とある一人の真理到達   作:コモド

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Prologue

 

――prologue.

 

 

「そういえば、知ってる? 超能力者の第八位が長点上機学園に入学したって」

「あの長点上機に? なら今年の大星覇祭も長点上機の優勝かな」

「どうだろう? 第三位の御坂さんや第五位の食蜂さんがいるし、わからないよ」

「その二人がいたって去年は負けたじゃない。やっぱり強度が高いだけのお嬢様ばかり集めてるから、能力開発に優れてる長点上機には実戦だと敵わないんじゃない?」

「最低でもレベル3じゃないと入れないのよ? 最低でも実戦できて、果ては軍隊でも敵わないのが二人もいるのに。そもそも第八位って第六位と同じで見たことも聞いたこともないし」

「それもそうね」

 

 ――まったく、好き勝手言ってくれちゃって。

 

 御坂美琴は雑談する女生徒の当たり障りのない会話を耳にして、内心ため息をついた。

 中学二年生になった春。寒冷な冬が過ぎ、うららかな陽気に気の緩んだ女学生を悩ます春一番も、短パン常備の彼女には縁がない。

 代わりと言っては何だが、彼女は有名税に悩まされていた。

 学園都市でも五指に入る超名門・常盤台中学のエースにして、学園都市二百三十万人の頂点に君臨する八人の超能力者の第三位『超電磁砲』。

 殆どが表舞台に出てこない超能力者の中で、もっとも有名な彼女は、その日陰者の一人がよりにも寄って常盤台に並ぶ名門に入学したことで、さらに注目を浴びてしまう羽目になった。

 長点上機と常盤台は、学園都市の頂点を競い合う大星覇祭で毎年しのぎを削り合う好敵手にして犬猿の仲だ。

 そもそも校風からして、常盤台が最低でもレベル3の能力者であり世界で活躍できる万能さを尊ぶのに対して、長点上機は一芸に秀でてさえいれば良いという真逆な名門同士である。

 対立は不可避であり、周囲からもそのような期待が向けられていた。さながらプロレスのように。

 

(こっちは良い迷惑だっての)

 

 だがそれも学校や周りの話で、一個人にはあまり関係のない話題であった。

 御坂美琴としては、長点上機自体にさほど関心がなく、渦中の第八位にしても名前や顔どころか能力すら聞いた憶えがない。

 

(そもそも超能力者もあのいけ好かない食蜂操祈以外会ったこともないし……)

 

 高飛車で女王気取りの無駄にキラキラと輝く双眸を思い出すと、腹が立ってきた。

 こっちはどうでもいいのに向こうが意識していて鬱陶しいのだ。

 超能力者は御坂美琴を除いて、全員が人格破綻者だと言われている。

 その第八位も例に漏れず、まともな精神はしていないのであろう。

 

(そんな奴と関わり合いたくないし、無理やり絡められようとしても困るっての)

 

「あ、すいません」

「いえ、此方こそ」

 

 考え事をしながら歩いていたからか、対面の男子学生とぶつかってしまった。

 共に会釈をして通り過ぎる。長点上機の制服――渦中の学校の生徒だと思慮した美琴は、遅れてある異常に目を見開いた。

 美琴が接近に気づけなかった。

彼女のAIM拡散力場は微弱な電磁波を常に放出している。

 小動物が嫌がって逃げてゆくほどのそれは、接近する物体を感知して不意打ち、死角からの攻撃を対処できる程の精度を誇る代物なのだが、先ほどは気づけなかった。

 

(AIM拡散力場に干渉する能力? 電気を無効化する能力者? どっちにしろレアね。さすが長点上機ってとこかしら)

 

 前者ならば全能力者の、後者ならば美琴の天敵である。

 強度は推測でしかないが、超能力者の美琴に干渉できている時点で大能力相当だろうか。

 一芸のみのキワモノだけではなく、能力者としても高位な人材が揃っている。

 常盤台と同じ学園都市の五指なだけはある、と美琴が関心して歩きだそうとしたときだった。

 

「イテッ! どこ見て歩いてんだよテメエ!」

「ちゃんと前見て歩けや、ああ!?」

「すいません……」

 

 さっきの男子学生が、スキルアウトと思しきに連中とぶつかって絡まれていた。

 またぶつかったのかと、若干呆れながらも、高位の能力者なら問題ないだろうと静観することにした。

 もし戦闘向きの能力でないのなら助けに入るつもりで。

 

「お、おい、コイツ……」

「長点上機じゃねえか……」

 

 学生の制服を見たスキルアウトが慄き、途端に逃げ腰になる。

 強度という成績の階級で、学生のヒエラルキーは残酷なまでに明確なまでに決められていた。

 才能という、本来の科学の意義とはかけ離れた個人的素質の差が、この学園都市での六段階の階級。

 彼らは無能力者であり、才能のない己を呪いながらも能力者に負けじと肉体を鍛えたろくでなしだ。根底には能力者への劣等感が深く根付いている。

 学園都市で最も優秀な生徒が集う長点上機の証にたじろぐのも仕方ないことだった。

 が――

 

「すいません、よそ見をしていました。これからは気をつけますので、許してくれませんか?」

 

 高位能力者の割りに腰の低く、スキルアウトにへつらう学生に、余裕を取り戻す。

 歪んだ笑みを交わし合い、積もり積もった能力者への憎悪を当たり散らした。

 

「すいませんじゃねえよ! どうしてくれんだコラ!」

「謝れば許してもらえると思ってるのか、出来のいいお坊ちゃんはよぉ!?」

 

 学生の胸倉を掴み、怒声を張り上げ、凄んだ。

 周囲の学生は巻き込まれるのを恐れ、見て見ぬ振りを決め込んでいる、

 

「どうすれば、許してもらえますか?」

「あ? そうだな、金をもってこいよ。長点上機の学生ならたんまり奨学金もらってんだろ?」

「ついでにおれたちがスッキリするまでサンドバックになってもらおうか。なーに、すぐ終わるさ」

 

 美琴が気づいたのは、これ以上は拙いと美琴が助けに入ろうとした時だった。

 おかしい。不良数人に絡まれ、脅迫され今まさに暴力に曝されようとしているのに、学生には微塵の動揺も見られない。

 声も平坦で、気弱な印象もない。違和感に美琴が足を止めた。やおら学生の右手が、胸倉を掴むスキルアウトの腕に触れる。

 

「? な――」

「どうしてだ? どうしてこの街は、波風を立てないよう歩いていても、掃き溜めに溜まってる糞どもの方からよってくるんだ?」

「なに言ってんだテメエ!」

「テメエこそ誰に向かって偉そうな口きいてやがる、底辺のカスが」

 

 骨の軋む音がはっきりと響いた。

 細身の少年とは思えない膂力に仰天するスキルアウトが思わず手を離し、距離を取る。

 

「こ、コイツ……!?」

 

 突如豹変し、飼い犬に手を噛まれた気分のスキルアウトの腕に異変が生じた。

 少年に掴まれた部位が、少年が手を離してからも変わらない力で圧迫され続けている。

 骨の軋む音は絶えず響け、現状を把握できないスキルアウトは痛みと恐怖に声を張り上げた。

 

「うわあぁあッ! 腕が! おれの腕がぁぁぁ!」

「お、おい、何をされたんだ! おい!」

 

 恐慌状態の男を気遣う声も、もはや聞こえていない。

 残ったひとりに、少年が詰め寄った。

 

「ひっ」

「オレになんて言ったっけ? スッキリするまでサンドバックだったか?

 え? お前らがなってくれるのか? オレの苛立ちがスッキリするまでサンドバックに」

「ま、待ってくれ! み、見逃してくれ! おれらが悪かったよ。な?」

「あ?」

 

 平伏して命乞いする男を、ヴァイオレットの冷淡な瞳が見下ろす。無情な視線が無様に媚び諂うことすら許さず、足を振りおろそうとした。

 

「やめなさい。そいつらに非があるとはいえ、やりすぎよ」

「……」

 

 美琴の制止の声に、緩慢な動作で少年が振り返る。

 先ほど素直に謝罪した少年と同一人物とは思えない凄惨な目つき。

 敵意を向けられていることを察した美琴が帯電する。それを見た少年は、感嘆したようにほう、と息を漏らし、

 

「長点上機学園一年C組出席番号二十二番、二羽真理。六月七日生まれの十五歳。血液型はA型。

 趣味、特技は特になし。強いて言うなら見つけている途中ってとこ。

 囁かな自慢はこの目だ。綺麗な菫色をしてるだろ? 薬品で後天的に変色させられたんだよ。

初めは激痛に苦しんだけど、おかげで没個性的な容姿にならなくて感謝してる」

「……?」

 

 突然自己紹介を始めた少年に美琴が眉をひそめる。

 二羽真理と名乗った少年は、困惑する美琴に不敵に微笑んだ。

 

「ピンと来ないか。ならこう言えばわかるかな?

 超能力者序列第八位、能力名『流転抑止(アンチマテリアル)』――アンタのお仲間さ。

 常盤台の『超電磁砲』」

「……そう。アンタが噂の長点上機の新入生ってわけね」

 

 嘯く真理に驚きはしたものの、瞬時に思考を切り替え、平静さを取り戻す。

 第五位以外では初めて対面する超能力者。第三と第八では遥かに後者が格下だが、相手は謎の多い第八位。

 能力名も謎、その人となりも不明。先の不良に使った力はその『流転抑止』の一端であろうか。

 念動力に近い印象を受けたが、確証はない。緊迫する空気。学園都市の頂点に位置する超能力者、それも常盤台と長点上機それぞれのトップの対面となれば、事態はボーイミーツガールのような甘酸っぱいものではなく、戦略兵器同士の直接対決だ。

 歩行者、野次馬の誰もが動けず、恐々と二人の動向を見守っていた。

 

「で、その第八位が何の用?」

「用? オレに声を掛けたのはアンタだろ。オレの台詞を取るなよ」

「なら言ってやるわ。弱い者いじめなんて情けない真似はやめなさい。みっともないと思わないの?」

「弱い者? 弱い者ってのはコイツらのことか?」

 

 今なお絶叫するスキルアウトを指差し、美琴に確認する。美琴が視線で肯定すると、真理はくつくつと喉を鳴らした。

 

「――分かったよ。ほら」

「あぁあ――あ、あれ? な、治った……?」

「バイバイ、これからは悪いことしないようにね」

「う、あ、ああ。もうしねえよ」

 

 這々の体で逃げてゆくスキルアウトを見届けて、美琴は迸らせる紫電の勢いをさらに強めた。

 

「さて、これで――」

「ええ、邪魔者はいなくなったわ。場所を変えて――」

「心置きなく眠れる。あとは頼んだ」

「は?」

 

 好戦的な笑みが一転して、茫然としたものに変わる。呆気に取られる美琴をよそに、真理はうつ伏せに倒れ、ピクリともしなくなった。

 寝息だけが周囲に響き、遅れてざわめきが起こった。

 

「え? え?」

 

 事態が飲み込めず、おろおろと慌てふためく美琴。助けを求めるように辺りを見渡すが、全員が見ないふりを決め込んだ。誰も超能力者と関わり合いになどなりたくなかった。

 

「は? 私?」

 

 視線を逸らし、立ち去る人波の中で美琴は叫んだ。

 

「な――何でこうなるのよーーーっ!」

 

 

「いやー、ゴメンね。介抱してもらっちゃって」

「……いえ、別に」

 

 頬杖をつきながら、能天気な声で謝る真理に美琴のこめかみがひくついた。

 真理を引き摺って人目のつかない場所まで移動させ、目を醒ますまで待つこと一時間。

 目を醒ました真理は美琴に平謝りし、お礼がしたいと言ってきた。美琴も危険人物とは関わり合いになりたくはなかったのだが、個人的に超能力者の能力には興味があったので受けることにしたのだ。

 近場のファミレスで良いと美琴が言うと、真理は目を丸くした。お嬢様だから格式まで厳格な高級な店に行かされるものと思っていたらしい。

 美琴は学園都市開発の微妙な味の清涼飲料水(飲み放題)に口を付けながら言った。

 

「名前はマリなのね。シンリじゃなくて」

「うん。ゴメンね、紛らわしい名前で」

 

 繰り返し謝る真理。微妙に誠意がこもっていない。どうやら彼の口癖のようだ。

 

「超能力者第八位『流転抑止(アンチマテリアル)』……意訳すると、対物質か。名前からはどんな能力かさっぱり検討がつかないわね」

「そりゃ、キミみたいな解り易い能力は他の超能力者にいないよ。単純極まりない発電能力がレベル5相当の強度を持つこと自体が異常なんだ」

「褒められてるのか貶しされてるのか、判断に困るんだけど」

 

 半目で睨むと、真理は慌てて両手を振った。

 

「そんな、褒めてるに決まってるじゃないか。単純な能力ほど優秀なものだよ。電気は応用が効くし、何より単体で生み出せるエネルギーも桁が違う。レベル1から這い上がった気概も凄い。尊敬してるよ」

「そこまで言われると、かえって嫌味にしか聞こえないわね」

「ゴメン……」

 

 褒め殺しにされ、頬が熱くなり、ごまかすように努めて平坦な声で返すと、真理は俯いてしまった。

 どうもおかしい。違和感が拭えない。美琴と向かい合う真理が、先刻、スキルアウトを容赦なく甚振ろうとした少年のイメージとは到底結びつかないのだ。

 これでは退屈を解消してくれる好敵手を求めて振り上げた矛の下ろし所がなくなり、不完全燃焼で終わってしまう。

 美琴はジュースを飲み干すと、意を決して問い質すことにした。

 

「ねえ、なんかアンタ、初対面の時と印象が違いすぎて反応に困るんだけど」

「ゴメン」

「それよ。何で自分が悪くもないのに謝るのよ。私に啖呵切った時の度胸はどこいったの?」

 

 辛辣に指摘すると、真理は気まずそうに目を逸らした。本人にとっても不本意なもののようだ。

 

「あの……おれは何ていうか、気性の変化が激しい方で……一度頭に血が上ると、ああなっちゃうんだ。自分でも止められなくて……」

「極端ねえ」

 

 自虐的な性格から唐突に嗜虐的な気質に切り替わる。確かに、ある意味で人格が破綻していると言っても過言ではない。

 何もしなければ無害と考えれば、食蜂操祈よりはまともなのかもしれないが。

 

「そういえば、あの不良に念動力みたいな能力使ってたわよね? あれが噂の『流転抑止』の正体?」

 

 思い起こす。美琴の学園都市で三番目に優秀な頭脳は、一連の出来事の詳細を克明に記憶していた。

 触れた箇所を圧迫し続ける、不可視のベクトル。既存の能力で一番近いのは念動力だが、それだと美琴のAIM拡散力場を止められた説明がつかない。

 踏み込んだ質問をする美琴は、望んだ答えが返ってくると思っていなかったが――

 

「あぁ、そうだよ。ちょっとこれ借りるね」

「?」

 

 真理は美琴の飲み終えたコップを持つと、徐ろに美琴の頬にそれを押し当てた。

 

「うひゃあっ!? な、なにすんのよ!」

「ゴメン、能力の説明に必要だったんだ。仕方なかったんだ。だから落ち着いて!」

 

 前髪から放電する美琴をどうどうと宥め、どうにか着席させる。

 いきり立った美琴が渋々と怒りを鎮め、冷静になると、頬の冷たい感触が、今も残っていることに気づいた。

 触れてみると、明らかに温度が違う。手のひらの熱で温まる様子もない。

 

「これって……」

「温度や力といった形のないものを持続させることが、おれの『流転抑止』の能力だよ。

 カッコつけた言い方するなら、永遠性の付与ってとこかな」

 

 さらっと企業秘密を暴露した真理に開いた口が塞がらない。

 能力は確かに稀少で強力なものだった。百八十万人の学生の中でも類を見ないものであるのは疑いようがない。

 しかし――

 

「レベル5にしては、何か弱くない?」

「ぐっ……」

 

 美琴の率直な疑問に真理が呻いた。気にしていたようだ。

 レベル5は、学園都市が保有する最高戦力であり、その一人一人が軍隊を相手取って勝利しうる戦闘力を有している。

 美琴は言うに及ばず、直接的な戦闘能力を持たない第五位食蜂操祈でも、対人戦ならば無類の力を発揮する。

 それらを考慮すると、幾ら末席と言えど真理の能力は物足りないと評さざるを得ない。

 自覚のあった真理は沈鬱に頭を抱えて、ぼそぼそと呟く。

 

「おれだって何でレベル5なのか教えて欲しいよ……おかげで因縁はつけられるし、変な連中には狙われるし、散々だ」

「自分でレベル5になった癖に、なに贅沢なこと言ってんのよ」

「いや、おれは初めからレベル5だったよ。昔は第二位だったりもした。キミとか新しい芽が出てきて少しずつ降格させられて行ったけど」

「あれ、そうなんだ」

 

 自身がレベル1からレベル5まで上り詰めただけに、誰もが低い強度から始まるという先入観があった。

 実際、威力、熟練度、演算能力とは別に、その能力の価値から強度が高く設定されるものはある。

 瞬間移動能力者はその原理の複雑さから、自身と同じ重量の物体を移動させられるだけでレベル4という基準があるし、逆にポピュラーな発電能力者は、美琴がMAX十億ボルトの電撃に加え様々な応用が効いてレベル5だが、その下はレベル4でも美琴の放電を見ただけで気絶してしまう程の断絶した彼我差がある。

 レアな能力ほど発症例が少ないため、強度の基準が緩くなるのも当然と言えた。

 

「つまり、アンタの能力って、発現した時から何の成長もしてないってこと?」

「まあ、そうなるね」

 

 初めは上位にいたが、美琴らの出現によって追い抜かれた。

 そしてそれを悔いている様子もない。この学園都市の生徒には珍しく、彼には向上心がないように見受けられた。

 普遍的な学生は、精度、演算能力を少しでも高めるために死に物狂いで努力しているというのに。

 

「何か気に食わないわね、そういう態度」

「ゴメン。でも、おれには強くなろうとする理由が理解できないよ。精度を高めて何の意味があるの?

 高位能力者としての名誉? 下位能力者に威張り散らすため? 結局は研究者の金になるだけなのに」

「学園都市の生徒なんだから、成績を高めようとするのは当然でしょう? それが学生の本分だもの。

 レベルが全てとは言わないけど、レベルは生徒がこれまで努力してきた証、勲章みたいなものよ。それを誇るのも仕方ないでしょう?」

「おれみたいな初めから超能力者の生徒もいるのに?」

「……何がいいたいの?」

 

 弛緩していた空気が張り詰めていく。美琴の瞳が、彼の自慢の瞳を睥睨した。

 後天的に変異したという虹彩は、間近で見ると歪な紋様が重なり合い、不気味に濁っていた。

 次第に、根負けしたように真理が目を逸らした。

 

「熱くなってゴメン。そういう生徒もいるって判って欲しかっただけなんだ。

 おれは弱いから争いごとは苦手で……今年の目標も平穏無事に怪我なく過ごすことくらい。だからスキルアウトとかも嫌い」

「……まあ、普通の学生でアイツ等を好き好んでる人は少ないでしょうけど」

 

 無能力者判定に絶望し、努力することをやめ、無闇に暴力を振るう彼らは疎まれている。

 美琴もどちらかと言えば嫌いだ。だが、真理の気質は、そういう連中と似通っているようにも思えた。

 

「さて、そろそろ時間だからおれは行くよ。会計は済ませて置くから。ありがとう御坂さん、今日は助かった」

「あ、待って。連絡先教えてよ」

「? いいけど」

 

 訝しりながらもケータイを差し出す。美琴にはある確信があった。

 

(コイツ、何かを隠してる。私のAIM拡散力場を停止させるなんて、効果を持続させるだけの能力には絶対無理。さっきの発言といい、性格の変化といい、怪しすぎるわ)

 

 友人になるのは躊躇われるが、動向を把握しておくくらいは許容範囲だ。

 或いは彼こそが、美琴の不満を解消してくれるかもしれない。そんな期待もこめて。

 

「これでいい?」

「うん、OK。次があるか知らないけれど、縁があったらまた会いましょう」

 

 一足先に立ち去る。特徴的なデザインのケータイのアドレス帳に、二羽真理の名前が加わった。

 ――この邂逅を、喜ぶべきだったのか、悔やむべきだったのか。

四ヶ月後の美琴には判断がつかなかった。ただ、これ以後、退屈だった日々にひとつの波紋が広がったのは、否定しようのないたしかなことであった。

 

 


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