アクセル・ワールド クロム・ディザスター(チェリー・ルーク)撃破RTA オリジナル主人公チャート   作:透明紋白蝶

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魔改造注意


VS

「初めまして、シアン・パイル。突然ですがあなたには死んでもらいます」

 

 対戦開始直後、声が届く距離まで近づくとシアン・パイル=幼馴染の黛拓武に対してそう話しかけた。

 シアン・パイル。先輩に外見を聞いていたが、実際に目にすると出てくる感想は『強そう』の一言だ。

 百八十に迫るかという身長に、鍛え上げられたかのようなぶっとい四肢。それに相応しい胸板の厚さだった。

 装甲に包まれていない部分はブラックのボディースーツのようなデザインとなっているものの、胸や肩、肘より先や頭部などの装甲に包まれている部分の色は深い青色。

 純色の青に近いというのはその通りで、ぱっとこの色を出されて『この色の名前は?』と聞かれればノータイムで『青』だと答えるくらいには青かった。

 さらに、()()には直径十五センチ程の筒が沿うように装着されており、その先からは尖った釘のような金属光沢のあるものが飛び出ている。

 その筒は巨大なものの、シアン・パイルのサイズのおかげか、トンファーのような武器にも見えなくはなかった。

 

 確かに、接近戦にはとても強そうなアバターだ。冠する色の時点でわかっていたことだが実際に見てそう思わされた。

 そして、シアン・パイルのレベルは4。対するシャドウ・オウルのレベルは1。

 戦いの舞台とするのは共に近距離であり、先輩の言う通り勝てる可能性は低いのだろう。それでも、今回に限っては勝たなければならない。

 ならば、やはり実際に戦う時間を短くしてタイムアウトを狙うのが一番勝てる可能性があるだろう。

 そう計算して話しかけたのだが、シアン・パイルはこちらの不躾かつ挑発的な発言に対して即座に返答はしなかった。

 

「ユキ? その話し方は一体どうしたのさ。君らしくないよ。まるで初対面のようじゃないか」

 

 右手を顎に当てて僅かに首をかしげたあと、シアン・パイルはそう返事をした。

 僅かにシャドウ・オウルの正体が割れていないことを期待したが、そんな都合のいいことは無かったらしい。

 

「二年もあれば色々変わるんだよ。現実世界で不完全とはいえ視覚を得たり、ブレインバーストとの出会いだったりね。そっちだってそうでしょ? 昔の君からは考えられない行動をしている」

「……ちーちゃんの件かい? それとも、黒の王に対する執拗な乱入かな? どちらも彼氏として、バーストリンカーとして問題がある行為には思えないけどね。それを言うなら君の方が問題だよ。彼氏持ちの女の子と直結して、加速世界最大の裏切り者の子にもなっているんだから」

 

 それもそうかな、と思うが全て必要なことだったのだ。互いに自分の行いを悪い事だとは思っていないというのは共通しているようだった。

 どう返事したものかと考えていると、シアン・パイルが左手の筒を振り回した。

 飛び出した先端がステージの壁を切り裂き、金属の外殻とその内側の粘液や小虫などを撒き散らした。

 もう戦闘開始なのかと一瞬身構えたが、シアン・パイルはそのまま戦闘態勢に移行することは無く話し始めた。

 

「《煉獄》ステージ。流石にステージ破壊は難しいかな」

 

 先端を右手で拭うようにして粘液を払う動作をしてステージの詳細を教えてくれた。

 こちらの知っているステージは世紀末と黄昏程度なのでその情報は喜ばしいものだが、何故教えたのだろうか。

 シアン・パイルと、二年前までの拓武くんとの差異を認識しきれずに困惑する。

 

「そろそろいいかな? もう三百秒だ。ギャラリーも退屈しているだろうし戦い始めないかい?」

 

 視界上部に映るカウントは千五百をちょうど下回ったところだった。

 まだ二十五分も残っている。せめて、あと五分くらいは稼ぎたい。

 シアン・パイルがこちらを初心者だと侮って色々と上から教えたい、優越感に浸りたいというのならばと今度は質問した。

 

「ギャラリー? ローカルネットにもギャラリーは接続できるのか?」

 

「結局のところ、ブレインバーストはソーシャルカメラの映像ありきだからね。そしてソーシャルカメラとグローバルネットは繋がっている。観戦中にローカルネットの中で何かをするということは出来ないけど観戦程度ならなんの問題もないよ。例外は直結対戦くらいかな」

 

「……こんな閉所でギャラリーは観戦できるのか?」

 

 病院のエントランスは決して狭くないが、グローバルネット下のエリアと比較すると確実に狭い。

 そもそも、建物の中であり壁があるため観戦も難しいだろう。

 

「一応手元にモニターを呼び出せるんだけどね。それでも迫力には欠ける。多分、ここなら屋上に集まってるんじゃないかな? ほら、上に行くよ」

 

 そう言ってシアン・パイルはこちらの横をすり抜けると、背後にあったエレベーターに乗って移動して行った。

 少ししてエレベーターが戻ってきて、おどろおどろしいベルの音とともに扉を開ける。

 さて、どうするか。ここで屋上に行くのは容易い。そして、この場にとどまってタイムを稼ぐのもたやすい。

 しかし、お互いに体力の残量は百パーセント。

 このままのタイムアップではドローとなり、シアン・パイルのポイントを削ることは出来ない。

 ここからさらにタイムを稼いでしまってはシアン・パイルもこちらと同じ作戦に切りかえ、両者無傷のまま対戦が終了しかねない。

 

 エレベーターに乗り、屋上へ動かす。ギャラリーを気にしていたシアン・パイルにはありえないとは思うが、到着直後の奇襲もありえなく無いため扉の正面に立つのではなく、平べったい体を活かしてボタンなどを設置するために僅かにせり出している場所へと身を潜めた。

 

 暫くすると扉が開き、煉獄ステージの黄ばんだ日光がエレベーターの中を照らす。

 そこに人型の影はなく、少なくとも正面で待ち構えているということはなさそうだった。

 無論、扉の横に張り付いている可能性もあるため、大きく跳躍して屋上に飛び出すと、シアン・パイルは屋上の中央に堂々と立っていた。

 

「それじゃあ、始めようか。本当はまだ話したいことはあるけど、折角のポイントがもったいないからね。それに、ギャラリーに退屈させるのもね。対戦終了後に話させてもらうよ」

 

 シアン・パイルはそう言って左腕の筒を腰だめに構えると、先端をこちらに向けた。

 

 足は踏ん張るように広げられており、少なくとも距離を詰めるために駆け出してくるようには思えなかった。

 カウンタータイプのバトルスタイルなのか?

 そう思った瞬間、バシュンという噴出音とともに筒の後端から炎が噴出し、先端から飛び出していた杭が射出された。

 

 それを避けられたのは偶然だった。

 たまたま飛来物に対して僅かに距離を取るようなゲームをやり込んでいて、たまたま肘関節がなかったから避けられただけだった。

 スカッシュをやっていなければポジションを変えることも出来ずに貫かれていただろうし、肘関節があれば反射的に打ち返そうとふり抜かれた手が正確に先端を捉えて貫かれていただろう。

 関節一つ分自由度が低下していたからこその回避だった。

 

「初見で避けられるとは思わなかったよ」

 

 伸ばされた杭が筒へと収納されていく間、シアン・パイルはそう呟いた。

 純色の青にほど近い色にも関わらず、中距離へ射出できる武装持ち。この意外性はたしかに初見には辛いだろう。

 杭が筒に戻りきり、再び射出される前に接近しようと駆け出すと、筒に戻り切っていない杭を振り回してシアン・パイルはこちらを牽制してきた。 

 射出時のそれと比べると威力はかなり低下しているだろうが、無視できるような威力でもないだろうその杭の攻撃を受ける訳にも行かず、ホバー移動のおかげで急停止も急加速もたやすい移動性能の高さを活かして杭を躱して射程外に逃げる。

 その間にも杭は収納されて短くなっていき、当然射程も短くなる。

 杭の収納を追いかけるようにシアン・パイルに近づけば、当然こちらが攻撃するよりも先に杭の収納が完了する。

 筒の先端から覗く杭を注視して直線上に位置しないように気をつけながら至近距離で攻撃のタイミングを伺っていると、しかし杭は射出されることなく、シアン・パイルがさらに距離を詰めて肉薄してきた。

 全体像ではなく杭に集中していたせいで対応が遅れ、右手での牽制のパンチが直撃し、続く本命の大質量の筒での殴りつけも貰ってしまった。

 

「パイルだけだと甘く見ないで欲しいな。これでも僕は近接の青なんだ。接近戦だって十分できるつもりだよ」

 

 吹き飛ばされるのと同時に自分からさらに後ろに下がって杭の射程距離から逃れ、体力を確認する。

 残る体力は七割と少し。かなりのダメージを負ってしまった。これが必殺技を除いて最大火力だろう杭の射出となればどこまでダメージを受けるのか。ますます受ける訳には行かなくなったが、筒の先端を把握しながらの接近戦はかなりきついだろう。

 しかし、こちらの攻撃手段は近接攻撃だけ。シアン・パイルの体力をこちらより減らさなければいけないのだから、近づく他なかった。

 

 杭の射程距離に入ると同時、射出された杭がこちらに迫る。この距離ならば問題は無い。

 それがあるとわかっているなら回避は可能だ。余裕を持ってとは行かないが、かすることも無く回避してさらにシアンパイルに近づく。

 杭が振り回されるが、まだほとんど収納されていない状態では先端に感じる重さはかなりのものなのだろう。

 一度足を止めて回避したため半分ほど収納されていた前回と比べてキレがわるい。

 そのため回避しながら近づくことは出来ていたが、ある程度の杭が収納されるとキレが良くなり、近づくのが難しくなった。

 結局、至近距離にたどり着いたのは前回と同じく杭が完全に収納された直後だった。

 しかし今回は恐れもせずにさらに飛び込んだ。

 さっきのシアン・パイルは確かに杭の先端をこちらに合わせるような動きはしていたが、しかしこちらも派手に動き回っていた訳では無い。

 メインの攻撃手段として杭を扱って勝ち上がり、レベル4という壁を超えたベテランならば容易に射線を合わせられるはずだった。

 にも関わらず射出しなかったのは、杭が収納されてもすぐには再射出できないのではないかと考えたからだ。

 

「リロードにはまだかかると思ったのかもしれないけど、甘いよ」

 

 プシュっという噴出音とともに筒の後端から僅かに炎が上がり、杭が射出された。

 それは正確に顔面を捉えていたが、意図的に体勢を崩すことでギリギリかする程度のダメージに留める。

 人間の耳が顔の横についていたら確実にモゲていただろうヒットも、このアバターの顔の側面には何も無いため輪郭をこする程度になっていた。

 

「避けたはいいけどそれじゃあ良い的だよ!」

 

 地面に対して急角度で立っていて、普通ならばそのまま重力に負けて倒れ込む体勢となっていた所にシアン・パイルの右足が飛んでくる。

 しかし、シャドウ・オウルは普通じゃない。

 接地してさえいれば、バランスさえ取れていればどんな体勢でも立つことが出来るし、最高速を出すことが出来る。

 前進から後退へと瞬時に切り替えて体勢はそのままにキックを躱すと、から振ったその足に向けて腕の剣で切りつけた。

 ダークブルーのブーツに剣はしっかりと命中し、シアン・パイルの体力を確かに削る。 

 蹴り抜いた方向へ押し出すような剣撃はさらにシアン・パイルの体勢を崩し、その隙に懐まで潜り込んで連撃をあびせる。

 

 しかし、シアン・パイルはまるで堪えていないかのように地面に手をついて受身を取って立ち上がると、そのまま跳躍してさらに距離を取った。

 

「気持ち悪い動きをするなあ……それに、ダメージの割に必殺技ゲージもあまり溜まってないし」

 

 反応してゲージを確認してみればこちらの体力は七割に到達し、必殺技ゲージは五割ほどになっている。

 対してシアンパイルの体力は八割ほどで、必殺技ゲージは二割も溜まっていなかった。

 

 おかしい。シャドウ・オウルのアビリティはシアンカラーに対しては必殺技ゲージの減少よりもダメージの上昇効果の方が高いはずなのに。

 もしかして、ダメージが上昇した上でこの程度のダメージなのか?

 レベル差という言葉が重くのしかかる。

 

 それでもこれまでに互いに切った手札の枚数ではこちらの方が有利だ。 

 体力では負けているが、互いに手札を切っていってダメージを累積させ合うならば最終的な収支はこちらに軍配が上がるかもしれない。

 

 第一、シアンパイルが切った手札は初見殺しの中距離武器と、そちらに意識を寄せておいての意識外からの近接攻撃。分かっていれば対処可能の、つまり死んだ手札だ。

 対してこちらが切ったのはホバー移動での変則機動。わかっていても対処は難しいはずだ。

 いける! 自分を奮い立たせて再び接近し、射程に入った瞬間に射出された杭を今度はギリギリで回避する。 

 あちらもこちらの回避の癖を読み取って寄せてきているのだろうか。

 長期戦を目指していたが、圧倒的な経験差があるため長期戦は逆に危険かもしれないと理解する。

 

 伸びた杭に対して、横から剣で攻撃を加える。

 おそらく強化外装だろうこの杭に攻撃してもダメージにならないことはアッシュローラーとの対戦で強化外装というものを知ったために理解している。

 今回の攻撃の目的はシアン・パイルが予期しない杭の先端の動きによって体勢を崩すことだ。

 踏ん張られたことでほんの僅かしか隙は生まれなかったが、二秒も杭が動かない時間があれば十分に距離を縮められる。

 杭の先端を追い越して接近し、攻撃を浴びせるとシアン・パイルは右手一本での防御を行った。

 詳しくはわからないが、左手を使わないのは筒に原因があるのだろう。

 パンチではなく斬撃であるこちらの攻撃はしっかり振ることさえできればどこに当たっても一定のダメージが保証されている。

 杭が戻ってもその瞬間に最大火力の射出が出来ないことはさっきの射出の際に後部から吹き出した炎の大きさで予想出来ている。

 ならば杭が収納され切った瞬間に次の行動を開始すれば問題は無い。

 そう思って攻撃を続け、視界の端で杭が収納されたのを確認した。直後――

 

「《フラッシュ・チャージ》!」

 

 シアン・パイルが叫び、杭が射出される。筒の後部から吹き出す炎の大きさは通常時の――初撃のそれよりも大きく、そして杭の射出速度はこちらの知るものの倍以上となっていた。

 回避動作に移った瞬間には杭はこちらの体にめり込んでおり、左腕が半ばから食いちぎられて杭の先端と共に彼方へと飛んでいく。

 

 左腕に与えられた衝撃できりもみ回転しながら後ろに吹き飛び、なんとか着地して杭の先端を見れば、既に収納が始まっているにも関わらずその先端の位置はこちらの知る射程の限界よりもはるか先にあるように思えた。

 収納のあいだ、シアン・パイルが呟いた。

 

「この必殺技を使うのも久しぶりだな。レベル4になってから初めてじゃなかったかな」

 

 必殺技。ゲージを確認してみればシアン・パイルのそれは確かに減少している。現在値は一割もない。

 こちらへダメージを与えて補充された後にその数値ということは、元々二割もなかったそれをほとんど全部使っての必殺技だったのではないだろうか?

 

「僕の杭が収納後にも待機時間が必要だというのは正しい認識だよ。より正確には、収納後にチャージが始まって、ゲージが溜まりきると最大出力での射出が可能になるだけでゲージが溜まり切ってなくても射出はできるんだけどね」

 

 それが連射と威力の低下のカラクリか。

 

「今使った必殺技はチャージゲージを必殺技ゲージで補う最初から持っていた必殺技でね。使うゲージ量は一割とチャージゲージの不足分。それで通常できない二百パーセントまで充填されるって仕組みさ」

 

 立ち回りを上手くすれば連射の必要は無いし、二百パーセントチャージもほかの必殺技と比べてコスパが悪いから最近は使っていなかったと続けられる。

 

「それでもゲージが貯まりにくいらしい君との対戦なら使い勝手のいい技かもね。本当は派手なゲージ百パーセント技を使いたいとおもっていたんだけど、それは諦めることにするよ」

 

 そして、レベル4までに積み上げたシアン・パイルの膨大な手札の数と、質に任せた蹂躙が始まった。

 

 接近するところまではなんとか出来る。それでも片腕を失ったことで手数は減少し、ダメージを積み重ねられない。 

 フラッシュ・チャージによる速射に警戒すればさらに手数は減少する。

 そこに突き刺さるのは二割強の必殺技ゲージを使うシアン・パイルのレベル2必殺技、《スプラッシュ・スティンガー》。胸部装甲の隙間から小さな釘が大量に射出され、炸裂する。

 体を守るようにかざした右手の剣の腹に大量の釘が打ち込まれ、先輩から構造的に脆弱であると指摘されていた剣の腹から右手は粉々に砕けた。

 それでも両足も剣である。しかし、機動力を確保したまま足での攻撃はまだ習熟していないものだった。

 蹴撃に意識を割いた結果回避行動が疎かになり、逆に蹴り飛ばされて地面に打ち付けられる。

 

「これで終わりかな。初心者だって言うのに結構楽しめたよ。これから使うのは使い勝手が悪い代わりに最大威力を誇るレベル3の必殺技だよ」

 

 そう言って巨大化された筒と、先端が潰されてハンマーのような形になった鉄杭の先端が胸に押し付けられた。

 

「《スパイラル・グラビティ・ドライバー》!」

 

 大音量の駆動音とともに筒の後端からは何度も巨大な炎が排出され、それが十に到達しようかという所でハンマーが回転しながら射出された。

 本人が言う通り最大火力だということは嘘偽りない真実のようで、対戦開始時に破壊は難しいと言っていたステージの床を何枚も粉砕して一階のフロアへと叩きつけられた。

 

「あれ……体力残ってる」

 

 痛みに呻きながらも対戦が終了していないことを不思議に思いステータスバーを確認すると、四割ほどだった体力は残り数パーセントではあるが確かに残っていた。

 

「最大威力ってのも大した事ないな……」

 

 タイムは残り二百秒ほど。生存していたとはいえかすれば即死するこの体力では勝ちの目もない。 

 積み重ねてきた覚悟はぽっきりと折れてしまい、負け惜しみのようなことを呟くことしか出来なかった。 

 気持ちの悪い煉獄ステージにいつまでも寝転がっているのを拒否して上体を持ち上げると、奇跡的にか。あるいは運命なのか。

 叩きつけられた一階のフロアは、ERのマイクロマシン室のようだった。

 煉獄ステージのデザインを守りながらも、しかしおとぎ話のような黒い茨のベッドに横たわっていたのは背中から蝶の翅を生やした眠り姫だった。

 

「先輩、ブラック・ロータス。ごめんなさい。あなたは僕に関わったからポイントを大量に失い、大怪我をして、そして意識の戻らぬままに全損の危機に晒されている。共犯者として誓ったにもかかわらず、あなたを守ることが出来なかった。希望を、ブレインバーストの存在を教えてくれたあなたの目的をこんなくだらない事で潰えさせてしまう。この対戦が終わったら、きっと僕もブレインバーストをアンインストールします。本当は惜しいけれど、何を犠牲にしてでも完成させると誓っていたけれど、それでもあなたの体と心を守れなかった僕があなたからの贈り物で願いを叶えるのは間違っているでしょう」

 

 折れた腕を眠る先輩の上に翳して呟いた。 

 折れていなかったとしても剣の腕では先輩に触れることも出来ない。

 折れる膝がないから崩れ落ちなかっただけで、気分的には膝をついて項垂れた状態だった。

 

 ――キミの背中に真なる王の姿を見た。

 

 意識の無いはずの先輩の体から、事故の直前に告げられた言葉が聞こえた気がした。

 王。先輩はこんな人間に自分の世界の王の姿を見たと言った。跪いて支配されたいとすら。

 そして、その身を守るために自分の全てを投げ打って、現実でも加速世界でも危機的な状況へと身を落とした。

 ならば、最後の瞬間までシャドウ・オウルは気高くあるべきだ。諦めることは即ち先輩の行動を否定することだ。先輩を貶める行為だ。

 

 ――抗え。どうにもならない現実に。

 ――君臨しろ。誰よりも高みに!

 

 突如、全身が燃えるように熱くなった。これは、意思だ。

 絶対にやり遂げると、一度は粉々になった覚悟の欠片が圧縮され、そうして生まれた熱だ。

 その熱は体内だけではとどまらず、背中から加速世界へと放出される。

 熱は翼となり、気がつけば病院の一階ではなく、屋上でもなく。世界を見下ろす遥かな空へと君臨していた。

 

 屋上ではシアン・パイルがこちらを見上げている。脇の建物ではギャラリーが賑わっている。

 それらの全てを見下ろして、シャドウ・オウルとして、加速世界最大の裏切り者であるブラック・ロータスの共犯者として気高く君臨する。

 ならば、やることはただ一つ。 

 戦うのだ。体力が僅かしかなくても、アバターが動いて、目の前に対戦相手がいるのなら、勝ち目がどれだけ低くても戦え!

 

 そう。シャドウ・オウルが腕のみならず脚まで剣であるのは第二の移動手段――翼で行動しながら攻撃を重ねるためなのだ。

 そしてなにより、冠する名前の通りに上空からの強襲でで獲物を仕留めるためなのだ。

 

 シアン・パイルは空に留まるこちらに筒を向けている。シアン・パイルもまた、戦う気なのだ。

 自身の開けた穴から天井のある一階層下に逃げ込めば、急降下による攻撃を封じ、閉所で杭を簡単に命中させられるにも関わらず、そうしないのは戦う意思があるからなのだ。

 ならばやるしかない。かすりすらさせずに完璧に杭を避けて、その上で一撃で仕留める。

 カウントが百からひとつ時を刻み、二桁となった瞬間、戦闘が再開され、そして終わった。

 




エピソードワンの一番の山場を8000字ちょっとで終わらせていいものなのだろうか……
別視点とか書くかもしれません(未定)

シアン・パイルですが
パイルドライバーが右手から左手に変更されて
レベル1必殺技が生えて
多分パイルドライバーの仕様も僅かに変更されてます
まだ変更点は残ってますが……

用心棒(アクア・カレント)エピソード

  • やってほしい(一巻と二巻の間に投稿)
  • やらんでいい(一巻終わり次第即二巻)
  • ダイジェスト(対戦シーンのみ)
  • ダイジェスト(対戦シーンカット)

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