とある一人の真理到達   作:コモド

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Agnus Dei.

「シンリに言われなかったか、第三位。テメエの力を弁えない馬鹿から早死するってな!」

「ッ!?」

 

 来る。別次元から別の理の物質を生み出すシンリの『流転抑止』をマリが学園都市の頭脳を接続して解明した、その真価。

 先ほどの一方通行への攻撃は、以前にも木山が繰り出した防御不可能の風の槌だ。美琴の電磁波で感知できる。回避に備える美琴の付近で、空間が軋んだ。

 

「きゃあ! ぁ、あぁあッ!」

 

 美琴の発した紫電とは全く原理の異なる電流が美琴を苛む。耐性はある筈なのに、美琴の知る電撃とは構成そのものが逸する別次元の異能。

 電撃は美琴の体内を蝕み、体外に逃げたあとも発生し続ける。体内の生体電流を乱され、身体を支えきれなくなった美琴が崩折れる。

 

「もうやられちゃったよ。あれ第三位でしょ?」

「今のを見ると、先程の第五位の人の話は超事実のようですね」

「あぁ。奴の能力の基点は、眼だ」

 

 操祈の話から推測された弱点は、シンリとマリは眼で視認した事柄に対してだけしか、能力を行使できないことだった。

 通常、対象を選定しない限り、能力は無差別に発動できる。だが、『状態保存』、『流転抑止』、『無限錬成』全てに共通して、発動するのに眼で観測する過程を要する。

 故に、一手遅れる。その能力が生み出し、齎すエネルギーは絶大だが、死角からの奇襲、不意打ちに弱い。

 確実なのは、背後から頭部を砕くこと。マリは人間を超え、人工天使とも言うべき存在に昇華している。

 だが、その完成を焦り、自身でさえ処理しきれないAIM拡散力場、演算機能を保有した弊害で、アップデートが追い付いていない。

 時間が経ち、その力を手中に収めた時点で、マリは真の天使に限りなく近づき、天界の理を振るうようになる。その前に倒さなければならない。

 操祈の話では、頭部に核となるコアがあるとのことだった。それを砕く。確実に『原子崩し』を命中させるには、隙を作らなければならない。

 

「滝壺」

「うん」

 

 麦野の目配せに滝壺が首肯する。体晶を取り出し、飲み込み、普段は眠そうに半開きの眼が瞠目する。

 

 

 

 

 

「貴様、シンリか!」

「違ぇよ。久しぶりだな、勘違い野郎。相も変わらず脳天気そうで羨ましい限りだ」

 

 軍覇は激痛に悶える美琴を一瞥し、双眸を眇めてマリを睨めつける。

 

「――シンリは、性格が捩じ切れていたが、他者に暴力を振るうことはなかった。その身体を乗っ取り、悪行を行う貴様は、断じて許してはならねえ存在だぜ!」

「正義と悪の二元論で成り立つ世界で生きていられる幸せな奴だ」

 

 一足飛びで両者間の距離を詰め、拳をマリの顔を目掛けて繰り出す一連の動作を、音速を超えた速度で行う。

 最大の原石の名に相応しい常識を超越した動き――それを、人を超えたマリの一翼が防ぐ。

 

「ぐっ……!?」

 

 軍覇の拳と翼が拮抗し、衝撃波が拡散する。が、軍覇が懇親の力で対抗しているのに、マリを覆うように展開したその血斑の翼は微動だにしない。

 

「力を持ちながら、その真価を追求せずに光に逃げた弱者が。テメエもシンリと同じだ。どこの世界に核兵器を持つ平和主義者がいる。力を振るう気がないなら、端から生きることを放棄しろってんだ!」

 

 翼が軍覇の拳を弾き、吹き飛ばされた肢体は七棟のコンテナを貫通してようやく止まった。

 

「与えられた能力を活かさないものに生きる資格はない。そうだな、第二位」

「あぁ。飛び切り無様な死を与えて資格を奪ってやるよ」

 

 恐らく大能力相当の透視能力者なら、空中に散布される未元物質を視認できたはずだ。

 『幻想猛獣(AIMバースト)』を経て天使へと到ったマリの翼から、帝督は自身の能力の本質を理解した。

 真価を発揮した未元物質なら、第一位どころか全世界の軍隊、いや世界中のベクトルを集めても敗れる心算はない。

 天界の無機の力を得た帝督は勝利を確信していた。

 

「ん? ……あぁ、なるほど。形がないのか」

 

 未元物質に触れたマリが感心してつぶやく。事象を観測してその叡智を知り得なければマリの『無限錬成』は作用しない。

 現在の帝督の未元物質は状況に応じて如何様にも効果・状態を変える真の意味での万能物質と化していた。

 対応能力が尋常ではなく、その変化に自身の現界処理に機能を割いたマリの演算能力では追いつけない。

 帝督が狂気を孕んだ笑みでマリを見下した。

 

「この世の現象に多次元の法則を組み込むのがテメエの能力なんだろ? なら話は簡単だ。異世界の法則で動く現象起こし、三次元物理法則に合わせなければいい」

「ハッ、おれに感謝しろよ? 以前のお前ならこの時点で死んでた」

「あぁ――テメエを殺してからな!」

 

 

 

 

 

「……ッ! ごめん……!」

 

 美琴の手が9982号の腕に触れる。マリの電流が9982号にまで流れ、痙攣したのち、美琴が付与した電磁力に導かれ、身体が浮いた。

 9982号の肢体は戦場を離れ、可能な限り遠くの金属コンテナに背中を強かに打ち付けてこの場を離脱した。激突の衝撃は怪我をするほどのものではない筈だ。

 それよりもここにいるのが拙い。美琴は、自身の身体を流れるマリの生み出した電撃による反射運動を演算して逆算し、それに加算して自分の電流で筋肉を刺激して動くという諸刃の剣で行動を可能としていた。

 既にその肌には痛々しい感電による火傷の痕が見られた。耐性があるにしても、この責め苦は苛烈だ。女子中学生が耐えうるものではない。

 だが、いま立たずしていつ立ち向かうのだ。マリひとりの野望のために百万人以上の生徒が犠牲になっている。彼らはマリが存在する限り覚醒めることはない。

 妹達もそうだ。一方通行のプランの為に創り出された彼女たちは、マリにとっては絶対能力進化計画で第一位のレベル6到達を促す邪魔者でしかない。有無を言わさず虐殺するだろう。

 自分がやるしかない。だが、どうやって倒せばいい? 木山にすら自分の攻撃は一切通用しなかった。今のマリは、あの木山よりもずっと格上だろう。

 どうすれば――苦悶する美琴の前で、第二位とマリの攻防が開始しようとしていた。

 

 

 

 

 

「テメエの知る現実はここにはねえ」

「現実? 現実は遍く平等に目映いばかりに広がっている。自分だけの現実ばかり見て視野狭窄になってねえか?

 神とも呼ぶべき高次元存在が見る現実が真の現実だ。お前が見ている現実は妄想と変わりない」

「抜かせ!」

 

 帝督の右の翼がマリに振り下ろされる。その速度は百分の一秒を超え、人体の構造上反応できる現界を凌駕した。それによって生じる物理現象が環境に発生しない。

 未元物質が周囲の物理法則を塗り替えたためだ。その翼の鉄槌を、マリの翼の一翼が受け止める。吹き荒ぶ衝撃波が美琴や『アイテム』を襲った。

 下々の存在など眼中にないと、マリと帝督が翼で互いを押し合い、その美しい外観からは想像もつかない金属が擦れる不協和音を轟かせる。

 

「……?」

 

 帝督が違和感に一瞬だが呆然とする。帝督の左の二翼が、現界が不安定になり点滅を繰り返している。

 どうにか立て直そうと錯誤するが、やおら完全に消失した。警戒して帝督がマリから距離を取る。マリは不遜に嘲る。

 

「おれが観たものが現実だ」

「……テメエが神とでも言うつもりか?」

 

 翼を再構築し、状態を立て直すが、明らかにマリが優位に立った。それを自覚し、負けるとは微塵も思っていないマリが鼻で笑った。

 

「人を超えてこそ絶対能力じゃねえのか?

 おれの眼で観たものは三次元の法則に則って支配される。変質したのは体質だけじゃねえってことだ。

 本当に神がいるとするならば、それが敷いた法則に堕天させるおれが正当だ。違うか、異界の物質使い」

 

 帝督が歯を軋ませ、屈辱に顔を歪めた。マリの能力が難攻不落な理由のひとつに、能力者の攻撃手段が無効化されることにある。

 あらゆる物理攻撃を消失させる力は、シンリも行使できていたものだが、現在のマリは人を超越した演算能力を備え、一方通行以上の防御力を有している。

 帝督では、二手届かない。半透明の茨の冠がマリの頭上に浮かび上がる。マリの天使化が、刻々と進行していた。

 

 

 

 

 

「滝壺、まだか!?」

「もう、少し……」

 

 玉の汗を流し、荒い呼吸を繰り返す滝壺が、掠れた声で返す。

 現在の滝壺は、『能力追跡(AIMストーカー)』でマリを構成する百万を超えるAIM拡散力場の中から、『無限錬成』のAIM拡散力場を特定する膨大な負荷の懸る演算を行使していた。

 彼女の能力は『体晶』を用いて意図的に能力を暴走させることで発動する。その負担は連続の使用に肉体が耐え切れず、いずれ崩壊に至る危険なものだ。

 その酷使を滝壺が堪えながら、

 

「――見つ、けた」

 

 本体の特定に成功した。これからAIM拡散力場を攻撃し、干渉の末に乗っ取る。

 更なる演算に移ろうと『体晶』を手に取る滝壺を――マリの瞳が見つけた。

 

「――ッ!?」

「見つかった!?」

 

 滝壺が失神し、崩れる身体を絹旗が支える。次の行動に移ろうとした最中、『アイテム』が立つコンテナが爆散し、身体が宙に投げ出された。

 

「チッ」

「わわ!」

「フレンダ、捕まってください!」

 

 麦野が自力で、絹旗が滝壺とフレンダを抱えながら『窒素装甲』の出力で着地する。その瞬間、麦野を除く三人を風が攫った。

 

「絹旗! ……クソ」

 

 状態を確認するまでもない。突風に突き飛ばされた三人は、崩壊したコンテナ群に巻き込まれ、安否不明だ。

 絹旗は問題ないだろうが、防御手段を持たないフレンダと滝壺は無事ではいまい。

 孤立した麦野をマリが侮蔑する。

 

「コソコソとしていた低能はお前らか。おれのAIM拡散力場を乗っ取るアイデアは良かったな。だが、それはおれの専門特許だ。で、どうする? 

正面からやって全く勝ち目のない戦いに赴く気があるか? まあ、テメエの頭と似た単純な能力じゃ千兆回やっても無駄だが」

「殺す……!」

「聞き飽きた」

 

 一陣の風が吹く。麦野が粒子波形の楯で防ぐも、楯ごと吹き飛ばされた。コンテナを突き破り、崩落したコンテナに巻き込まれて生き埋めになる。

 『無限錬成』により発生した攻撃はエネルギーを消失しないため、回避する他に防衛手段はない。

 マリが残る帝督を始末しようと眼を向けた矢先だった。

 

「すごいパーンチ!」

 

 予期せぬ方角からの衝撃波がマリを襲う。翼が受け止めるが、無効化できない。

 翼が弾いていなしたが、マリの表情が険悪に染まる。煤で汚れ、学ランを落としていたが、無傷の軍覇が威風堂々と現れた。

 

「解析できない、か……第二位とは違う意味で厄介だ」

「オオオオオオオオオオッ!」

 

 間髪をいれず、再び殴りかかる。振り上げた拳をマリの翼が防ぎ、防がれた瞬間に続く拳を連撃で繰り出す。

 淀みなく連続で行われる音速を倍する攻撃に、やがて翼の防御が追いつかなくなり、ついに翼を拳がすり抜けた。

 それを、マリの細く優美な指が掴む。

 

「ぐ、お……ッ!」

「いい加減目障りだ。眠ってろ」

 

 拳が砕け、骨が肌を突き破り、血が花火のように夜闇に咲いた。翼が振り下ろされ、左肩から左足にかけて切り裂く。

 銃弾が通じない鉄壁の肉体が、紙切れのように裂傷を負わされ、続いて弓の如く張り詰めた翼が、軍覇を弾き飛ばす。

 瓦礫に沈む軍覇を見届け、

 

「二羽ァァァアアアアアア!」

 

 『原子崩し』の光がコンテナを消滅させ、麦野沈利が這い上がる。鮮血で怜悧な美貌を赤く染め、鬼女の如き形相でマリに照準を定めた。

 ――麦野は、その刹那の出来事を理解できなかったに違いない。『原子崩し』の光玉が別の光に上書きされ、掻き消えた。

 『原子崩し』に似た光は麦野沈利の四肢の一部を削り、機動力を削いで消失する。

 

「……あ、あああああ!」

 

 両肩、大腿部の肉を削られ、俯せに倒れ絶叫する。滾々と血が噴き出し、彼女の思考力を奪った。

 壮絶な双眸が未だにマリを睨むが、マリは見向きさえしなかった。

 

「残りは二人か。まだやるのか? まあ、結果は火を見るより明らかだがな」

 

 コインを構え、マリを狙うも、マリが『無限錬成』で発した電撃が障害となり、電流を練れない美琴を嘲笑った。

 激痛を堪え、感電状態に電撃を重ねがけしても動く度胸には感心した。だが、それだけだ。

 筋肉の反射運動で痙攣しながらも立つ美琴の側に歩み寄り、美琴が自身に流す電流を停止させた。膝をつき、話すことすらままならない美琴を見下ろした。

 

「はっ、ハア……」

「安心しろ。殺しはしねえよ、お前らは。貴重なレベル5だ。居なくなれば世界の損失になる」

 

 だからもう邪魔するな。止めも刺さずに、帝督の元に向かう。これ以上の屈辱はなかった。

 血斑模様の二翼が、淡く発光する。まるで共鳴しているようだ。

 

「おれを殺す算段はついたか? その脳漿で答えにたどり着けたか教えてくれよ」

 

 帝督が憎々しげに歯噛みする。『眼』で未元物質を封殺され、肉体の攻撃力、耐久力は天使であるマリが遥かに上。

 天界の理に到った帝督でも、今のマリに敵うイメージが湧かなかった。

 考えられない。全世界のベクトルを操ったとしても帝督には傷を負わせられない筈なのに、今のマリはそれを凌駕して余りある。

 形成されてゆく茨の冠は、天使化へのカウントダウンなのだろうか。だとすれば、猶予はない。時間を置けば置くほどに、力の差は広がってゆく。

 しかし、打つ手が無い。手詰まりの帝督が閉口しているそこに、

 

「udsaugbaw殺mkvs」

 

二人以外の声が轟く。それは人間の耳では理解できない発声と言語で、殺気と無垢な暴虐を孕んでいた。

 音もなく起き上がった一方通行の両眼から、血涙が滂沱と溢れだす。既に意識があるのかもはっきりしない。

 不気味なほどに緩慢な動きで、天を仰ぐ。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!」

 

 獣がいた。咆哮をあげた一方通行の背中から、黒い翼が噴出する。帝督やマリのものとも異なる、明瞭な形を持たない揺蕩う黒翼が踊る。

 その正体を知り、戦慄する帝督と、ただ微笑するマリ。

 

「最後は暴走か。制御できない力が何になる」

 

 一方通行が伸ばした右手を振り下ろす。その動作だけで、膨大なベクトルの負荷が天上から降り注いだ。

 破壊の槌をマリの二翼が受け止め、負荷が掛かるたびにその発光が強くなる。共鳴する嘶きの音も鼓膜が痛みを訴えるほどに五月蝿い。

 これでは打ち破れないと悟ったのか、黒い翼がマリ目掛けて噴出した。怒涛の勢いでマリを粉砕するべく殺到する。

 

「――はっ」

 

 小さく笑うと同時に、マリの二翼の先端から、黒い光が生じた。発光を繰り返す翼のエネルギーが先端に集い、黒い光はさらに大きくなる。

 光は人体ほどの大きさに膨らんだ後に収縮し――黒い力場の奔流となって放たれたそれは、黒翼ごと一方通行を呑み込んだ。

 唖然とする帝督。それを数十メートルに達したマリの翼が薙ぎ払った。

 未元物質の結晶たる羽根が散乱し、地に墜ちる。白い羽根が視界を埋める。

 超能力者五人を相手にして、これを無傷で打倒せしめたマリは、勝鬨の哄笑を響かせた。残滓が美琴の耳朶に纏わりつき、底なしの絶望が思考を停止させた。

 

「第七位、第四位、第三位、第二位……そして第一位までもが、おれの『無限錬成』の前に跪いた!

 やった……ハハハハハハッ! ハハハハハハハハハハッ!! 到った! 辿り着いたぞ!

 おれが最強(レベル6)だ!!!!!」

 

 赤い羽根が舞う。絶大な『無限錬成』の効力と最高の演算能力、そして天使の力を前に、学園都市と世界はマリの元に平伏す。

 全ての趨勢が決したそこに、

 

 

 

 

 

「なにしてんだ、テメェ……」

 

 英雄が現れる。初めは友として、最後は――救世主として、彼は現れる。

 

「誰だ、お前は」

 

 心底興味なさそうに問うマリに、彼の形相が怒りに染まった。右手が軋むほどに強く握り締める。

 

「上条当麻――シンリの親友だ!」

 

 英雄と異物が交錯した。


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