もしもアニメのアズールレーンに指揮官が出てきたら〜2nd season 海上の誓い〜 作:白だし茶漬け
心地よい風が海の匂いを乗せて僕の体を通り越す。
少し暑い時期なのでとても清々しい気分にいつもならなるはずだと思うが、今はそんな気分ではなかった。僕の記憶は…失っていた。ここにいるKAN-SEN達と過ごした日々がすっぽり抜け落ち、最初から無かったかのようだった。
「ご主人様、風でお体は冷えてませんか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます…ベルファストさん。」
「そんな…私の事はさん付けではなく、ベルファストといつも呼んでいていましたよ?」
そうは言うが…僕にとっては皆は初対面だ。そんないきなり呼び捨てには出来なかった。
ジャベリンさん達とは記憶喪失になっていると悟られないように呼び捨てをしていたけど…やはり慣れない。
ベルファストさんに記憶を無くす前の僕の事を教えて貰ったが、僕にはそんな実感が無かった。
ユニオン、ロイヤル、重桜、鉄血、この4大陣営の手を取り合った中心人物なんて…考えられなかった。
「けれど…僕には昔の記憶が無いんです。今の僕にとって貴方達とは初対面ですから…」
今までであったKAN-SEN達にも悟られないように、昔の喋り方をしたんだけど…上手く誤魔化せたかな…
すると後ろから何か物を落とす音がした。
僕とベルファストは振り返ると、そこにはジャベリンさん達がいた。
「し…指揮官?昔の記憶が無いって…どういう事ですか…?」
地面に落ちたサンドイッチがまるで僕やジャベリンさんの気持ちを表しているようにぐちゃぐちゃになっていた。ジャベリンさんが恐る恐るこちらに手を震えさせながら近づいていく。下がろうとしても車椅子なので下がる事は出来なかった。
ジャベリンさんが車椅子の傍に近づくと、僕の左手に掴んだ。
「指揮官…嘘ですよね?私達の事覚えてないのって…嘘ですよね?」
ジャベリンさんが涙を流しながら僕の事を見ていた。ジャベリンさんから目を逸らしても、他のKAN-SEN達も同じような目で見ていた。逃げ場なんて無かった…
「…ごめんなさい。」
「…っ!」
僕には…この言葉しか言えなかった。嘘もつけない状況ではないし、何しろしたくない。
「そんなの…そんなのって…!」
「ジャベリン…」
泣き叫ぶジャベリンさんを、ラフィーさんが宥めるように寄り添い、そのまま俺から離れさせた。
しかしそのラフィーさんもまた小さな涙を浮かべていた。それにつられたのか、1人除くKAN-SEN達は泣き始めてしまった。
「っ…お兄ちゃん…っ?ユニコーンの事…忘れちゃったの…?」
紫色のポニーテールをして、馬のぬいぐるみを力強く抱いて泣いている子、確か…ユニコーンさんだっけ…。
僕は彼女問に答えられなかった。いや、答える必要も無かったのが幸いだった。
彼女も僕とベルファストさんの話を聞いていた筈だ。現に、もう分かっていると言わんばかりに涙を流し続けているのだから。隣の子、綾波さん…だったな。彼女は顔を俯かせて、顔を見せないようにしたが、不規則に上がる肩と漏れ出る涙声を抑えきれずにいたので、直ぐに泣いていると分かった。
…痛い。胸が苦しい。僕にとって君達とは初対面なのに、彼女達にとって僕は大切な人、それが分かっているからどうしても罪悪感が生まれてきた。涙を見る度に胸の奥が掴まれるような苦しさがどうしようもなく押し寄せてくるのが分かる。
そんな時、そばにいた1人のKAN-SENが僕の方に近づいてきた。
「失礼します指揮官。私は鉄血のZ23です。貴方とは対して面識がありませんので、彼女達のように悲しむ事はあまり無いですが…どうしても聞いておきたい事があります。」
Z23と自分の名前を言った彼女の規律正しい姿勢で僕にと質問した。僕は二つ返事で首を縦に振って応じた。
「指揮官は…いえ、貴方は指揮官を続ける気はありますか?」
Z23さんが僕に問いた事は、僕の今後の事であった。
だけど、僕には答えを用意出来る程の考えを持っていなかった。記憶を無くし、どうなるのかさえ分からない明日…いや今日に怯えている僕に一体どうしろと言うのだろうか。
でも…ふと頭によぎった考えならあった。記憶を無くした事が本当は僕自身の望みだとしたら?この失った記憶が、本当は忘れたい記憶だとしたら?
それなら…僕がやるべき事は…一つだけだ。
「…記憶を無くした状態で指揮官になり続けるのは無理だよ。僕は…指揮官を辞退する。」
これが…僕の答えだ。確かに記憶を失ったまま指揮官を続けるなんて無謀だ。それは確かだか、それは建前に過ぎなかった。
本当はもしかしたらこれが記憶を無くす前の僕が望んでいた事では無いかと思ったからだ。
戦いを忘れたくて今の僕がいるのなら僕は前の僕の意志に沿う。だがそれはKAN-SEN達と離れるということになる。
「そんな…そんなの嫌です!指揮官は貴方じゃないと嫌です!」
勿論KAN-SEN達はそれに反発した。ジャベリンさんが僕に近づこうとするが、ベルファストさんに行く手を阻まれてしまう。ベルファストさんは悲しそうに首を横に振っていた。どうやらベルファストさんは、あくまで僕の意志を尊重するらしい。それがメイドとしての役目なのか、本人の思いなのか知らないが…
「わかりました…答えて頂きありがとうございます。」
彼女にとって僕の答えは的外れだったのか、Z23さんは驚きを隠すように帽子を深く被ってこちらに顔を背けた。気まずい空気が漂う中、1人の女性が物陰から現れた。
「あら、何か辛気臭いわね。どうしたのかしら?」
白い長髪に赤い目…現れたのはオロチさんだった。オロチさんはジャベリンさんが落としたサンドイッチとバスケットをひとつの残らず拾っていた。
「貴方は…?」
ジャベリンさん達は彼女と会うのは初めてなので、恐る恐る彼女の正体を尋ねた。
「私はオロチ、貴方たちと戦ったあのオロチよ。」
「オロチ!?」
その3文字の言葉を聞いたジャベリンさん達は僕を守るように立ってオロチさんを警戒した。この事を予見していたオロチさんはやはりと言う反応をしながらこちらに近づいた。
「待って待って。私はもう貴方達の味方よ。あのエリザベス女王陛下のお墨付きも貰ったんだから。」
「陛下に…ですか?」
「そ、だから晴れて貴方達の仲間〜!…って訳にはいかないのよね…一応ユニオンの指導者みたいな立場のヨークタウンにもお墨付きは貰ったんだけど、重桜と鉄血の指導者…つまりは長門とビスマルクからは認められてないの。」
「…貴方様がよく陛下やヨークタウン様にお墨付きを貰いましたね…」
聞く所によると、オロチさんとKAN-SEN達は熾烈を極め、戦いあったらしい。この基地にミサイルを撃ち込んだり、KAN-SEN達を全滅にまで追い込んだ事も何度かあるらしく、そんな人がよく指導者2人の首を縦にふらせたのをベルファストさんは少々驚いていた。
「優海の記憶を元に戻す方法があるって言ったら二人とも二つ返事で了承してくれたわ。まぁ、仕方なくって思ってる所もあるかもしれないけど。」
「指揮官の記憶が…元に?」
魚が餌に食いつくように、ジャベリンさんが僕の記憶が元に戻ると言う餌に食いついた。ジャベリンさんはオロチさんに近づき、その方法を尋ねた。
「お願いします!私、どうしても指揮官の記憶を元に戻したいんです!」
ジャベリンさんは頭を下げ、その方法の教えを乞いた。
それを見たオロチは何を思ったのかクスリと小さく笑った。哀れみか滑稽の笑いなのか、それとも誠実さに感服した笑いなのか分からないが、雰囲気的には後者の方だと僕は思う。
「分かったわ…でも本人には聞かせられないからちょっと耳を貸してもらえるかしら。」
ジャベリンさんがオロチさんに近づくと、それと同時に他のKAN-SEN達もオロチさんに近づいてきた。
「ラフィー達も、ジャベリンと同じ気持ち。だから…私達も聞きたい。」
「綾波も指揮官に助けられたのです。だから…今度は綾波が指揮官を助けるのです。」
「うん…!私も…お兄ちゃんにお礼がしたい!」
綾波さん、ラフィーさん、ユニコーンさんも僕の記憶を元に戻す事に尽力を尽くそうとした。その意気込み惚れたオロチさんは喜んで僕の記憶を戻る方法を耳うちで教えた。…どうして僕本人には教えてくれないんだろうか?何か…不都合な事でもあるのだろうか?話してもオロチさんは答えてくれないだろう。
オロチさんの話を聞いてるジャベリンさん達は何やら驚いたような顔をしている。その顔を見た僕は何やら危険な方法なのかと少し焦ってしまう。
「…とまぁこんな感じよ。それでも貴方達は指揮官の記憶を元に戻したい?」
何を聞かされたのか分からないが、ジャベリンさん達は何やら悩んでいた様子だった。これ程よりも悩む事なんてこの先無いかと思うほどに彼女たちは長い時間悩み続けていた。そして、ついに彼女達は顔を上げて答えを出した。
「…それは」
ジャベリンさん達はそのまま言葉を詰まってしまう。どうしたのだろうか僕には分からないが、良い事だけでは無いことが確かだった。
それを予想していたオロチさんは、やれやれと小さく笑い、手に持っていたサンドイッチを手にした。先程ジャベリンさんが地面に落としたせいでぐちゃぐちゃになったサンドイッチをまじまじと見ていた。
「しかしこれ勿体ないわね…あ〜ん。」
「あ…それは!」
ジャベリンさんが止めようとしたがそれは遅かった。オロチさんは地面に落ちて汚れたサンドイッチをそのままパクリと頬っばってしまった。地面の泥にまみれたサンドイッチは苦味もあり、更には砂の砂利がまざって食感も最悪な筈だ。それなのにオロチさんはそれを気にすることも無く。一つのサンドイッチを食べ終えた。
「…ゴクッ。まぁ!凄く美味しい!」
オロチさんはバスケットの中からまたもサンドイッチを取り出して口に入れようとしたその時、今度はジャベリンさんは止めに入った。
「ちょ…ちょっと待って下さい!汚いですよ!?」
「ん?でも勿体ないじゃない。私はこう学んだわよ?食材となった作物や動物にはその命に感謝を持つべきだって。落としただけで捨てられるなんて、酷いとは思わない?」
…何だが意外とピュアな人なのか…?ジャベリンさん達も同じ事を思ったのか、呆気に取られた顔をしていた。
そんな顔を見たオロチさんはサンドイッチが食べたいと誤解したのか、一つのサンドイッチをこちらに渡そうとしてきた。
「…?食べる?」
「い、いえ!大丈夫です!」
泥だらけになったサンドイッチを食べる気にはなれず、僕は思い切り食べる事を拒んでしまった。
やはりかと言わんばかりに小さく笑ったオロチさんはそのまま残り全てのサンドイッチを美味しそうに頬張った。
「ふぅ…ご馳走様でした。ごめんね、全部食べちゃって。」
「い…いえ…」
オロチさんは律儀にバスケットをジャベリンさんに返し、中身を確認したジャベリンさんはその目で確かにバスケットの中身が空になっていたことを目にした。
「本当に…全部食べちゃったんですね。」
「当たり前よ。言ったでしょ?勿体ないって。」
オロチは満腹と言わんばかりにお腹をさすり、下舐めずりした。こういう行動を見た僕は彼女がオロチ…つまりは蛇の名の意味に値すると改めて実感した。
「そういえば…貴方達お昼まだでしょ?人間はご飯を食べないと元気でないわよ?」
「そうですね!あ、だったら指揮官!一緒にお昼食べませんか?」
そう言われてお腹に意識を集中すると、微かな空腹感が僕を襲った。そう言えばまだお昼を食べていなかったな…ジャベリンさん達のお昼であろう、サンドイッチはオロチさんに食べられたのでジャベリンさん達は僕をお昼に誘った。だが、それは意外にもベルファストさんに止められてしまう。
「ですがご主人様は…」
ベルファストさんの言葉はそこで止まってしまった。何か言いたくないことがあるのだろうか、ベルファストさんは僕の事を見ていた。まるで僕になにかあるかのように…
それを見たオロチさんはベルファストさんに近づいた。
「…優海の味覚は今は大丈夫よ。」
「…!」
そっとベルファストさんに耳うちで話した為、僕には聞こえなかったが、ベルファストの様子が変わった。いつも落ち着いてる様子なのに、今は平静を装っているが手の震えから伝わる焦りが落ち着きの無さを表していた。
「…ご主人様、お昼は是非私にお任せ頂けないでしょうか?」
それはつまり、ベルファストさんが料理を振る舞うと言う事だろうか。メイド長であるという彼女の料理が食べられると知った僕は、一体どんな料理が食べれるのか楽しみになってきた。
「だったら…お願いします。」
「かしこまりました。それではご主人様のお部屋へ参りましょう。皆様を混乱させてはなりません故…」
ベルファストさんは僕の記憶喪失を他の皆に広めさせない為僕の自室へと行く事にした。それは僕も同意見だったので、ベルファストさんはゆっくりと車椅子を押し、僕と一緒に僕の部屋へと移動する。
_数分後 自室にて
風の音と車椅子の車輪の音しか聞こえない部屋の中で、僕はベルファストさんを待っていた。今頃ベルファストさんは、食堂にて一生懸命料理を作っている事だろう。どんな料理が来るのだろうか?楽しみで食欲が刺激されいてもたっても居られなくなった。意識したせいか空腹感が一気に増し、それを紛らわす物は無いかと部屋中を見渡した。
すると、机の上にある1冊の本が目に入った。車椅子の車輪を回し、机まで近づいてそれを手に取ると、本ではなく日記帳だと判明した。
「日記…?僕って日記書くんだ…」
少々意外と思い、恐る恐る僕は日記帳を開く。記憶を失う前の僕は一体どんな人だったのかこれではっきり出来る。そう思い、僕は妙に重たい表紙を開く。
「…え?」
だがそこには何も書いてない真っ白なページがあるだけだった。
…私は卑しいメイド長なのでしょう。ご主人様の味覚がお戻りになったと知った時、真っ先に私の作った料理を食べて欲しいと言う、醜い欲が私の中にふつふつと浮かび上がって来たのを感じ、私はその欲に従った。
勿論、それだけで無い。それに負けないくらいに、私の中に喜びも舞い上がるよう感じていました。
味覚を失ったご主人様は、味も感じないはずなのに「美味しい」と笑顔で言っていました。…ですが、事情を知っている私は、その笑顔を見る度にどうしても心苦しいと感じてしまいました。
無理をしないで、苦しいなら苦しいと言って欲しかった。言ってくだされば私は力になりました。
ですが…ご主人様はそうは言いませんでした。いつも私達、KAN-SENの為に安全で確実に勝つ為の指揮をする為に夜遅くずっと執務室に篭っているの…知っていますよ?
その度1週間で終わらす仕事を無理して3日で終わらして、残りはKAN-SEN達との交流や作戦の立案…
ご主人様…貴方は一体…何時休まれておるのですか?
貴方のその優しさは自分を傷つかせ、苦しませています。そんな優しさ…私は望んでいないのに…
そう考えてる内に、いつの間にかご主人様の部屋の扉の前に着いてしまった。私はドアを3回ノックし扉を開けた。そこには、机の上にあった日記帳をじっくりと見たご主人様が目を見開いていた。
「…ご主人様?如何なされましたか?」
「ベ…ベルファストさん、この日記の文字…見えますか?」
ご主人様は日記帳を広げて私に見せた。見えると言っても、細かくその日の事について書かれた文字がびっしりと書いているのが目に見えますが…
「はい…それがどうかなされましたでしょうか?」
「…僕、この日記に書かれている文字が見えないんです。」
ご主人様は諦めたような表情をしながら、弱々しく日記帳を閉めて膝の上に置いた。あんな顔のご主人様を見るのは初めてです…
日記帳の文字が見えない…ですが聞くことなら出来ると私は考えました。
「ご主人様、私が日記の内容を音読して聞くことなら…内容を確認する事も出来るのでは無いでしょうか?」
「それはいい考えですね!じゃあ、早速最初からお願いします。」
ご主人様の曇った表情が晴れ、日記帳を私に渡し、私はそのまま表紙を開く。ご主人様に聞こえやすいように、ゆっくりと丁寧に読み上げなければ…
「…○月✕日」
「待って!ベルファストさん!」
読みあげようとしてその時、急にご主人様が悲鳴のような声を出した。耳を塞いで何らかの雑音を一切防ぐかのようにご主人様は苦しんでいた。
「どうなされましたか!?ご主人様!」
「ベ…ベルファストさんが日記を読み上げた瞬間に…何かテレビの砂嵐のようなノイズ音が耳に…!」
それを聞いた私は直ぐに日記を読みあげるのを止め、ご主人様の異常を確認する。しかし、どうしてご主人様だけ日記の文字が見えなくなったり、聞こえなくなっているのでしょうか…まるでご主人様自身が日記を知る事を拒んでいるかのような…
「…まさか。」
私はあのオロチの言葉を思い出した。
_貴方達の為にこれを選んだの。KAN-SEN達に危害を加えるなら目覚めない。…KAN-SEN達のためなら記憶を無くすとね。
つまり、ご主人様自身が日記を見たり聞いたりする事を拒んでいると言う事になるでしょう…
ご自身の記憶を元に戻す可能性のある日記を見えなくしたり、聞かれないようにする事によって元に戻る可能性を潰す。
私達はこんなにも貴方のお戻りを望んでいるのに…貴方は私達の為に自らを閉じ込めている。ですが、元のご主人様に戻ったら、またご主人様は身を犠牲にして戦う。…私達はどうしたら良いんですか?ご主人様…
「申し訳ございません。ご主人様…まずは食事と行きましょう。」
落ち着きを取り戻したご主人様を確認した後、食事を運んでいたサイドワゴンをご主人様の前に移動させ、一つ一つ丁寧に料理を教える。
「ご主人様は長らく眠っていた為、お腹は空いていてもいきなりでは身体に毒です。まずは慣らすためにこのスープからお飲みください。」
「あ、ありがとうございます。…いただきます。」
今回私がお出しした料理はコーンスープとサンドイッチの軽食…お腹が空いたとしてもご主人様は意識を回復したばかりなのでいきなりの食事は身体に悪影響なのでまずは軽食で慣らすためにこの料理にした。
料理がご主人様の口に近づく度に、私の中に不安が込み上げてくる。もし味覚が元に戻らなかったら?私はまたご主人様を苦しませてしまう。見えないところで汗が流れていくのを感じながら、ご主人様の食事を見届ける。
「あむ…」
スープを口にした瞬間、ご主人様は微動だにしなかった。不安が心臓を掴んでいるかのような感覚が私の中に込み上げてしまう。もしも味が感じないのであれば、今すぐ料理を下げてしまいたいところだった。
「…ご主人様…?」
「…何これ!?凄く美味しい!」
ご主人様は目を輝かせながらスープをまた1口飲んだ。
…反応からしてどうやら嘘ではなく、本当に味覚が元に戻られたらしい。不安が一気に消え、入れ替わるように喜びが私の中を満たした。
「…ふふ、そんなにがっついたらなりませんよ?まだまだありますから。」
ご主人様の笑顔に私はこの時救われたと感じた。…ですが同時に悩みもした。このままご主人様の記憶を戻しても良いのかどうか…。
記憶を元に戻したら、私たちが知るご主人様に戻ってくれますが、その代わり味覚等の五感がまた失われてしまい、指揮官はまた苦しみながら戦ってしまう。
ですが記憶を元に戻さずこのままだったら、ご主人様は苦しませずにすむ…
どちらがご主人様にとっては幸せなのかは明白だった。
「ふぅ〜ご馳走様でした!」
そうこう考えている内にご主人様が軽食を早くも完食されていた。満足そうにお腹をさすり、とても幸せそうなお顔をされていた。
…やはり私達は間違っているのでしょうか?ただ私達が知るご主人様に戻って欲しいと言う事だけで、ご主人様の今の幸せを奪って良いとは言えない。
現にご主人様はこんなにも幸せそうなのだから。
「ん?どうしたんですか。ベルファストさん。」
生きる為に身分と歳をを偽らさせられ、ご主人様は指揮官となりました。…ですがもしもご主人様が過去に何も無く、重桜の皆さんと暮らせてたとしたら…
「…ご主人様。」
「ん?どうしたんですか?」
「…いえ、なんでもありません。」
私は今のご主人様の純粋な目を見て、心が天秤のように揺れてしまった。
コンコン…
ドアがノックされた音を聞き、私は後ろに振り返り扉を開ける。そこには赤城様と加賀様がいらっしゃっていた。
「…ご主人様に何か用でしょうか?」
当然と言わんばかりに、赤城様は腕を組み、私の目を見て要件を言いました。
「そうよ。優海を…重桜に帰らせるわ。」
もしもの話(R-18)を観測しますか?
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Yes
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NO