とある一人の真理到達   作:コモド

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真実の痕

「また会ったわね」

「こんにちは、御坂さん」

 

 学校からの帰り道で、二人は再会を果たした。どうやら縁はあったらしい。

 勝気な美琴と内気な真理。対照的な超能力者が対峙する。そこに居合わせた美琴の後輩――白井黒子は不機嫌さを隠しもせずに言った。

 

「お姉さま、この方は?」

「こいつが超能力者の第八位よ」

「……この方が?」

 

 真理を見る黒子の目は胡乱げだ。言外に、「こんなひ弱そうな男が?」と語っていた。

 確かに真理は華奢で、女々しい印象が強い優男だった。

 女子中学生の美琴と比べても覇気がなく、どこか所在無さげで、酷く頼り甲斐がなかった。

強いて褒めるならば、特異な菫色の瞳に恥じない美麗な容姿をしている所くらいだろうか。

 それでも尊敬する美琴と同列の超能力者なのだから凡愚な筈がない、と黒子は思考を前向きにして、超能力者は美男美女揃いなのか、と黒子は認識を改めた。

 

「ゴメンね、おれみたいなのが超能力者で」

「あ、いえ。別に不満があるわけでは」

「黒子、気にしないでいいわよ。コイツとりあえず謝ってるだけだから」

「はあ……?」

 

 心のうちが表情に出ていたのに気づき、あたふたとする黒子に美琴が辛辣に言う。

 どこか冷めている美琴に首を傾げつつも、事の成り行きを見守ることにした。

 

「ここは第七学区よ。前も近くで会ったわよね? 長点上機は第十八学区の筈だけど、なんでいるのよ?」

「第七学区に住んでるからだよ。治安がいいって聞いたから……デタラメだったみたいだけれど」

「それ、アンタが自分から巻き込まれてるだけよ」

 

 美琴が前に会ったときのことを思い出しながら言った。

 美琴にぶつかって間を置かずに不良に絡まれていた真理。真理が災難にあうのは、むしろ真理に原因がある。

 非難する美琴に、また真理は「ゴメン」と謝った。「謝るなっての」と美琴が叱る。その様からは、どちらが年上か判別がつかない。

 真理は黒子に目を遣った。不自然な虹彩の紋様に見つめられると、気の強い黒子でも気圧される言いようのない威圧感がある。

 

「……キミは、テレポーターかな? さすが常盤台だ。一年生にも優秀な人材がいる」

「え? はい、その通りですが」

「ちょっと待って。なんでアンタ、黒子がテレポーターだってわかったの? まだ紹介もしてないわよね?」

 

 黒子を遮って美琴が質す。真理は平素な声音を崩さずに答えた。

 

「おれはAIM拡散力場に触れれば、その性質から能力の検討がつくんだ。判定基準は曖昧で、正確性はないけどね」

「ふーん……」

 

 黒子は美琴の様子から、真理に強い猜疑心を懐いていることを悟った。質実剛健な美琴が、長点上機学園にサーバーをハッキングしてまで個人を探ろうとするのは、彼に何らかの疑いがあるからだ。

 そうでなければ、基本的に人当たりのよい美琴の辛辣な態度の説明がつかない。

 考えてみれば、確かに妙だ。黒子の読んだ『流転抑止』の報告書には、そのような記述はなかった。

 黒子も美琴と同じ疑問を懐き始める。二羽真理は意図的に能力を隠蔽している。が、それを他者に明かすことに一片の躊躇いもない。なぜ?

 

「遅くなって申し訳ありません。お姉さまのルームメイトの白井黒子ですの。どうぞお見知りおきを」

「あぁ、これはご丁寧に。長点上機学園の二羽真理です。小さいのに偉いね」

「……ナチュラルに人を苛つかせる天才ですのね、あなた」

「え? ご、ゴメン」

 

 どうも、黒子はこの少年を好きになれそうになかった。

 腰は低いが、謝意が感じられない。根本的に人と接するのに慣れていない、もしくは仲良くなるのを意図的に避けている節があった。

 

「アンタの能力なんだけどさ、他人のAIM拡散力場に干渉することもできるの?」

「そこまでの力はないよ。それに、AIM拡散力場に干渉できる能力はレアだからね。仮に可能なら、おれの能力はそっち主体の別能力で登録されてるよ」

「『流転抑止』はAIM拡散力場に干渉できないってことね?」

「うん」

 

 追求する美琴を訝しがりながらも、真理は自身の能力について言及した。

 やけに美琴は彼の能力に関心を懐いている。その執着ぶりは何らかの確信があってのものか。

 黒子も話題を振ってみることにした。

 

「第八位と言えば、妙な噂を耳にしましたの。何でも、第八位には双子がいて、第八位に喧嘩を売ると双子の片割れが現れてボコボコにされるとか」

「それはデマよ。キレると豹変すんのよ、コイツ。おまけに倒れるし」

「あはは……その節はご迷惑をおかけしました」

「本当に傍迷惑な御仁ですのね……」

 

 苦笑いを浮かべる真理を横目で睨む美琴と、それを見て呆れ果てる黒子。

 どうやら既に黒子の真理の品定めは済んでしまったらしい。もちろん、評価は最低だ。

 

「ん? ――そうか。キレさせれば……」

「御坂さん?」

「お姉さま?」

 

 顎に手を添え、ブツブツと思索し始めた美琴に二人が怪訝になる。黒子は嫌な予感がした。こうなった姉はろくでもないことを仕出かすと、短い付き合いで思い知らされている。

 止めなければ――

 

「お姉さま? 何をしようとしているか知りませんが、此処は天下の往来ですわ。危険な行為は――」

「えいっ」

 

 制止の声も虚しく、美琴の前髪から紫電が迸り、真理を直撃した。

 

「おおおおおおおお姉さま!? なにをしてらっしゃいますの!?」

「今……」

 

 動揺し、美琴の肩を掴んで揺する黒子とは対照的に美琴は冷静に真理を観察していた。

 一瞬だったが見逃さなかった。いま確かに、美琴の電撃は真理に触れた瞬間に掻き消えた。

 

(間違いない! コイツの能力は永遠性の付与なんかじゃない! それは効果のひとつ!)

 

 電撃を放たれ項垂れていた真理が、ゆっくりと面貌を上げた。その双眸に宿る火は、怒りに燻っている。

 眼光の鋭さは、一目に雰囲気が異なっていると悟れるほどだ。

 

「クソが……大人しくしてりゃつけあがりやがって……」

「え?」

 

 粗野な口調、荒んだ声音、眉間に刻まれた深い皺が彼の感情を如実に表していた。

 

「悪いわね。ちょっと試してみたくて。第八位にレベル5の資格があるのかをね」

 

 当惑する黒子を庇うように前に出て、美琴が挑発する。

 真理は目を眇め、

 

「資格? ハッ、前提からして間違ってるな、第三位。資格も何も、超能力者になれるヤツは初めから決まっている。資格があるヤツだけが超能力者になれるんだ。だから確認する必要なんて端からない」

「……なに、それ?」

 

 俄かには信じがたい話に、美琴の顔が強ばった。

 

「聞いたことがないのか? 『素養格付(パラメータリスト)』を。個人の強度の上限は最初の時点で判断できるんだよ。超能力者になれる素養があると看做されたお前は高度なカリキュラムが組まれ、結果的に超能力者にまで成り上がり、上限が低いヤツは低度なカリキュラムで伸び悩む。見事な格差社会だろう?

 お前が努力で超能力者になれた実例と宣伝されるのも、それを悟らせない為だ。救いがないと、才能がないヤツはみんな現実に絶望してしまうからな」

「――なによ、それ……」

 

 声が、手足が震えた。容赦なく誇りを剥ぎ、自信を抉る知らなかった事実。知らなければよかった現実。

 動揺する美琴の心理を見抜き、真理は嘲るように笑った。

 

「何も知らない憐れな木偶が。周りにちやほやされて勘違いしたか? え? 人は現状に満足した時点で成長を止める。偶々テメェの能力の方が金を生み出すってだけで第三位についたガキにおれが負ける訳がねえだろ」

「――上等。売られた喧嘩は買うわ。ただし、あたしが勝ったら、アンタが知ってること洗い浚い吐いてもらうわよ……!」

 

 余裕綽々に口元を釣り上げる真理と屈辱に歯を噛み締める美琴が睨み合う。

 もはや超能力者同士の抗争は不可避と言えた。

 

「お、お待ちくださいお姉さま! ここは街中ですわ! まだ一般人も多いこんな所でレベル5が戦うなんてなったら――!」

「退いてなさい、黒子。一般人を避難させて、アンタも離れるの」

「ギャラリーがいない方がいいか? そうだな。名高い常盤台の『超電磁砲』が観衆の前で格下とされる第八位に負けちゃ示しがつかないもんな」

「――ッ!」

 

 完全に逆上した美琴がコインを取り出し、強壮な紫電を威嚇する獣の如く放出した。

 それを見た通行人が恐慌して逃げ惑う。黒子も覚悟を決め、『風紀委員』の腕章を身につけた。

 

「お二方、それ以上の能力行使は現行犯として取り締まりますわ!」

「大能力者程度が? 笑わせんなよ。何でお前が大能力者でおれたちが超能力者か判ってんのか? どう足掻こうが敵わない彼我の差があるからだ。

 能力の性質、威力、演算力。全ての分野で隔絶しているから超能力者とその他で区分されるんだ。希少なテレポーターと言っても他に五七人もいる。ひとり再起不能になろうが構わないよな?」

「……それを、最も大能力者に近い超能力者が言いますのね。『風紀委員』としてあなたを捕まえます」

 

 陰惨に挑発する真理に黒子も応戦した。太もものホルダーから金属矢を抜き、演算を開始する。その瞬間だった。

 

「――あ、」

 

 ぐらりと崩折れた真理が、うつ伏せに地面に倒れた。そのまま微動だにしない。

 突然の出来事に狼狽する二人。美琴の視線が黒子の構えた金属矢で固定される。

 

「黒子……アンタ、まさか……」

「ち、違いますわ! わたくしはまだやってません!」

 

 美琴の焦燥した瞳から、妹分が殺人を犯してしまった絶望感が伝わってきて、黒子は千切れんばかりにかぶりを振った。

 いくら腹が立っても脳に金属矢を空間移動させるのはえげつなさすぎではないか。

 恐慌状態にあった通行人たちも、事態の展開に足を止め、不穏な様相を呈し始めた。

 

「ねえ、あの男の子……死んでない?」

「あの子がやったのか?」

「常盤台の生徒が、長点上機の生徒を……」

「殺した?」

 

「ご、誤解です!」

 

 蜘蛛の子を散らしたかのように離れてゆく一般人。手を伸ばしたまま固まる黒子をよそに、動かない真里に美琴が近づいた。

 触診する。

 

「寝てるだけよ、コイツ……」

「……」

 

 度重なる議論の結果、放置せずに介護することになった。

 黒子は一貫して川に放り投げることを主張したが、美琴がそれは可哀想と起きるまで付きそうと言うと、渋々と従った。

 本音を言えば、先の核心を突く言葉がなければ、美琴も路地裏のゴミ箱に叩き込んでしまいたかった。

 

 

「いやー、ゴメンね。またまた迷惑かけちゃって」

 

 ファミレスで向かいの座席に座り、後ろ髪を掻く真理に二人の怒りは頂点に達した。

 頬杖をつく美琴のこめかみには血管が浮き出ているし、隣の黒子のツインテールは逆立ち、文字通り怒髪が天を突かんばかりであった。

 

「お詫びに何でも奢るから!」

「黒子、ここで一番高いのってなに?」

「スペシャルデラックスジャンボパフェREMIXですの。でも二人ではとても食べきれませんわね」

「……」

 

 頭を下げる真理を無視して二人が注文を始める。黒子が近場のベンチにまで空間移動させ、目を醒ますまで介抱させられた二人は今までになく心を結託させていた。

 散々に挑発、虚仮にされた上で衆愚に誤解された分の苦労は払わせる算段だった。

 美琴に至ってはこれで二回目。自分がはじめに喧嘩を売った事実は綺麗に抜け落ちているが、黒子も真理への怒りが勝り、口には出さなかった。

 

「さっきの話だけど」

 

 注文した品が届いてから美琴が切り出した。バケツ一杯分はありそうな特大パフェに頼んだことを後悔し、黒子も顔が青褪めている中でのことだった。

 

「『素養格付』……って、なんなの?」

「なにそれ?」

「……っ! アンタねえ!」

「お、お姉さま、落ち着いて!」

 

 真理が首を捻る。惚けられたと美琴が激昂するが、真理はその様子に狼狽した。

 

「ちょ、ちょっと待って。それ、本当におれが言ったの?」

「は?」

「……? わたくしとお姉さまの二人が耳にしていますから、あなたの口から出たのは間違いないですが」

 

 真理は口元を手で隠し、思索に没し始めた。忙しなく視線を下方に彷徨わせる。

 記憶がないのは瞭然だった。

 

「……アンタ、多重人格なんじゃないの?」

 

 美琴が語調を弱めて言った。変貌と言っていい人格の変化は、別の人格が出ているとしか思えなかった。

 記憶に残っていないのが、その証拠だ。が、真理は首を振る。

 

「多重人格ではないよ。医学的にも、科学的にも、それは否定されてる。精神系の能力者に治療されたこともあるけど、効果はなかったな。まぁ、おれがおかしいってだけ。ごめん」

 

 美琴の胸にドス黒い感情が鬱積してゆく。一縷の隙もなく、真理は疑惑の塊だった。

 能力から始まり、発言の悉くが食い違う。どれが正しく、間違っているのかすら判断に困る。

 話していて不信感ばかりが胸中に蟠った。謝罪は人間関係を円滑にする効用はあるが、親交を深めることはない。

 相手に非がある際は胸がすく思いになるが、それで両者が歩み寄ることは稀であるし、意味もなく謝られても戸惑いを生むだけだ。

 真理がしていることは、関係に亀裂を生み、他者を不快にさせているだけに過ぎない。

 そして、それに気づいていない。

 

「……『素養格付』については知らないってことね?」

「うん。ゴメンね」

 

 また謝った。条件反射で口にしただけの、誠意などなく、ましてや心無い言葉だった。

 美琴は真理の言葉を信じないように自身を戒めた。だが、先の豹変した真理の発言は、とてもデタラメとも思えない。

 真に迫る、底知れぬ闇を覗いた感覚があった。信じないと決めたばかりだが、得体の知れない説得力があったのだ。

 

「ゴメン。時間だ。会計は済ませておくから、二人はくつろいでてね」

 

 携帯電話で時間を確認した真理が席を立った。伝票片手にするりと移動する。

 真理に近づくと、美琴のAIM拡散力場が再び停止した。やはり、何らかの干渉は受ける。

 美琴が独自で調査を進めることを決心した時、黒子が美琴の腕を指でつついた。

 

「お姉さま……これ、どうしますの?」

「げっ」

 

 注文した殆ど手つかずの特大パフェがテーブルに鎮座していた。

 嫌がらせに注文したはずなのに、自らの首を絞めることになるとは……

 美琴は逆恨みながら、ますます真理が嫌いになった。

 


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