とある一人の真理到達   作:コモド

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二羽真理

 

 

「超能力者第八位、二羽真理。能力名『流転抑止(アンチマテリアル)』。長点上機学園一年生。ここまではアイツの言ってた通りね」

 

 常盤台中学の寮、その自室にて。美琴は能力を駆使してのハッキングを試みていた。

 彼の発言の矛盾を怪訝に思い、知的探究心に負けて、堂々と犯罪を敢行する精神は、バレなければ問題ないという自信に基づいてのもの。

 これも超能力者の明晰な頭脳と応用性抜群の能力に絶対の信頼がなければ思いつかない発想だった。

 長点上機のシステムに侵入した美琴は、彼に関してのデータが陳述された項目をピックアップして閲覧していく。

 

「彼が所属していた研究所以外での過去の経歴は不明。……この時点で怪しさ満点じゃない」

 

 初っ端から不自然な情報が出てきたことに、美琴の猜疑心はさらに膨らむ。

 読み進めると、また俄かには信じがたい記録が記されていた。

 

(入学時の身体測定の結果、情緒不安定等の精神疾患が確認された。これは他の超能力者に見られる精神異常ではなく、純粋な疾患である……か)

 

 どうやら、彼の変貌は単純に情緒不安定なだけのようだ。発言の節々から伺える気弱さから、長点上機ではメンタルの脆さが懸念されている。

 美琴にとっては、彼の人格など二の次で、彼の超能力の本質こそが重要なのであるが。

 

(あった。『流転抑止について』)

 

 美琴の目が目まぐるしく動き、その論文の詳細、要点を処理していく。

 

(――『流転抑止』、旧名『状態保存(クリアマテリアル)』は、対象に何らかの処理を加えることで永続性を与える能力である。対象は生物以外の全て。当初は永遠を実現する『賢者の石(エリクサー)』として注目を集めていたが、生物の生命に効果は見られなかった為、研究は縮小。

 作用時間は計測開始から十年経った今も効力の継続が確認されることから、『流転抑止』が死亡する、または効果を断つまで続くと推測される。これを応用して家電用品、食品産業に革命的な発明が成されることが期待されたが、何が永続性をもたらすのか、なぜ永続するのか判明せず、計画は頓挫する。これ以降、第二位、第七位同様にブラックボックス扱い)

 

「……要するに、何もわかってないってことね」

 

 能力開発ナンバーワンを謳う名門でも解明できていない現状に幻滅する。同時に、その能力の複雑さに戦慄した。

 外の世界とは数十年は科学が進歩していると言われる学園都市でも、ひとりの少年の正体に、未だ誰もたどり着けていないのだ。恐らく、本人ですら。

 あのAIM拡散力場を停止させる能力は無意識なのか、それとも、その作用こそが能力の本質、あるいは彼のAIM拡散力場なのか。何も判っていない。誰ひとり。

 

「にしても、『賢者の石(エリクサー)』ねえ。あれって卑金属を金に変換する物質だった気がするけど、永遠の実現なんて用途もあるのね。時代遅れといえば時代遅れな研究だけど」

「なにが時代遅れなんですの? お姉さまの下着のことですか?」

「うわあ!?」

 

 背後から顔を覗かせたルームメートの白井黒子に仰天して小型のノートパソコンを手放してしまった。

 美琴の電磁波でも感知できなかったことから察するに、瞬間移動で部屋に入ってきたようだ。

 ベッドに落ちたPCの画面を黒子が凝視する。

 

「第八位の能力についての論文ですか。やっぱりお姉さまも超能力者ですから、ライバル校のレベル5は末席と言えども気になりますのね」

「え、ええ。まあね」

 

 ハッキングしていたのは気づかれなかったようだ。黒子にとっての美琴が故意に罪を犯す人柄でなかったことが幸いした。

 いつだって心の中の理想の人物像は穢れないものだ。

 

「ふむ。あまり強そうな能力には思えませんわね。実用性はありそうですが、それでもお姉さま以上とはとても」

「だから八位なんでしょ」

 

 黒子の率直な意見に美琴も同意する。実際に真理と戦闘になっても、美琴は負ける気が微塵もしない。

 黒子ですら圧勝できるかもしれない。その程度の能力なのだ。

 もちろん、能力の価値は戦闘能力だけではないが、超能力者の触れ込みで比較すると、どうしても期待はずれな感覚が否めない。

 下手すると強能力者よりも弱そうだ。

 

「そうかもしれませんが……物質に永遠性を付与するって、夏場だと冷蔵庫の代わりくらいになりますけど、その他では利用価値あるんですの?」

「色々あるでしょ。薬品の効果を持続させるとか、化学反応を延々と繰り返すとか、用途によっては凄い利益を生むわよこれ。ただ、その方法と原因が解明できなかっただけで」

「なるほど……ん? ……お姉さま。これ、長点上機学園のサーバーに不法アクセスしてません?」

「あっ」

 

 美琴は黒子に説教される破目になった。黒子が理想のお姉さまなんていないことに気づくのはいつになるのか。

 

 

 二羽真理は穏やかな日常こそを愛している。

 二羽真理の日常はワンパターンだ。朝起きて、洗顔と歯磨きを済ませると、一切飲食することなく登校する。

 その道中で最低で二人とぶつかる。大半は謝り倒すか、長点上機の制服に気後れして相手が立ち去るかのどちらかだが、稀にスキルアウトのような不良と喧嘩になる。

 その際は激情して相手を追い払うのだが、その後は強い自己嫌悪に襲われる。レベル5に認定されたこと、激昂すると理性を失う自分の気性、レベル5に見合わない微妙な能力。

 よくトラブルに見舞われるのも生まれついてのものだった。生来のものである以上、この体質と折り合いをつけて生きていくしかない。

 割り切っていても、その覚悟を揺るがせるほどに現実は非情だった。

 

 能力開発に絶大な信頼のある長点上機には、様々な分野の天才、エリートが集っている。

 彼らはエリートである自覚とそれに見合う能力、そして常人と乖離した感性を持っていた。

 その学園都市の俊英たちの中でも、超能力者の存在は特別だった。

 二三〇万の八。外界から隔離された学園都市では、能力、レベルこそが全てという考えが根強い。

 その頂点に位置する彼らを全生徒は畏敬と畏怖、そしてありったけの嫉妬をこめて超能力者と呼ぶ。

 案の定、二羽真理は学校でも浮いていた。ここでは彼に好意的な人間はいない。近づいてくるのは打算的な思考を持った狐だけだ。

 これは真理に限った話ではない。美琴も真に友人と呼べる間柄の生徒はいないし、食蜂操祈にしても派閥を形成してはいるが、彼女が信頼している人物はその中にいない。

 圧倒的な力を持ってしまったがゆえに孤立は、どの世界においても起こりうる。

 二羽真理はその立場ゆえに孤高でいることを強いられた。

 

 二羽真理の過去は不透明だ。

 学園都市の記録には過去三年に所属していた研究所のデータしか残っておらず、本人の記憶には物心ついてからの出来事しか残っていない。

 親兄弟はいないことから置き去り(チャイルドエラー)であること、彼が肌身離さず身に着けているロケットペンダントのタグに刻まれた名前だけが判明したが、彼の過去は能力同様に明かされることがないままだ。

 だが、それでいいと真理は思う。過去になど興味はない。振り返って、立ち返って回顧に浸る感慨に意味があると思えない。

 けれども、学園都市で過ごす生活に未来があるとも思えなかった。能力者は外の世界に出られない。そして、この閉鎖された空間では大人の能力者が殆どいない。

 二羽真理の未来は暗く閉ざされていた。

 

今日も不良に絡まれた。道行く誰もが見て見ぬ振りをする。自ら火に飛び込むのは愚か者のすることだ。

 彼らの判断は実に正しい。それが誰かを見捨てることだとしても。

 

「おい、聞いてんのかテメエ!」

「あぁ、耳に障る濁声が近くで囀っていて、非常に鬱陶しい」

「あ!?」

「降り懸かる火の子は消されても文句は言えねえよな? あ?」

 

 憤る彼らは、真理の変化を見分けられなかった。そこに近づく勇気ある少年の存在にも。

 

「あの~。すいません、そいつ俺の友達でして……何か悪いことしたなら謝りますんで、そのへんで勘弁してもらえないでせうか?」

「あァ?」

「……」

 

 お洒落を意識して髪を逆立てた、真理と同い年くらいの黒髪の少年だった。

 人の機嫌を窺うようにへりくだった笑顔で、情けなく頭を下げながら近寄ってくる。

 

「ダチだぁ? 謝って許してもらえると思ってるのか? 随分とめでたい頭してんな」

「喜びな。テメエも仲良く私刑にしてやんよ。ざまあねえな、正義の味方気取りの馬鹿が」

 

 品のない声で笑う不良を前に、少年の顔が激情に彩られ、精悍なものに変わる。

 少年は拳を握り締め――

 

「そうかよ。なら俺も平和的に解決しようとは思わねえ。最後に言わせて貰うがよ――寄って集って一人を嬲りものにしてるクソ野郎に馬鹿野郎呼ばわりされる覚えはねえ!」

「いや、馬鹿だよ、キミ」

「……んん?」

 

 ――嘯いた瞬間、崩れ落ちる不良たちに思わず目を凝らした。

 立っているのは、標的にされていた気弱そうな男子生徒、真理だけだ。

 そしてその日、英雄と異物が出会ってしまった。

 

 

 上条当麻は変人だった。少なくとも、二羽真理にとってはそう感じた。

 自分はレベル0の凡人だとのたまう癖に、その右手には神の異能すら打ち消す異能があるという。

 レベル5の真理に仰天し、尊敬するような眼差しを向ける当麻に強い不信感を懐いた。

 学園都市の身体測定を持ってしても観測できない事象とあれば、それはもう科学ではない。

 遍く異能を無効化する能力者。科学を否定する、科学を超えた力。

 

(――そういえば、そんな能力者を聞いたことがあるような、気が、する)

 

 超能力者の末席に数えられているが、真理は抜きん出た記憶力と明晰な演算力を持っているわけではなかった。

 能力判定でこそレベル5の数値を叩きだしているものの、素の頭脳は強能力者と大差ない程度。

 唯一無二の能力を持ちながら存在を認識されていないレベル0と、類稀な能力を持ちながら蔑まれるレベル5。

 果たして、どちらが幸せだったのだろうか。

 

「ちょ、超能力者様でございましたか! 上条さん出しゃばり過ぎましたでせうか?」

「なに驚いてんの? キミの方が凄い力持ってるのに」

「いやいや、上条さんは普通の男子高生ですよー」

 

 ふざけてるのかと思った。超常的な能力を明かしておきながら、自分は凡人だと宣う。

 もはや嫌味に聞こえた。でも――迷いなく人を助けようとした言動は、嫌いになれなかった。

 むしろ好ましい。事なかれ主義が蔓延する、弱肉強食の学園都市で、多勢に立ち向かえる人物が何人いるか。

 彼の腕っ節は常人より喧嘩慣れしている程度でしかなく、それが真理に上条の存在を深く根付かせた。

 世の中には、困っている見ず知らずの他人のために身を捨てられる者もいる。

 それを蛮勇を振りかざす命知らずの愚者と取るか、己の正義を貫く勇壮な英雄と見るかは個人の解釈次第である。

 

「上条、当麻だっけ」

「あぁ。えっと、あんたは……」

「二羽真理。長点上機学園一年生。よろしく」

「おう、よろしくな」

 

 右手を差し出して、友好の握手を交わす。

 四月二一日。その日、英雄と異物が交差した。

 

 


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