ブチギレ立香ちゃんの漂白世界旅   作:白白明け

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短いですがエピローグ。これにてロシア異聞帯編は終了です。

皆の暇つぶしになったのなら幸いです。(__)







立香ちゃんは歩く

偉大なる皇帝(ツァーリ)‐神の如き獣‐イヴァン雷帝は立香の手によって討たれた。

 

その戦いを見上げて居ることしかできなかったサーヴァント‐アタランテ・オルタは戦いの中で交わされていたバベッジとイヴァン雷帝の会話の中で残酷に過ぎる世界の姿を見た。

 

汎人類史と異聞帯の戦いはどちらかの世界を滅ぼさなければ進めない過酷すぎる旅路。異聞帯が消え去れば、そこで生きる全ての者が消える。‐つまり、今までアタランテ・オルタが率い守ってきた叛逆軍の皆も消える。命を落とす。

 

アタランテ・オルタは旧世界の抑止力が呼んだ汎人類史側のサーヴァントだ。だが、しかし、異聞帯で長く過ごす間に彼女は此方側に染まってしまっていた。汎人類史のサーヴァントだからと言い訳をして、今まで守ってきた者達を切り捨てられるほどに彼女は弱くなれない。

 

ならば、やるべきことは明白だった。イヴァン雷帝を打倒した立香は直ぐにでも異聞帯を支える要である空想樹の切除を始めるだろう。その前にアタランテ・オルタは立香を倒さなけれならない。

幸いにして戦いを終えた立香たちは疲弊している。今ならあの怪物であったイヴァン雷帝と渡り合った強者とはいえ、アタランテ・オルタでもその命を取ることが出来るだろう。狩人の矢は容易に子供の命を射抜くだろう。急がねばならない。

 

世界が壊される前に、皆を救う為に、“正義”を‐震える手で矢を番えようとしたアタランテ・オルタを止めたのはヤガ達だった。

 

叛逆軍のヤガ達、そして、パツシィの手が、震えるアタランテ・オルタを支えるように、弱弱しいその身体に添えられる。

 

「…お前たち、何をする。安心しろ、私はお前たちを裏切らない。世界を、守ろう」

 

ヤガ達はアタランテ・オルタの痛々しい言葉に首を振る。

 

「もういい。もういいんだ。俺達はボスのそんな姿は見たくない。…それに、ああ、それにこれは認めなきゃならないことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そうさ。イヴァン雷帝の姿には正直、痺れたぜ。敵である筈なのに応援しちまった。そうなった時点で俺達にはもうアンタに守ってもらう資格はなくなったよ」

 

「強食のみの世界。そこで一番強い者が、私達の為に戦って、負けたんです。なら、私達も認めます。ええ、悔しくても苦しくても認めなきゃならない。…敗者は去るのみ。イヴァン雷帝が最後に示したそれが、色々なものを捨ててしまった私たちに残った最後の大切なものなんでしょう。だから、もういいのです」

 

アタランテ・オルタは敗れ消えゆく者たちの最後の矜持を見た。

 

「そう、か。お前たちはやはり強いな。私などより、きっとずっと強い。ああ、わかった。()()()()()()()()()()

 

アタランテ・オルタは弓を置く。もはや彼女に立香と戦う理由はない。敗者は去りゆくのみ‐そうあることがヤガの矜持だというのなら、自分もそれに従おうと立香たちに背を向けて去っていく。

 

空想樹は切除されるのだろう。この異聞(せかい)は滅びるのだろう。

だが、それは直ぐではない。幸いに、情けない話だがアタランテ・オルタは余力を存分に残したまま戦いを終えることが出来たのだ。ならば、最後の時まで彼らのボスであろう。隠れ家に置いてきた子供達にお腹いっぱい食べさせてあげられる獲物を狩ろうと‐狩人はヤガ達を連れてその場から去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、アタランテ・オルタとヤガ達の他にもう一組、戦いの全てを見ていた者たちがいた。

 

クリプター‐カドックにはもう立ち上がる力は残されていなかった。

 

カドックがアナスタシアを皇帝にする為に費やした時間は無駄になった。たとえ今から立香を倒したとしても異聞帯(せかい)はアナスタシアを“皇帝である”とは認めないだろう。

『非常大権』は譲渡されない。そんなことはカドックにもわかる。わかってしまう。

 

皇帝の座は易々と譲り渡されるものではない。

 

何かを成し遂げられるものは、何かを成し遂げようとしたものだけだ。偶々世界を救うだとか、偶々強大な敵を倒すだとか、そんなことは絶対にない。絶対にあってはならない。

 

そんなことはカドックだって知っていた。だから、機会さえあれば自分にも成し遂げられると信じたかった。人理修復に挑む旅路‐カドックが唯一持ちえた誇れるかもしれないモノ‐レイシフト適性。それが輝く機会は奪われた。‐奪われたと思っていた。

 

けれど、目の前でそれが間違いであったことを見せつけられた。カドックにはまだ機会が与えられていた。

 

クリプターとなった時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()があった。

 

今ならばカドックにもわかる。()()()()なら、同じ立場に立たされた時、その選択をしたのだろう。カドックを嗤いながら見事に裏切ってみせ、イヴァン雷帝を倒したのと同じように、たとえ他のクリプター達を敵に回し、七つの世界全てを裏切る結果になろうとも自分たちの世界の為に戦ったのだろう。

 

堂々と胸を張り、高らかに“正義”を主調しながら、それが間違いだと認めながら、それでも笑い続けたのだろう。

 

そして、そんな英雄(彼女)だからこそ力を貸したいと願う英霊(サーヴァント)たちが数多く居たに違いない。

 

そんな旅路をカドックの位置に立香が立っていたのなら、歩んだのだろう。

 

‐それを知ってしまったカドックはもう立ち上がれない。地面に座り込み、俯くことしかできない。完全に心は折れていた。

 

そんなマスターの姿を見つめながら、サーヴァント‐アナスタシアはこれで良かったのかもしれないとも思った。彼女はカドックの頑張りを傍で見ていた。ずっと見ていた。じっと見ていた。その懸命(いじらし)さを可愛いと思った。けれど、こうして絶望に沈む彼の姿もまたアナスタシアには可愛らしく見えてしまう。

 

全てを諦められなかった故に弱気だった少年は、遂に全てを諦めようとしていた。それを全てを諦めたが故に強気な少女は優しく抱きしめた。座り込む小さな身体を包み込むように抱きしめる。

 

「もう、いいのではないかしら」

 

それは優しい声だった。

 

「貴方の頑張りを(わたくし)は知っています。貴方の価値を(わたくし)だけは知っています。この物語(せかい)(わたくし)たちを認めないのでしょう。なら、()()()()()()()()()()()()

 

「…だが…僕は、君を皇帝に」

 

「カドック。(わたくし)の可愛いマスター。それが貴方を縛る楔なら、解きましょう」

 

カドックは続くアナスタシアの言葉を止めようとした。優しい口調から紡がれる言葉の先をマスターであるカドックだからこそ予想ができた。それ以上、先をアナスタシアに言わせてはいけない。

言わせてしまえば、()()()()()()()()()()

 

「駄目だ…アナスタシア、それは…それだけは…」

 

初めからその可能性は存在していた。アナスタシアはロシア革命の激動に飲み込まれ虐殺された亡国の皇女。革命により彼女の大切な人々は皆、死んだ。両親は死んだ。オリガ、タチアナ、マリア、皆死んだ。家来も召使もペットも皆虐殺された。善良な人生を送ることを主に祈った少女の祈りは‐届かなかった。

 

(ヒト)を恨むなという方が無理がある。

 

それでもアナスタシアは皇族として民を導く道を選んだ。だが、しかし、此処にその道も閉ざされる。汎人類史だけでなく異聞帯においてもまた彼女の祈りは届かなかった。可愛らしいマスターの願いも叶わなかった。ならば、()()()()

 

自分を止めようとするカドックの言葉を口づけで止めた後、アナスタシアは美しく嗤う。

 

(わたくし)はもう、こんな世界はいりません」

 

言葉と共にアナスタシアの霊基が反転する。カドックは目の前でアナスタシアが魔術師(キャスター)から復讐者(アベンジャー)に堕ちるのを見て顔を歪ませた。

 

「あ、ああ、ああああああああ!」

 

「ふふ、酷い顔。大丈夫よ。カドック、たとえ霊基が変わろうと(わたくし)(わたくし)です。さあ、マスター。一緒に選びましょう。これからどうするのかを」

 

 

‐《まだ諦めない》

‐《もう終わりだ》

 

 

カドックにはもう立ち上がる力は残されていなかった。

 

その選択を見届けて、アナスタシアは全てを終わらせる事にした。

 

「ヴィイ、(わたくし)が願います。(わたくし)が呪います。石に、氷に、頑なに。我らに何者にも侵されぬ永遠の眠りを。“邪眼”を開きなさい、ヴィイ」

 

優しい冬が二人を包む。

 

白い皇女。獣国の皇女となる筈だったアナスタシアは、ロマノフ帝国の末裔として民を憎悪しながらも導くという苦難の道を選ぶことはせずに、カドックと共に安らかな眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イヴァン雷帝はバベッジの手により倒れた。異聞帯の要である空想樹も魔王信長とセイバーの手により切除された。‐その最中、立香が首を傾げた。

てっきり空想樹の切除の前にカドックが自分を止めにやってくると思っていたからだ。けれど、カドックは現れなかった。

逃げたのだろうと思いもしたが、立香的にはカドックはボコボコしなきゃならない相手。その機会を()()()なんていう予想で失えば自分で自分が許せなくなるので、立香は全てが終わった後もカドックを探しまわることにした。

 

 

‐そして、見つけた。極寒の大地の片隅に少年と少女の氷像があった。

 

 

それを見て立香の視界は赤く染まる。

 

「ふざ、けんな。ふざけんなよ!」

 

モノ言わぬ氷像と化したカドックと彼に寄り添い笑うアナスタシアの残滓に、立香は怒声を浴びせる。

無論、返事はない。

 

「お前たちは何なの‼突然現れて私たちを馬鹿にして‼何もしないでいなくなるの‼ふざけんなよ!戦えよ‼私と戦え‼私がお前を殴るから、殴り返せ‼怒るってことは一人じゃできないの‼振り上げた拳が、私が、私は、どうすればいいの‼」

 

カドック達の氷像に殴りかかろうとした立香を魔王信長は抱きとめる。

 

「もうよい。もうよいのだ。マスター」

 

「でも、でも、ノッブさん…でもぅ…でもぅ…」

 

「此度の(いくさ)はこれで終いである。其処に転がる首は、マスターが拾う価値も無きもの。戦うことも選べぬ臆病者にこれ以上、マスターが心を痛める必要はない。いい加減に無視し続けている通信に返事をしてやろうぞ」

 

魔王信長の言葉で冷静さを取り戻した立香は通信機の音に耳を傾ける。聴こえてくるマシュの声が遂に泣き声に変わろうとしていた。

 

「…うん。そうだね。あはは、みんな、怒ってるかな。怒ってるよね。…一緒に謝ってくれる?」

 

「是非もなく。嫌である」

 

 

 

 

 

こうしてロシア異聞帯の旅は終わる。残る異聞帯の数は6つ。残る(クリプター)は6人。

 

対し立香のサーヴァントは5騎。このまま1つの異聞帯で1騎づつサーヴァントを失い続ければ、立香は最後の異聞帯でただ一人立たなければいけなくなるだろう。

しかし、この立香はどんな状況になろうとクリプターとの共闘には応じない。

故にこの旅路の先は過酷なものであると決定づけられ-

 

ブチギレ立夏ちゃんの旅路は未だ始まったばかりである。

 

 

 

 




カドック君の終わりについてはアナスタシアさんのマテリアルを参考にさせて頂きました。マスターの選択次第では、こんな終わり方も有りかなと。
このアナスタシアさんは苦難の道を選ぶことはせずにカドック君との優しい眠りに付きました。



次の北欧異聞帯編はまた書き溜めて一気に投稿予定です。

( `ー´)ノ

後、アンケートには深い意味はないので気軽に答えてみてください。



クリプターを一人倒した。次はどうする?

  • 少しだけ後悔する
  • 女の子とは友達になる
  • 男の子とは友達になる
  • 激怒する

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