3
「うわあ……」
「……」
「!!」
ドアを開けると、そこは魔境だった。
前回訪れた時よりも本は積み上がり、紙があたり一面散らかっていた。
紙にはびっしりとアルファベットや算数の式のようなものが書かれており、理桜はさなかが本当に数学者の仕事をしているんだな、と少々の敗北感を覚える。
「理桜ちゃん、どうしよう……。これ、かなり酷いんじゃ」
柊子の言葉に理桜は全面的に頷く。
スペースのある机の上には、ブラックコーヒーの缶が山積みになっていた。
「ゆあ! ややや、こんなの飲めないよぉ」
理桜も一緒だった。最近、微糖にチャレンジしているが、まだ嗜好品と言えるほど好んで飲めるものじゃない。
しかし、よく観察してみれば、この部屋には本と紙とPCと缶、それだけしかないのだ。あまりに乱雑なだけで、汚いわけではない。
「……一つ一つ、整理していくのよ」
理桜はそう言って、机の上にあったマジックで紙に書いていく。
〝日本語の本〟
〝英語っぽい本〟
〝数字が多い本〟
〝紙〟
〝缶〟
「まずはこの通り、本や紙を選り分けて整理していくわよ」
整理整頓とは、カテゴライズだ。
時間がかかっても、一つ一つ選り分けていくことで、物はあるべき場所に還ることになる。
学級委員で学校の大掃除プロジェクトを手掛けた経験をもとに、理桜はてきぱきと指示を出す。
「頑張るわよ……あいつに、新年の大事さを教えてやるんだから」
三人の原動力。それは師走に入ったころに柊子が言った、元旦の初詣に皆で行こうという企画だった。初詣に行くからには、心身清めて向かうのがいい。そんな会話の中で、理桜は心配になったのだった。数学者の友達の、荒れ果てた部屋が。
4
二時間ほど経ったところで、本の山が三つほど解消された。
本棚に少しずつ本を戻したところで、やややが宝を見つけた。
その宝は赤色で、この季節に町中で見かけるアイテムだった。
「ややっ!! これは」
狭いさなかの部屋を駆け巡ったやややの大声に、理桜も柊子もやややの方を向いた。
「やや、宝物、はっけ~ん☆」
テンションが高かったやややの声が一オクターブくらい高く聞こえたので、理桜は作業中の手を止めてやややの手元を見た。
そこにあったのは。
靴下だった。
靴下といっても人が履くためのものではなく、クリスマスというイベントを祝うもので。
プレゼントを入れるための、あの、靴下だった。
「……理桜ちゃん」
「ひぃ、これは」
武器になる。
理桜はその言葉を飲み込んで、やややの持つ靴下を検分し始めた。
ふかふかの、本当にアメリカの家庭にありそうな(アメリカの家庭が描かれたテレビでよく見かける)靴下だ。
「ここに掛かってたよ」
やややが示すところを見ると、靴下は今まさに解体していた本の山の裏に、ひっそりと壁に掛けられていたようだった。
「……ねえ、ひぃ、サンタさんって信じてる?」
「私のとこは二年生までだったかな」
無垢な柊子でも、これだ。
最近の小学生は妙に合理的で、サンタクロースを信じている子どもの数が少ない。INOよりも信者の少ないサンタクロースに、理桜は涙を禁じ得ない。
とはいえ、理桜も、やややも、サンタクロースは卒業していた。
「……さなかちゃん、信じてるのかな」
「ふふっ」
理桜の口元から自然と歓喜の声が漏れる。
「さなか、可愛いとこあるじゃない」
「理桜ちゃん、目が怖いよ……」
柊子が、理桜が何か企んでいるときに浮かべる微笑みを見てそう言った。
「だめだよ、夢を壊すようなことしちゃ」
やややが理桜を注意する。
「そ、そうだけど……天才で小学校にも通わなくていい特例措置を受けてたこのさかなが、サンタクロースを信じてるって、面白くない?」
「うーん、さなかちゃんらしくないよね! 『サンタクロース? そんなもの存在しませんよ』とか凛々しく言いそう!」
やややはそう言って前髪を触った。
さなかの物まねのつもりらしい。
「何はともあれ、これはネタよ。タダで片づけてるんだから、少しくらい面白い思いをさせてくれなきゃ」
理桜はそう言って、やややの手元の靴下を握る。
「いい、掃除が終わった後、サンタさんの話題、私から振ってみるから」
「やめようよ~、信じてるさなかちゃんが可哀そうだよぉ」
柊子がそう言うけれど、理桜の悪巧みは止まりそうにない。
「やややはどう?」
「うーん、面白い方がいい!」
「じゃ、多数決で」
「あああ……」
柊子はこうして夢や希望は人の悪意の前に崩れていくのだと感じた。