それでは本編をどうぞ
そう呟いた俺たちに硬直していた彼女は、慌てたように掠れた声で必死に呟いた。
「お願い! ……助けて!」
少女をちらりと見て考える。奈落の底で、どこからどう見ても封印されている存在。明らかに怪しい。
「お願い! なんでもするから……」
「むーん……まぁ落ち着け、話をしよう」
ずっと黙っていたせいで更に言い募る彼女を落ち着かせる。
「そうだな……お前はここを出たい。で、俺はお前の話を聞きたい。いいか?」
「わ、分かった」
今、少女が何者なのかが分からない以上簡単に助ける訳には行かない。時間はあるし、話を聞いてからでも遅くはないだろう。
「それじゃあ、まず、あんたは何者だ?」
「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでも良かった……でも私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」
もうずっと声を発していないのだろう。声はかなり掠れているが、女の子は必死だ。しかし引っかかる場所がいくつかあった。
「あんたは王族だったのか?」
この質問に対して彼女はコクコクと頷く。
「殺せないってのは?」
「……勝手に治る。怪我してもすぐに……首を落とされたとしても……あと魔力、直接操れる」
「魔物と同じか……それに自動回復とかそういうの……凄まじいな」
話を聞く限り、少女には魔法適正がかなりあるようだ。つまり、他の魔法職が魔法陣の準備をしている間に無詠唱でいきなり魔法を連発できる。その上不死身に近い回復。制約はあるだろうが、それでも十分なチートだ。
「たすけて……」
ポツリと女の子がこちらに嘆願してくる。
『マスター……』
「ああ〜、もう! こういうのは俺じゃないだろ!」
こういうのはせめて天之河とかの役目だろうと思わず声を上げる。
突然の大声に少女の体がビクリと跳ねるが、構わずに少女を捕らえる立方体に近づく。
「あっ」
どうやら意味に気づいたらしい少女が目を見開いてこちらを見ている。
「で、この封印はどうやって解いたもんかな」
『封印を解除する魔法や鍵は今ここには無いため無理やり突破するしかないかと』
「だよねぇ、なら……」
ブロードソードを掲げ立方体に突き刺す。同時に魔力を流し込み内側から封印を破壊するようにする。
「ぐ……ぬ……」
『予想以上に抵抗が強いですね、ですが……』
さらに魔力をブロードソードにつぎ込み、ようやく少しづつ封印が解かれていく。
「もう……ひと押しぃ!」
本来なら既にブレイズドライブを何回か発動できるほどの魔力だ。部屋を覆う程の赤い光に目が眩みそうだ。
何秒か、何時間か、分からない瞬間が過ぎ、
ついにその時が来た。
立方体がどろりと流れ落ち、少しずつ彼女の枷が外れていく。
それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。彼女の体は痩せ細っていたがそれでもなお神秘性を感じる程美しかった。そのまま開放された彼女は、ペタリと地面に女の子座りで座り込んだ。数百年閉じ込められていた弊害か、立ち上がる力が無いらしい。
次いで自分も座り込み、肩で息をする。もう何もできないという程ではないが、もう何度も魔力を使えないだろう。
ゼーハーと息をしていると、震える手で少女が俺の手をギュっと握った。
直視しないように、横目で見れば、少女が真っ直ぐにこっちを見つめている。顔は無表情に近いが、紅眼の奥には、彼女の気持ちがはっきりと見えた。
そして、震える声で小さく、しかしはっきりと少女は告げる。
「……ありがとう」
「……おう」
気恥ずかしくなって目を背ける。しかし、心の奥が不思議と暖かくなるのだった。
『……ラブコメですか?』
「……ちげぇよ」
ブロードソードのからかうような声に否定の声が出す。
「……この声、だれ?」
「ん? 聞こえてるのか?」
少女がこくりと頷き頭を傾げる。ブロードソード曰く、少女にも声が聞こえるようにした。らしい。
「あー、そういや自己紹介してなかったな。まずそっからだ。俺の名前は優樹、如月優樹だ。んで、さっきの声がこの魔剣、名前はブロードソードっつって……まぁ喋れる特殊な武器だと思ってくれていい」
『なんか雑くないですか!?』
ブロードソードが抗議の声を上げてくるが、仕方がないだろう。何も知らない相手に対して説明しづらいのだ。
「……ふふ」
俺たちの会話を聞いていて少女が面白そうにころころと鈴の音のように笑う。
「……で、あんたの名前は?」
誤魔化すように促すと、少女は俺の質問に答えようとして、思い直したようにお願いしてくる。
「……名前、付けて」
「ん? どういうことだ。まさか忘れたのか?」
長い間封印され、誰とも話していないなら有り得るかもと聞くが、少女はふるふると顔を横に振る。
「前の名前はもういらない。……新しく付けて欲しい」
「ふむ……新しい名前ね……」
彼女曰く新しい自分に生まれ変わりたい。その第一歩が新しい名前らしい。
こちらを期待したような目で見てくる。どうしたものかこういったネーミングセンスは俺にはないのだ。
なぁブロードソード……"私は魔剣ですから"ってそんな……。
「ぐぬぬ……あっそうだ! ユエ、"ユエ"なんてどうだ」
「ユエ? ……ユエ……ユエ……」
「おう、故郷で月を意味する言葉だよ。いや〜、ハジメと厨二力を鍛えたかいがあったなぁ! ……気に入らないならまた変えるけど……どう?」
少女はパチパチと目を瞬かせ、どことなく嬉しそうだ。
「……んっ。今日からユエ。ありがとう」
「おう……でだな……」
「?」
礼を言うユエの手を解き外套を脱ぐ。不思議そうに見てくるユエに脱いだ外套を手渡す。
「とりあえずそれ着てくれ。ないよりマシだろう」
「……」
差し出した服を受け取った彼女は自分を見下ろし、一泊置いて顔を真っ赤にした。外套で体を隠しながら。
「ユウキのえっち」
「んんー……」
何か言い返そうとして、薮蛇だろうと黙り視線を逸らす。その間にユエは外套を羽織る。ユエの身長は目測百四十センチ程だから酷くぶかぶかだ。裾を折って手を出そうとしているのが微笑ましい。
そうこうしている間に魔力が回復したのか、技能が働き出す。気配感知がようやく働き出した所で思考が凍りつく、予想以上にとんでもない魔物がすぐそばにいたのだ。
『マスター!』
「おうっ。ユエっ!」
ブロードソードの警告に返事をしてユエに飛びつき、その場から全力で跳躍する。ちらりと振り返ると先程まで俺たちがいた場所にズドンッと大きな音を立て魔物が着地した。
『すみません、油断しました』
「気づかなかった俺も悪い。ユエ、悪いが背中に捕まっててくれ」
現れた魔物を表すなら、サソリが正しいだろう。今までの魔物とは違う強者の威圧感を感じる。
部屋に入った時に気づかなかったのを考えれば、封印が解けたユエを逃がさないための魔物なのだろう。
「どうして……」
ユエが疑問の声を上げる。確かにユエを置いていけば助かるだろうが。
「さすがに一度助けた奴を置いていくのはダサイからな」
予想外の回答だったのか、硬直するユエをもう一度抱き直しながら、ギチギチとにじりよってくるサソリを見据える。
「悪いが、もう助ける事は決まってるんでね。力づくで押し通らせて貰おう」