朋也「聖なる夜の生誕祭」   作:キラ@創作垢

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【プロローグ】

 それは、クリスマスイブを前日に控えた、ある休日の事。


朋也「汐、寒くないか?」

 娘の手を握りながら、俺は汐に問いかける。


汐「うん、へーき♪」

 肌を刺すような冬の寒さも汐は全然平気らしく、にこやかに笑っている。

 早苗さんのお手製マフラーをぐるぐる巻きにしたその姿がとても可愛らしく思えるのは、単に俺が親馬鹿なだけではないだろう。


朋也「そっか、寒くなったらちゃんと言うんだぞ?」

汐「うんっ」


 ―――びゅうぅぅ…っ

朋也「……寒っ……」

 冷たい空気が顔に突き刺さり、俺は思わず身震いしてしまった。


汐「あははっ、パパがさきにいったー」

朋也「ははは、パパには堪えるなぁ、この寒さは……」

 昨晩から深夜まで降り続いた雪もすっかり上がり……街は、目に映るもの全てが白一色の白銀世界となっていた。


 ――季節は冬。

 俺が汐と過ごす、初めての冬がやってきた――。


前編

 【公園】

 

風子「汐ちゃーん、いきますよ~っ」

 

汐「お~っ」

 

朋也「汐ー! あんまり遠くへ行くなよー?」

 

公子「風ちゃーん、転ばない様に気を付けてねー?」

 

風子・汐「はーいっ♪」

 

 俺と公子さんの声に二人は元気よく返事をする。

 

 二人は今、雪合戦をやってるらしく、互いに雪玉を作っては相手に投げようとしているのだが……。

 

 

風子「うう、なかなか届きませんっ」

 

汐「む~、うまくなげれない~」

 

朋也「そりゃ、ボールじゃないからな……」

 

 子供の腕力では上手く投げれないのか、風子の雪玉も汐の雪玉も、なかなか相手には届いてないといった感じだ。

 

 防寒着姿でよちよちと遊ぶ二人のその姿は、傍から見ても、とても可愛らしいと思える。

 

 

風子「でも、これはこれで楽しいです♪ 汐ちゃんもそう思いませんか?」

 

汐「うんっ、たのしいー」

 

 そうしてお互いに笑いあい、汐も風子も、仲良く元気に遊んでいた。

 

 

朋也「っかし……寒いのに、子供ってのは元気なもんですねぇ」

 

公子「ええ、子供は風の子ですからねぇ」

 

朋也「でも風子の場合、“風”の子って言うか……嵐を呼ぶって感じもしますけどね……むしろ、嵐しか呼ばないというか……」

 

公子「あはははっ、でも、子供は元気なのが一番ですね……」

 

朋也「ええ、俺もそう思います……」

 

 そうして俺と公子さんは、雪と戯れる子供達を優しく見ながら頷き合っていた。

 

 

―――

――

 

 ――事の始まりは、今朝に遡る。

 

 年末に入り、長く続いた連勤が終わった翌日の早朝、俺は汐に起こされた。

 

 

汐「パパー、おきて、おきてっ」

 

朋也「んん……どうした汐……ふあぁぁ……」

 

 連日の仕事疲れが身体に来ているのか、身体が妙に重い。

 

 連休の初日ぐらいはぐっすり眠っておきたかったが、娘はそんな事はお構いなしと言った風に、俺を急き立てている。

 

 

汐「パパ、おそと、おそとっ」

 

朋也「外……?」

 

 随分と慌てている汐の声に疑問を抱きつつ、俺は半ばぼやけた意識のまま、カーテンを開けてみる。

 

 そして、窓越しに外を見てみると……

 

 

朋也「……うお……」

 

 窓の外は、まさに銀世界だった。

 

 

朋也「……こりゃ、えらく積もったなぁ………」

 

汐「ゆき、ゆき~♪」

 

 空は透き通ったように晴れ渡り、陽光が雪を照らし、随所でキラキラした光を放っている。

 

 この街ではもう見慣れたはずの雪景色だが、この時ばかりは、確かに美しいと思える程だった。

 

 だが……。

 

 

朋也(……雪……か……)

 

 正直な所、俺は“あの日”を境に、雪が苦手になっていた。

 

 雪を見ると、嫌でも思い出してしまうからな……あの日の事……。

 

 

汐「きれい……」

 

 窓の外を眺め、汐はうっとりとしている。

 

 

朋也「……汐、遊びたいか?」

 

汐「うんっ、あそびたいっ」

 

朋也「じゃあ、朝ごはん食べたら、遊びに出かけるか?」

 

汐「うんっ!」

 

朋也「よーし、じゃあパパが今から作ってやるから、ちゃんと歯みがきして、顔も洗うんだぞ?」

 

汐「はーいっ」

 

朋也「うん、いい返事だっ」

 

 娘の頭を優しく撫で、俺は台所に向かう。

 

 

朋也「目玉焼きに…トーストぐらいしかできないか」

 

 台所にある食材を眺め、俺は朝食の準備を始めようとする。

 

 そして――。

 

 

 ――プルルルルルル……

 

 フライパンに卵を落としたまさにその時、居間の電話が鳴り響いた。

 

 

朋也「汐ー、今パパちょっと手が離せないんだ、電話取ってくれー」

 

汐「はーい」

 

 返事と共に汐が電話に出る。

 

 一瞬仕事先かとも思ったが、それなら携帯が鳴るはずだ、時間的に多分早苗さんか風子辺りだろう。

 

 

汐「うん、うん、はーい♪」

 

朋也「誰だった?」

 

汐「風子おねえちゃん」

 

 まさに読み通りだった。

 

 火加減を見つつ、俺は汐から受話器を受け取り、電話に出る。

 

 

朋也「もしもし、風子か? どうした?」

 

風子『おはようございます岡崎さん……実は、折り入ってお願いがあるんです、岡崎さんにしか頼めないことなんですっ』

 

 珍しく真面目なトーンで話す風子だった。

 

 普段と違う風子のテンションが妙に怪しい、一体こいつは何を企んでいるんだ……。

 

 

朋也「……ものすごく聞きたくないんだが、一応聞いてやろう……」

 

風子『あのですね……今晩、汐ちゃんを貰いに上がってもよろしいですか?』

 

朋也「断る」

 

 ――ピッ

 

 電話の主のアンポンタンな頼みに即答し、即座に電話を切る。

 

 ……こんな朝っぱらから何を言っているんだ、あいつは。

 

 

 ――プルルルルルルル……

 

 

朋也「はい、岡崎です」

 

風子『せっかくの風子のお願いなのにどうして切るんですかっ! というかいきなり切るなんてマナー違反ですっ!

 

風子『岡崎さんが一体どういった教育を受けていたのかがすごく気になりますっ!』

 

朋也「至って普通だ、若干放任気味ではあったがな」

 

風子『放任主義の悲しい現実ですっ! 風子は岡崎さんが不憫でなりませんっ!』

 

朋也「下らない事ばかり言ってるとまた切るぞ?」

 

風子『待ってくださいっ! 本題はここからですっ!』

 

朋也「……なら最初から言えよ……」

 

風子『実は今日、汐ちゃんと遊びたいなと思いまして……ほら、雪も積もってるので、きっと楽しいと思いますっ』

 

朋也「今日……か」

 

風子『はい、今日、何か予定はありますか?』

 

朋也「いや、朝飯食ったら俺達も外出ようと思ってたところだし、別に構わないぞ?」

 

朋也「……汐ー、風子お姉ちゃんも汐と遊びたいって言ってるけど、構わないか?」

 

汐「うん、風子おねえちゃんもいっしょにあそぼー♪」

 

朋也「というわけだ、お前も準備が出来たら、古河パンの向かいの公園まで来い」

 

風子『ありがとうございますっ! ……あ、お姉ちゃんが代わりたがってますのでお姉ちゃんに代わりますね?』

 

朋也「公子さんが? ああ、頼む」

 

 そして数秒の間の後、受話器越しにから優しい声が通って来た。

 

 

公子『もしもし、おはようございます岡崎さん』

 

朋也「おはようございます、公子さん」

 

公子『すみません、いきなりのお電話で…ご迷惑じゃありませんでしたか?』

 

朋也「いえいえ、別に問題ないですよ」

 

公子『風ちゃんの事なんですけど……一応、私も一緒に行きますね』

 

朋也「はい」

 

公子『あの子、雪を見てものすごくはしゃいでまして……風ちゃん、雪は初めてですから……怪我が無いように見ておかないとと思いまして……』

 

朋也「ええ、俺一人で子供二人の面倒は大変ですから、そうしてくれると助かります」

 

公子『うふふっ……では、古河パンの向かいの公園でしたね、準備が出来たら向かいますので、後ほど……』

 

朋也「はい、わざわざありがとうございます」

 

 

 ――ピッ。

 

 電話を切り、こたつで丸まってる汐に風子も遊びに来ることを伝える。

 

 すると。

 

 

汐「わーいっ♪」

 

 と、汐は嬉しそうに返事をしていた。

 

 

朋也「風子お姉ちゃんのお姉ちゃんも来るから、挨拶、しっかりするんだぞー?」

 

汐「うんっ♪ んん……?」

 

朋也「汐、どうした?」

 

汐「パパー、なんかこげくさいー」

 

 娘の声と共に居間にまで漂う匂いに、俺はふと忘れていたことを思い出す……。

 

 

朋也「って……やべ、フライパン火かけたままだった……!!」

 

 

 慌てて台所に戻り、フライパンの火を止める……が、時すでに遅し。

 

 少し前まで美味そうに焼き上がっていた目玉焼きは、その姿を黒い異物へと変貌させていた……。

 

 

朋也「やれやれ……」

 

汐「パパ、しっぱい~」

 

朋也「はははっ、まー食えなくもないさ、汐にはもっと美味しい目玉焼きを作ってやるから、もう少し待っててくれよー?」

 

汐「うんっ、パパのごはん、たのしみっ!」

 

 

 ――娘と暮らすようになり、早半年。

 

 慣れない育児にもだいぶ慣れ、俺と汐は、決して豊かとはいえないが、それでも幸せな生活を続けていた。

 

 ……ただ一つ、“あいつ”がいない事だけが今も心の隅に引っかかっているけど、いつまでも引きずってはいられない。

 

 何故なら……。

 

 

汐「パパ、おいしー♪」

 

朋也「ははは、パパが作ったんだから当然だ」

 

 

 過去を振り返るよりも今は、目の前にあるこの笑顔を守る事が、俺の務めだから。

 

 そう心に思い、俺は目玉焼きにかじりつく。

 

 

朋也「うへ…苦ぇ……」

 

 焦げついた目玉焼きは、淹れたてのコーヒーの何倍も苦い味がしていた……。

 

―――

――

 

 

 そして、朝食を済ませた俺と汐は古河パンの前の公園に集まり、今に至ると言うわけだ。

 

 

朋也「しかし……うぅっ……寒いですねぇ……」

 

公子「確かに、今年の寒さは身体に堪えますね……」

 

 寒さに震えながらも、元気に遊ぶ汐と風子を見守りながら……。

 

 俺と公子さんは保護者らしく、のんびりと談笑をしていた。

 

 

 ――その時。

 

 

 ――ひゅっ……ぼすっ

 

 

朋也「んえっ」

 

 突然、冷たい感覚と共に目の前が真っ白になった。

 

 瞬間、誰かの投げた雪玉が俺の顔に当たった事を理解したが、この状況で俺に雪玉を投げる奴なんて、一人しか考えられなかった。

 

 

風子「やりました、命中ですっ!」

 

汐「風子おねえちゃんすごーい♪」

 

公子「ふ……風ちゃんっ! 岡崎さん、すみませんっ」

 

朋也「風子……やりやがったなこのーーっっ!」

 

風子「風子に隙を見せた岡崎さんがいけないんです、今日こそ風子が岡崎さんに完全勝利し、汐ちゃんを妹としていただきに上がります!」

 

朋也「ふふふふ……果たしてお前に俺が倒せるかな……俺はあと3回の変身を残しているぞおおっっ!」

 

 

 風子の挑発に乗った俺は立ち上がり、風子の所まで勇み足で向かう。

 

 

風子「いきますよー! この雪で作った雪ヒトデの威力、とくとご覧あれっ!」

 

風子「あーでも! こんなに可愛いのを岡崎さんに投げるなんてヒトデへの冒涜ですっ! どうしましょう、風子は今すっごく困っています!」

 

朋也「隙ありだぁぁ!!」

 

 

 ――ぼすぼすぼすっ!

 

 何やら一人で困惑している風子に向かい、俺は大量の雪玉を容赦なく投げつける。

 

 

風子「は、波状攻撃なんて反則ですっ! ならば風子も行かせていただきますっ! えいっ!」

 

 ――びゅんっ!

 

朋也「うおっ! お前雪玉上手く投げられないんじゃなかったのかよ!」

 

風子「もう慣れましたっ、今の風子なら、消える魔球だって投げれますっ」

 

 

 ――びゅんっ! びゅんっ! がしっ!

 

 風子の攻撃は続き、雪に足を取られた一瞬の隙を狙った一撃が、モロに俺の顔面を直撃する。

 

 

朋也「いってぇ! お前、雪ン中に石入れんじゃねえーっ!」

 

風子「風子の作戦勝ちです、これで岡崎さんは成す術がありませんっ、まだまだ行きますっ!」

 

朋也「いや、マジで危ねえからやめろっ」

 

 会心の一撃が決まったのがそんなに嬉しいのか、高笑いをしては再攻撃に移る風子だった。

 

 ……ちなみに、雪玉の中に石を入れるのは本気で危険だから、よい子のみんなは絶対に真似しちゃだめだ。

 

 

公子「風ちゃんっ! 危ないからやめなさーいっ!」

 

 見かねた公子さんに叱られ、風子はしぶしぶ普通の雪玉を俺に投げつけてくる。

 

 そうそう、最初から普通にやってくれ……。

 

 

風子「…仕方ありません、お姉ちゃんに免じて今回は普通に戦ってあげますっ」

 

朋也「小童が、お前如きが俺に敵おうなんざ百年早いわっ」

 

 仕切り直し、風子が再び俺と対峙する。

 

 ていうか、何で俺は汐と遊んでいた筈の風子とこんな事してるんだ……?

 

 

汐「パパー、風子おねえちゃーん、がんばれーっ」

 

 当の汐は、見てる方が面白いだろうと本能的に察したのか、ちゃっかり公子さんの傍にいた。 

 

 

朋也「ったく、なんでこうなるんだ……?」

 

 そんな事をふと思った時。

 

 

声「おめーーーらーーーー!! 俺を差し置いてなーに楽しい事やってんだぁぁ!!」

 

 

 古河パンからやって来るとびきり威勢の良い声。

 

 確認するまでもなく、それがオッサンのものだと理解した。

 

 

秋生「俺も混ぜろおおおおおお!!!!! そして汐は俺のもんだあああ!!」

 

朋也「こーなりゃ一人も二人も変わんねえ、汐が欲しけりゃ俺を倒してみろおおっっ!!」

 

風子「汐ちゃんは風子の妹になる女性ですっ、邪魔するものは風子が全力で排除します!」

 

 ――俺、風子、オッサン。

 

 汐を賭けた三つ巴の戦いが今、始まった……!

 

 

秋生「くらええええ!!! 秋生スペシャル!」

 

 ――ばすばすばすっ! びゅんびゅんびゅんっ!!

 

 

朋也「ちょっ!! 待てこらおっさんっ!! 雪玉と一緒に野球のボール投げつけてんじゃねえ!!!」

 

秋生「ふふふ、俺の作戦勝ちだ」

 

朋也「あんたの思考は風子と一緒かっ!」

 

 ……もちろん雪玉と一緒に野球のボールを人に向けて投げるのも非常に危険だ、よい子はくれぐれも真似しないで頂きたい。

 

 

公子「うふふっ、まったく、みんな子供なんだから…」

 

早苗「でも、子供は元気な方が良いと思いますよ」

 

公子「早苗さん、こんにちわ」

 

早苗「ええ、公子さん、汐、こんにちは♪」

 

汐「さなえさん、こんにちわー♪」

 

公子「……渚ちゃんにも、見せてあげたい光景ですね……」

 

早苗「……ええ、そうですね」

 

 

秋生「くらえええっっっ!! 秋生スペシャルハイマットフルバーストォォ!!」

 

 どこかの翼の生えた機動戦士の必殺技のような事を叫ぶオッサンだ。

 

 四~五個の雪玉を、ほぼ同時にかつ正確に俺に投げ付けている。

 

 

朋也「っち! 俺だけ集中攻撃かよっ!」

 

風子「岡崎さんっ! 隙ありですっ!」

 

朋也「なんで二人して俺ばかり狙うんだよっ!」

 

 

 そんな感じで、俺と風子とオッサンの雪合戦は小一時間ほど続いた。

 

 その勝敗に関してだが……。

 

 

早苗「三人ともー、そろそろお昼ご飯にしませんかー?」

 

 早苗さんのその鶴の一声で、勝負は後日にお預けとなった。

 

―――

――

 

 【古河家 居間】

 

秋生「あー、楽しかったーっ」

 

朋也「年長者のあんたが一番楽しんでたな」

 

秋生「おめーも汗だくになるまではしゃいでただろ」

 

朋也「……まぁな…………」

 

汐「アッキー、またあとであそぼー♪」

 

秋生「おうっ、今度は雪だるまでも作るか汐ぉ♪」

 

汐「うん、だんごだいかぞくつくる~」

 

風子「では、風子の雪ヒトデと汐ちゃんのだんご大家族と、どっちが可愛いか勝負ですっ」

 

朋也「この寒い中、まだ遊ぶってのか……」

 

秋生「んだよ、情けねえ父親だな、なー汐?」

 

風子「まったく、岡崎さんにはがっかりです」

 

汐「がっかりー」

 

朋也「む……汐、後ででっかいだんご大家族を作るぞ」

 

汐「うんっ♪」

 

公子「岡崎さん、素敵なパパですね……」

 

早苗「ええ、汐も幸せですねぇ」

 

秋生「俺の方が素敵なパパだっつーの」

 

風子「では風子は素敵なお姉ちゃんですっ」

 

朋也「お前はいちいち口を出すなよ……」

 

汐「あははっ♪」

 

 

―――

――

 

早苗「みなさーん、お昼ご飯ができましたよー」

 

公子「煮込みうどんを作りました、みなさんで是非召し上がってください」

 

 居間で休憩してた時、早苗さんと公子さんが昼食を作ってくれた。

 

 鍋から上がる湯気と、ほのかに香るダシの香りが鼻腔を刺激し、思わず腹が鳴る。

 

 

汐「おいしそ~」

 

朋也「ありがとうございます、早苗さん、公子さん」

 

早苗「いえいえ、さあ、汐も風子ちゃんも召し上がってくださいっ♪」

 

 

一同「――いただきまーすっ」

 

 

秋生「ん~、うめえ」

 

汐「おいし~っ」

 

朋也「ほら汐、あんまりがっつくとこぼすぞー? ふーふーして、ゆっくり食べような?」

 

汐「うんっ」

 

朋也「でも……暖まるなぁ、このうどん……」

 

 早苗さんと公子さんの作ってくれたうどんはあっさりとした味わいで、身体が芯から暖まる程美味かった。

 

 

朋也(俺も、このぐらい出来ればな……)

 

 たかがうどん一つをとっても、俺と早苗さんのそれには、雲泥の差があった。

 

 子供でも食べやすいよう、人参やタマネギが小さく切ってある所もそうだが、身体が暖まりやすくなるよう、僅かに生姜を入れるって発想からしても、その差が伺える。

 

 

朋也(……これなら、もし風邪を引いた時でも、簡単に作れそうだな……)

 

 子供の為に料理を作る様になってから意識するようになったが、早苗さんの作る料理には、子供向きに様々な工夫がされていて、親としても、それがまた勉強になるのだ。

 

 意識をしなければ気付けない、そんな何気ない一工夫。

 

 それを自分の中に取り入れ、実践する。

 

 早苗さんの料理は、俺に育児の何たるかを教えてくれる。

 

 そのおかげもあり、最初の頃はなかなか箸を通してくれなかった汐も、今ではだいぶ俺の料理を気に入ってくれるようになった。

 

 

朋也「早苗さん、あとでこのレシピ教えてもらっていいですか?」

 

早苗「ええ、お鍋があれば簡単にできますので。 朋也さんも是非汐に作ってあげて下さい」

 

朋也「助かります、おかげでまた一つ、料理のレパートリーが増えました」

 

風子「岡崎さんせっかくです、風子のヒトデバームクーヘンのレシピもお教えしましょうか?」

 

朋也「ああ、それはいいや」

 

風子「なんでですかっ!」

 

朋也「…なんか、高校ぐらいの時に無理矢理食わされたような覚えがあってな……」

 

風子「……?」

 

 既視感…だろうか。

 

 俺は、実は既にこいつに会っていたのではないかと、そんな事をたまに考える時がある。

 

 こいつの為に、俺は渚や春原、また、オッサンや早苗さんと一緒に、何かを一生懸命になってやっていた。

 

 そんな、ありもしない事があったのではないか。

 

 ……風子を見ていると、何故かそんな気がするのだ。

 

 

朋也「………」

 

 風子の顔をじっとのぞき込む。

 

 

風子「……? なんですか?」

 

朋也「いや……相変わらずちっさいと思ってな」

 

風子「む~、レディーに向かって失礼ですっ! …ていうかどこ見て言ってるんですかっ! 岡崎さんは最悪な変態さんですっ!」

 

朋也「別に胸の事を言ったわけじゃないんだが……ていうかお前、汐の前で変な事言ってんじゃねえっ!」

 

汐「……?」

 

早苗「お二人ともー、食事中はお静かにお願いしますねー」

 

風子「岡崎さんはやっぱり変な人ですっ」

 

朋也「おめーにだけは言われたくねえっ」

 

 風子の売り言葉に、負けじと俺も買い言葉を放つ。

 

 このやり取り、やはりどこか懐かしい感じがする。 ……その懐かしさが、妙に俺の心に引っかかっていた……。

 

 

 ……まさか……な。

 

 

 ほんの数ヶ月前まで寝たきりだったこいつと俺が知り合いだったなんて、そんな事、ある訳がないもんな……。

 

―――

――

 

 昼食を終え、俺と早苗さんで後片付けを済ます。

 

 ちなみに風子と汐は、食事が終わってすぐ、庭に出て遊んでいた。

 

 ほんと、大人からすれば、その元気さが実に羨ましいものだ。

 

 

秋生「あ、そーだ早苗、来月の日曜だけど、店任せても大丈夫だよな?」

 

早苗「ええ、お店の事ならご心配なさらず、是非行って来てください」

 

朋也「ん……オッサン、どうかしたのか?」

 

秋生「ああ、昔の仲間が立ち上げた劇団が年明けに芝居をやるって話でな、そいつに招待されてんだ」

 

早苗「私もご招待されたんですけど、せっかくの秋生さんのお友達のお芝居ですので、秋生さんだけで楽しんでいただこうと思いまして」

 

秋生「べっつに気にしなくてもいいんだけどよ。 それで、芝居を見た後に同窓会を開くってわけでよ、だからその日は一日、店を空けるつもりなんだ」

 

秋生「あいつらとももう何年も顔合わせてねえし、そろそろ会っておこうかと思ってよ」

 

早苗「飲みすぎに気を付けて、楽しんできてくださいね」

 

公子「そういえば、私も大学時代の友達に旅行に誘われてたんです。 ……今度、お返事を出しておかないと」

 

朋也「同窓会……か」

 

 そういえば、他のみんなはどうしてるだろうか。

 

 杏……は、ほぼ毎日汐の幼稚園で会っているようなもんだし……。

 

 春原、芽衣ちゃん、ことみ、智代、藤林、宮沢……。

 

 最後にみんなと会ったのは、汐がまだ渚の中にいた頃だから……軽く数えても六年近く、芽衣ちゃんや智代に関しては、渚の卒業式以来になるのか。

 

 ……そう考えると、長い事会っていないんだな……。

 

 ……俺の様に家庭を持ち、父や母になってる奴もいるんだろうか?

 

 すっかり色あせてしまった昔の記憶を頭の中に描きながら、俺はふと、そんな事を考えていた。

 

 

公子「岡崎さんも、同窓会とか開かれたりしないんですか?」

 

朋也「いや、仕事と育児が忙しくて、なかなかそんな余裕は……」

 

早苗「藤林先生にお願いすれば、開いてくれるんじゃないでしょうか?」

 

秋生「ま、仕事と育児もいいけどよ、たまにゃー個人的に羽伸ばしとかねえと、後々きついぞ?」

 

朋也「あのな……他の連中はともかく、俺は札付きの不良だったんだぞ? そんな奴を同窓会に誘おうなんてやつ、いるわけないだろ」

 

 …遅刻や早退、欠席の常習犯で、成績も下から数えた方が早い落ちこぼれ。

 

 クラスでは常に孤立し、みんなからの爪弾き者。

 

 当時の俺と春原は、まさにその代表とも言える生徒だった。

 

 ……そんな俺からすれば、同窓会なんて、縁のない催しの一つにしか過ぎないものだ。

 

 

早苗「そんな事ありませんよ朋也さん」

 

早苗「朋也さんは、ご自分が思ってる程、悪い人ではありませんよ?」

 

公子「そうですよ、渚ちゃんが好きになった男性ですもの、もっと自分に自信を持ってください、岡崎さん」

 

秋生「……だとよ?」

 

朋也「みなさん……」

 

 早苗さんもオッサンも公子さんも、みんながこんな俺を認めてくれていた。

 

 別にそれで天狗になるつもりは無いけど、でも、嬉しい事だと思えた。

 

 誰かに自分を認めてもらえる。  それは、とても幸せな事なんだよな……。

 

 ……今度、春原辺りにでも電話、かけてみるか……。

 

 

―――

――

 

声「すみませーんっ!」

 

 汐と風子とオッサンとで雪だるまを作っていた時、店の方から声が聞こえた。

 

 

秋生「……珍しいな、こんな時間に客か?」

 

早苗「私、行ってきますね」

 

 早苗さんが店先に出て行く。 この時間に来客とは、確かに珍しいな……。

 

 

早苗「まぁ……! お久しぶりですっ!」

 

声「いえいえ、早苗さんこそ相変わらずお綺麗で……」

 

 店先から聞こえる親しげな声。

 

 その声に、俺とオッサンの顔に疑問符が浮かぶ。

 

 

秋生「……誰だ? 早苗の知り合いか?」

 

朋也「さぁ……?」

 

 気になったので、俺とオッサンは店先に顔を出してみる。

 

 

男「しっかし、ここも懐かしいな~」

 

 声の主は、見た感じ俺と同い年ぐらいの冴えない男だった。

 

 冴えない顔に冴えない黒髪、そして冴えないコート姿がとても似合う、そんな、普通の冴えない男が店にいた。

 

 

男「あーやっぱりいたよっ、岡崎久しぶりっ!」

 

 俺の姿を見かけた男が、俺に向けて馴れ馴れしく話しかけてくる、

 

 

朋也「……誰だ?」

 

男「……久しぶりに再会したセリフがそれかよ……相変わらずだなお前……」

 

朋也「んんん……どっかで見た事あるんだけどな……」

 

男「僕だよ僕、ほら、覚えてるだろ??」

 

朋也「ああ………!!」

 

男「やっと思い出したか……」

 

朋也「ジョナサンじゃないか! お前どうしたんだ? もう出所できたのか? いやー、痴漢で逮捕されたってニュースで見たけど、うんうん、よく出て来れたなー!」

 

男「って誰と勘違いしてんだーーっ!!」

 

早苗「朋也さん、この方は春原さんですよ?」

 

朋也「え………? すの……はら……? あの春原か??」

 

春原「どの春原かは知らないけど、その春原陽平だよ……」

 

朋也「いや、俺の知ってる春原は吊り上がった白目をしていて、全身が緑色の鱗に覆われ、口から紫色の毒液を吐き散らす、そんな奴だったぞ!」

 

朋也「一体誰なんだお前は!? 春原は、お前みたいに人間の姿なんかしていなかったぞ!」

 

春原「いやそれもう人間じゃないから! 完全なるモンスターだから! てかあんたの中の僕ってそんな存在だったの??」

 

朋也「ふぅ、楽しかった」

 

春原「久々に再会した親友で遊んでんじゃねーよっ!」

 

朋也「悪い、ついな」

 

 一応補足を入れておくが、こいつの事は、一目見た瞬間に分かっていた。

 

 ただ、こいつを見ると俺は無条件に遊びたくなってしまうのでついやってしまった、別に反省はしていないが。

 

 というかこれはもう習性だよな、猫を見かけたらつい遊びたくなるのと同じ感覚だ。

 

 

春原「ひどいよなー、せっかく久々に再会したってのにさー」

 

朋也「て言うかお前、どうしてここに?」

 

春原「ある人から岡崎が立ち直ったって聞いてさ、んで、せっかくだから連休使って芽衣と一緒に光坂まで遊びに来たんだよ」

 

朋也「そっか……ん? 芽衣ちゃんも来てるのか?」

 

春原「ああ、芽衣ー、早くこっち来いよー」

 

芽衣「どうもー、みなさんお久しぶりですっ!」

 

 春原の声にひょっこりと顔を出す一人の女性。

 

 かつての記憶の芽衣ちゃんよりも一層大人びたその容姿に、俺も早苗さんもオッサンも、思わず目を丸くする。

 

 初めて会った時はまだ背も小さく、幼さの残っていた少女だったが……そんな芽衣ちゃんも、今ではすっかり大人の女性としての色香を漂わせていた。

 

 

早苗「まぁ……芽衣ちゃんっ、お久しぶりですっ!」

 

秋生「よー芽衣! 大きくなったなー!」

 

芽衣「秋生さんも、早苗さんも、岡崎さんもお変わりなく、またこうして再会できて、すごく嬉しいですっ」

 

朋也「芽衣ちゃん久しぶり、いや、見違えたなぁ……」

 

芽衣「はいっ、岡崎さんもかっこよくなりましたね~……なんていうか……大人の雰囲気が出てると思いますっ」

 

朋也「そうか~、よーし、ご褒美にお小遣いをやろう」

 

春原「こらこらそこ、さらりと兄の前で妹に手ェ出してんじゃねえよ」

 

朋也「てなわけで春原金くれ、5万円ぐらい」

 

春原「誰がやるかよっ!」

 

芽衣「あはは、このやりとりも懐かしいですねぇ」

 

 ……ああ、懐かしい。

 

 ちょうど昔の事を思いだしていた時にやってきた春原と、妹の芽衣ちゃん。

 

 その二人に会えたこともあってか、俺は、この空気がとても懐かしいと思えていた……。

 

 ここに渚がいたら、きっと、子供のように喜び、二人を出迎えていた事だろう……。

 

 

早苗「立ち話もなんですから、お二人とも中に上がってください」

 

芽衣「えへへ、ここも懐かしいな……お邪魔しまーすっ」

 

春原「お邪魔しまーすっ」

 

公子「お久しぶりです、春原さん」

 

芽衣「芳野さんっ! お久しぶりですっ」

 

春原「どうもー、結婚生活、楽しんでますか?」

 

公子「ええ、おかげさまで……幸せな結婚生活を送らさせて頂いてますよ……」

 

朋也「そういえば二人は、公子さんとはもう野球のときに面識あったんだよな」

 

芽衣「はいっ、野球の時の祐介さん、すっごくかっこよかったですっ!」

 

春原「こいつ、今でも友達に自慢するんだよ、憧れの芳野祐介と一緒に野球したことさ」

 

芽衣「あの感動は、一生忘れられませんから…」

 

公子「ありがとうございます……きっと、祐くんも喜んでくれます……」

 

春原「っと……そうだった、芽衣」

 

芽衣「うん、わかってる……」

 

朋也「……?」

 

 居間に上がった二人は、そのまま仏壇へと向かい、正座をする。

 

 そして線香を焚き、“渚”に向かい、話しかけていた。

 

 

春原「……久しぶり、渚ちゃん」

 

芽衣「……渚さん、お久しぶりです」

 

春原「いきなり押しかけてごめんね、でも、渚ちゃんにも会いたかったからさ……」

 

芽衣「……っ……………っ」

 

 “渚”を前に、少しだけ涙ぐむ芽衣ちゃんだ。

 

 その顔を見て、俺も一瞬目を逸らしてしまっていた。

 

 ……やっぱり、親しい人がいないって……それだけで辛いものがあるよな……。

 

 

春原「おい……泣かないって言ってたろ?」

 

芽衣「……うん……ごめん……っ」

 

芽衣「……っっ……うんっ……えへへ…っ……私も、渚さんみたいに素敵な女性になれるように……頑張ります……」

 

芽衣「ですからどうか、天国で私達の事、見守っていてくださいねっ」

 

 春原の叱咤に涙を拭うと芽衣ちゃんは、笑って渚に話しかけていた。

 

 ……この子も、強くなったんだな……。

 

 

春原「……なーんて事言ってるけど、芽衣もまだまだ子供だからなぁ」

 

芽衣「あー、お兄ちゃんひっどーい! お兄ちゃんだってまだまだ妹離れできてないくせにーっ」

 

春原「なにをーっ! 失敬な!」

 

 

朋也「……二人とも……」

 

秋生「渚も、良い友達に出会えたな……」

 

早苗「ええ……そうですね……」

 

公子「幸せですね、渚ちゃん……」

 

朋也「…………」

 

 一通り話を済ませた二人が戻って来る。

 

 

春原「お待たせ、ごめんね、しんみりさせちゃって」

 

芽衣「でも、もう大丈夫です」

 

朋也「………ありがとな」

 

 一言、俺は二人に礼を言う。

 

 

春原「いいって、気にすんなよ」

 

芽衣「そうですよ、そんな顔、岡崎さんには似合いませんよ?」

 

朋也「ああ……」

 

 ……そして、笑顔で微笑みかける二人に、俺もまた、笑顔で応えるのだった。

 

 

汐「パパーっ」

 

 いつの間にか居間に戻っていたのか、後から汐の声がした。

 

 

芽衣「この子が……汐ちゃん?」

 

朋也「ああ、渚と俺の子供の汐だ」

 

朋也「ほら汐、パパとママのお友達だ、きちんと挨拶しような」

 

汐「うんっ♪」

 

汐「おかざきうしおですっ、はじめましてっ」

 

 二人の前に立ち、汐は可愛らしくお辞儀をしながら自己紹介をしていた。

 

 

春原「初めましてー、パパの親友の、春原陽平でーす」

 

朋也「親友じゃない、下僕の春原陽平だ」

 

春原「せめて友達って言えよっ!」

 

芽衣「はじめまして、その妹の芽衣ですっ、可愛いお子さんですね♪」

 

秋生「へへへ……そうだろそうだろ?」

 

朋也「あんたの子じゃないだろ……」

 

汐「えっと……」

 

 汐は困惑顔で二人を見る。 ……おそらく、いきなりの事で把握しきれていないのだろう。

 

 改めて、汐に二人の事を紹介する。

 

 

朋也「汐、こっちの綺麗なお姉さんが春原芽衣ちゃん、んでこっちの変なのが、その出来の悪い兄の陽平おじちゃんだ」

 

春原「おい、誰がおじちゃんだよ。 つーか誰が出来の悪い兄だよ」

 

汐「めいおねーちゃんに、ようへいおじちゃんっ」

 

朋也「そうだ、偉いぞ汐、よく覚えたな」

 

春原「だから誰がおじちゃんだよ!」

 

朋也「なんだ不服か? 陽平おじちゃん」

 

春原「一応これでもまだお兄ちゃんで通せる歳だよっ! つーかおじちゃんって言われる程歳食ってねえよっ」

 

芽衣「汐ちゃん、こわ~いおじちゃんがいるから、お姉ちゃんとお外であそぼっか?」

 

汐「うんっ♪」

 

春原「って……芽衣まで言うか……」

 

春原「たくよー、最近ちょーっと綺麗になったと思ったら中身は全ッ然変わってないんだもんなぁ~、あ~あ、やーんなっちゃうよなぁ~~」

 

 完全におじちゃん扱いが板につき、ウジウジといじけるおじちゃんがそこにいた。

 

 

公子「じゃあ、私も一緒に行きますね」

 

秋生「続きを作ってやんねーとな、汐、俺も行くぞ~っ」

 

早苗「朋也さん、春原さんと積もる話もあるでしょうから、お二人でごゆっくりしてて下さいね」

 

朋也「はい、ありがとうございます」

 

 そして、みんなは俺と春原を残し、汐を連れて庭に出て行った。

 

 

春原「はぁぁ……こんなろくでもないのが父親で、汐ちゃん大丈夫かね……」

 

朋也「何を言う、少なくとも今現在のお前よりかは汐の方が大人だぞ?」

 

春原「今の僕、五歳児以下っすか!?」

 

朋也「ああ」

 

春原「……なんか僕、すっごく疲れてきた」

 

朋也「帰るなら帰っても良いぞー? お前だけな、芽衣ちゃんだけは残らせてくれ」

 

春原「……遠路はるばる訪ねてきた親友に向かってその仕打ちは人としてどうなんすかね?」

 

朋也「ははははっ!」

 

 んー、実に気分が良い。  やっぱ、春原はこうでなくっちゃな。

 

 

風子「………っ」

 

春原「ん……?」

 

風子「……っっ!」

 

春原「岡崎、あの子誰?」

 

 春原が風子を見て俺に問いかけてくる。

 

 そっか、風子と春原は初対面だったもんな。

 

 

風子「み、見るからに変な人ですっ! ふーっ! ふーっ!」

 

 爪を立てる仕草をしながら壁に張り付く風子。

 

 それはさながら、外敵を威嚇する猫のようにも見えた。

 

 

春原「のっけからすごく失礼な事言ってくれるね、君……」

 

朋也「こら風子、初対面の人にいきなり変な人なんて言うもんじゃないぞ」

 

春原「そうだそうだ、もっと言ってやれ岡崎っ!」

 

朋也「こいつはそんじょそこいらの変な人なんかじゃない、“超”変な人だ、うっかり近付いたら風子なんて一瞬で喰われちまうぞ?」

 

春原「そうだそうだっ! 僕は変な人じゃなくて超変な……って待てこらーーっ!」

 

風子「なんとっ! 普通に変な人じゃなくて“超”変な人ですか! しかも風子を食べてしまうんですかっ! 最悪なぐらい恐ろしい人です……っ」

 

春原「お前はさっきから誤解を招くようなことばかり言ってんじゃねえよ! なんで初対面の人からこうも変な誤解を受け続けなきゃならないんだよっ!」

 

朋也「とかなんとか言って、本当はいじられて美味しいとか思ってるくせに」

 

春原「そこまで立派な芸人魂なんか持ってねえよっ!」

 

春原「……大丈夫だよ、別に変な事しやしないから、普通に接してくれ」

 

 普段通りのトーンで春原が風子に言う。

 

 

風子「それはお願いですか? でしたら頭を垂れて風子に土下座してください、そうしたら考えてあげなくもないです」

 

春原「前言撤回、この子強めに殴っていいすか?」

 

風子「やっぱりこの人悪い人ですっ!」

 

 言い合い、いがみ合う風子と春原……なんとも、同レベルの争いだった。

 

 

風子「どうしてもと言うのなら仕方ありません、風子の出すクイズに答えられたらお友達になってあげます」

 

春原「その上目線は不動すか、なんで僕、この子にここまで下に見られなきゃならんの?」

 

 その疑問に十文字以内で答えを導き出すのなら答えは単純『お前が春原だから』だ。

 

 

風子「ではいきます、風子くえすちょーんっ!」

 

春原「って、勝手に始めちゃってるよ!」

 

 そして、風子の司会で勝手気ままなクイズ大会が開かれた。

 

 

風子「では問題です、これはなんでしょう?」

 

 風子が鞄から木彫りのヒトデを取り出す……つーか、鞄に入れてまで持ち歩いてるのか、それ。

 

 ちなみに俺は既に答えを知っているので、この問題に答えるのは春原だけだ。

 

 ……だが、果たして春原にこれがヒトデだと分かるのだろうか。

 

 十人に聞いたら十人が『星』と答えるだろう、初見なら俺も恐らくそう答える。

 

 ……そして春原の場合なら、きっと『手裏剣』とでも答えるに違いないだろう。

 

 

春原「ん~~………」

 

 春原はヒトデを手に持ち、しばし考え込む。

 

 

春原「……これって、あれだよね?」

 

風子「そうです、もうこれはサービス問題です、これに答えられなかったら人間失格です」

 

風子「では、答えをどうぞっ」

 

春原「……ヒトデ?」

 

風子「正解ですっ! 春原さんは風子のお友達になる権利を獲得しましたっ!」

 

朋也「んな馬鹿な……」

 

 一番答えそうにない正解を一発で当てた春原に思わず聞いてみる。

 

 

朋也「……おい、なんでお前、あれがヒトデだと分かったんだ?」

 

春原「いやだって、これってヒトデでしょ? 確かにぱっと見手裏剣に見えなくもないけどさ……」

 

朋也「……お前って、わけわかんない感性してるよな……」

 

春原「ん~~……なーんかね、これ見てると、変な事思い出すっていうか……そういや、僕あの子の事知ってるような気がするんだよな……なんでだろ?」

 

 春原にも、俺と同じ既視感があるようだ。 ……風子、一体こいつは何者なんだろうか。

 

 

風子「では、お友達の証に、このヒトデを受け取ってください♪」

 

 にこやかな笑顔で、風子が木彫りのヒトデを春原に手渡す。

 

 風子のその素振りが、かつて体験した“何か”と重なる。

 

 

春原「ああ、ありがとう……」

 

春原「……? なんかこのシチュエーション、前にもあったような気がするなぁ……」

 

朋也「……ああ、俺もだ……」

 

 不思議な既視感だった。

 

 経験した事は無い筈なのに、確かに覚えがある、その感覚。

 

 それをいくら思い出そうとしても、俺と春原の頭に浮かんだ疑問符は解ける事は無かったが……。

 

 

風子「~~♪」

 

 風子のご機嫌な笑顔を見てる内に、そんな小さな違和感も、どこかに吹き飛んでしまっていた。

 

 ……これでいいんだよな、きっと。

 

―――

――

 

 そして、夕方になり、公子さんと風子も帰った夕方の事。

 

 

春原「岡崎さ、明日も休み?」

 

朋也「ああ、一応休暇は取ってあるが、どうかしたか?」

 

春原「じゃーさ、久々の再会を祝して、今晩どっか呑み行こうぜ」

 

朋也「飲みか……ん~……いや、せっかくだけど遠慮しとくわ」

 

春原「えー、なんでさ?」

 

朋也「娘がいるからな」

 

 そう言いつつ、庭先で芽衣ちゃんと遊ぶ汐を見る。

 

 

朋也「娘をほったらかして、呑気に酒なんて飲んでいられないさ」

 

春原「すっかり父親だねぇ……ちぇ、残念だけど、そーいう事情があるんならしかたないか……」

 

 不服そうな顔をする春原だったが、仕方ないと酌んでくれたようだ。

 

 

早苗「朋也さん、汐の事は大丈夫ですから、よければ行ってきてください」

 

秋生「二人ともせっかく遠くから来てくれたんだ、酒に付き合いもせずに帰すってのは、ちっとばかし寂しくねえか?」

 

朋也「でも……これ以上お二人に迷惑をかけてもいられませんし……」

 

秋生「おめーなー、たまにゃー俺を汐と遊ばせろってーの」

 

早苗「秋生さん、汐が朋也さんと過ごすようになって少し寂しがってましたから……」

 

朋也「……………」

 

 やれやれ、こう言われちゃ仕方ないか。

 

 

朋也「わかった、じゃあ、今晩付き合ってやるよ」

 

春原「へへ、そうこなくっちゃな」

 

朋也「そのかわり、お前の奢りだからな」

 

春原「おうよ、ボーナス入ったばかりだから、いくらでも奢ってやんぜっ」

 

芽衣「また大きい事言って~、それで前のボーナスもぜーんぶ車に使って、後日私に『お金貸して~』って泣いてすがって来たのはどこの誰だっけ?」

 

春原「ゔ……それを言うなよぉ……」

 

朋也「春原が……車を?」

 

春原「ああ、教習所通って取ったんだよ、ピカピカの新車、今度岡崎も乗せてやるよ」

 

朋也「お前が……車ぁ? 大丈夫なのか? お前の車に乗って、俺は大丈夫なのか?」

 

春原「これでも教習所は卒業できたんだよっ! ……ギリギリだったけどさ」

 

朋也「へぇ……」

 

芽衣「岡崎さん、その飲みですけど、よろしければ私もご一緒させて貰ってもよろしいですか?」

 

朋也「……あれ? 芽衣ちゃんってもう……」

 

芽衣「はい、今年で二十歳になりましたっ」

 

秋生「へぇ……芽衣がもう二十歳か……」

 

早苗「まぁ…おめでとうございますっ!」

 

朋也「そっか……芽衣ちゃんももう、成人か……」

 

 春原が車の免許を取って……会った時は中学生だった芽衣ちゃんがもう二十歳とは……早いもんだ……。

 

 着実に大人になっているな、みんな……。

 

 

春原「じゃあ、あんまし遅くなると店混むだろうから、もう出よっか?」

 

芽衣「そうだね……行きましょ、岡崎さん」

 

朋也「ああ、そうだな」

 

 軽く身支度を整え、汐を呼ぶ。

 

 

朋也「汐ー」

 

汐「なーにー?」

 

朋也「パパ、陽平おじちゃん達とちょっと出かけて来るから、早苗さんとアッキーと、いい子にして待っててくれるか?」

 

汐「……かえってくる?」

 

 一言、寂しそうな声で俺に聞く汐だった。

 

朋也(………ぅ、ど、どうする……?)

 

 一瞬、やっぱり断って残ろうかとも思った。

 

 が……

 

秋生「…………」

 

 汐の背後で、ものすごい形相で俺を睨むオッサンに根負けしてしまった。

 

 

朋也「……ああ、ちゃんと帰って来るから、大丈夫だよ」

 

汐「……えへへっ、うん、いってらっしゃい♪」

 

早苗「でしたら、居間にお布団用意しておきますね」

 

朋也「すみません……あ、俺はともかく、二人は今晩どうするんだ?」

 

 一応春原と芽衣ちゃんの二人に、今晩の事を聞いてみる。

 

 

早苗「良かったら、お二人の分のお布団もご用意しましょうか?」

 

春原「僕、一応宛てがあるから平気ですよ、最悪駅前の満喫で寝ますし」

 

芽衣「私も、ここの近くに友達が住んでるので、今晩はそっちに泊めさせてもらう予定です」

 

秋生「そか……ま、楽しんで来いや」

 

早苗「ええ、お酒を飲まれた後は身体を冷やしますから、暖かくして行ってくださいね?」

 

朋也「すみません、それじゃ……汐の事、よろしくお願いします」

 

秋生「おう、なんなら二~三日ぐらい帰って来なくてもいいぞー」

 

朋也「ちゃんと夜中には帰って来るからな」

 

秋生「うしお~、今晩は俺と一緒に風呂入ろうな~?」

 

汐「うしお、さなえさんといっしょにはいる~」

 

秋生「へへへへ、じゃー俺は早苗と一緒に~」

 

早苗「汐、二人で入りましょうね~?」

 

秋生「さ…早苗ぇぇ~~」

 

 既にお爺ちゃんモード全開のオッサンだった。

 

 なんかもう、俺が割って入れる空気じゃないような……。

 

 

朋也「行くか……」

 

春原「そうだね……」

 

芽衣「汐ちゃん、また遊ぼうね~♪」

 

汐「うんっ、さようならー」

 

 そして、汐を早苗さんとオッサンの所に残し、俺は春原と芽衣ちゃんを連れて街に出たのだった。




前編はここまでにします、中編、後編をお楽しみに
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