敏腕美人秘書‐もとい今回のカルデア襲撃の首謀者の一人であるコヤンスカヤは目の前の光景を疑った。まさか馬鹿正直に本当にやってくるとは思ってもみなかった。ゴルドルフの館内放送。それはゴルドルフが立香に出来る唯一の助力。そして、少し考えればわかることだが、それはゴルドルフがやってはいけなかった敵への助力でもあった。
立香が管制室に向かった。それを敵側に知らせてしまった。それを立香も聞いて知っていた。
だから、来る筈が無いと考えていた。来たとしても裏をかくとか裏口を使うとかそれくらいの事はしてくると思っていた。けれど、そんなことはなかった。人類最後のマスター。
半裸で。
「くしゅん。…なんか部屋が寒くないですか?」
寒い。どころの話ではない。管制室の床や壁は既に凍り付いていた。それを成したのは
コヤンスカヤにそんなことを言われても困る。管制室にやってくると言われたのだから、まさかとは思いつつも待ち構えない訳にはいかない。だからコヤンスカヤは大量の
「皇女様。一応、あんな成りでも
「…まあ、いいわ。
白い皇女はサーヴァントだった。しかも、何やら立香の知らない何処かで何処かから呼び出された普通ではないサーヴァントらしい。
「白くて、可愛いのに、残念。でも、白くて可愛い子は大勢いるから、まあ、いっか。こんにちは!カルデアへとようこそ!早速だけど死んでもらおう!」
魔王の様な事を言いながら、立香は腕を組み犬歯を見せて嗤った。堂々と、あくまで堂々と自分の正しさを欠片も疑うことなく図太く堂々とした態度にコヤンスカヤは眉をひそめ、白い皇女のサーヴァント‐アナスタシアは目を細めた。
立香の姿は自信に満ち満ちていた。敵に囲まれ吐く息が凍りそうなほどに寒い劣悪な環境に置かれながらもその自信は轟くほどに揺ぎ無く、驚くほどに隙が無い。
「今更、身構えないでよ。私の事を侮っていたんでしょ?私の事を馬鹿だと思っていたんでしょ?なら、そう思い続けなよ。自分の考え曲げるなよ。最後まで、自分を信じて、潔く終わりなよ。あは、あはは、アハハ!愚かにも、ね!」
立香は手を挙げた。誰にも邪魔はさせなかった。そして、つかみ取る。立香にしか見えないモノをつかみ取る。“奇跡”は何時だってつかみ取ると決めた者の前に転がってくるものであることを立香は知っている。そして、これは
英霊が召喚される。たった一人の少女の願いに答える為に、人理に刻まれた英雄はやってくる。
「ねぇ、やっぱりこの部屋は寒いよ。だから、貴女の炎で温めて!ノッブさん!」
召喚陣など無かった。詠唱もしなかった。あるのは只、触媒のみ。
まさしく“奇跡”だとコヤンスカヤは吐き捨てた。自身のマスターの敵をアナスタシアは見定めた。
そして、立香は嗤った。美しく嗤った。可愛らしく嗤った。だから、これは“奇跡”ではない。この召喚は只の
「あは、あはは、アハハ!わーお!登場しながら炎で温めてくれるノッブさんってばやさしかっこいい!」
「くは、くはは、クハハ!よもや寒いからなどと言う理由で我を選び呼ぼうとは!相変わらず我がマスターはぶっ飛んでおるな!」
立香の笑い声に反響するように声が響いた。光は収縮する。人の形が現れる。それは現代日本において最も有名であろう英雄‐天下布武を謳い全国支配にあと一歩まで迫りながら夢破れた戦国武将。
地獄の業火の様な深紅の長髪は腰の下まで伸びていた。女性でありながら大抵の男性を見下すだろう長身。漆黒の具足を身に纏い瞳は赤く輝いている。その口元は英雄と呼ぶにはあまりに歪に世の全てを嗤っていた。
それこそは数多の可能性の総体でありながら、あらゆる可能性から最も遠く、最も深淵に近しい者。『彼あるいは彼女』の物語が生んだ最も強い姿の一つ。彼岸にて燃えさかる、ヒトの形をした炎。つまりは“戦国武将”『織田信長』ではない。
“第六天魔王”‐魔王信長の君臨である。
コヤンスカヤは魔王信長の召喚に舌打ちをした。異聞帯のサーヴァントは汎人類史のサーヴァントより強い。それは異聞帯が劣悪な環境であるからだ。異聞帯とはそれ故に消え去った世界であるのだが、その説明は置いておいてコヤンスカヤが言いたいのはハードモードで出てくるモンスターの方がノーマルモードより強いということだ。劣悪な環境で生き延びる生命体のいる異聞帯の“
「(人間どもに弄られたあらゆる
事実、管制室を覆っていたアナスタシアの氷が魔王信長の登場と共に現れた炎によって溶けはしないまでも勢力を弱めていた。既に吐く息が白くないほど、管制室の気温は上がっている。まだアナスタシアが本気を出していないにしろ、それは魔王信長も同じ。ぶつかり合えばどうなるかはわからない。
「(こんな時にあの神父はどこで何をやっているんでしょうかねぇ)」
コヤンスカヤは此処には居ない同胞の事を考えながらも状況を的確に進める為にアナスタシアに指示を出した。
「皇女様。言うまでもなく分かっていると思いますが、目の前のサーヴァントはおそらく藤丸立香の持つ者の中でも最上級の代物です。正直、皇女様でも相手にするには厳しいですが、逆に言えばこの場で魔王信長を失えば藤丸立香の脅威は半減したと言って良いでしょう。貴方のマスターの“偉業”もぐっと近づきますよ?」
「…そう。正直、貴女の口車に乗るのは嫌なのだけれど…彼の助けになるなら、まあ、いいわ。ヴィイ。
「我を善き者?我に威光だと?くはは、クハハ!笑わせてくれる!貴様の方こそ恐れよ我を!臆せよ生を!我こそは第六天魔王信長なる!」
アナスタシアと魔王信長がぶつかり合う。その戦闘は凄まじかった。氷塊が飛ぶ。炎熱が飛ぶ。アナスタシアの影から現れた“獣”を魔王信長の拳が押しとどめる。蹴撃がアナスタシアを吹き飛ばす。魔王信長の脚が凍る。炎が氷を溶かした。氷が炎を凍らせた。
その激しい戦闘の中でコヤンスカヤは立香に対して何度も攻撃魔術を放とうとした。しかし、その度にコヤンスカヤの直感はその攻撃が無駄であることを告げていた。
「(私が以前に見たサーヴァントは魔王信長ではなかった。なら、あの子はあと一騎サーヴァントを使役している。いえ、魔王信長の口ぶりからするに少なくとも三騎は抱えていると見ていいでしょう)」
只一人で三騎のサーヴァントを使役する。それが出来るのなら、たとえ魔術の素人であっても“藤丸立香”はもう三流マスターではない。一流、いや、超一流と言っても良かった。
厄介な事になったとコヤンスカヤは思った。普通の一般人は誰も知らない何時の間にかに異常なほどの重要人物に変貌していた。
「(こんなことなら、独房で磔にされている間に殺しとくんでした)」
自分の詰めの甘さを後悔しながら、コヤンスカヤは立香を“奇跡”を“起こせる三流マスターという枠組みから外した。
そして、コヤンスカヤは正しかった。
「ねえ、白いお姫様。貴方のマスターは、コヤンスカヤさんなのかな?」
戦いの最中に立香は声を掛けた。無論、アナスタシアはその声に答えない。魔王信長との戦闘において、アナスタシアが立香に意識を割く余裕はない。けれど、立香の声はよく響いていて、否応なしにアナスタシアの耳に届いていた。
自他ともに認める通り、立香は魔術師としては三流以下だ。礼装なしでは魔術の一つも使えない彼女は戦いの最中にサーヴァントを支援する術に乏しい。半裸であり礼装服を着ていない今においては立香には魔術的に魔王信長を支援する術は皆無だ。
けれど、立香は何もできなからと言って何もやらないことを選ぶほどに怠惰ではなかった。
魔術が使えない?‐だからどうした。肉体的にも脆弱?‐乙女に筋肉を求めるな。なにもできない?‐そんな筈はない。
何もできない者は、何もやろうとしていない者だけだ。
立香は違う。何時だって何かをやろうと足掻いてきた。それが意味のあることなのか、そもそも出来ることなのか、そんなこと、関係なかった。ある紅い皇帝は言った。自分に出来ることをやればいいと‐それは
だから、立香は口を開く。堂々と自信しかない声を上げる。
「違うよね?お姫様のマスターは別に居るんだよね?見てればわかるよ。けど、じゃあ、お姫様のマスターはどこにいるのかな?どうして此処に、いないのかな?」
コヤンスカヤがまずいと思った時にはもう遅い。立香のよく通る声が、嗤い声を上げた。
「知ってるよ!お姫様のマスターは前線に出て来られない
あまりにもあまりな品性下劣の嘲笑だった。立香はアナスタシアのマスターのことなど何も知らない。だから、口から出た言葉は全て立香の想像でしかない。少し考えればその言葉の全てがアナスタシアから少しでも理性を奪おうとする挑発でしかないと気が付けただろう。
しかし、立香は知らなくてもアナスタシアは、彼のマスターを知っていた。彼が苦しみの中で足掻き異聞帯のサーヴァントである自分のマスターになったかを知っていた。彼が守ろうとする世界を知っていた。彼が張ろうとする意地を知っていた。彼が、彼が、彼が、どんな思いで汎人類史に反旗を翻したのかを、知っていた。
だからこそ、立香の言葉を許せないと思った。
それは隙と呼ぶにはあまりにアナスタシアの小さな揺らぎ。それを魔王信長は見逃さなかった。
「勝敗の差は、やはりマスターの有無であるか」
魔王信長の炎を纏う拳がアナスタシアの身体を捕らえた。衝撃が走る。氷の大地が砕ける音がした。アナスタシアの身体は吹き飛ばされ、壁にぶつかり、動かなくなった。
ヤベーよ、興がのって織田さんを勝たせちゃったよ、、、
織田さんがカッコ良すぎるから、是非もないよネ!
次でストックが切れます。二日で書いたから仕方ないよネ!
暇つぶしになるように頑張ります(__)