咲 オーラスの向こう側 作:影法師
…目が覚めるのと同時に、隣から少女の寝息が聞こえる。
目を閉じたまま、腕をこっそりと伸ばせば……私の手は、眠ったままの少女の唇に触れた。
「ん…みゅ……のど…か?」
眠そうな陰の声を聴きながら、私は寝たふりを続ける。
…陰を信じる。その言葉がずっと心の中でふわふわ残っていた。
「…ねてう…です…か?……もぅ…」
私の身体に、じっとりと暖かい熱が伝わる。
…休み時間の時、咲さんが陰を起こす時凄い苦労すると言っていたのはこういう事だったんだなぁ…なんて苦笑しながら、片目だけゆっくりと開けて確認する。
「…みゅ……す…ぅ……」
幸せそうな顔をしながら、陰が私を抱きしめて眠っていた。
時々嬉しそうな顔で「のどか…しゃき…」と言っているのを見て、顔がにやけてしまうのを感じる。
「……本当に、今が幸せなんですね…」
前に聞いた過去を思い出しながら、私は陰の頭を優しく撫でる。
…正直、今でも信じる事は出来ていない。でも……
「……調べたら出ちゃったんですよね」
ダークウェブでしか現れない幻のサイト。
裏の高レート賭け麻雀の記録。其処には陰という名前がしっかりと載っていた。
最後に書かれていたVSsukoya……あれは、本物なのだろうか?
「……いえ、違うでしょう。まさかあの小鍛治プロが裏に……なんて、週刊誌に載ってしまったら謝罪案件でしょうから」
小さく呟きながら、私は陰を起こさない様にゆっくりと手を外す。
そしてもはや習慣となったエトペンを抱こうとして……
「……あれ?エトペンは、何処に……確か昨日はちゃんと抱きながら麻雀をして、その後……」
…小さく首を横に動かすと、エトペンはパソコン横の椅子に座らせられていた。
……私が置いたのだろうか?上手く思い出せないが、何かそんな気がする。
「…エトペンがないと寝れなかったのに…どうし……ふふ」
小さく呟くのと同時に、笑みが零れる。どうして…だなんて、理由は一つしかないだろう。
私のベッドで未だ幸せそうに眠ってる少女がいるから、私はエトペンを抱きしめなくても幸せに眠れたのだ。
そのままもう一度ベッドに座り込み、眠りこけている陰を抱きしめ…
「……誰にも、渡したくありませんね」
小さく、呟く。…彼女は“鳥”だ。
掴もうと思っても手からするりと抜けてしまうし、追いかけようと走っても彼女はどんどん飛んでいく。
地面を駆け抜け、海を通り過ぎ、山と並行し……何れ空へと昇っていく。
…だけど、そんな鳥でも眠りはする。
立ち止まり、水を飲んで時々景色を楽しんで……そして思い出を抱いて眠る。
―だからこそ、思うのだ。今なら飛ぶ前に、捕まえられるのでは…?
顔と思考が、陰の方へ引っ張られる。
…手を伸ばせば触れられる距離。もし、抑えつけてしまえば起きてすぐの陰は抵抗出来ないだろう。
……そうすれば…
「…っ!?」
そんなことを考えていた時、ごとりと何かが落ちる音がした。
…顔を音のなった方に向ければ、一つの絵本が落ちていた。
見慣れた表紙に思わず駆け寄って、その本の優しく撫でてから、本を開く。
「…エトピリカになりたかったペンギン…」
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“どうしてあの子のクチバシは綺麗なんだろう?どうしてあの子は飛べるのに、僕は飛べないんだろう?”
そんな疑問から、物語は始まる。
エトピリカは優雅に飛べるから、何処にでも行ける。
とても綺麗なクチバシを持っているから、常に皆に囲まれている。
僕もあんな風になれれば……そんな風に思ったペンギンは飛ぶ練習をしたり、クチバシを磨いてみたりして。
―同じになれば、きっとあの子とも仲良くなれる筈だから。
だけど、結局ペンギンはペンギンのままだった。
誰にも相手されず、“跳ぶ”事は出来ても“飛ぶ”事は出来ない。
…そしてそんな時、眠っているエトピリカを見つけた。
“この羽を取って付けられたら、僕も飛べるのだろうか?このクチバシを交換出来たら、僕も人気者になれるのだろうか?”
歪んだ考えに気付く事もなく、ペンギンはエトピリカに向かって歩いていく。
…そして、エトピリカの傍に辿り着いてからペンギンが羽に手を伸ばしかけた時…
“あ、あなたがペンギンさん?わたし、いちどはなしてみたかったの”
“どうやったらあなたみたいに、じめんをすいすいすべれるのかしら?どうやったら、あなたみたいに、おさかなをつかめるのかしら?”
“…どうして、そんなことを僕に聞くんだい?君には何処へにでも飛んでいける羽や、皆を魅了するクチバシがあるじゃないか”
“きれいなだけのくちばしがあっても、あなたとはなかよくなれなかった。そらをとべるはねがあっても、じめんをすべることはできなかった”
その言葉を聞いて、ペンギンは自分が最初に求めていた“仲良くなりたい”という気持ちを思い出す。
…そして二人は得意な事を出し合った。その中の共通点を探す。
そして最後は海に二人で入って泳ぎながら、会話をして終わるのだ。
“いつか、わたしもじめんをすべれるようになる!あなたといっしょにできること、ふやしたいから!”
“僕も空を飛べるように頑張る!君と一緒に飛べるように、頑張るから…”
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「……今の私は、ペンギンそっくりですね」
小さく呟きながら、私は苦笑した。
…本を仕舞い、陰の事を起こそうとし……
「……陰さん、見てましたね?」
「ふふ。和が好きって言ってたエトピリカになりたかったペンギンの話、気になってたんです。
和の声で聴けて、幸せです」
「…もう」
ベッドで枕を抱えて微笑んでた陰を見て、私は怒った振りをしながら立ち上がる。
…顔を背けながら、照れた顔を見せない様に……そして早く収まるように。
「…全く……早く着替えて出掛けますよ。今日は近くの雀荘に行くんですよね?」
「はい。…あ、服貸してもらえます?」
「へ?良いですけど、なんで…」
だけどその顔の赤みは…
「服持ってきてないのと、和の服を着てみたいってのが理由です」
「…っ……胸は合わないですからね!」
もう暫く、引かせて貰えないらしい。