【駅前通り】
春原「この通りも懐かしいね~」
芽衣「でも、だいぶ変わりましたね……あ、あそこ、ファミレスなんてできたんだ」
朋也「……ああ、五年前ぐらいにな」
――何もかも変わらずにはいられないです。
――楽しい事とか、嬉しい事とか全部、変わらずにはいられないです……。
朋也「…………」
昔、俺と渚が初めて出会った時。 あいつが言っていた言葉をふとを思い出す。
確かに街は変わった。
かつて俺達が部活に勤しんだ校舎は既に無く、今は新たな校舎が立ち、駅前にあった馴染みの店も消え、新しい店が立ち並んでいる。
ここら辺には来ることはあまりなかったが、いざこうして来てみると、以前とは違う様々な変化が目に止まる。
街も人も、絶えず変化を続けている。
ここに来ると、それを嫌でも実感する……。
数年ぶりに帰って来た街の変化に目配せしてる二人の後ろで、俺はそんな事を考えていた。
朋也「ここの居酒屋でいいか?」
春原「ここ、いつか来てみたいと思ってたんだよね」
朋也「そういえば、高校の頃、大人ぶったお前もここに来たことあったよな」
芽衣「それで、どうなったんですか?」
朋也「店主のおっさんに門前払い食らってた、『兄ちゃんみたいなガキが来るところじゃねえよ』って」
芽衣「ぷっ、お兄ちゃんらしいっ」
春原「うるさいよ……今じゃもう立派な大人なの」
春原「見てろよあの親父……今度こそギャフンと言わせてやる、あの時のリゾンベだ」
朋也(英語のダメさ加減は相変わらずか……)
俺達は店に入り、案内されたテーブルで適当に酒を注文する。
俺と春原と芽衣ちゃんとで開く、ささやかな同窓会が始まった。
テーブルにはジョッキに注がれた酒が並び、次々と料理が置かれていく。
そして、春原が乾杯の音頭を取り仕切る。
春原「えー、本日はお集まりいただきましてありがとうございます、思えば、僕と岡崎が出会ったのも……」
まるで結婚式のスピーチのような音頭だった。
朋也「前置きが長い、ビールがぬるくなるだろ」
芽衣「そうだよー、早く始めようよー」
春原「いーじゃん! 一度やってみたかったんだよこういうのっ」
春原「……まあいいや、えー、では岡崎の復帰と、僕たちの再会を祝して……かんぱーい!」
芽衣・朋也「かんぱーい」
春原「……んっ……ぷはぁぁぁっっ! うんめぇ~♪」
ジョッキをあおり、その中身を一気に空ける春原だった。
朋也「ああ、久々に飲むビール、格別だなぁ」
春原「へへへ……もう一杯頼んじゃおっと……♪」
そして春原は再び酒を頼み、それもまた一気に飲み干していた。
朋也「よく飲むな……」
芽衣「お兄ちゃん、岡崎さんとこうして一緒にお酒を飲む事、すっごく楽しみにしてたんですよ」
朋也「……そっか」
へぇ……あいつがねぇ……。
春原「さーて、お次は渋くウイスキーでも……あ、二人とも何か食べる?」
芽衣「私、お刺身がいいな~」
朋也「……お勧めにある出汁巻き、美味そうだな」
春原「うん、すみませーんっ! 刺身と出汁巻きおねがいしまーすっ!」
店主「あいよーっ!」
上機嫌に酒を煽る春原のその顔は、傍から見ても気持ちよさそうだった。
芽衣ちゃんの言った通り、相当楽しみだったんだろう。
……ならば、俺もそれに応えてみようと思う。
朋也「すみません、日本酒いいすか? あとグラスも二つお願いします」
店主「おっ、なかなか通だねお兄ちゃんっ、あいよー、ポン酒いっちょ追加でー!」
店員が持って来た日本酒を注ぎ、それを春原に渡す。
朋也「……春原」
春原「……岡崎」
朋也「乾杯だ」
春原「へへっ……おうよ!」
春原と乾杯を交わし、互いにその中身を一気に飲み干す。
朋也・春原「っくうぅぅ……! 美味いっ!!」
若干度数の効いた酒だが、深みの中にもしっかりとした味が出ている、良い酒だ。
まさか、こいつと飲む酒がこんなに美味いとはな……。
芽衣「男の友情って感じだね、お兄ちゃん♪」
春原「ああ……なかなか行けるなぁ~、じゃあ次は……」
朋也「泡盛なんかどうだ? ここの自慢の一品だとよ」
春原「いいねぇ~、へへへ、岡崎もわかってんじゃん」
朋也「お前も、そこそこに酒の事分かってるようだなぁ」
春原「今度は僕が淹れてやるよ、まま、ぐいっと行っちゃって」
朋也「……ああ」
春原が淹れた酒を一気に煽る。
朋也「………ん~~~っっ……美味いっっ!!」
久々に再会した友人と飲む酒は、まさに格別だった。
こんなに酒を美味いと思えるなんて事、今まで無かったかもな……。
―――
――
―
春原「でさー、その時杏がさぁ~」
話は盛り上がる。
学生時代の話、今の仕事の不平や不満、芽衣ちゃんと春原の近況などなど、上げればキリがないが……二人とも、それなりに充実した生活を送っているようだった。
そして、店に入って幾ばくかの時間が経とうとしていた時だった。
春原「っかし、昔は色々やったよね、僕達さ……」
朋也「ああ、渚に手を出そうとしたり、早苗さんに手を出そうとしたり、宮沢や藤林に手を出そうとしたり……ほんと昔から軽い奴だったな、お前は」
芽衣「お兄ちゃん……今とそんなに変わってない……」
朋也「まさに歩く18禁だな、もう二度と汐には近寄んな」
春原「人を危ない趣味の性犯罪者みたいに言わないでもらえますかねぇ!?」
朋也「ははははっ!」
――がらっ
店主「いらっしゃーいっ」
突如店の戸が開き、大勢の見知った顔が俺達のテーブルにやって来た。
春原「お、来た来た…♪」
声「どうもー、みんな楽しんでるかしら?」
声「お久しぶりです、朋也くん」
声「岡崎、春原、久しぶりだな」
声「朋也くん、会いたかった♪」
声「岡崎さん、春原さん、芽衣ちゃんお久しぶりです、みなさんお元気でしたか?」
店にやってきた面子の顔ぶれに思わず驚愕する……。
朋也「……杏、藤林に…智代にことみ…宮沢……?」
今は汐の担任であり、俺や渚と春原の友人の藤林杏を筆頭に、その妹の藤林涼、幼馴染の一ノ瀬ことみ、元生徒会長の坂上智代、そして宮沢有紀寧……。
かつて、俺が渚や春原と共に学園生活を共にした仲間が、そこにいた……。
春原「やーっと来たか、みんな遅いよー!」
芽衣「わぁぁ……お久しぶりですっ、みなさん!」
朋也「……どうしてみんながここに?」
杏「ちょっと前に陽平からメールが来て、それで、かき集められるだけ集めてきたのよ」
ことみ「今日アメリカから光坂に帰って来た時に、たまたま杏ちゃんから連絡が来たの」
ことみ「こうしてまた朋也くんと会えて、私すっごく嬉しいの♪」
数年ぶりに再会したことみの笑顔は、昔と何一つ変わっていなかった。
ただ、一つだけ違う事を上げれば……化粧をし、煌びやかなスーツを身に付けたその姿。
芽衣ちゃんと同じく、かつて少女だったことみは、今やすっかり、一人の女性となっていた……。
智代「私もさっきまで仕事だったんだが、先程連絡があって、早めに仕事を切り上げて駆けつけたんだ」
涼「私達は地元だからすぐに繋がったみたいですけど、ことみちゃんまで来て下さるとは思いませんでした、だから、すごく嬉しいです」
有紀寧「うふふっ……今日は、楽しい同窓会になりそうですね……」
智代も藤林も宮沢も、あの頃と変わらない笑顔で笑っている。それが伝わり、俺は心から安堵していた。
春原「有紀寧ちゃんも藤林も綺麗になったよなぁ……あはは、また狙ってみようかな…♪」
杏「アンタは相変わらずね……まったく、少しは成長しろってぇの」
杏「……そうだ、涼ー、あんま飲みすぎないようにしときなさいよ? あんた明日も朝から仕事なんだし、勝平くん心配するわよ?」
涼「うん、ほどほどにするから大丈夫だよ、ありがとう、お姉ちゃん」
春原「ちぇ、彼氏いんのか、ざーんねん」
朋也「あの奥手だった藤林に…彼氏か」
涼「はい……私の勤めてる病院の患者さんだったんですけど、その……」
春原「うひょ、燃えるシチュエーションキタコレ! もっと話聞かせてよ~」
涼「は……恥ずかしいです~~……」
春原の言葉に藤林は顔を赤くしてうつむく。
その素振りもあの頃と変わっておらず、それでも幸せそうに笑っていた。
――春原と杏の計らいで、みんなが集まってくれた。
会わない時間がどれだけ続こうが、連絡一つでこうしてみんなに会える。
そんな仲間に巡り合えた事……それはとても幸せな事なんだ。
朋也「そっか……みんな、元気だったか?」
杏「それはあんたでしょ……まったく、五年近くもみんなに連絡しないでさ……みんな心配してたわよ?」
朋也「……ああ、すまなかった……」
そして、各々がテーブルに着き、テーブルの上には次々と酒と料理が並べられていく。
その光景は、まさに同窓会そのもの。
クラスの爪弾き者にはまるで縁が無いと思っていたが、そんな俺がこうして、かつての仲間と酒を酌み交わす事になるとは……。
きっかけを作ってくれた春原に杏、そして集まってくれたみんなに、俺は感謝の気持ちでいっぱいだった……。
有紀寧「岡崎さん、お久しぶりです、またこうして会うことが出来て、良かったです」
智代「私も、こうして岡崎やみんなに会えたこと、嬉しく思う」
杏「みんな、あんたが立ち直ったって事聞いたら、すぐに来てくれたわよ」
朋也「……そっか」
智代「岡崎、ふるか……いや、渚さんの事は聞いた……その、なんて言えばいいのか分からないが……」
朋也「………」
智代の一言に、その場の全員の顔が曇る。
まぁ、気にしてないなんて事、あるわけがないか……。
朋也「やめよう……今はさ」
朋也「みんなせっかく来てくれたんだ、今日ぐらい、暗くなる話は無しだ」
杏「………」
朋也「正直、俺も完全に立ち直ったわけじゃない……確かに、未だに心に引きずってる物もある」
朋也「でも、それでも俺は乗り越えなくちゃならないんだ」
朋也「それが汐の……娘の父親として……今まで心配をかけたみんなの仲間として……そして、渚の夫としての、俺の務めだと思うからな……」
そう、自分に言い聞かせるように、俺は強く言い放つ。
そうだ、乗り越えなければならないんだ、俺は……。
杏「朋也……」
春原「岡崎……よく言ったっ!」
芽衣「岡崎さん……」
涼「岡崎君、素敵だと思います……」
有紀寧「立派なパパですね……岡崎さん、かっこいいですよ」
ことみ「朋也くん……かっこいいの♪」
智代「……ああ、そうだな……すまない。 気を落とさせてしまった」
朋也「……気にするな、ありがとうな、気にかけてくれてさ……あいつもきっと、喜んでると思うよ」
杏「……まーまー、とりあえずそのぐらいにして、今日は朋也も交えた同窓会なんだし、みんなで楽しく飲みましょっ!」
杏「ちなみに、ここの支払いは陽平が全額持つらしいから、みんなじゃんじゃん好きなの頼んじゃっていいわよー♪」
春原「ぇ…マジ? 全員分?」
杏の一声に、春原の顔が引きつる。
朋也「いよっ春原さん、男前!」
杏「えっとー、私、この1日3本限定の高級ワインが飲みたいなぁ~♪」
智代「春原喜べ、今回限りだが特別だ、お前に酌をしてやろう」
ことみ「じゃあ……私はこのキャビアのお寿司に……」
芽衣「じゃあ……私、お刺身もう一つ追加で♪」
春原「あれれ……飲みすぎたかな……? 僕、なんだか気分が……か、帰ろ……」
杏「ストーーーッップ……あんた、今更逃げようだなんてそうは行かないわよ……?」
こっそり逃げ出そうとする春原の肩を、杏ががっちりとホールドする。
春原「岡崎助けてぇぇ!! こいつ、まだ飲んでないのに既に目が座ってるよぉぉ!!」
朋也「杏、俺にもそのワイン頼めるか?」
春原「岡崎ィィィ!! さっきの乾杯はなんだったのさーーっ!」
朋也「それはそれ、これはこれだ」
春原「この…薄情モノーーーっっ!」
杏「さーーって、久々のタダ飯、なーに食べよっかなぁ…♪ あ、焼き肉なんていいわねぇ♪」
春原「誰か僕と僕の財布を助けてぇぇぇぇ!!」
智代「まったく、何歳になっても相変わらず騒がしい奴だ」
有紀寧(春原さんも…お変わりないようですね…♪)
賑わう店内に、ただただ春原の悲鳴だけが響いていった……。
―――
――
―
春原「しっかし……ひっく……有紀寧ちゃんにことみちゃん……まさか智代まで来るとはねぇ」
智代「私は、お前がまだ生きていたことに驚きだ」
春原「おーおー言ってくれるねぇ、ここで会ったが百年目、僕が高校ん時とは違うって事、思い知らせてやろうか?」
立ち上がった春原が智代にいちゃもんを付けてきた。
この光景も、高校の頃に何回も見たな。
智代「やめとけ、いくら歳を重ねても、未来永劫お前が私に勝つことはない」
春原「うっせーっ! やってみなくちゃわかんねえだろー!」
勢い勇み、春原が智代に飛び掛かる。
智代「…ふんっ!」
春原「あれ?」
刹那、春原の身体がくるりと回転し、脳天から真っ逆さまに床に落ちる。
――ごすっっ!!
春原「ぶごっ!!」
智代「店の中で暴れるな、酔っ払い」
杏「智代……相変わらず腕は鈍ってないわねぇ」
涼「今、何が起こったんだろ……」
有紀寧「さぁ……速すぎて、よく見えませんでした……」
おそらく合気道だかの応用だろう、智代は春原が向かって来る前への力を利用し、それをそのまま地面に受け流したのだ。
しかし、椅子に座ったままの状態でそんな格闘術が使えるとは……智代のその強さは、時を経ても尚健在……いや、前以上のキレだった。
―――
――
―
気分よく飲んだ事もあってか、俺も酔いが結構来ていた。
気分を落ち着かせる為、一旦外に出るか……。
朋也「ん~~……少し、飲みすぎたかな……」
春原「よ、お疲れさん」
杏「結構飲んでたもんね、大丈夫?」
人通りの少ない店前には、杏と春原がいた。
朋也「ああ、なんとかな……いや、ことみと芽衣ちゃんに随分勧められてな……少し、飲みすぎた……」
杏「ま、少し休みなさいな。 ほら、お水」
朋也「ああ、助かる」
杏から手渡されたミネラルウォーターを一口飲む。
冷たい水が内側から身体を冷やし、気持ちが良い。
春原「……ふ~、いいもんだね、こうしてみんなと集まるのってさ」
タバコに火を付けながら、春原が言う。
杏「あんた吸いすぎ、それ何本目よ」
春原「へへへ、いーじゃん今日ぐらいはさ……岡崎も一本吸う?」
タバコを取出し、春原が俺に訪ねる。
朋也「いや、タバコはもう止めたんだ」
春原「そっか……」
春原「美味い酒にタバコ……これですぐ傍にとびきり可愛くて美人なお姉さんでもいて、僕を優しく抱きしめてくれれば、もう言う事ないんだけどなぁ~」
杏「ほほう、それじゃあ私が抱きしめてあげるわ……よ……っ!」
春原「待て待て待て…っ! 杏のは優しくじゃなくてただの絞め技……ぎえええっっ!!」
杏「わーるかったわねぇ……綺麗なお姉さまじゃなくって……ねっ!!」
――ごきっ!
春原「へぶっ…!」
杏「あ、やりすぎた」
朋也「ぷ…くくく……っ」
春原「……っっくはぁ……お前……今からでも遅くないから、幼稚園の先生辞めて格闘家目指した方がいいよ、うん……」
杏「じゃあ、新技の開発に協力してくれる? ちょうどいいサンドバッグもあるみたいだし…」
春原「スミマセン、もう余計な事は言わないので勘弁してください……」
朋也「……っぷ……ははははっ……あっはっはっはっはっ!!」
たまらず、笑いが吹きだした。
……だめだ、堪えていたけど、もう、限界だった…。
杏「朋也、どうしたの?」
朋也「いや……みんな変わらないなと思って……それがなんか嬉しくって、ついな」
春原「まー、5年や6年でそうそう変わるもんでもないっしょ? 特に、僕達みたいな人間はさ」
朋也「ああ……でも、変わらないようで、確かに変わった所もある……」
杏「朋也……」
朋也「……………ああ……変わっちまった…………」
…………それは、考えてはいけない事だと、分かっていた……。
けど、どうしても“それ”を考えてしまう自分がいた……。
朋也「――みんながいるのに、あいつだけがここにいない……」
春原「………岡崎……」
朋也「わかってるんだ、そんな事考えても仕方ないって……乗り越えなくちゃいけないって……分かってるんだ……けど……な……」
朋也「もしも渚が、ここにいてくれたらって思うと……な……」
一度口にしてしまったら、後はもう、止まらなかった――。
朋也「家には、帰りを待ってくれてる娘がいる……その娘を、俺と同じ様に守ってくれるオッサンと早苗さんがいる……」
朋也「職場には頼れる先輩や、仲間がいて……汐の幼稚園には杏がいて、汐には友達もいる」
朋也「……こうして、俺の事を考えてくれてる仲間がいる……それでいて、それ以上を望むのは欲深い事なんだってのも……分かっているんだ……」
朋也「けど……それでも……な……」
もしも、渚がここにいたら……渚がいてくれたら……。
……どうしても、そんな事を考えてしまう。
みんながいるのに、あいつだけがここにいない……。
たったそれだけの事が、今も尚、俺の胸を締め付ける……。
やっと立ち上がれた筈なのに、情けない事この上ない。
親になり、強くなったつもりだったが全然だめだ……結局、俺は強くなったつもりになっていただけで、心はあの日と変わらず、弱いままなんだ……。
声「――朋也くんのその気持ち、私、分かるの」
声「割り切ろうとしても……なかなか、難しいですものね……」
後ろから聞こえる声に、俺達は振り向く。
朋也「ことみ……宮沢……」
心配して様子を見に来てくれたのだろう、ことみと宮沢が俺の後ろに立っていた。
杏「二人とも…」
有紀寧「ごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったんですけど…」
朋也「……いいんだ、悪いのは、いつまでも過去を引きずってる……俺自身だ……」
ことみ「朋也くん、泣きたかったら、今は泣いてもいいと思うの……」
有紀寧「岡崎さん……我慢する必要なんてないんですよ……」
朋也「こと…み……宮沢……」
隣に座り、ことみと宮沢が優しく語りかけてくれた。
二人のその優しさに……目頭が熱くなる……。
ことみ「お母さんとお父さんを亡くしてから私、いつも泣いてた……」
有紀寧「愛する人との別れ……それは、遅かれ早かれ誰にでも訪れる事……」
有紀寧「ですが、分かっていても……どれだけ理解しても……割り切れないものです……」
朋也「………」
……ことみと宮沢も、子供の頃に身内を亡くしていた。
ことみは幼い頃に両親を……宮沢も、事故で兄を……。
ことみ「朋也くんの痛み、私、わかる……よ……っ」
ことみ「辛いよね………かなしい……よね……っっ」
震える声でことみは俯き、その眼から、大粒の涙がこぼれる……。
朋也「ことみ……泣かないでくれ……」
ことみ「だって……だってぇ……っ…ぅぅっ私も……なぎさ……ちゃん……ううううっっ……!」
杏「よしよし……ことみ……大丈夫よ……」
杏に支えられ、杏の胸の中で、ことみは、嗚咽交じりで泣き続けていた……。
ことみ「杏ちゃん……っっわたし……もっと渚ちゃんとお話ししたかった……っっ! いっぱいいっぱい……お話したかった……っっ」
ことみ「もう、大事な人がいなくなっちゃうのは嫌だったのに……わたし……わた……し……っっ…!」
ことみ「ううぅぅぅ……ぐずっ……うっっっ…うぅぅっっっ……!」
杏「……あんまり泣かないでよ………私も……思い出しちゃうじゃん……っっ」
杏「……もう………っっ……っ……っっ…」
そして……ことみを支える杏も……泣いていた……。
春原「………ごめん、僕……先に店ん中入ってる………」
朋也「春原……」
春原「…………ごめん………っっ…!」
朋也「杏……春原………」
顔を落としたまま、震えた声を上げ、春原は店の中に戻って行く。
その姿を見送った時、戸の隙間から一瞬、店の中が見えた……。
後姿しか見えなかったが、智代も藤林も芽衣ちゃんも……皆、静かに肩を震わせていた……。
朋也「…………」
有紀寧「言葉に出さないだけで、みなさんも、岡崎さんと同じなんですね……」
有紀寧「渚さんを失った悲しみは、今も、みなさんの中に残っています……もちろん……私にだって……っ」
朋也「……宮沢……」
有紀寧「……っ………っ…」
朋也「………」
みんな……俺と一緒だったんだ。
平静を装ってはいたけど……心の中では……あいつがいない現実と、今も戦っていたんだ……。
俺に会えば、嫌でもその現実と向き合わざるを得ないって事が分かっていた筈なのに、それでも……みんな、ここに来てくれていた……。
朋也「……なあ、宮沢……」
有紀寧「…はい……」
朋也「愛する人を失った悲しみって……どうすれば、乗り越えられるんだ……?」
我ながら、馬鹿げた事を聞いていると思う。
でも、宮沢なら答えてくれるんじゃないだろうか。
昔、大勢の人の悩み相談を請け負っていた宮沢なら……。
兄を失った悲しみを乗り越えたこいつなら答えてくれる、そんな気がしたから……。
有紀寧「兄を失った悲しみは……今も残っています……でも、前ほど苦痛ではありません……」
有紀寧「兄の仲間と、岡崎さん達が、私を支え続けてくれましたから……」
朋也「……そっか」
有紀寧「私、今でも覚えているんですよ。 あの日、岡崎さんが身体を張って……兄と私の為に頑張ってくれた事……」
朋也「あれは俺じゃない、お前の強さが、争いを終わらせたんだ…………」
……かつての記憶が蘇る。
宮沢の兄、宮沢和人とその仲間が起こしていた別グループとの抗争、そして、妹の宮沢がそれを収めた事……。
有紀寧「岡崎さんにもいるじゃないですか……渚さんを慕い、岡崎さんの為に、こうして集まってくれる……素晴らしい仲間が……」
朋也「……ああ」
有紀寧「分かち合う仲間がいれば……悲しみは半分に……幸せは倍にだってできるんです……そういう仲ですよ……私達は……」
朋也「……あぁ…っ」
宮沢の言葉が、俺の心に優しく触れてくれる。
その言葉に……堪えていた涙が溢れだす……。
有紀寧「ここにはみんながいます……岡崎さんの痛みを分かち合う……みんなが……」
有紀寧「岡崎さんはもう、一人じゃないんです……ですから、私達の前でぐらい……無理に頑張らないで下さい……」
朋也「……宮沢……ありがとう……な」
朋也「ありがとう……ありが……とう……っ」
有紀寧「岡崎……さん……」
溢れる涙すら拭わず、宮沢は俺を支えてくれていた。
宮沢のその言葉に、涙が一つ、二つ…と、雪に吸い込まれて行く……。
そして、少しの間……ほんの少しの間だけ……。
俺もまた、皆と共に……泣いていた…………。
―――
――
―
ひとしきり涙を流し、落ち着きを取り戻した頃。
春原「……岡崎、落ち着いたか?」
智代「風邪を引くといけないから、そろそろ中に入ろう」
涼「マスターのおじさんが、暖かいお鍋を作ってくれました、冷めないうちに召し上がりましょう」
春原達が店の中から声をかける。
確かに、長い事外にいたせいで、身体はすっかり冷え切っていた…。
杏「ぷっ……みんな、眼ぇ赤い……」
ことみ「ふふっ……杏ちゃんも赤い……」
杏とことみの言うとおり、その場の全員が、僅かに目を赤くしていた……。
朋也「みんな泣き虫だな、あははっ」
ことみ「むー、朋也くんが一番泣いてたの……」
朋也「だが、ことみ程じゃないぞ?」
膨れることみに、俺は優しく言う。
杏「ったくー、せっかくのメイクが崩れちゃったじゃない、このバカ、あまり女を泣かすんじゃないわよ……」
朋也「……悪かったよ」
杏「でも幸せよね、渚もあんたもさ」
朋也「…ああ……」
杏「これだけ想って、心配して……泣いてくれる人がいるなんて……世の中探してもなかなかいないわよ」
朋也「……ああ、そうだな……」
杏「だーかーらー、そのみんなにたっくさん心配と迷惑かけたぶん、あんたはしっかり幸せになりなさいっ!」
ばんっと、杏が俺の背中を強く叩く。
朋也「…痛ってぇー………っ…ああ……っ!」
その喝に応える様に、俺もまた、強く返事をした。
杏(それが、あんたの事が大好きだったみんなの、一番の幸せなんだから……)
―――そして……。
朋也「悪い、ちょっと手洗ってくるよ」
手洗いに向かい、俺は席を空ける。
杏「そだ、みんな、ちょっといい?」
涼「なに、お姉ちゃん?」
杏「明日、なんの日だか知ってる?」
春原「何の日って…クリスマスイブでしょ?」
杏「そんな事は分かってるわよ……もういっこあるんだけど……あんた覚えてないの??」
芽衣「ん~~………あ、思い出した!」
ことみ「そういえば、もう一つ、大事な事があったの…」
杏「うん、それで………………なんだけど……どう? 面白いと思わない?」
春原「……うんうん………杏、それナイスアイデアじゃんっ!」
有紀寧「素敵です……きっと、みなさん喜んでくれると思いますよ」
杏「一応朋也には黙っておきましょ、驚かせてやりたいしさ……」
智代「ああ、それがいいな」
春原「でもどうするの? 明日までに探すっても、足が無きゃ結構キツいよ?」
芽衣「せめて車があれば、お兄ちゃんが運転できるんですけどね……」
杏「実家の車でよければ貸してあげるわ、私も一緒に行けば大丈夫でしょ」
杏「分かってると思うけど陽平、1ミリでも傷付けたらぶっ殺すからね……?」
春原「き、きき気を付けます……はい……」
杏「じゃあみんな明日の昼にね、絶対やってやるんだから…っ」
俺が手洗いに立っている間に、みんなの間でそんな話が交わされた事など、その場にいない俺には、知る由も無かった……。
―――
――
―
宴は、夜中過ぎまで続いた。
春原が酔い、それを俺と芽衣ちゃんでいじり、杏と智代が突っ込み、藤林とことみと宮沢がそれを見て笑う。
それは、学生時代によく見た光景……。
あの時と同じように、俺達は笑い合っていた……。
胸に抱いた傷を抱え、それをゆっくりと癒すように……俺達はただ、あの頃と同じ笑顔で……笑っていた……。
そして、店が閉まる頃。
杏「それじゃまたね、みんな」
涼「お先に失礼します」
みんな、明日も予定があるらしく、日付が変わる前に宴はお開きとなった。
有紀寧「今日は、素敵な催しにお誘いいただき、ありがとうございました」
智代「みんなの元気な姿が見れて嬉しかった、また必ず会おう…!」
ことみ「メリークリスマス、みんな、良いお年を……」
春原「うっぶ……おからきーーっ! もういっけん……ひっく……いくろーーっっ!」
朋也「完全に出来上がってんな、お前」
芽衣「お兄ちゃん……かっこ悪い……」
有紀寧「春原さん、どうしましょう…」
智代「そこらへんにでも捨てておけ、こいつなら大丈夫だろう」
杏「智代に同感、捨てておいた方が世の為ね」
春原「おまえらぁ~~~! ひとをなんらとおもっへ……うぶっ……!」
突如顔を青くし、草むらに走る春原。
「うえええぇぇっっ……」
嫌な声がこちら側にまで聞こえ、それを聞いてるこっちまで気分が悪くなる。
杏「最低ね……あいつ……」
智代「まったく、加減を知らずに飲むからだ……」
朋也「言えてる……」
芽衣「でも、本当……どうしましょう……?」
朋也「最悪満喫で寝るとは言ってたけど……あんなんじゃ難しいな……んんん……」
どうしたものかと考えていた時、ことみが何かを閃いたのか、突如声を上げた。
ことみ「んん~~……あ、じゃあ春原くん、私の家に来ればいいと思うの」
朋也「そっか、ことみの家、この辺りにあるんだもんな……って待て待てことみ、お前、今のあいつを家に上げる気か?」
ことみ「うん、このままじゃ春原くん、寒くて凍えちゃう……」
杏「待ちなさいことみ、いくらなんでもそれは危ないわよ」
智代「同感だ、今のあいつは何をしでかすか分からないぞ?」
芽衣「みなさんの意見を否定できないのが悲しいです……」
涼「あははは……みんなひどいなぁ」
確かに、今の奴を家に上げる事、それは餓えた狼と一夜を共に過ごすようなものだ。
ことみの身の安全を考えたら、それは何よりも避けたい事だった。
ことみ「ん~~…大丈夫だと思うんだけど……」
朋也「でも、現状は確かにそれが一番丸く収まりそうだな……」
杏「ふぅ……仕方ないわね……私も一緒に行くわ、ことみを守らないと……」
智代「私も付き合おう、二人でいれば、より安全だからな」
朋也「確かに、杏と智代がいればとりあえず安心だな」
芽衣「すみません……兄がご迷惑を……あのことみさん、私もお邪魔していいですか?」
ことみ「……うんっ、みんなでお泊まり、楽しいの♪」
急に来客が増える事に嫌悪することもなく、ことみは嬉しそうに言った。
家に一人でいるよりかは、親しい人が傍にいてくれる。
……それは、ことみにとって何よりも嬉しい事なのだろう。
智代「とりあえずタクシーを呼んでおいた、あと数分で来るそうだ」
智代の言った通り、数分で二台のタクシーが店の前に来た。
俺は春原の肩を担ぎ、タクシーに押し込もうとする。
春原「おからきーっ! まらまら……ぼくはいけるぞ~~~~~~」
智代「うるさい」
――がすっ!!
春原「ぶべらっ………」
酔っ払いのオヤジのように何か喚いていたが、智代が脳天に一撃を加え、春原を完全に沈黙させる。
芽衣「本当に……迷惑な兄ですみません……」
杏「いい歳してこんなんじゃ、芽衣ちゃんも大変ねぇ」
芽衣「あはは……悪い人ではないんですけどね……」
1台目にはことみが助手席に座り、杏と智代が後ろに乗る。
そして2台目に藤林、宮沢、芽衣ちゃんと春原が乗車する。
その帰り際。
朋也「俺は歩いて帰るよ、それじゃ、またな」
杏「また、こうしてみんなで集まれるといいわね」
涼「そうだね……それじゃみんな、元気でね!」
朋也「ああ……」
夜道に消え行く2台の車を見送り、俺は夜の雪道を歩く。
次にみんなと会えるのは、いつになるだろうか。
……そう遠くない日がいいなと、次にみんなに会える事を心待ちにしつつ……俺は古河の実家に帰るのだった……。
―――
――
―
【古河家】
日付が変わり、深夜の静寂が街を支配する頃、俺は古河の実家に着いていた。
朋也「ただいま」
秋生「ち、もう帰って来たのか」
居間の扉を開けると、オッサンが赤い顔で座っていた。
テーブルの上には封の開いた酒瓶とつまみが少量、どうやら晩酌の最中だったようだ。
朋也「なんだオッサン、まだ起きてたのか」
秋生「最近妙に寝付きが悪くてな…んで、ちっとばかし引っかけてただけだ」
朋也「汐は…早苗さんと一緒か」
秋生「ああ、早苗と寝てる」
朋也「そっか……」
秋生「せっかくだ、一杯ぐらい付き合えよ」
グラスを片手に、オッサンが言う。
朋也「俺、散々飲んで来たんだが……」
秋生「連れねえな…一杯ぐれーいいだろ、注いでやっから」
朋也「……あんたが、俺に?」
秋生「んだよ、不服か?」
朋也「別に、珍しいなと思っただけだ……ああ、一杯だけ頂くよ」
秋生「おう」
とくとく…と、ビールがグラスに注がれていく。
朋也「いただきます」
秋生「俺が注いでやった酒だ、ありがたく飲め」
グラスに並々と注がれた琥珀色のそれを、俺は一気に飲み干す。
朋也「ぅぅ…さすがに立て続けには……キツい……」
秋生「なっさけねえなおい……」
酔いが醒めかけた頃の向かい酒か……明日の事が少し心配になるな……。
秋生「んで、同窓会はどうだったよ?」
朋也「なんていうか……仲間っていいもんだよなって思ったよ……」
朋也「みんな変わらないようでいて、変わってて……それでも、やっぱり昔のままで……でも、大人になっていたと思う」
秋生「ま、そんなもんだろ、学生時代のダチなんてよ」
朋也「…………」
……………。
……沈黙。
互いに言葉を交わす事も無いまま、無言の時間だけが過ぎて行く……。
秋生「………まだ…」
朋也「……?」
静寂を切り裂くように、オッサンが一言つぶやく。
秋生「……まだ、傷は完全には癒えちゃいねえさ、俺も、早苗も、お前も…当然あいつの仲間もな」
朋也「……え?」
秋生「渚の事だ」
朋也「俺、まだ何も……」
秋生「言わなくても分かんだよ、あんだけ娘の事を気にかけてくれた仲間だ、飲みの場で話題にすら出ねえなんてこと、ねえだろ?」
朋也「……まあ……な」
実際、そうだった。
口には出さずとも、みんな心の中で、渚の事を想ってくれていて……。 そして、あいつがいない事に、泣いてくれた……。
秋生「……親ってのも一人の人間だ、わんわん泣きたい時もあれば、イライラして怒りてえ時もある」
それは、俺に言っているのだろうか。
それとも、自分に言い聞かせているのだろうか……。
寂しげな表情のまま、オッサンはタバコをくゆらせながら話を続けていた……。
秋生「でもな、親ってのはそういうもんを、なかなか子供の前じゃ出せねえもんなのさ」
秋生「それを我慢して、辛抱して……それで子供を育て、仕事を完璧にこなすってのは結構キツいもんでよ、実際俺も早苗もそうだったからな」
秋生「今のお前の苦労もよく分かる」
朋也「オッサン……」
まさか、今日春原達が来てくれたのって…………。
秋生「勘違いすんな、俺も早苗も何もしてねえよ」
秋生「へっ、俺も早苗も単に汐と遊びたかった、そんだけだ」
朋也「……オッサン…………」
……早苗さんもオッサンも……俺の為に……。
秋生「それに、親が子供の世話を焼くのは当然だしな」
秋生「まー、なんだ? 汐の為にあれこれ頑張ってるおめーに、サンタさんからのクリスマスプレゼントってか?」
朋也「……俺もまだまだだな、また、二人に救われちまった……」
秋生「なーに言ってんだよ……お前も渚も、俺が死ぬまで俺の子供だ」
秋生「どこにいようが、何をしてようが、世話焼かせろよ」
秋生「――それが、親子ってもんだ」
そう語るオッサンの眼は、今まで見た事が無いぐらいの優しさに満ちていた……。
それはまるで父親のような、そんな眼だった……。
秋生「……朋也」
朋也「……?」
秋生「今ぐれーは息子って呼んでやる、感謝しろ、息子よ」
照れくささを堪える様に、オッサンは言う。
そのオッサンに対し、俺は……。
朋也「…俺も、今だけはあんたの事、オヤジって呼んでやるよ」
朋也「感謝しろよ、オヤジ」
と、反抗期の子供のように、笑って言いのけた。
秋生「……っっくくく……」
朋也「っぷ……っっ」
朋也・秋生「――っはっはっはっは……!」
慣れない事を言ったせいか、互いに大笑いする。
秋生「あーっっ!! 寒気がする、なんだこの感じ……うひっ!」
言いながらオヤジは全身を掻き毟る。
そのリアクションが面白いので、更に追撃を仕掛けてみる事にする。
朋也「あんたが言ったんだろ、お義父さん」
秋生「やーめーろーっ! あ~、言うんじゃなかった……気分悪ぃ」
秋生「まったく、俺も酔ったな……はははっ……あんまし慣れねえ事は言うもんじゃねえな」
朋也「ああ、俺もだ」
秋生「うっせー、もう一杯飲みやがれ」
朋也「へいへい……」
そして、俺とオヤジは、再び杯を交わし合う。
それは、先程飲んだ酒とはまた違う。別の味わい。
秋生「……美味ぇなぁ」
朋也「……ああ、まったくだ……」
親子の絆をより深められるような、そんな美味さだった……。
長すぎたので中編を挟みます。ラストまで宜しければお付き合いくださいませ