少し短めのカドック君の回です。
「世界を救っておきながら、村一つ満足に救えないのか。三流マスター」
クリプター‐カドック・ゼムルプス。
数日前‐異聞帯ロシアの首都‐ヤガ・モスクワに聳える城の一室にロシア異聞帯を担うクリプター‐カドックはサーヴァント‐アナスタシアと共にいた。
凍える世界にありながら安全に暖を取ることの出来る場所で温かい紅茶を飲む。上流階級にしか許されない時間を過ごしながらもカドックの表情は暗い。
それに対してアナスタシアは不満を持ったようで冷ややかな視線をカドックに送る。
「
カドックは眉間を揉みながら、小さく笑う。当然、寝不足により刻まれた隈は消えない。
「久々にゆっくりとした時間がとれたんだ、楽しんでるさ。ただ後のことを考えると憂鬱になる。僕らには、やるべきことが多すぎる」
「それはそうでしょう。けれど、忙しくとも余裕を持つことが何事においても大切よ。急いては雪だるま一つ満足に作れない。極東にそんな言葉があるのでしょう?」
「…だいぶ違うが、まあ、いいさ。意味は通じている。…アナスタシアの言う通りだ。
「奴ら、
「ああ、そうだ。君が壊滅させ、君を倒したマスターさ」
カドックの言葉にアナスタシアは驚いたように空色の目を見開いた。アナスタシアにとってカドックの言葉はそれほどに意外だった。‐
文字通りに受け取るなら嫌みともとれる言葉だが、カドックがそういうことを言う人間でないことをアナスタシアは知っている。卑屈な努力家である彼は自分のいない所でのアナスタシアの失敗を責めはしない。その原因が自分の不在だとするなら、なおさらに‐なら、どういう意味かしら‐とアナスタシアは考えて、考え至り微笑んだ。
「カドック。もしかして、
「…そういう訳じゃない。僕はただ現状の確認がしたかっただけだ。君が優秀なサーヴァントであることは疑わない。そんな君を奴らは不意打ちとはいえ打倒した。その危険性は誤魔化せるものじゃない。ただ、そう言いたかっただけさ」
「貴方は誤魔化すときに早口になる癖があるわ。…ふふ、冗談よ。そんな目で睨まないで頂戴。本当に可愛い人」
テーブルを挟んで座るアナスタシアの手がカドックの頬に触れる。氷の様に冷たい手だとカドックは思った。抵抗せずに受けいれ続ければ凍傷を負ってしまうだろう程に冷たい手。その手を受け入れながら、カドックはアナスタシアの視線から目を逸らしながら照れ隠しをするように言う。
「知っているか、極東には冷たい手の持ち主の心は温かいって言葉もあるらしい」
「あら、その言葉は間違いね。
「ああ、そうだ。手も肌も冷たい、
「…そうね。ねえ、カドック。どうして
「ああ、わかっているさ」
カドックは頬に触れるアナスタシアの手を取る。自分の頬から手を外しながら、その手を握り犬歯を見せて弱く笑う。その眼がアナスタシアの目を正面からみることはない。それでもその手はアナスタシアの手を離さない。カドックは理解している。自分の
汎人類史最後のマスター‐藤丸立香。自分たちが救う筈だった世界を救ったという少女の姿を初めて見た時、その顔に才能なんてものは欠片も感じられなかった。
カドックは自分が大した魔術師ではないと知っている。才能は並み。家柄も精々300年程度の歴史しかない。そんな自分より劣っている三流以下のマスター。そんな感想。
‐自分なら、もっと上手くやれた。
人類史救済の功績を聞いた時、そう思ったのは本心だ。藤丸立香よりも自分が、自分よりも他のクリプター達が、そして、誰よりもキリシュタリアが、もっと上手くやれたはずだ。
言峰神父にカルデアでアナスタシアが敗れ、コヤンスカヤが殺されかけたと聞くまでは、そう思っていた。
藤丸立香‐凡人だと思っていた少女は単独で6騎のサーヴァントを従える
なんて悪い冗談だとカドックは嗤った。汎人類史の抑止力が生んだ奇跡といえば聞こえはいいが、どうやらそうではないようだった。
キリシュタリアに言わせれば既に世界の“漂白”は成され、惑星は異星の神に敗北している。故に汎人類史が抑止力を振り絞ろうとも異聞帯にはぐれサーヴァントを数騎召喚するのが精々だという。ならば、藤丸立香は本当に単独で6騎のサーヴァントを抱えていることになる。
魔術の才能どころか知識もなく歴史も持たない一般家系の一般人。それが、神をも恐れぬチカラを持っている。正気の沙汰ではない。嫉妬などという言葉すら出てこない。
それでもカドックが歯を食いしばりその真実に耐えたのは彼が優秀な魔術師だったからだ。誇るべき家柄は無い。努力と共に積み上げてきた魔術も数いる天才の足元にも及ばない。唯一誇れると思った生まれ持っての才能‐レイシフト適性もその有用性を証明するまでにすべてが終わってしまっていた。
けれども、証明しなければならない。カドック・ゼムルプスに価値はあるのだということを‐
その思いは彼女を召喚したことで完成した。
アナスタシア・ニコラ・エヴナ・ロマノヴァ。
ロマノフ帝国最後の皇帝‐ニコライ二世の末娘。ロシア革命の激動に飲み込まれ虐殺された亡国の皇女。汎人類史ではサーヴァントに成りえなかった彼女は異聞帯のマスターであるカドックに召喚されたことにより異聞帯の干渉を受け比類なき力を得た。
汎人類史の彼女が死の間際に見たロマノフ帝国秘蔵の精霊‐ヴィイ。
その力を操る氷の
両親は死んだ。オリガ、タチアナ、マリア、皆死んだ。家来も召使もペットも皆虐殺された。善良な人生を送ることを主に祈った少女の祈りは‐届かなかった。
それでも彼女は
アナスタシアの記憶を見たカドックは尋ねた。‐なぜ、恨まないのかと。
『恨みます。
その姿にカドックは女帝の姿をみた。ロシア異聞帯‐この帝国に君臨すべき
七人のクリプター。七つの異聞帯。それは漂白世界で行われる新しい指導者を定める
それほどまでの差がキリシュタリアと他のクリプター達の間には存在した。だが、カドックは諦めることを止めた。
アナスタシアという光に目を焼かれたことを卑屈ながらに認めた。一目惚れではない。‐ないと言ったら絶対にないが、それでも彼女が凍えながらも創る世界を見たいと願った。
アナスタシアの威光を必ず帝国の頂点へ。そして、世界の頂へ。その為に戦うとカドックは決めた。
「…僕は弱いが、弱音を吐くのはまだ早い」
「何か言ったかしら?」
「いや、なんでもない。それよりアナスタシア。僕は奴らがこの異聞帯に来たら直ぐに奴らに接触を図る。カルデアのマスター、誤植が生んだ
異聞帯にはそれぞれ“王”がいる。ロシア異聞帯の王はイヴァン雷帝。齢500年の最古にして最大のヤガ。汎人類史であれば齢50程で死亡する筈だった皇帝は極寒の世界に適応する為にロシア国土の下で凍り眠っていた太古の大型生物と合成されることで、
極寒の世界に置いて威光を知らしめ帝国を導いた偉大なる
だから、カドック達はイヴァン雷帝を王座から引きずり降ろしアナスタシアを玉座にすえる。
そこがようやくカドックのスタートラインだ。
だから、やることは多くある。寝る間もないほど時間が惜しい。
けれど、今は‐
「紅茶が冷めてしまったわ」
「いいじゃないか。僕は冷めた紅茶も好きだ」
「
「はぁ、わかったよ。まったく我儘な皇女様だ」
カルデアの一行がロシア異聞帯に訪れた時点でカドックは一気呵成に動き出す。その為の準備も怠らない。
けれど、今は‐このティータイムを楽しもう。
そして、数日後、首都から離れた村にカルデアの者たちが現れたとの情報を受けて、カドックは動き出した。手始めには偉大なる
次いで、ようやく彼の戦いは始まる。
作者はカドック君とアナスタシア皇女が大好きです。
この組み合わせはクリプターの中で一番だと思います。まあ、まだ最新章まで言ってないんですけどね。
神ジュナさんに勝てないぞ!\(^o^)/
この後の立香ちゃんの行動はどうする?
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態度は少し軟化する
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態度はだいぶ軟化する
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クリプター達とお友達になる
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激怒する