もしもアニメのアズールレーンに指揮官が出てきたら〜2nd season 海上の誓い〜 作:白だし茶漬け
いやぁ~長かったですね(笑)
妖狐との激闘が終わり、戦いは終わった。
だが、まだ終わらせられない。俺達にはまだ、守るべきものを取り戻していないからだ。
「グッ……ガハッ……」
「あの攻撃を受けてまだ生きているのか……」
俺たち家族の全エネルギーをぶつけ、山の1つや2つどころか小さな島を粉砕出来るほどのエネルギーをぶつけたのにも関わらず、原型を留めている妖狐の不死身は流石としか言いようが無い。
「流石は不死身の妖狐ね……」
俺達の前には、ボロボロになった妖狐がいた。
髪はぐしゃぐしゃになり、手足の一部は焦げているが、少しづつ回復していき、肌色を取り戻していた。
異様な光景だが、その不死身があったから俺達は全力を出し、妖狐の攻撃を跳ね返すことが出来た。
そして、この問を投げる事もできる。
「……妖狐、お前が奪った魂を元に戻せ」
妖狐によって連れ去られた人々の体は大神木にある。けど、一向に目を覚まさないのは魂が体に宿っていないからだ。
魂は、未だに俺が作った鏡面海域をさまよっている。このまま放置する訳にも無闇にこの海域に連れ出すにも行かない。
だから一刻も早く、魂を元に戻す方法を知らなければいけないが、妖狐は何も言わず、一筋の希望にすがる俺たちを嘲笑っていた。
「くはは……何故魂を戻すのじゃ。我の物にならぬのなら、そのまま滅びてしまえばいいのじゃ……かははは……」
思い通りにならなかったから全てを道連れにしようとするその態度に赤城姉さんは苛立ち、式神を出してとどめを刺そうとしていた。
「無駄だ、そいつを殺せるのは当方だけだ」
満身創痍になっている俺達の前に、ロドンさんが現れる。まだ戦える力が残っている赤城姉さん、加賀姉さん、土佐姉さんは武器を構え、ロドンさんと戦おうとした。
だが肝心のロドンさんは武器を構えず、倒れている妖狐だけを見ていた。
「人々が失った魂は桜が何とかしてくれる筈だ」
「桜……?」
「当方の妻だ。150年間、大神木の糧となり続けた妖狐の姉であり、同じく不老不死の存在だ」
「妖狐に姉が居たのか……」
大神木の糧になり続けたというのは、攫った人々の命を取り続けたという事だろうか。
妖狐と同じ不死身なら、死なさずに生贄になり続ける事は可能だろうが、それを実行するおぞましさは考えたくも無い。
「どうやら、妖狐を止めてくれたみたいね」
そんな大神木は妖狐の暴走によって上半分が跡形も無くなり、その方角から誰かが歩いて来た。
海の上を歩く女性……だけどKAN-SENでは無い。
桃色の長髪と柔らかな目をしたその姿は正しく桜の様な可憐さがあり、その手にはロドンさんが持っている鞘と同じ物があった。
「貴女は?」
「私は桜。サクラ・テネリタスって、言った方が良いのかな」
「桜……って、もしかして」
「俺の妻であり……妖狐の姉だ」
「そして、人間で最後の大神木の巫女でもある」
この人が、150年間ずっと大神木に文字通りその身を捧げ続けた人だとは到底信じられないような若々しい見た目だけど、嘘を言っている様には見えない。
KAN-SENの様に海の上を歩いているのは、ロドンさんの艤装である鞘を持っているからだろう。
桜さんは海の上に浮かぶ妖狐の元に駆け寄り、ボロボロの妖狐を憐れんだ。
「妖狐……」
「良くも……我の前に……!」
「ええ。私は貴女を置いて重桜から離れ、貴女に全てを背負わせてしまった。この発端の原因は、私よ」
「黙れっ!! 今更懺悔しても遅いっ!」
少しづつ回復した妖狐は桜さんの胸ぐらを掴み、憎悪に満ちた目で桜さん……自分の姉を睨んだ。
「お前のせいで! この身は贄にされ、汚され、人としての生も失った!! なのにお前はのうのうと愛する者と生きては子を産み、人らしく生きたっ! ゆるさん! 私はお前の事を絶対に許さないッ!!」
喉が激しく震わせた魂の叫びは、想像絶する絶望とそれ故の憎悪が桜さんに襲いかかる。
「何故じゃ……何故、血を分けた存在だと言うのに、ここまで違うのじゃ……なんで……」
力を失った妖狐は胸ぐらを掴んだ手を離したが、桜さんはその手を逆に握り返し、両手で包み込むように握った。
「違うとするなら、貴女には愛する人がいなかった」
桜さんはロドンさんを目にした後、妖狐に視線を戻した。
「私にはこの人がいた。全部を捨てても、裏切ってでも、私はこの人の隣にいたい。そして、この人ともっと同じ時を過ごしたかった」
その言葉は、まるで心の底から滲み出た痛みのようだった。
“過ごしたかった”というたったひとつの過去形が、彼女の願いが叶わなかったことを明確に物語っていた。
ロドンさんの隣で歩む未来を手に入れられなかった物がどれほど苦しく、どれほど取り返しのつかないものなのか、彼女の声が震えているのがなによりの証だった。
「それなら我は愛されていた! 我を敬い、敬愛し、全てを捧げるものだっていた!」
「それは愛とは言えない。愛って言うのは、お互いに思いあって、同じ道を隣で歩くことなのよ」
妖狐の瞳が揺れた。黒く澱んだ感情の底から、耐え切れぬほどの激情が噴き上がる。
「違うッ……違う違う違うッ!! 貴様に! 貴様になにが分かるというのだ!!」
桜の言葉を否定するように、妖狐は耳を塞ぎ、顔を背け、なおも叫び続ける。
「我は道を作ったのじゃ! そう民が望み、願った故に支配した! なのに……誰も愛してくれなった!」
「妖狐……」
「贄として生を捨てられ、人としての性を捨てられた我を……誰も、誰も……」
桜さんは全てを受け止める様に妖狐を抱きとめると、妖狐は目を見開き、桜さんの行動が理解出来ず、離れようとするが、桜さんは妖狐を離さなかった。
「それはきっと、貴女が周りを見ていないだけ。きっと出来るよ。貴女が好きな人と、貴女を愛してくれる人がきっと……」
「そんなものはお前の言い分だ! 我は誰も愛さない! この世の全てが憎い! 人として生きられなかった恨みを糧にし、全てを支配する事で我は生きてきたんだ!」
「じゃあ、その恨みは今日で私が断ち切る」
桜さんは俺に視線を移した。
「妖狐が奪った魂、私に任せてくれない?」
「何とか出来るんですか!?」
身を乗り出してしまいそうな程、望んでいた言葉で僅かに希望が生まれ、沈んでいた気持ちが明るくなっていく。
「けれど、これには今の神子の力が必要なの」
「神子って……長門の事ですか?」
「そう、あの小さい子。あの子はどこに?」
「そういえば鏡面海域で別れた後で会ってないな……」
俺が作ったゲートは残してあるし、俺の目に映し出される位置情報では、既にこの通常海域にいて直ぐ近くに居た。
「余はここにいるぞ」
さっきの話を聞いたのか、長門はこの状況を飲み込んでいた。
「長門、さっきの話は聞いた?」
「人々の魂を取り戻すのなら、余はどんな事でもするぞ」
「頼もしいね。後は……」
桜さんはロドンさんに目を向けた。
妖狐に復讐を誓ってこの世に蘇った彼の心情は、誰にも完全には理解できない。
積み重なった恨みと悲しみ、そして決して癒えぬ喪失。
彼の中には、崩れることのなかった殺意がある。今でもロドンさんは妖狐を殺すために刀に手を置き、何時でも妖狐を斬る気でいた。
「ロドン、妖狐の事……許してあげて」
「…………」
小さく息を吸い、予想していた事をロドンさんは必死に受け止めていた。
「お前だって、妖狐に人生を踏みにじられたんだぞ」
「ええ。その点に関してはちょっと許せないかも」
口調は砕けていたけど、声色は震えていた。多分、心の底から許していないんだろう。
愛する人を生贄にした事と、命を奪った事を。
「だから、妖狐は生きて罪を償って欲しい。一生、重桜の為に生きていて貰うの。それが、私の復讐」
「……!」
「それでも妖狐を許せないのなら、今ここで倒しても良い」
彼が腰を落とし、刀を強く握る体勢に入った瞬間、止めようとするも体に激痛が走り、思うように体が動かない。
(ダメージがまだ残ってる……!)
助けようとした俺を見たロドンさんは鼻で息を吐き、その後妖狐の裾を掴む桜さんを見ると、刀から手を離した。
「俺は妖狐を許さない」
「私も許さない」
「……だが、それでもお前は赦すんだな」
一瞬、ロドンさんは花のように優しく笑い、直ぐに仏頂面な顔に戻ってしまった。
「不老はなくなった。こいつは死ぬことも出来ず、老いるだけの生を歩むことになるだろうしな。妖狐にとってそれは死と同然だろう」
「ロドン……」
「はやくしろ。お前の最期の役目だろう」
「ありがとう、ロドン」
桜さんは妖狐の肩を抱き上げ、よろめきながらも二人は崩壊した大神木へと向かっていった。
「指揮官君もついてきて……って、歩ける?」
「なんとか……」
さっきは体を強張らせたせいで動けなかっただけで、ゆっくり動かす分には問題ない。
それでも痛いものは痛いから思ったように上手く動けないところを、赤城姉さんが肩を貸してくれた。
「無理しないで」
「ありがとう、赤城姉さん」
姉さんに肩を貸し、何とか大神木に辿り着いた俺達は、上半分が亡くなった大神木を見上げた。
大神木の中は赤黒い光と青白い光が混ざり合い、蠢いていた。
「あれは一体……」
「あれは行き場を失った魂と、穢れた魂達が混ざりあった物。大神木は人々の魂が行き着く先でもあるの」
桜さんは大神木の幹に触れると、魂の蠢きが止まる。
「大神木は元々、魂の拠り所であり、その魂の力をほんの少しだけ借りて、重桜に奇跡をもたらす物」
「それが……重桜の大結界や天候の操作の正体?」
「そう。けど、それは紛い物。いつしか大神木は貴方達が言うエックスに侵食され、少しづつ狂い始めた」
「桜さん……エックスの事知ってるんですか?」
「ずっと大神木で生贄になり続けたもの。嫌でも分かるわ」
エックス……俺たち人類が倒すべき本当の敵である大きな存在。セイレーンとしての記録ではそう記憶しているが、その実態はまだ把握しきれていない厄介な相手だ。
そしてエックスは人間の精神を乗っ取ってしまう事が出来、妖狐もその餌食になった。
だけど、桜さんは違う。
エックスがいつ大神木を侵食したのかは分からないけど、少なくとも100年近くはエックスに侵された大神木の贄になり続けたと言うのに、精神が侵食された様子はない。
なんて精神力の強い人なのだろう、見た目から想像も出来ない強いひとだ。
「ねぇ、指揮官くん。少し質問していい?」
桜さんは俺に振り向き、一呼吸を置いて質問した。
「貴方は、大神木が無くても重桜の人々が生きられると思う?」
俺は、天城母さんや長門を見て少し考えた。
俺自身、重桜で育ってきた1人の人間だ。
大神木の奇跡を目にした事もあるし、豊かな恵みの恩恵もある。
だが、その奇跡の裏には妖狐や桜さんのような生贄がいる。
輝かしい奇跡の裏には、絶望に塗られた存在がいた。
そして俺は、ジンさんやリアさん、ネージュさんの様に、大神木の恩恵を受けなくても、奇跡なんか無くても生きてきた人達を見てきた。
それが脳裏に浮かぶと、悩む時間なんて無かった。
「重桜は大神木の奇跡によって守られてきたかもしれない。けど俺は……」
重桜のKAN-SENと桜さん、妖狐さん、そしてロドンさん。全員に語るように俺は言った。
「大神木なんか無くても、重桜の人々は生きていける」
その言葉にKAN-SEN達は息を飲み、妖狐も有り得ないと叫ぶような目で俺を見た。
「指揮官、いくら貴方でもその言葉は……!」
大神木に信仰心を持っているKAN-SENが撤回を訴えようとしたが、それでも俺はこの気持ちを曲げないよう、言葉を続ける。
「俺は重桜を離れて知ったんだ。大神木なんか無くても、奇跡なんか無くても、必死に生きている人がいるって事を」
大結界なんか無くても、人々は自分達の力でセイレーンをうち倒せる事を、指揮官である俺は知っている。
だから、確信を持って言えるんだ。人には可能性という小さな奇跡を一人一人が持っているんだって。
「奇跡に縋るんじゃない。俺達は奇跡と一緒に歩むんだ。人にはそれが出来る力がある、だから……信じてみないか? 人の可能性を!」
殆どのKAN-SEN達は俯きつつも、俺の言葉に耳を傾けてくれた。少しづつ顔が上がる中、母さんと姉さん達が俺の肩に手を置いた。
「優海の言う通りかもしれません。私達は、奇跡というものに頼りすぎたのかもしれません」
「母さん……」
母さんは妖狐と桜さんの前に立ち、ゆっくりと頭を下げる。
「妖狐、桜。今更このような謝罪で許される物ではありませんが……貴女達に酷な運命を背負わせ続けた事を、お許しください」
「余も神子として、心ばかり謝罪を申す……すまなかった」
母さんと長門が頭を下げると共に、KAN-SEN達も皆、妖狐と桜に頭を下げる。
「良いのよ。私たちの運命は産まれる時に決まっていたんだから」
「それは違うぞ」
桜さんの言葉にロドンさんは否定し、彼女の手を取った。
「お前は運命に抗った。その結果が……そこにいるセイドだ」
ロドンさんは近くの木陰に目を向けると、木陰が揺れ、ガンマンハットを被った男がバツが悪そうな顔をしながら現れた。
「んだよ、バレてたのかよ」
「自分の子の居場所に気付かぬバカな奴はいない」
「……まぁ、分かん無くはねぇけど」
「セイド?」
成長した息子の姿を見た桜さんは目を丸くさせ、嗚咽を抑えるように口を手で書くし、小粒の涙を流した。
「セイドなの?」
「……あぁ。変わってねぇな、マムは」
彼は帽子を外し、成長した自分の姿を見せる。
桜さんの様に柔らかな顔つきながらも、ロドンさんの力強い目を受け継いだそれは、正しく血を分けた家族の証だった。
「大きくなったね」
「まぁ、ずっと昔に死んだけどな」
「でも最後に見た時よりずっと大人になって、ロドンに似てきてかっこよくなった」
「そうか? あんましコイツに似てないと思うけどな」
「ううん。お父さんに似てきてるよ」
「げっ、なーんかヤダなそれ」
「……桜」
静かに、だが確かに、ロドンは桜の手を取った。
その手は、かつて共に逃れようとした過去の温もりを思い出させる。
「──あの時、俺はお前の手を取って、ロイヤルに帰った。何もかもを捨てて、お前だけを選んだ」
目を伏せたまま、ロドンはかすれた声で続けた。
「……そして今、この瞬間も、同じことをしたいと思っている。すべてを投げ打って……お前とただ、共にいたい」
そう言って、彼は桜さんの手を両手で包み込むように強く握った。
その手は微かに震えていた。今にも崩れてしまいそうな感情を、必死で堪えている証のように。
だが──
「……だけど、それは叶わないんだろう?」
「……ええ」
名残惜しそうに、何度も何度も指先に力を込めたあと、ロドンはゆっくりと桜の手を離した。
その動作ひとつひとつが、どれほど彼にとって苦痛であるかは、見ている誰の目にも明らかだった。
やがてロドンさんは桜さんの手を離すと、桜さんは笑顔を絶やさず大神木に向かい、その道中に顔を合わせた人に言葉を送る。
「セイドも大好きよ。私の愛しい息子なんだから」
「……ああ」
最期の別れを告げ、桜さんは大神木に触れる。
「妖狐、好きな人……作ってね」
「……姉上」
大神木は桜色に輝きだし、空を埋め尽くす程の魂達が桜の光に包まれると、黒く穢れた魂も白く浄化されていく。
「神子ちゃん、貴女の力で魂が戻るべき場所を導いて上げて」
「は、はい!」
巫女の大先輩を前に長門も素の口調で大神木に祈りを捧げ、長門に青色の光が宿る。
光は天へと伸びていき、魂達は青い光に導かれると、元の肉体へと戻っていくかのように、重桜の島へと向かっていく。
『指揮官、聞こえますか!?』
一泡の不安を抱えていると、島に残っていたKAN-SENからの連絡が来た。この声は……樫野だ。
「どうしたの樫野?」
『た、倒れていた人が……皆さん、目を覚ましましたよっ!』
「本当に!?」
不安が喜びと安堵に変わって弾け飛び、周りのKAN-SEN達も人類を守れた事に喜び、安堵する。
そうして桜さんと長門が発していた光が弱まり、全ての魂が元に戻ると、2人は体をぐらつかせる。
「長門!?」
「桜……!」
俺は長門を、ロドンさんは桜さんの体を支える。
長門の方は特に問題は無さそうだが、桜さんの様子がおかしい。
よく見ると、桜さんの体が光になりつつあった。
足元から少しづつ灰となり、使命を全うした行く末を目撃してしまう。
「ちょっと、疲れちゃった」
「あぁ、ゆっくり休んでくれ」
「私……どこに行くんだろう。大神木が無くなって、魂の拠り所が無い今、私の魂って……どうなるんだろう」
桜さんは微笑もうとしたが、口元がほんのわずかに震えた。
それは強がりでもあり、不安を悟られまいとする、彼女なりのけじめでもあった。
するとロドンさんが優しくその肩を抱いた。
まるで、すがるように。
まるで、何もかもを抱きしめてしまいたいかのように。
「どこへ行こうと、俺の心にはずっとお前がいる」
「……ほんと?」
「魂がどこへ行こうと関係ない。桜、お前はずっと俺の中に生きてる。笑った顔も、怒った声も、優しい手も、お前が与えてくれた物を全て、忘れない」
「ロドン……」
互いの熱を確かめ合うように、桜さんもロドンさんの事を抱きしめた。
「もしもまたどこかで出会えたなら、その時も、俺はきっと、お前の手を取る」
「そんなの、ずるいよ……」
桜さんは泣き笑い、そっとロドンさんの顔に手を添える。その温もりを、残されたわずかな時間で、確かに刻み込むかのように。
「そんなこと言われたら私、きっと……また、貴方を探してしまう」
「探してくれ。俺も、何度でも──お前の名を呼んで探す」
風が、そっと吹いた。
まるで、別れを惜しむように桜の髪を揺らし、彼女の輪郭をやわらかく崩していく。
「愛してる」
最後に残ったのは、彼女の微笑みだけだった。
「あぁ、俺も……愛してる」
光の粒となって空へと昇っていく彼女の魂を、ロドンはただ、両手を胸元に当てて見送った。
彼の言葉どおりなら。
きっとまた、巡り会える日が来ると信じて。
彼の手のひらに、桜の花びらが1枚舞い落ちる。
その直後、大神木から一筋の青黒い光が飛び出した。
「……親父、マーレの方も終わったらしいぜ」
今の顔を絶対に見せないように、セイドさんは帽子を深く被りながらそう言った。
「そうか……なら、当方達は去るとしよう」
ロドンさんは桜さんが遺した刀を握りしめ、俺達に背を向ける。
「……ロドンさん」
俺はその背中を止めるように声を出すと、2人はこちらに顔を見せずに立ち止まる。
「俺達は、本当なら戦う必要なんて無い。だから……もうこれ以上戦うのは」
「残念だが、当方達とは戦う運命にある」
先程までの顔はどこに行ったのか、ロドンさんの顔つきがいつもの刃の様に鋭い顔に戻った。
「貴様とマーレが目指す世界は違う。故に戦い、手を取り合う事は無い」
「そんな事無いっ! 俺や、貴方達が持つ平和を目指す心は同じ物の筈だ!」
「そちらが考えている平和とこちらの考えている平和は違うと言っている」
「なっ……」
「当方たちは力によって平和を実現する。そして、平和とは力があって初めてなされるものだ」
これ以上話すつもりは無いのか、彼らは歩き出し、鏡面海域へと去っていった。
あそこに入られたら、追跡は不可能だ。
だが、最後にロドンさんは振り返った。
「力無き者の言葉は誰も届かない。お前も、力によって妖狐を否定しただろう」
「……」
「そういう事だ。当方達を……マーレを否定するのならば、その力を持って止めろ」
ロドンさんは、もう一度後ろを向いた。
「太古の昔から、力でしか正当性は示せない」
そういい残し、彼らは去った。
……重桜を想い、人を愛する心を持っているのは皆同じ筈なのに。
胸の奥には燻る何かが残っていた。
失望や怒りではない。
諦めきれない願いだった。
ロドンさんの言葉は確かに冷たくて、強い拒絶の意志が込められていた。
だけど、あの目に──わずかでも揺らぎがあったように思えた。
鋼のように見えていた意思の奥に、桜さんと過ごした日々の温もりが残っていたのを、俺は確かに見た。
「拒絶されても、俺は手を伸ばし続けます」
けど、その前に手を伸ばさなきゃ行けない人が残っている。
その人の元に俺は歩き、傷がほぼ治りかけている妖狐の前に立つ。
「……大丈夫ですか?」
「手は要らぬ……動けるほどには回復はしておる」
まだ妖狐の外傷は残っており、どう見ても1人で動ける状態じゃない。にも関わらず、妖狐はよろめきながら立ち上がった。
「貴様は……何故妾に手を伸ばす。妾は貴様達に牙を剥き、滅ぼそうと……」
「それよりも、貴女は重桜の人々も巻き込もうとした。それは許されるものじゃない」
「ならどうする? 妾は死なぬ」
「だから、一生重桜の為に尽くしてください」
「…………は?」
周囲がざわめき、妖狐はきょとんとしたように目を見開き、まるで今、自分が聞いた言葉が信じられないとでも言うように、目の前の俺をまじまじと見つめた。
「尽くせ……だと? 妾に?」
「そうです。重桜を滅ぼそうとした命があるなら、今度は守るために使ってください。罪を償うために──いえ、それ以上に、大切なものを取り戻すために」
「取り戻す……だと……?」
「……形はどうであれ、貴方は重桜の事を考えていた。愛していたはずだ」
「何を根拠に!」
「道を作った。そう民が望み、願った故に支配したって言ってましたよね。重桜の皆の為に、貴女は動いた。これが根拠です」
少なくとも、最初から全てを支配しようとは思わなかった筈だ。
歪んだ伝統に心を壊され、何も縋れる物がなかった彼女は無責任に奇跡を縋られる。
故の狂気であり、悲劇を生んだ。
同情はあれど、到底赦されない罪を犯したのは事実。
罪を犯した人には、それ相応の罰が必要だ。罰するんじゃなくて、更生の為に、必要な事なんだ。
「貴方の罪は人の一生では償えない。でも、貴女の一生は永遠でしょう?」
「……妾の一生は、終わらぬ」
かすれた声が、ようやく絞り出された。
「妾が幾年生きようと、命を与えられた者達の嘆きは戻らぬ。妾の存在が、消えてしまえば──それで、いくらか救われるかもしれぬのに」
「それは“逃げ”です。消えることで罪が消えるわけじゃない。貴女が生きて、悔いて、変わって、歩み続けることが──せめてもの、責任の取り方なんです」
妖狐は目を伏せ、唇を噛みしめ、彼女の肩が、静かに震えていた。
「責任……妾が、そんなものを……背負う資格など、あるのか?」
「あろうとなかろうと、それが今のあなたの使命……だと、思いますよ」
妖狐に手を差し伸べ、その手は妖狐の前に止める。
自分から手を取るんじゃなくて、妖狐からこの手を取ってくれないと意味がない。
お互いの手を、取りあい、歩み寄る事に意味があるんだ。
もう、あんな悲劇を繰り返さない為にも。
「……お前は赦されると思うのか」
「思います」
「民がそれを許さない」
「俺がそうさせない」
すると、妖狐さんの瞳にまっすぐな光が差し込んだように見えた。
まるで暗闇に射し込む月明かりのようで──心の奥深くに、かすかな波紋を広げた。
「……姉上も、こんな気持ちを抱いたのだろうな」
「え?」
ふっと妖狐はほんのわずかに、口元が柔らかく緩んだ。それは、今まで誰にも見せたことのない、確かな心からの、微笑だった。
微笑んだ妖狐は俺の手を取り、俺と目を合わせる。
「主は随分、女の心を狂わせるのが得意のぅ」
「それ、どういう……?」
すると、赤城姉さんが間に割り込むように俺と妖狐の距離を離し、凄い剣幕で両肩を掴み、顔を目と鼻の先まで近づかせる。
「優海~~?? 他の女狐に色目使うのはダメよ~~??」
「色目ってなんのこと!?」
空気が少しづつ柔らかくなるのを感じていると、大神木に残っていた桜が全て散り、その散り様を見届ける。
「……む? 優海、あれを見ろ」
最期の花びらは大神木のすぐそばに落ちると、長門がそこに指を指す。
そこには小さな芽が芽吹いていた。
「あれは……」
「まさか、新たな神木の芽?」
状況からしてそう言ってみたけど確信がなく、妖狐と長門は近づき、そよ風に揺れる芽を見た。
「間違いない。これは大神木だ」
「姉上が……遺したのだろうな」
「巫女はそんなことが出来るのですか?」
「かもしれぬの」
「奇跡と寄り添う……か」
「……ところで、お主はどうするつもりじゃ?」
妖狐は俺に目を向ける。
「今のお主は指揮官ではない。戻るあてはあるのかえ?」
「……それは」
「それは僕の方で話しましょう」
まるで一つの物語を見終えたかのように拍手をしながらも、滑稽と叫んでいるような嘲笑している男の声が聞こえる。
この声を聞いた瞬間、心臓の音が激しくなり、冷や汗が流れる。
俺が知る中で、最も危険な男……いや、人間。
「やあ優海くん! 久しぶりだね」
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悪魔の男は、人に好かれるための仮面を被って笑った。
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