皆様の暇つぶしになれば幸いです(__)
シャドウ・ボーダーを中心に立香の持つ通信機の通信可能領域の探索。南に向かい。西に向かい。東に戻り北に行く。そうして周囲の探索・調査を行うこと数日‐極寒の世界で魔獣の肉ではあるが食糧事情の安定。並びに危険因子の排除を可能にした立香たちの非日常は比較的、普通に受け入れられるものに成っていた。
だから、だろう。新所長‐ゴルドルフは名探偵‐ホームズによる広範囲を対象とした探索の要請を突っぱねていた。
『いやいやいや、君ぃ。折角、この周囲に危険がないことが証明されたのだ。もう少し、そう、もう少し食糧やら何やらを集めるべきだろう?それにもしかしたらもう少し待てば我々同様に世界の“漂白”から逃れた者が現れるかもしれない。もしくは君たちが可能性を示唆した汎人類史から呼び出された英霊が現れるかも知れない。だから、まだ、時期尚早だろう』
ゴルドルフの変わらない返答にホームズは何度目か分からないため息を吐きながら現状維持なら少し休ませて貰おうと司令室の席を立つ。
向かう先はダ・ヴィンチのいる電算室。
虚数空間より脱しカプセルより出て船内を自由に動き回れるようになったダ・ヴィンチは私室としている電算室の中で何やら機械を弄っていた。それは何だ?‐と問うホームズに対してダ・ヴィンチは可愛らしく笑う。
「なに、今のうちに出来ることをやっておこうと思ってね。そっちはどうだったのかな?どうせゴルドルフ君はまだ動く気はないんだろう?君の顔を見ればわかるさ」
「…そうだ。どうやらゴルドルフ氏はボーダーでの生活を意外と気に入ってしまったらしい」
「あはは、確かに現状ではボーダー内にいれば危険はない。レーダーに空調設備もある。司令室の椅子のスプリングが若干硬いことを除けばボーダーは完璧さ。流石は私だね」
可愛らしいドヤ顔をするダ・ヴィンチにホームズもまた同意する。二人が作り上げた虚数潜航艇シャドウ・ボーダーはあの限られた時間で作り上げられるものとしては完璧だった。完璧に過ぎた。そして、そこに6騎のサーヴァントを有する立香という戦力が加わることで停滞を呼ぶ。安全・安心・安寧。素晴らしい。‐だが、それは凡人を容易に堕落させる。
“何もしなくなり何もできなくなってしまう”。‐今のゴルドルフがそれだ。完璧故に理想的な展開のみが続く現状を経て、思考もまた楽観的なモノへと流される。
“良い事が続いているのだから、幸福が訪れるに違いない。”
“たとえば、そう。
ホームズは断言したい。それはない。絶対にない。だが、しかし、その考えは彼の頭脳の中にだけある納得でしかない。故に‐君はどう思う?と問いかけるホームズに対してダ・ヴィンチは少し眉を下げた。
「
「ピンチをチャンスに…ふむ、確かに彼女の旅路は常にそうあるものだった。ならば今回も、か。…ダ・ヴィンチ。そう言えば私は一つ、疑問に抱いていることがある。何故、彼女は森長可や魔王信長ではなく、バベッジ卿を選んだのか」
ホームズの上げた疑問にダ・ヴィンチは首を傾げた後、揶揄うような可愛らしい声で答える。
「おいおい、そんなことは解りきっているだろう?この極寒の地で活動可能なサーヴァントとしてチャールズ・バベッジは最適解さ。何せ彼は常に『機関の鎧』を着こんでいて寒さとは無縁。それに彼の傍にいれば蒸気で温めて貰える。その上、急な潜航で傷んだ魔術と科学の融合体であるボーダーの修理にも彼の知識は多くに役立ったものさ。だから、私たちは藤丸ちゃんの決めたことに口を出さなかった………あ」
「そう。
立香は成長した。‐それはいい。絆を結んだ英霊を理解している。‐それもいい。その上で適切な判断を下せている。‐素晴らしいことだ。だが、しかし‐ホームズの続く言葉にダ・ヴィンチはなぜこんな簡単な疑問に気が付かなかったのだろうと唸った。
それは成長と呼ぶにはあまりに歪で、理解とは到底かけ離れたもので、独断は適切ではない判断だ。‐少なくとも彼らの知る“立香”なら。
「だが、私たちの知る彼女なら、私たちに助言の一つでも求めてくれていただろう」
「…もったいぶるなぁ。君がそこまで言葉にしたんだ。答えは出ているのだろう」
気付いてしまえば当然の疑問にホームズは答えを出す。
「彼女が我々の為に戦おうとしていることは明白だ。そこに疑問を挟む余地はない。だが、その過程における彼女の考え方は、我々、いや、この場合はマシュ嬢と言うべきだろう、
「それは誰かな?」
「彼女が誰を抱えているのか、それを何故か秘している今の段階では“私たちの知る誰か”としか言えないだろう。少なくともカルデアのデータサーバーに記録された彼女と絆を結んだサーヴァントではあるだろうからね」
ホームズの理論にダ・ヴィンチは一応の納得を示しながらも、やれやれと両手を上げ首を横に振り小馬鹿にした様子で可愛らしく否定の言葉を口にする。
「どうやら君は一つ勘違いをしているらしい。まあ、そこがシャーロック・ホームズがシャーロック・ホームズたる部分ではあるのだろうけどね」
「ほう?私の推理が間違っていると?」
「いや、完璧さ。藤丸ちゃんの後ろに良からぬ入れ知恵をしようとしているサーヴァントが居るという君の推理は正解なんだろう。けど、動機の部分が少し足りないんじゃないかな。彼女は我々に気を使っているのさ。君にも経験くらいはあるだろう。自分を過信してしまったことが…ね」
ダ・ヴィンチの言葉にホームズは嫌な事件を思い出したとでも言いたげな彼としては珍しい苦虫を嚙み潰したような表情をした後、‐ああそうかとダ・ヴィンチの言いたいことを理解した。
そう。事は全て立香が二人に要らない気を使ったことが原因。しかし、その原因の原因が事だけに強くは責められない。カルデア襲撃時、自分でも手の届く範囲のことを行おうとした立香は、意図せずにダ・ヴィンチの手を借りようとしたことで‐彼女を失った。その時の激情は、後悔は、“新しいダ・ヴィンチちゃん”が現れた所で未だに立香の中に残っている。
だから、進んで頼ろうとしなかった。自分で、自分たちでやりきろうとした。そして、そんな立香の思いを称賛して手を叩いたサーヴァントが居た。彼女にとって努力とは何より貴ぶべきもので、だから“光栄に思うがよいぞ!“と皇帝にまで上り詰めた、些か歪んではいるが間違いなく優秀な頭脳で立香に知恵を貸したりしていた。そうなると立香は簡単に調子にのる。その結果が、これである。
皆が気が付かない所で気を遣おうとした立香は、自分が気が付かない所で皆に迷惑をかけていて、しかも、気を遣おうとしていたことを見抜かれた。後日、それを知った立香は穴に入りたくなるほどの羞恥を味わうのだがどう考えても自業自得なのでどうでもいい。
考えるべきは立香に知恵を授けた彼女の考えである。
極寒の世界における6騎の内で最も適切なサーヴァントの選抜。上と下とが明確に区分された国において皇帝にまで上り詰めた彼女の策謀がその程度で終わる筈が無かった。
移動と行動に蒸気と駆動音を巻き上げる‐バベッジ。絶対零度の世界において目立つ他にない彼を選んだ彼女の意図は、丁度、その瞬間に明るみにでた。
シャドウ・ボーダー内に立香の異常事態を知らせる放送が流れる。
《はわわー!?なんか囲まれてるよー!?なに、あれ。狼男かも!?》
ホームズとダ・ヴィンチは何処かで童女が笑う声を聞いた。‐にぱ☆。
零下100度の極寒の世界に適応した新人類。この異聞における人類の名は“ヤガ”。人と魔獣の混成である彼らの外見は立香の言う通り人狼の様だった。寒さに耐える毛皮を纏い、鋭い牙と爪を持つ人間。
ヤガは優れていたが、同時に燃費が悪いという欠陥を抱えてもいた。旧人類と比べ10倍位以上のカロリーを摂取しなければ生存できない彼らは、生物の活動が著しく制限され畜産も農作にも適さないこの世界において、唯一適応した人類でありながら文明の進化には適さない。故に消し去られたこの異聞。
そして、ここまで説明をしたのならヤガ達にとって立香とバベッジが魔獣を狩って回っていた場所‐彼らの“狩場”がどれだけ大切なものだったかは説明しなくてもいいだろう。
ロシア異聞帯はもうすぐ本格的な冬の時期に入る。ただでさえ強く吹き荒れる雪風が更に強くなる。そうなる前にヤガ達は備蓄をしなければならなかった。生きる為に魔獣狩りをしなければならない。それが彼らの生きてきた歴史‐そこに割って入ってきた者たちにかける情けを彼らは持たない。
魔獣を蹴散らす鋼鉄の巨人。それを操る魔術師。それらに対する恐怖はあった。
しかし、もうこれ以上、狩場を荒らされればどちらにせよ彼らに生存の道はない。
覚悟を決めてヤガ達は武器を取った。
「はわわー!?なんか囲まれてるよー!?なに、あれ。狼男かも!?」
「周囲に生命反応を多数確認。どうする、端的に言って貴様は狙われている。魔獣たち同様に蹴散らすか」
「うん!って言ったらバベッジさんは私を地面に落す癖に、言葉が通じそうだし蹴散らさないよ。ふんわりメレンゲホイップだ!」
「理解不能。端的に言って私には貴様の命令の意味が分からぬ。“ふんわりメレンゲホイップ”とはどんな意味を持つのか説明を求む」
「優しく甘々に小突いてあげて♪」
「承った」
その覚悟は、結果的に言えば全くの無駄で終わる。当然だ。ヤガがいくら優れて居ようとサーヴァントには届かない。牙を剥き出し爪を研ぎ武器を持ち立ち上がったヤガ達は少女を肩に乗せた鋼鉄の巨人に成す術もなく敗北を喫した。
それは考えれば当然の帰結であり、場を荒らして現地民との関わりを持つ。“武力を以って
ただその先‐現地民たちとの戦闘の余波により呼び起こしてしまった存在の対処は、流石に予想外の展開だった。
「接近する熱源反応。巨大である」
「ほえ?バベッジさん。どしたの突然?」
「貴様も周囲の者達も警戒せよ!」
元々少女たちの手により荒らされていた魔獣たちの縄張り‐さらにそこで大勢のヤガ達が遠吠えを上げたことで“縄張りの主”が動き出した。
―――大地を揺らす咆哮。
多頭の大蛇の魔物が現れた。村一つなら平気で潰すことの出来るこの異聞においても脅威とされる魔物の乱入に、ヤガ達は震えた。
「な、“ジャヴォル・トローン”だ!くそっ、音を出し過ぎたんだ‼」
「あのデカ物にも勝てなかったのに、あんな化け物相手にしてられるか!俺は逃げるぞ‼」
「でもそれじゃあ、俺達の狩場が!?」
「命あっての物種だろうが‼お前が相手にできるってのか!?」
混乱の極みに陥ったヤガ達が次々と逃げ出していく中で一人のヤガは銃を抱えたまま鎌首を
強食を突き詰めた
「(そうか、俺はそれに疑問を持つから)」
ジャヴォル・トローンの頭の一つが彼に向かってくる。目の前でジャヴォル・トローンは口を開けた。
「(周りの連中と、噛み合わねぇ訳だ)」
彼の視界が鋭い白色と悍ましい赤色で満たされる。
「死にたく、ねぇなぁ」
年老いた母親の姿を想いながら一人の若いヤガがそうして命を散らした。
‐その結末を止めたのは荒々しく武骨なまでに巨大な鉄塊だった。
「…は?」
鋼鉄の巨人の持つ鉄塊がジャヴォル・トローンの頭を殴り飛ばす。殴られたジャヴォル・トローンの頭は飛んだ。彼にとって絶対である化け物が悶絶の悲鳴を上げている中で、嗤い声が響いた。それは古い書物の中にしか存在しない清々しい空に響く遠吠えの様な嗤い声だった。自分の“絶対”を信じて疑わない子供の様な嗤い声だった。
彼が目を向けた先で鋼鉄の巨人の肩に仁王立ちしている少女は‐嗤っていた。
「あは、あはは、アハハ!駄目だよ。私が救うと決めたんだから殺すことは許されないのだー!やっちゃえ、キャスター!」
その掛け声は常識的に考えて頭脳で戦う筈のキャスターに掛けるものではなかったが、仁王立ち少女‐立香のキャスターは世にも珍しい
「承った。この身すべては妄念と夢想に過ぎず、故に貴様の世界を憂う者である。鋼鉄にて、狂気満ちる貴様を導かんとする者である。想念にて、有り得たる貴様を導かんとする者である。
鋼鉄の巨体が動き出す。蒸気を噴き上げ動き出す。
“チャールズ・バベッジ”。
十九世紀の数学者にして科学者。世界の変革を夢見た蒸気王。現実世界における彼は‐志半ばにして死んだ。“階差機関”も“解析機関”も完成しなかった。時代の狭間に消えた“有り得た未来”の夢を世界に残し、彼は死んだ。
そして、だからこそ現界した彼は思う。有り得た未来を異形の鋼鉄として身に纏い‐夢想した未来を宝具として‐自分の肩に乗る少女を思う。
“我が空想世界には、争いはなく発展と繁栄のみがある”
‐そう語って聞かせた時の少女の笑顔を思う。
「『
異形の世界の大偉業‐創造へ叛逆する万物破壊の固有結界。そうしてバベッジはジャヴォル・トローンを数多の肉片に変えた。
沢山の感想ありがとうございます\(^o^)/
この後の立香ちゃんの行動はどうする?
-
態度は少し軟化する
-
態度はだいぶ軟化する
-
クリプター達とお友達になる
-
激怒する