もしもアニメのアズールレーンに指揮官が出てきたら〜2nd season 海上の誓い〜   作:白だし茶漬け

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もう1人じゃない事を忘れない

 地獄と化した故郷に少年は絶望する。

 父と母は突然地面から生えた枝に貫かれ、枝を真っ赤に染めて骸になった光景を目の当たりにし、その光景が今も瞼の裏で繰り返される。

 

 何も分からず家を飛び出し、枝に貫かれ無いようにと今は空き家になっている別の家の隅に息を殺していた。

 

「死にたくないっ……助けて」

 

 少年は周りの人間と同じように小さく呟く。

 死にたくないと叫び続ける周りの人間の願いは無情にも貫かれ、心臓を抉られてどこかへと連れて行かされる。

 

 見つからないように息を殺していると、少年の獣耳に勢いよく扉が蹴破られた音が鼓膜を震えさせる。

 少年は飛び出るほど動く心臓を抱えるように体を丸め、漏れ出る息を必死に手で殺す。

 

 死にたくない、死にたくないと心の中で呟きながら少年は息を潜める中、彼が隠れていた部屋の扉が開かれた。

 

 何故こんなことになってしまったのか、彼は短い走馬灯を思い返し、過去の過ちを懺悔する。

 あの時虫を殺したのが悪いのか、それとも友を虐めたのが悪いのか、無秩序に暴力を奮ったのが悪いのか、少年は懺悔を続ける。

 

 何かに許されるまでずっと懺悔をし、そして来世はもっと良い子に産まれますようにと願いながら。

 

「お願いします助けてくださいお願いします妖狐様長門様……」

 

 そして祈りは届いたのか、少年の前に光が溢れだす。それは紅く、美しい光景であり、少年は最後に紅く染まる景色を見ながら残酷に枝に心臓を貫かれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちら龍鳳! 現在正体不明の枝と……獣と交戦中! このままでは一般人の被害が拡大! 至急応援を!』

 

『こっも手一杯! あの指揮官はどうした!』

 

『アイツならどっか行ったよ! くそ、とんだヘタレな奴だぜ!』

 

「聞こえてますよー。まぁ、良いんだけど」

 

 KAN-SENの通信を聞く限り状況はかなり酷く、最早地獄と言っても過言では無い。

 正直俺が言っても意味が無く、この重桜の利用価値も無くなって来た。

 人の神経に作用して疲労が全く感じられない劇薬も中々上手く複製出来ず、最早ここにいる意味は無い。

 

「せいぜい頑張れよ、KAN-SEN」

 

「おやおや、指揮官なのに随分と物言いじゃのう」

 

 俺なりの最上級の応援に心の無いKAN-SEN達への同情の言葉をあげた妖狐は今まで見た中で最も上機嫌な様子だった。

 重桜の一般人が得体の知れない枝に貫かれて泣き叫んでいると言うのに彼女は何も感じていないのか呑気にこの天守閣から遠く見える大神木を見ていた。

 

「さて、では妾はここで行くとするかの」

 

 そう言うと妖狐は背後の壁に何かの紋章を描き、紋章を認識した壁は一瞬桜色に輝かせると、妖狐が座っていた畳の場所が真っ二つに割れ、どこか地下深くに続く階段が顕になった。

 

「おや、どこに行くんですか?」

 

「其方には関係無い。もう二度と顔を合わせぬお主とはな」

 

 背後から殺気を感じ、後ろに振り向くと黒装飾を纏った人間……俗に言う忍者の様な人達が俺に襲いかかってきた。

 どうやら都合の悪い所を見られた奴は全員始末するのがこのババァの答えらしい。

 

「妖狐様のタメにぃぃぃぃ!!」

 

「シネェェェェ!」

 

 最早人間の言葉では無く、動物の鳴き声にしか聞こえない叫びが鬱陶しくも耳障りだと吐き気を催した俺は、一瞬だけ本気を出す。

 全身に力を入れ、体に流れる血が巡る音が聞こえるほど意識を集中し、血管が浮き出るほど血液の流れを加速させる。

 

 脳が締め付けられるような痛みと共に、刻の流れは遅くなる。

 

 襲ってくる数は5人。全員が刀という重桜特有の剣を持っていてそれぞれ別方向に斬りかかろうとしており、全員の動きは止まって見える。

 

 1人の首をへし折り、1人の肺を潰して息の根を止め、1人の喉元をナイフで掻っ切り、1人の頭を砕き、最後の1人は心臓を銃で撃ち抜く。

 

 俺の体感時間は凡そ10秒程だが、他人から見れば1秒にも満たない程度の早業に見えた出来事の最後は、血の噴水ショーとなった。

 貧相なスプラッタ映画のように血が溢れ出て天守閣の広間を汚し、世界の刻の流れは元に戻った。

 

「ゴミ共が……下にいるバカは扱いやすいが、こうもバカばかりだと上が潰れるだろうに」

 

 久しぶりにこの力を使った反動で一瞬立ちくらみを起こし、妖狐はどうなったかともう一度後ろを振り向くと、既に妖狐の姿は無かった。

 あの一瞬で姿を消せるなんてお見事と心にも無いことを呟き、地下通路の方を見下ろすと、そこには闇が広がっている通路があった。

 

 到底見に行きたいとは思わず、この重桜にもう用がない俺はこれ以上詮索はしなかった。

 

「さて、種を撒くとするか」

 

 この重桜の未来を変えるかもしれない種……それはここの場所だ。

 恐らく大神木の地下に繋がっているであろう通路の位置をとある人物の端末に送り、これで俺がやるべき言葉終わった。

 

「さぁどうする? 英雄達と優海くん。この重桜を殺すか生かすかは、君たち次第だ」

 

 赤く染まる空と海と大地の重桜を目に焼き付け、俺はこの天守閣から行く末を見届けた。

 

 

 

 

 

 

 

 暗くて周りが何も無い闇の中、俺は2度目の大喧嘩を始める。

 全身が鋼の装甲を纏ったこの擬似艤装の左腕に装着されたパイルバンカーのブースターを点火し、一気に優海との距離を詰める。

 

「行くぞ優海っ!!」

 

 まずは思い切り殴る為に左腕でアッパーをかますようにパイルバンカーを突き上げるが、優海はそれを避けてすぐビームライフルの銃口を向ける。

 

 間髪入れず優海はビームライフルの引き金を引き、すかさずシールドを構えてライフルの直撃を受け切る。

 ビームの斥力がまるで衝撃のある風のように重く、シールドはビームの熱で少し溶けたが、何とか防ぎ切る事が出来た。

 

 だが、今の優海には容赦という物は存在しなかった。俺がビームへの防御をしている最中、あいつは艤装に搭載されているレールガンのチャージを終えていた。

 

 明石の研究データによれば、あのレールガンは最大チャージなら量産型セイレーンの装甲を軽く50隻は貫く威力があるらしいが、数秒のチャージでも簡単に装甲はぶち抜けるとは覚えてる。

 

 アレを防ぐのはまず無理……なら対処法は1つだけだ。

 

「気合いとカンで避ける!」

 

 レールガンが打ち出したタイミングと同時にブースターを点火させて左に避けると、レールガンは俺の横を通り過ぎ、闇の彼方へと消えた。

 

 レールガンの発射タイミングに合わせて弾道上を避ければ何とか避けられるが、少しでもタイミングがズレたらそこで終わりだ。

 我ながら発射タイミングをカンで予測して避けるなんて馬鹿な事してると思うが、こうでもしないと優海には勝てない。

 

 今の優海はそれぐらい強かった。

 艤装の性能も、射撃能力も何もかも、俺なんかより何倍も強かった。

 アイツから優しさを取り除いたらこんなにも強いのかと思い知らせられるが、同時に優海がこうなってしまった理由も何となく頷けた。

 

「強いって分かってたんだな、お前。だから1人で背負いこもうとしてた。そうだよな?」

 

 狐の仮面をつけていた優海は何も言わず、無情にライフルを構えて乱射してきた。まるで他者との関わりを拒絶するかのように。

 

「図星かよ? ハッ、やっぱガキだなお前!」

 

 このまま遠距離戦をされたらいずれジリ貧になる。そうなる前に接近戦で一気にカタをつけるべく背中のバックパックのブースターの推進力を上げ、ビームの弾幕の中を突き進んでいく。

 

 ビームが装甲に直撃する度にダメージが蓄積しつつも、ゴリ押しで弾幕の嵐を掻い潜り、ようやく優海の懐に飛び込めた。

 

 チャンス、逃しはしない。

 

「よく聞け優海! ガキが一丁前にカッコつけんじゃ……ねぇぇ!」

 

 優海の顔面に一発拳を叩きつけ、優海が着けていた狐の仮面に亀裂が入った。

 そのままえぐりこむように拳を突き出し、全身全霊の力を右手に込めて優海を吹き飛ばす。

 

 吹き飛ばされた優海は仮面を粉々に壊され、遠くにあったデカイ椅子の方にぶつかって椅子が崩壊した。

 

 けどこっちのダメージも以外とでかい。ビームの中の弾幕を無理に突破したせいで装甲の強度がもうほとんど無い。

 

「あと一発が限界か……」

 

「ジン!」

 

「この声は……雲仙か」

 

 雲仙の声が聞こえた方向に顔を向けると、雲仙は信濃と一緒にやってきた。

 どうやら無事にコネクターの方は何とかしたみたいだと安心すると、途端に力が抜けて片膝をついた。

 

「大丈夫ですか? あの子は?」

 

「あっちにぶっ飛ばした。けど、まだかもな」

 

「微かな息を感じる……まだ終わらぬ」

 

 瓦礫になった椅子の残骸の中から流石にダメージを受けた優海がよろめきながら現れ、仮面が壊れ、全身真っ黒では無くなり、いつもの指揮官服に、いつもの艤装を身にまとっていた。

 

「おい優海! まだくたばって無いだろ!? あの程度でくたばるお前じゃねぇだろ!」

 

 俺の声に応えるように優海は瓦礫の残骸から抜け出したが頑なにこっちを見ようとはしなかった。

 だが武器は構えている。どうやらまだまだやる気みたいだ。

 

「ジン、私達も手を……」

 

「折角だがパス。これは俺と優海の男同士のケンカだ。邪魔しないでくれ」

 

 信濃と雲仙の手を借りたら恐らくは勝てる。だがこれは勝つ為のケンカじゃない。

 あいつの本音を聞いて、心を呼び覚ます為のケンカだ。

 

「然らば……こればかりの手を……」

 

 信濃は黄金の蝶を生み出し、蝶は地面に降りると淡い黄金色に輝く泡が現れた。

 また陰気な記憶かと思ったが、そういう訳では無かった。

 

『指揮官、今日はジャベリン達と過ごしましょう!』

 

「これは……ジャベリンとラフィーと綾波とZ23と過ごした記憶か?」

 

 普通に買い物したり、飯食ったりして……4人に振り回されている優海だが、楽しそうではあった。

 どこも哀しくも苦しそうな場面は無く、泡は次々と浮かび上がり、この場所を覆うほどだった。

 

『メイド隊の業務を手伝いたい? ふふ、ご主人様はお優しいですね。でしたらまずはメイド服を……ふふ、冗談です』

 

『指揮官。今日は鉄血主催のパーティーがあるんだけど……良かったらどう? ……そう、なら待ってるわ』

 

『王手。ふふ、優海はまだまだ甘いですね。そういえば、優海は気になる人は居ないのですか? ……なんでそんな事を言うのかって? 母としては気になりますから』

 

『指揮官、その……私と過ごして良いのか? 私は戦うことしか出来ない奴で、他の娘の様に楽しく……そんな事ない。そう……か、ありがとう。指揮官』

 

 ベルファスト、ビスマルク、天城、エンタープライズとの記憶が映し出され、他のKAN-SENとの楽しい記憶も次々と泡となって溢れ出す。

 

「なーんだ。お前、幸せな記憶の方が多いんじゃねぇか。羨ましいぞチクショー」

 

 気楽に茶化し、優海を目覚めさせるきっかけを見つけて希望を目に映る。

 

 優海は瓦礫から抜け出し、割れた仮面の下の素顔を見せる。その素顔は涙の筋が黒く染まり、涙が枯れきっても血の涙を流し続けている様にも見えた。

 

「何が……分かる」

 

「あ?」

 

「弱いくせに何が分かるんだ!」

 

 久しぶりに聞いた優海の第一声がまさかのもので言葉を失う。

 優海は図星をつかれて逆上しているのか、怒りを顕にしてこっちに向かってきた。

 

 さっきまでの戦い方とは打って変わって接近戦オンリーとなったのか優海はライフルでは無く刀を構えて斬りかかってくる。

 こっちの艤装の兵装に接近戦の武器はパイルバンカーとアサルトナイフしかない。こんな小さなナイフじゃ優海の刀を防ぎ切れる訳が無い。

 

 ならばパイルバンカーで優海の刀を防ぐが、刀の切れ味が凄まじいのか、それとも優海の技量が良いのか刀はパイルバンカーの装甲を半分に切り込みを入れた。

 

「くっそ……! 悪いけど荒っぽくするぞ!」

 

 切り込みから嫌な火花が飛び散り、最強武装を失うがパイルバンカーをパージし、後退しながらアサルトライフルでパージしたパイルバンカーを撃ち抜く。

 

 弾丸がブースターのエンジンに当たり、引火してそのまま爆発させ、優海にダメージを与えていく……が、爆炎の中から優海が飛び出し、ダメージはあまり無いようだった。

 

「マジかよお前!」

 

 仕方なく腰からアサルトナイフを取り出し、優海の刀と押し比べの体勢になったが、やっぱナイフと刀じゃ圧倒的にこっちが不利だ。

 しかも艤装の出力も負けてるからこのまま押し切られる事は確実。かと言って、このまま引き下がる事はしない。

 気合を入れて優海と力比べを続け、その度に艤装が悲鳴を上げるように火花を散らす。

 ヘッドバイザーの警告音が鳴り響き、危険だと知らせる文が鬱陶しく表示され続け、ついに俺は片膝をついた。

 

「俺が……俺が何とかしないと、皆を守れない!」

 

 鍔迫り合いの最中、優海はそんな事を言い出してきた。自分に言い聞かせるような言葉は優海を奮い立たせ、更に力を増して俺を推し潰そうと刀に全力を込めた。

 

「強くなればみんなを守れる。そしてその力があるって実感した時、守れる事が出来て嬉しかった……けど」

 

 優海の目から青い涙が頬の黒い筋を通り、涙は黒く染まっていた。

 

「戦って、傷ついて、勝てない敵が現れて、皆が傷ついて! 俺はもう嫌だ! 痛いのも! 怖いのも! 誰かが居なくなるのも! 俺はこんな思いをする為に指揮官になった訳じゃ無いのに!」

 

「それがお前の本音って奴か……!」

 

「自分に嘘をついてようやく指揮官になった! これで帰れると思っていたら姉さん達は変わっていて、昔の姉さん達に戻って欲しいと思って戦う事を選んだ!」

 

「赤城から聞いたぜ。良い判断だったと思う」

 

「オロチ計画を止めてようやく俺は重桜に帰れると思ったら……今度はマーレさん達が現れた。あの人達は強すぎて、KAN-SEN達は手も足も出ない。だから俺が助ける、助けないと……皆が……!」

 

「そうか……だからお前、あの時あんな事言ったんだな」

 

『弱い癖に何がわかる』『何とかしないとみんなを守れない』という優海の言葉を思い出す。

 

 そして、優海の心を壊した原因がようやくわかった。

 

 それは恐怖と指揮官としての責任との板挟みだ。

 

 指揮官として優海は小さい頃から自分にマーレという仮面をつけて心に蓋をした。

 その願いが叶ったら今度は新たな敵が現れ、自分しか抵抗できないとわかった時、1人で背負い込む事を選んだ。

 

 だけど優海はまだ子供だ。本来なら学校に行って適当に授業を受けて、友達と遊んで、たまのテストに悩む人生を過ごしている筈だ。そんな奴に俺達は多くの物を背負わせ過ぎた。

 

 指揮官としての立場、力を待っている事への期待、仲間を失う事や、自分が死ぬかもしれない恐怖。

 

 全部を抱えて今まであいつは生きていた。自分という心を押し殺しながら、自分や他人が死ぬ恐怖に怯えながらずっと。

 

「みんな弱いから! 俺より弱いから! だったら俺が守るしか無いじゃないか!!」

 

 溢れ出る感情をぶつけるように優海は刀を振り回し、俺のナイフが折れ、艤装の装甲を削り切る。

 そろそろ装甲がやばくなり、このままでは装甲が壊れて俺は死ぬ。

 

「……情けねぇな」

 

 優海に対してじゃねぇ……こんな簡単な事に気づかなかった俺への怒りがマグマの様に滾る。

 

「俺はバカだ。お前はまだ子供だって事は分かってた癖に、こんな簡単な事に気づかなかった自分が情けねぇ……」

 

 それだけじゃない。もう1つ腹の底から燻る怒りがある。

 

「それとさっきから聞いていれば……自分が何とかしなきゃなんねぇだと?」

 

 生意気なガキが俺よりもカッコつけてる事に対しての怒りが爆発するように、擬似艤装の装甲を全てパージした。

 

 パージした装甲は物凄い速さで真っ直ぐ飛んでいき、優海の刀に直撃すると刀は折れ、優海もバランスを崩していく。

 今なら顎からボディーにかけて防御がお留守な状態だ。右手と腹に思い切り力を込め、体を捩らせて腰を下げる。

 

 狙うは顔面。足を一歩踏み込み、そのまま全身に力を入れて叫び出す。

 

「ガキが一丁前にカッコつけんじゃねぇぇぇぇ!!」

 

 言いたい事を言い放つと同時に繰り出した渾身の右ストレートは優海の顔面に直撃し、優海は地面に叩きつけられる。

 

「へっ、あの時の同じだな。お前が暴走した時も、こんな風に殴って止めたっけな」

 

 あれからもう1年も経ち、こうしてまたぶん殴るとは思ってなかった。全力で殴ったせいか右手が少し痺れ初め、思った様に指が動かないが、仰向けになって倒れていた優海の胸ぐらを掴む事は出来る。

 

「テメェ! 1人で戦ってる気になんなよ!? 俺やKAN-SEN達全員、必死に戦ってんだ! 命張ってたんだ! そういう覚悟でいるんだ! テメェが勝手に弱いって決めつけんじゃねぇ!」

 

 今でも赤城達は重桜を守る為に戦っているはずだ。それを優海は否定した。

 何も知らず、ただ自分の驕った考えでだ。そういう所が気にくわなかって。

 

「優海、お前は何のために指揮官になった」

 

「重桜に帰る為……」

 

「だったら指揮官なんか辞めて重桜に暮らせば良かっただろ」

 

 最初に赤城に攫われた時やオロチとの戦いが終わった少し後、重桜に留まるタイミングでいつでもあったが、優海は指揮官になり続ける事を選んだ。

 別に重桜に留まっても良い。こいつにはそれを選ぶ権利があるし、誰にも咎められる理由はない。

 

 けどこいつは他人に強制された訳でも無く、自分の意志で指揮官になり続けた。理由は優海が既に言っていた。

 

「お前はKAN-SEN達を守る為に指揮官になる事を選んだんだろ? 他になんかあるのか?」

 

「……皆と一緒に過ごしたかった。あの場所が俺にとってもう1つの故郷で、皆が大事な存在になったから」

 

「だろ? んだよ、なら何で頼らねぇんだよ。アイツらはそんなにヤワじゃない事は、お前がよく知ってるだろ」

 

「けど……テネリタスには勝てないから。皆が傷つくなら俺が……」

 

「だぁぁもうお前意外と鬱陶しくてめんどくせぇなぁ!?」

 

 いちいち諭すように話すのが馬鹿馬鹿しくなって優海を突き放し、戦いの疲労で全身に力が入らなくなった俺は、また仰向けになった優海に単刀直入に言いたい事を言った。

 

「お前1人で責任を背負わなくていい。1人で戦わなくても良い。……お前なら、本当はその事を分かってる筈だからよ」

 

 俺は黄金色に輝く淡が見せる光景に指を指し、優海は淡の中の光景である、KAN-SEN達との日常に目を映した。

 

 どれもこれも楽しそうな光景を見た優海は何も言わず、両手で顔を隠しながら涙を流して嗚咽を吐き続けた。

 

「俺はっ……俺はっっ……うわぁぁぁっん!!」

 

「おーお、気が済むまで泣け泣け。あぁ……しんどっ……疲れた……」

 

 言いたい事も言った。あと普通にこいつの考えがムカついたら気の済むまで殴った。思い切り2発もだ。

 これ以上何かする気力も無いし、鼻くそをほじる体力もねぇ。これ現実に帰ったら全身筋肉痛とかなってねぇかな、すげぇ心配。

 

「ジン、大丈夫ですか?」

 

 俺と優海の喧嘩を見守っていた雲仙と信濃がこっちに近づき、雲仙は俺の体を起こしてくれた。

 

「まぁな……なんとか。……で、この後どうすんだ?」

 

「……後は恐らく、あの子自身が解決しなければ行けません」

 

「どういう事だ?」

 

「己の心は己しか……定めを決められない。これ以上、妾達が足を踏みれることあらず……」

 

 信濃の相変わらずな言葉遣いに、言っている意味が分からず、雲仙に助けを求めるように目を配ると、雲仙が空気を読んで応えてくれた。

 

「ようするに目覚めるかどうかはあの子次第という事です」

 

「そっか。じゃあ早く起きろよー! 優海」

 

「指揮官は……必ず目覚める。そう、信じる」

 

 俺達がやれる事はここまでだ。

 

 だけど必ずお前が起きる事を俺達は信じてると願い、信濃と雲仙が出す青い蝶によって俺達は現実へと帰還していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛い。苦しい。暗い。寂しい。

 

 何も無い真っ暗な闇の中で怪我をした。

 

 思い切り顔を殴られて顔がじんじんする。

 

「……でも、行かなきゃ」

 

 痛みを堪えながら立ち上がる。行かなきゃいけない場所があるからと、よろめきながら立ち上がり、真っ暗闇の中を歩き続ける。

 

『本当に良いの?』

 

 誰かの声が聞こえる。歩みを止まらせようとする声が。

 

『辛い事がこれからも起きるかもしれないんだよ? 痛い事や苦しい事が続くかもしれないんだよ』

 

 痛いのは嫌だ。苦しいのも、辛いのも嫌だ。だけど、行かないと。

 

『ここにずっといれば、苦しい事も何も無いよ』

 

 だけどここには何も無い。寂しいよ。

 

『ここは君の心の世界だ。君が思う通りの世界が生まれるんだよ』

 

 声がそう言うと、突然目の前に広がる暗闇が眩い光によって消え、暗闇の世界が俺の家の居間に変わった。

 

 懐かしい香りのする畳に襖、馴染みのある縁側……正しくここは俺の家だった。

 家の中をぐるりと見渡すと誰もいなかった縁側に土佐姉さんが現れた。

 

『どうした? 優海、そんな所にぼうっとして。ほら、こっちに来て隣に座れ』

 

 土佐姉さんに声をかけられると、不思議と抵抗はせず縁側に行って土佐姉さんの隣に座ると、土佐姉さんはいきなり俺の頭をつかみ、そのまま自分の膝に頭を乗せた。

 

『お前は充分よく頑張った。だからもう苦しい事は感じなくて良いんだぞ』

 

 土佐姉さんは優しく頭を撫でてくれた。いつもだったら少し厳しい言葉を向けるのに、優しい土佐姉さんはいつまでも俺の頭を優しく撫でてくれた。

 

『そうだ優海、お前はもう頑張らなくてもいいんだ』

 

 いつの間にか加賀姉さんが隣に座り、驚いて体を起き上がらせると、加賀姉さんは抱きしめて頭をポンポンと叩いてくれた。

 

『お前はまだまだ小さくてか弱いんだ。だから私達が守ってやる。ずっと……ずーっとな』

 

『ええ。加賀の言う通り、ずっとここで暮らしましょう』

 

 今度は赤城姉さんが現れて、優しい笑顔を向けてくれた。優しい赤城姉さんの言う事に安心していると、赤城姉さんは話さないように手を握った。

 

『もうこの手や体に傷を負うことも無い。痛い事なんて、もうしなくて良いのよ』

 

 痛い事は確かに嫌だ。もう……したくはない。

 

 けど……それでも……。

 

『優海』

 

 何かに悩んでいた時、天城母さんの声が聞こえた。

 母さんは庭の方に姿を見せると俺の前に立ち、ただギュッと優しく包み込むように抱きしめた。

 

『このままずっと永遠に私達だけで幸せな時間を過ごしましょう。貴方はもう苦しい道を歩かなくても良いし、何も考えなくても良いんですよ』

 

 優しい言葉に、幸せな世界。ずっとこうして居たい。ずっとこうして暮らしたい。

 そもそも俺はこの日常に戻る為に指揮官になったん……だよね? 

 

 何か違う様な気がする……何かもっと、大事な事があった様な気がする。

 

「……優海!!」

 

 誰かが名前を呼んだ様な気がする。

 

 何度も何度も名前を呼び、まるで帰りを待っているかのようだった。

 

「お願い……目を覚まして優海!」

 

「……母さん?」

 

 この声は天城母さんだ。間違いない。じゃあここにいる母さんは誰? 

 

 いや、これは母さんじゃない。これは俺の心の弱さが作り出した幻だ。姉さんも、この家も、全てが幻だ。

 

 幻の抱擁から抜け出すと、目の前にいる母さん達は全員寂しそうな顔をしていた。

 

『ここから出ていくの? 優海』

 

「うん。ここにはいられない」

 

『何故だ? ここなら苦しい事や辛い事は何も無い。お前にとっての楽園なんだぞ?』

 

「それでも皆の所に行かなきゃ。それに俺は1人じゃない事をもう忘れない」

 

 苦しみも辛さも痛みも全部乗り越えられる仲間がいるから。もう怖くないって分かったから。

 

『お前よりも弱い存在がお前を支えられる訳が無い』

 

「それは違う。支えられるんじゃない。支え合うんだ。俺はもう、一人で何もかも背負わない」

 

 俺が守る為に仲間が、大切な人がいるんじゃない。支え合うからこそ大切な仲間だと知ったから。

 

『貴方よりも強大な敵が貴方を傷つけるのよ? そんな相手を貴方1人で勝てるの?』

 

「確かにテネリタスは強い。そのせいで、俺は1人じゃない事を忘れてしまった。けど俺はもう、仲間を見失わない。俺は皆と一緒に戦う!」

 

 皆と一緒だから戦えた。一緒だったからこれまでどんな相手にも勝ってきた。俺はもう、1人じゃない事を見失わない。

 

『優海、貴方が進む道は燃え盛る大他の中にある茨の道。わざわざその道に行かなくても良いんですよ?』

 

「……確かにそうかもしれない。その道は険しくて、辛い道だっとしても……俺の母さんは歩みを止めるような事は絶対に言わない!」

 

 幻を振り払うと世界の景色が霧のように消え去り、元の暗闇の世界へと戻り、目の前に白い扉が現れた。

 この扉をくぐれば現実世界の俺はとうとう目覚めると直感で感じた俺はすぐに扉を向かおうとする。

 

「本当に行くんだね。優海」

 

 扉に手をかけようとしたその時、後ろから俺と似た声が耳に入り、振り向くとそこには俺と同じ顔……コネクターがいた。

 

「コネクター……ありがとう。俺の心とメンタルキューブをずっと繋ぎ止めてくれて」

 

「でも、もう限界だけどね」

 

 コネクターの体の節々にヒビが入っていて、どれだけ俺の心を繋ぎ止めてくれたのか想像にかたくなった。

 

「ごめん……俺のせいで」

 

「良いんだよ。僕はもうとっくに居ない存在だし、せめてもの抵抗だよ。それに……君にもう全部を託すから」

 

「全部って?」

 

「僕の存在は消える。量子情報も消えてもうコネクターは居なくなるけど、僕の記憶や力は全部君に託す」

 

「そんな……どうして消えなくちゃならないんだ!」

 

「どちらにしろこうなる事は決まっていた。前々から僕という個体は消えていて、今の僕は君の中にある量子情報から再現されたデータに過ぎないよ」

 

 つまり……俺の記憶から産まれたデータ上の存在って事か。けど、それでも悲しい。

 コネクターは言わばもう1人の自分自身であり、短い間だったけど俺の力になってくれた事もあった。

 

 それが消えるとなると……寂しかった。

 

 だが、別れの刻は刻まれ始めたのか、コネクターは光となって消えつつあった。

 

「あぁ……もうお別れだね。最後に1つ、伝言があるんだ」

 

「伝言……誰に!?」

 

「俺を産んで……あ、いや。造ってくれた人……俺にとってのお母さんに、言いたい事があるんだ」

 

「お母さん……それは一体……っあ」

 

「もう知っている筈だよ。もう僕の記憶の一部は君に託したから」

 

 そうだ。俺は知っている。コネクター……俺を造ってこの世に産み出してくれた、産みの親の名前と顔を思い出すと、その名を言わずに今はコネクターの伝言を心に刻む事に集中した。

 

「伝言は!?」

 

「ありがとう。「僕を産んでくれてありがとう」って伝えて!」

 

 コネクターは本当は自分が伝えたかった悔しさと、俺への別れの寂しさで涙を流したが、表情は太陽のように笑っていた。

 

「あぁ! 絶対に伝える! お前が生きてきた事や、お前が感じた事も絶対に忘れない! ……ありがとう!」

 

「さようなら、優海!」

 

 コネクターは白い粒子となって消えると、残ったのはコネクターの艤装である2つのリュウグウノツカイだった。

 2つの艤装は俺を新たな主として認めたのか、俺の周りを飛び交い、粒子はそれぞれの艤装へと溶け込んで行った。

 

「……コネクター、お前の力。大切に使わせて貰うよ」

 

 力を託してくれた者、俺の心を目覚めさせてくれた者、そして俺の帰りを待ってくれた人達の為にも、俺は扉に手をかざし、今現実へと帰還する。

 

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 目を開ける。少しぼやける景色が少しづつクリアになるにつれて意識が覚醒すると、まず目に映ったのは俺の手を握って涙を流す、天城母さんだった。

 

「っ……優海!」

 

「あっ……た……ただいま、母さん」

 

 長いこと寝てたせいか声が上手く出せず、少し掠れた声を出すと、母さんは泣きながら喜んで抱きしめた。

 

「お、起きたか!?」

 

 すぐそばに居たジンさんとリアさんも意識が覚醒した俺を見ると安堵の息を漏らし、久しぶりに出会った雲仙さんと信濃さん。そして……なんか凄いロボットも俺の帰還を待っていた。

 

 喜びも束の間、母さんはすぐに顔色を変えると、今の状況を簡潔に話した。

 

「優海、今重桜は危険な状態にあります。大結界が破壊され、大神木が人々を襲っています。このままでは重桜の人々が……」

 

「大神木が……? 分かった。とにかくまずは戦ってくれている皆と合流しよう」

 

 ここに赤城姉さん達が居ないという事は、向こうで戦っているんだろう。

 大神木が人々を襲っている理由は分からないけど、母さんが切羽詰まった顔でその状況の悲惨さが分かる。

 

 ベッドから飛び出し、小屋の外に出て艤装を展開すると同時に、コネクターから託された2つの艤装を呼び出す。

 

「母さん、雲仙さん、信濃さん、乗って!」

 

「おまっ、それコネクターの艤装か!? なんでお前が……」

 

「託されました! 母さん乗って! 時間が無い!」

 

「わかりました。雲仙、信濃、行きましょう」

 

「ええ。これ以上、重桜の民を傷つかせません」

 

「悪夢……断ち切らん」

 

 母さん達がコネクターの艤装に乗ることを確認すると同時に俺達は空を飛び、戦場となっている所へと飛び立った。

 

 今度はもう見失わない。俺はもう1人で背負わない。

 

 託された力と共に、俺達は大神木へと向かっていくのであった。

 

どのテネリタスが好き?

  • ロリママ創造者の2代目 ラハム
  • 人類最強の天然3代目 アトラト
  • 食いしん坊な絶対守護者4代目 シーア
  • 武士道と極める騎士5代目 ロドン
  • 風のように自由なガンマン6代目 セイド
  • 完璧で究極のアイドル7代目 マリン
  • おっとり包容力で全知全能の8代目 ミーア
  • 元人間のセイレーン 10代目マーレ
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