聞き、直ぐに声の方向を捜す。
「は、萩丘……!」
司令室が崩れ落ちた残骸の下敷きになっていた。
上半身が出た状態で、下半身が埋まっている。
「今…助ける…」
武中は、瓦礫をどかそうと力を込めるが、一人の力でどうにもならないほど、重く、熱された瓦礫で両手が火傷する。
それでも諦めず、瓦礫をどかそうと、力を込める。
「武中…さ…ん…逃げて…下さい…」
「馬鹿野郎…! 置いて行く訳に行かねぇだろ!!」
「私の…事は…良いですから……どうか…逃げ……」
「萩丘…?」
武中は、萩丘の名前を呼ぶ。
「おい…萩丘…返事しろよ…萩丘…」
武中は何度も、何度も何度も名前を呼ぶが、いつもの明るい返事は帰って来ない。
「嘘だろ…萩丘……」
武中は落胆し、自分の無力さを痛感する。
悲しみよりも、怒りと憎しみが込み上げてきた。
「許さねぇ…絶対に…許さねぇ…ッ!!」
武中は怒りと憎しみだけで、ボロボロの体を動かし、揺れる艦内を転びながら、砲塔操作桿を握る。
照準を第1艦隊の司令室へと向ける。
「よくも…よくも…仲間を…ッ! 俺達を裏切ったなぁッ!!」
武中は、操作桿を今できる最大の力で握る。
「報いを…受けやがれ…ッ!!」
スイッチを押すと、主砲から砲弾が発射されるとともに、爆発が起きる。
その衝撃で、照準が外れ、第1艦隊の真横に着弾し、海しぶきが高く上がった。
第1艦隊からは、容赦なく砲撃の雨が降り注ぐ。
「くそ……くそ…くそくそくそ…ッ!! くそったれがぁッッッ!!!」
武中の絶叫が響き渡り、護衛艦外ヶ丘は完全に沈黙。
爆風が吹き荒れ、武中は海へ落下した。
護衛艦外ヶ丘は、深海棲艦の砲撃を受け、轟沈したと報告された。
新章、開幕です!