ブチギレ立香ちゃんの漂白世界旅   作:白白明け

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皆さんの暇つぶしになれば幸いです。m(_ _)m

拡大文字を多用してます。
やってみたかったのです。ご容赦を。







遥かなる旅路の果てを

 

偉大なる皇帝(ツァーリ)‐神の如き獣となったイヴァン雷帝の前に、蒸気王‐バベッジは飛んだ。蒸気を噴き出し異音を鳴らす力強い飛行を見て、丁度、その時にライダーは墜ちた。

イヴァン雷帝を攪乱し続けたライダーの脱落(リタイア)は、この戦いに於ける立香(じぶん)たちの不利を明確に示すものであるとバベッジは判断する。

 

“怒り”。“嘆き”。“暴れる”。そもそもが、そんな神の如き獣を相手に策も弄さず正面からぶつかるという選択自体が間違っていたことを碩学たるバベッジは認めている。

 

ロシア異聞帯に於ける立香の行動は余りに幼稚なものであったと言わざるを得ない。持てる力の全てを使い、全力で事に挑むと言えば聞こえはいいが、策があるなら弄するべきであるし、犠牲を少なくしたいなら搦め手も用いるべきである。

 

それを許容するのなら、別の結末があったのだろう。“大宝具”の使用という勝敗に関わらず1騎のサーヴァントを失う選択をしなくても済む結末もあった筈だ。

 

たとえば、そう。村でのカドックの共闘の申し出。神の如き獣を討つ作戦があると語る(クリプター)の手を立香が取れていたのなら、きっとこの場には6騎のサーヴァント以外にも力を貸してくれるサーヴァント達がいたことをバベッジは見誤らない。

 

「―――だが、しかし、やはり否である。それでは道理が通らず、貴様の怒りは価値の無きモノに堕ちるのだろう」

 

たしかに、いくらでも別の結末は存在していた。イヴァン雷帝を倒す為にカドックと一度は手を取り合う戦いもあったのだろう。あるいはカドックと和解することもできたのだろう。どちらにせよ今よりも、もっと賢い戦い方は確実に存在していた。‐だが、しかし、それはできない。そんなことは()()()()のサーヴァントであるなら、誰であれ知っている。

 

世界は“漂白”された。救った筈の世界は唐突に断絶した。その上で最後まで泣いていた彼女の死も、誰でもなくなってしまった彼の努力も、誰かになれた彼の誕生も、全てが失敗だったのだと吐き捨てられた。

 

「そうである。許してはならぬ。断じて、認めてはならぬ。世界は貴様の理想を叶えなかった。…嗚呼、貴様の怒り(こえ)が聞こえる。嗚呼、貴様の嘆き(こえ)が聞こえる。許せぬだろう。認められぬだろう。全て、()()()()()()()()。神の如き獣よ」

 

厄介な小蠅(コバエ)は叩き落とした。けれど、次に飛んできた者は意味の分からない言葉を並べている。‐同じである筈がない。皇帝として彼が願うのは国の繁栄。世界の平和。皇帝(ツァーリ)の威光を以って遍くものを照らす事。

 

 

「余は守護(まも)る。この国を、世界を、それのどこが、貴様たちと同じだという!世界を壊さんとする貴様たちと!この世界で生きる者全てを虐殺せんとする貴様たちと余は違う!」

 

 

「否。同じである。我らもまた己が世界を守護(まも)らんとするものである。我らは人々と文明の為にこそ在る。故にこそ、私は求めた。空想世界を。夢の新時代を。故にこそ………我らの世界には貴様の世界を砕く価値がある」

 

 

「おお。おおお。おおおおおおお‼不敬なり、許さぬ。余の国を壊させてなるものか‼」

 

 

「その怒りを理解しよう。正しきものと認めよう。その思いあればこそ、私のマスターは貴様と正面から殴り合うと覚悟した。そして、我は命じられた。その勤めを此処に、果たそう!蒸気圧最大‼ディファレンスエンジン起動‼」

 

怒りの前に(さかし)くなることの正しさを彼のマスターは認めない。そこに正しい選択があったのかもしれないと理解しながらも、認めない。

 

許すことが大切だと知ったようなことを言う者はいるだろう。

この戦いが無意味なものだと呆れる者もいるだろう。

 

だが、しかし、それでもと振り上げた意思(こぶし)には確実に宿るナニカがある筈だと‐鋼鉄の巨人はその体躯を軋ませた。

 

「見果てぬ夢を此処に。我が空想!我が理想!我が夢想!その行き着く終焉(さき)を見るがいい‼―――『大宝具(オーバーロード)絢爛たる灰燼世界(ディメンジョン・オブ・スチーム)』‼」

 

異形の世界の大偉業。バベッジの持つ固有結界(宝具)‐それは本来、身に纏う有り得た筈の未来の鋼鉄を強化し、万物破壊の力に変えるもの。だが、しかし、彼の宝具の本来の形はそうではない。現代史に於ける世界の創造と等しき偉業‐コンピューターの基礎概念を打ち立て“父”と呼ばれた彼の宝具の本質が“破壊”である筈がない。

 

それは立香も知っていた。懐かしきカルデアでの彼との会話で聞いていた。‐『我が宝具を真に解放すれば、様々な夢の機械が現れよう』‐その言葉に目を輝かせた。

無論、それはあり得た筈の夢‐空想でしかない。科学者であり魔術師ではなかった彼がキャスターのサーヴァントとして召喚された以上、その霊基は彼の宝具の真の解放には耐えられない。

だから、『絢爛たる灰燼世界(ディメンジョン・オブ・スチーム)』は出力を落し破壊のみを世界に与えた。

 

 

だが、しかし、此処にあり得た筈の夢の世界がやってくる。現実を上回る空想が花開く。

 

 

「おお。おおおおおおお‼なんだ!?何なのだこの世界は!?」

 

 

イヴァン雷帝が驚くのも無理はない。『大宝具(オーバーロード)絢爛たる灰燼世界(ディメンジョン・オブ・スチーム)』の解放と共に世界は姿を変えた。

 

極寒の世界は見果てぬ夢の世界に塗り替えられる。鈍く煌く隕鉄の砂の大地。満天の星空。そして、そこに打ち捨てられた数々の機械たち。人々が空想した夢の機械‐過去未来問わず人類が開発する機械の全てを内包した世界がそこにはあった。

 

此処には何でもある。立香(こども)が目を輝かせる全てが詰まった玩具箱(せかい)

 

探せば“何処にでも行ける(ドア)”もあるだろう。

“空を飛ぶ竹とんぼ”も。“大小を操作する懐中電灯”も。

時間旅行機(タイムマシン)”もあるに違いない。

 

そして、だとするならもちろん、“宇宙世紀に立つ機械の巨人”も間違いなく存在する。

 

空想の世界に於いても比類なき巨大(サイズ)なイヴァン雷帝の前にソレは同じ巨大さ(サイズ)を携えて現れた。姿形は少しだけ変わっている。それでも鈍く輝く鉄色の鎧と黄金の装飾。そして、煌々と輝く意思を燃やす赤い単眼(モノアイ)がソレが彼であることを告げている。

鋼鐵機動戦士‐C・バベッジが大地に立つ。

 

その姿を見て、初めて自分と目線を同じくするものを前にしてイヴァン雷帝は動揺を隠せなかった。

 

 

「…いったい、なんだというのだ。なぜ脆弱な筈の汎人類史(おまえたち)が、余と同等の威光を示さんとする。この世界は、貴様は、いったい何なのだ‼」

 

 

「我が名は蒸気王。有り得た未来を掴むこと叶わず、仮初めと消えた儚き空想世界の王である。我に武勇なく、覇業なく、栄光も有り得ず。この身すべては妄念と夢想に過ぎず、故に――そうとも、故にこそ!我が宝具は真に無尽無限にして無双であると知れ!―――‼」

 

 

神の如き獣‐イヴァン雷帝に引けを取らない巨体(サイズ)となった鋼鐵機動戦士‐バベッジが拳を握る。

 

 

「この拳は我がマスターの意思と知れ。貴様の怒りは正しい。貴様の無念は正しい。その上で、我らも己の正しさを疑わず。故に、殴り合おう」

 

 

「殴り合う、だと?余と、偉大なる皇帝(ツァーリ)である余と、子供の如き喧嘩をするだと………、ふ、ふふ、フフハ!なるほど、それがカルデア、子供の如き貴様のマスターか!よかろう!であれば、知るがいい!余の500年に及ぶ旅路の重みを‼」

 

 

「認識し、理解し、共感しよう。そして、貴様も、我らが歩んだ人理修復の旅路の重みを知るがいい‼」

 

 

「おお。おおお。おおおおおおお‼」

 

 

「おお。おおお。おおおおおおお‼」

 

 

山に等しき巨躯を持つ神の如き獣と宇宙世紀ですら立てるだろう鋼鐵の巨人が殴り合う。鋼鐵の巨人の右ストレートが神の如き獣の横っ面を殴る。神の如き獣の左前脚が鋼鐵の巨人を蹴り飛ばす。重鼻が振るわれる。受け止めて投げ飛ばす。重鼻を振り上げ、天から雷を落す。異音が響き鋼鐵の巨人は姿を変え、蒸気が空を包む。吼える雷帝。立ち上がる蒸気王。

‐固有結界の発動と共にこの空想世界に取り込まれ、戦いを見ている誰もが息をのむ。それを見ていたヤガの大人達は後にまるで神代、創世記の戦いだったと語る。

 

だが、しかし、ヤガの子供達はそうではなかった。

 

胸の高鳴りの意味も分からないままその戦いに魅入っていた。恐怖ではない。世界を壊すかも知れないと根源的恐怖を生み出していたイヴァン雷帝の巨躯は既に唯一ではない。それに並び立つ者が現れたことで恐怖は薄れ代わりに沸き立つ感情がある。子供たちは幼心に、いや、幼心があるからこそ純粋無垢に理解する。

 

怒れる神の如き獣の咆哮‐偉大なる皇帝(ツァーリ)が自分たちを守ろうとしているのだということを、理解する。

 

確かにイヴァン雷帝は遥かな旅路の果てに生きているだけで世界を壊す獣となった。イヴァン雷帝が居てはこの世界の繁栄(せいちょう)はないとするカドック達の言葉は正しい。

だが、しかし、()()()()()()()子供達(かれら)には、そんな難しいことは関係ない。だから、叫んだ。声を出して天に吼える。1人の子供のヤガが出した声は、次第に数を増やし、遂に子供たちの声は偉大なる皇帝(ツァーリ)のいる天に届くものになる。

 

 

「がんばれ!がんばれ!僕たちの偉大なる皇帝(ツァーリ)!かんばれ!」

 

 

振り上げられる重鼻。空想世界に浮き上がる雷雲がイヴァン雷帝の身体に極大の雷を落す。稲妻を迸らせながらイヴァン雷帝は吼えた。

 

 

「おお。おおお。声が聞こえる!余を望む民の声が‼子供たちの、声が聞こえる‼安心せよ!ロシアは滅びぬ‼余は負けぬ‼」

 

 

確かにイヴァン雷帝は数多の魔獣の命を吸いつくし、生きているだけで数多の命を奪う怪物と成り果てた。五百年に及ぶ妄執の果て‐在りし日の皇帝(ツァーリ)を知る者はもはや(ただ)の一人もなし。ならば、もう彼を理解できるものはいない。生きているだけで罪と断じられた‐世界を壊すと定められた‐それが真実であることを誰よりも自身が理解している。彼の栄光は終わった。君臨すべきは己ではない。

 

だから‐否。だが、それでも孤独(それ)で終わる筈がない。

 

 

「かんばれ!皇帝(ツァーリ)!がんばれ!がんばれ!」

 

 

たとえ世界に疎まれても。精一杯頑張った(ヒト)の最後が、最後にたどり着く場所が、孤独(そこ)であっていい筈がない。

 

時が経つほどヤガ達は知る。偉大なる皇帝(ツァーリ)‐イヴァン雷帝の目指した理想の全てが自分たちの為であったことを‐結果は確かに凄惨なものだった-だが、しかし、それでもなお、今この時、偉大なる皇帝はヤガたち全てを背負い戦っていた。

だから、子供だけでなく大人のヤガもまた誰ともなく声を上げた。‐観よ。汎人類史(せかい)。これがヒトの妄執の果て。‐神の如き獣と化した我らの偉大なる皇帝(ツァーリ)であると。

 

 

「おお。おおお。おおおおおおお‼おおおおおおおおおおおおおお‼余は、ロシアは、不滅なり‼」

 

 

空想世界に於ける優勢はそうして決定される。多くのヤガ達が皇帝(ツァーリ)の勝利を願っている。それは同時にアナスタシアを帝位につけるというカドックの望みが潰えた瞬間でもあった。それでも彼は声を出せなかった。世界を壊す筈の英雄が世界に望まれる姿に呑まれていた。

 

カドックには、声は出せない。それがイヴァン雷帝を“切り捨てるべきもの”として見た彼の限界。

そして、声はあった。大勢のヤガの声にかき消される、けれど、力強い声は戦いの最初から叫ばれていた。それはイヴァン雷帝を“立ち向かわなければならないもの”として見た少女の声‐立香は天に向かって今もなお吼えている。

 

 

「勝って!バベッジさん!貴方の世界の素晴らしさを‼私は誰より知っているから‼だから、勝ってー!」

 

 

それは世界の優勢に反する小さなものの声。懸命に叫んだ所で簡単にかき消されてしまう者の声。多数に対する少数。それに意味はないのか。否‐そんなことがあってはならない。多数決で決まる世界に“正義”はない。子供が無垢な瞳を輝かせるモノはない。故に‐だからこそ、その小さな声にこそ仮初めの命を懸ける価値があるのだとバベッジは叫んだ。

 

 

「認識し‼理解し‼共感した‼だからこそ、貴様にも見えるだろう‼それが我が夢見る空想世界、その全て!退けぬのではなく退かぬ旅路の終わりが、あの子供を孤独(そこ)に取り残すものであっていい筈がないのだと‼」

 

 

「おお。おおお。余とて理解した!その拳に乗るものが余の願いに等しくあると認めよう‼だが―――」

 

 

「そう、だからこそ―――」

 

 

「余は負けぬ‼」

「私は負けぬ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神の如き獣と鋼鐵の巨人の殴り合い(戦い)に終わりはない。どちらが倒れることもない。なればこそ‐もう、終わらせなければならない。その旅路の果てを見るがいい。彼らがその終わりを示そう。

 

イヴァン雷帝は重鼻を持ち上げ天に掲げる。空より墜ちる雷を飲み込み唸りを上げる。その姿こそが神獣の十字行。皇帝(ツァーリ)がいずれ行き着くと信じている天上の国に向かう進行。異星の神を認めぬ程に練り上げた旧世界の神への信仰。つまり、その歩み‐止めること即ち神への冒涜である‐不敬なるものに神罰は下される。

 

 

「『我が旅路に従え獣(ズウェーリ・クレースニーホッド)』‼」

 

 

極大のエネルギー砲とも呼ぶべき光線がイヴァン雷帝から放たれる。‐ヤガの子供たちの目が輝いた。

 

対し、バベッジはそれを受け止める。極大のエネルギーを前に彼は避けることも防ぐこともしない。正面から受け止める。それを彼のマスターが、他ならぬ彼が望んでいる。鋼鐵が軋む。夢想故に無双である筈の身体が砕けていく。これがイヴァン雷帝が歩んだ旅路の重みだと理解しながら、ならば耐えられぬ筈がないとエンジンを回し蒸気を噴き上げる。

 

バベッジが立香と共に歩んだ旅路はイヴァン雷帝のそれになんら劣るものではなく、故に‐胴体の装甲に大きな罅が入る。故に‐メインカメラが機能を停止する。故に‐罅が広がり全身が砕けそうになる。故に‐()()()()()()()

 

 

神罰は下された。不遜なる者が決して辿り着けぬ旅路の果てを示した。そして、イヴァン雷帝は尚も立ち上がるボロボロのバベッジを見た。機械の身体が砕け欠け、単眼(モノアイ)にも光がない。しかし、それでもバベッジはイヴァン雷帝の前に立っていた。

 

 

「次は、私の番である」

 

 

鋼鐵の巨人は満天の星空に手を伸ばすと、星の一つを掴み取る。今より起こるは大偉業‐未来の果てで初めて人が手にする神の力。鋼鐵の巨人の願いの元に()()()()()()()()()()

 

それは現代に於いてとある大国が開発中の軍事衛星(宇宙兵器)

高度1,000kmの低軌道上に設置された衛星より、タングステン・チタン・ウランからなる全長6,1m、直径30cm、重量100kgの金属棒を打ち出す運動エネルギー爆撃。落下速度はマッハ9を超え、地下数百メートルにある目標すらも破壊する‐『神の杖(ロッズ・フロム・ゴッド)』。

 

イヴァン雷帝は光り輝く空を見上げて理解する。これより降り注ぐものが己の身体ごと大地を砕いてあまりある破壊の光であることを理解する。しかし、それでも避けることも防ぐこともできない。()()()()()()()

彼らが歩み、彼が夢見た空想の果て‐その旅路を受け止めなければならない。目の前で立つ勇者(ブレイバー)の様に‐

 

 

人が創り上げる神の光が堕ちてくる。それが神話を終わらせた人の全て。それが神代を否定した人の行き着く果て。機械文明の終着地‐そこで人間は愚かしくも神の名を冠する獣に成り下がる。だか、それでも‐その歩みを否定することがイヴァン雷帝には出来なかった。

 

彼は見てしまっていた。多くのヤガ達、多くの子供が自分を応援している声を聞きながら、内の中に戻した殺戮猟兵(オプリチキニ)が作り出した凄惨な光景を‐知ってしまっていた。

それだけではない。彼の歩んだ世界を救うための旅路の下で、生きる為に子供(弱者)を切り捨てる両親(強者)が数多く存在したことを思い出してしまった。

 

偉大なる皇帝(ツァーリ)‐神の如き獣‐イヴァン雷帝の旅路は決して間違ってはいなかった。汎人類史においてロシア最悪の暴君と謳われた彼の旅路は、民より絶対的な皇帝として敬われ、西欧の人々に“恐怖(デリブル)”として恐れられた彼の歩みは、それでも決して間違ってはいなかった。間違っては、いなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

神の如き獣が地に伏す。同時に空想世界は砕けて消える。

 

蒸気王‐バベッジは創り出した空想の世界が消えると共に消失する。最後にもはや肩に乗せることも出来なくなってしまった少女を見ろしながら、それでも手を伸ばした。

 

 

「貴様にも、見えただろうか、我が、夢見る空想世界、が」

 

 

「うん。見たよ。やっぱり、バベッジさんは私のヒーローなんだよ」

 

 

「そう、か。であるなら、良い。ああ、良い、良い、旅路で、あった。ありが、とう。マスター」

 

 

空想の世界は解れて消える。そして、極寒の世界が戻ってくる。

 

そこにはもう立香のヒーローは立っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

極寒の世界に伏した神の如き獣の冠が零れ落ちる。それはイヴァン雷帝がヒトであった頃の最後の名残。五百年の妄執と化した男の残滓が零れ落ち、身体を引きずりながら自らを打ち倒した者達の前へとやってくる。

 

立香と魔王信長は彼が近づいてくるのを静かに待っていた。

そして、彼は二人の前にたどり着いた。

 

光沢のある青銅色の身体。神の如き獣としての身体を失おうとも、長身である魔王信長が見上げる程に大きなイヴァン雷帝の残滓を前に立香は笑った。

 

「…皇帝(ツァーリ)さんに流れる血も、赤いんですね。あは、私と同じ」

 

「…余は、問わねばならぬ。答えよ。彼の王のマスター。余は、余の旅路は、間違いであったのか」

 

「それは違うよ。絶対に、貴方の旅路は間違ってなんていない。そして、私も…理解したんだよ。私たちのこれからの旅路が正しくないってことも、ちゃんと理解したんだよ」

 

イヴァン雷帝の残滓は間違いを認めながらも自分を睨みつけている立香をみた。

汎人類史の旧種(ヒト)。世界を(ただ)しにきた少女は世界で苦しむ民たちを一人残らず殺戮する覚悟をしながら、そこに立っていた。

 

「私は自分が皇帝(ツァーリ)さんより優れているなんて思わないんだよ。正しいなんてこともある筈がないんだよ。でも、間違っているとも思わない。そして、私たちは皇帝(ツァーリ)さんより、強かった。これは、そういうことなんだから…ただ、それだけのことなんだから…」

 

イヴァン雷帝の残滓は立香の答えを聞くと、今度こそ消えていく。

 

「勝者が泣くか…惰弱な汎人類史らしい在り方だ…しかし、その哀しみは…もう、ヤガが持てなくなったもの。他者に対する憐憫……共感……。か弱い、幸福者」

 

立香の涙を見てイヴァン雷帝の残滓は思い出す。かつて、彼が愛した王妃‐アナスタシアもまたそのような(ひと)であったことを‐この地獄(せかい)で生きることの辛さではなく、他者の不幸に泣くことの出来た(ひと)であったことを。

弱肉強食を突き詰めた世界。弱者は弱肉にも成れぬ世界。そこに君臨したイヴァン雷帝にとって、その“余分”こそが美しく映った。

いつから、だろうか。その何より愛おしむべきものが、世界から無くなってしまったのは‐そして、それが失われた世界であったからこそ、蒸気王の一撃を自分は受け止めきれなかったのだと、イヴァン雷帝の残滓は理解した。

 

「…認めよう…藤丸立香…汎人類史、最後のマスター…おまえの……勝利を…。たとえ、誰が認めずとも……。余は…認め…敗者として……去りゆく……のみだ……。……民よ……子らよ……すまぬ……この者達との喧嘩(戦い)は……。……存外に……。余の……心を……満たし。………」

 

偉大なる皇帝(ツァーリ)‐イヴァン雷帝の五百年に及ぶ旅路はこうして幕を閉じた。

 

 

 




ロシア編。後1話で完結です。

偉大なる皇帝に栄光を!!



ストックが切れましたので、更新は少し遅くなるかも知れません。



この後の立香ちゃんの行動はどうする?

  • 態度は少し軟化する
  • 態度はだいぶ軟化する
  • クリプター達とお友達になる
  • 激怒する

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