アニメ本編ととじともは分岐した別の可能性、別の世界、又は二週目の世界と考えてもらえると読みやすいかなーと思います。
開け始めた雲間から朝日が差し込み、小鳥さえずる早朝、まだまだ冷たい風が肌を刺す。
守衛の方を除けば、この時刻にこの建物の中にいるのは僕くらいのものだろう。
コツリコツリと自分の足音だけが廊下に響く。
幾度となく見て来た風景、通ってきた廊下はいつも厳かと感じるが、人の気配が無い為かより一層それを強く感じる。
遠くまで響くような足音がやけに耳に残る。
暫く廊下を行き、執務室の前で止まる。
一つ息を吸い、ドアをノックした後、入室する。
「おはようございます」
しかし静寂が返って来るのみ。
そこまで広くない執務室、見渡さずとも誰も居ないことはすぐに理解できた。
わかっている。わかっていた……返って来る声などあろうはずもないことは……
だが毎朝、執務室の扉をノックして開ける度、あの声が返って来ることを期待してしまう。
─獅童さん、おはようございます─
折神 紫親衛隊 第三席 皐月 夜見
大切な、それなのに救えなかったかけがえのない仲間……
紫様に仕え、親衛隊になった時から一度だって寝坊などという不手際はしてこなかった。
むしろ仕えるものが主より先に入り、準備することなど当然であると ─ましてや第一席であるならば─ 誰よりも早く来るように努めてきた。
だが彼女はそんな僕よりも、誰よりも早く執務室に来ていて、何食わぬ顔で執務を初めており、挨拶を返された。
救えなかったなどと言うがそもそも僕は、僕たちは彼女のことをわかっていなかった、わかろうともしていなかったのではないか?
多少の時間共にあり、仕事をした程度でわかったつもりになって彼女の考えに、気持ちに向き合おうともしていなかった。
自分自身への怒り・失望・悔恨・喪失感……
その全てを肯定するかのように鎮まり返った執務室は現実を叩きつけてくる。
負の感情が自分の中で渦を巻き、行き場を無くしたそれらは身体を蝕む。
動悸が激しくなり、息が荒くなる。
耐えきれなくなって逃げるように執務室から出る。
現実から目を背け多少楽になった身体で深呼吸して気持ちを落ち着ける。
「……すこし風に当たろう」
いつもの癖が功を奏したか、執務が始まるまで時間がある。
まだまだ寒い外の風に当たれば気も落ち着くだろう。
「……ん?」
外に向かおうと思い顔を上げると廊下の先に誰か居る。
この時間帯に僕以外の人がいるなんて珍しい、その誰かはこちらからは後ろを向いていて誰だかはわからない。
寿々花も僕に負けず劣らず早起きだ、今日はいつもより早めに来たのだろうか?
などと思いその人影に向かい歩を進めるがすぐに脚が止まる。
よくよく見てみれば寿々花よりも明らかに背が低い、それどころかその特徴的なピンクの長い髪は見覚えがある。
ああ、見覚えどころではない、忘れられるわけがない、見間違えるはずもない。
「結芽っ!!」
咄嗟にその名を叫ぶ。それに反応したのかその人影はこちらから遠ざかるように廊下を曲がっていってしまう。
折神 紫親衛隊 第四席 燕 結芽
彼女も大切な掛けがえのない仲間であり、妹分であった。
だが彼女は半年前に鎌倉で命を落としたはずだ……
そんな疑問すら捨て置き、身体は跳ねるように走り出した。
考えうる限りの全速力だった、悪いが彼女、というより親衛隊の中では一番運動神経がある自負があった。
しかしその距離は一行に縮まる気配がない。
辛うじて尾を引くその髪が彼女の行先を示す。
見失わないように、その背に届くように全力で追いかける。
「待ってくれ、結芽!」
いつの間にやら建物の外まで出ていた。
だが幸いにも結芽は玄関を出たすぐそこで立ち止まったため、なんとか追いつく。
相変わらずその背はこちらを向いている。僕は息も絶え絶えにその背に声をかける。
「はぁ、はぁ……結芽、ようやく追いついた……」
「あーあ、追いつかれちゃった」
と聞き覚えのある弾むような声でこちらを振り返る。
その顔は変わりなく、そしてやはり見覚えのある悪戯っぽい笑みをしていた。
「結芽!どうして君が?君はっ……!」
こちらが言い終わる前に結芽は首を振る、その様子に言いかけた言葉を飲み込むと彼女が言葉を紡ぐ。
「えーっとね、ここはビガン……?だっけ?」
「それを言うなら彼岸、ですよ、燕さん」
相変わらず難しいことはよくわかってないのか要領を得ない言葉であったが、思わぬ補足が入る。
その声の方向を向くとこちらも見慣れたしかし決しているわけのない顔があった。
「夜見!?君までどうして!?」
予想外すぎる展開に先ほどまでの疲れすら吹き飛んで叫ぶ。
「それに彼岸って一体……」
「つまりは獅童さんが来るべきところではないということです」
そう言葉を受けても全くピンとこない、ただこの状況だけが僕の頭を狂わせる。
「詳しくわからなくてはしなくても大丈夫です、むしろ理解することのほうがあまりよろしくありませんから……」
「そーそー、だから真希おねーさんはもう目を覚まさなきゃいけないってこと」
続けざまに言われるが、尚のこと頭が追いつかなかった。
しかし、夜見はともかく結芽すらも真面目な顔でこちらを見据えるものだからそれ以上言葉を挟むことはできない。
「しかし目を覚ますって言ったって……ッ!!」
そう言うや否や、立ち眩みのような感覚に襲われ、バランスを崩しかけた身体をどうにか踏ん張らせる。
「目が覚める合図でしょう、元々ここに居るべきではないのですから長居もできないはずです。」
意識が朦朧とし始めるが、なんとか二人に腕を伸ばす。
「待ってくれ、夜見!結芽!僕は……っ!!」
「違う可能性のあなただとしても、もう一度会えて良かったです、獅童さん」
「もう
懸命に伸ばす腕も空を切り、遠くから聞こえる二人の声を聞きながら僕の意識は深い闇に飲まれた……
暗い室内に定時の目覚めを促す電子音が鳴り響く
「……夜見!結芽!」
その音に催促されたか否かはわからないが、真希はベッドから飛び起きる。
慌てて回りを見渡すが、いつもと変わらぬ自分の自室だ。
昨晩ベッドに入った記憶もきちんとある。
「夢か……?」
目覚ましを止めて一息吐くと一人つぶやく。
あれ?そもそもどんな夢だったか……
見ていた夢が思い出せない、どうにも懐かしいような悲しいような夢だった気がする。
しかし、あまり考えすぎて遅刻などしたらいけない。
すぐにそれを隅に置いて気持ちを切り替え、いつものように身支度を整える。
「行ってきます」
返って来る言葉はないが、部屋を出る際に自然と口にする。
開け始めた雲間から朝日が差し込み、小鳥さえずる早朝、肌を刺す冷たい風もこう天気が良いと身が引き締まりどこか心地よい。
守衛の方を除けば、この時刻にこの建物の中にいるのは僕くらいのものだろう、と思ったのだが……
「あら、おはようございます真希さん」
いつもより早めに、来ていた寿々花とばったり会う。
「ああ、おはよう寿々花、今日はいつもより早いね?」
「なんだか早めに起きてしまったもので」
少し会話しながら歩いていると前を見た寿々花が驚いたような顔をする。
その視線の先を追い、僕も驚く。
「あら、珍しいこともありましたわね」
「確かに……」
前方には特徴的な見覚えのあるピンクの長い髪、見間違えるはずもない。
思わず二人で小走りして近づき声をかける。
「おはよう、結芽」
「うん?おはよー真希おねーさん、寿々花おねーさん」
「おはよう、珍しいですわね、結芽がこんなに早いなんて」
「ふぁ~、なんだか早く起きちゃったから来たけどやっぱり眠いよぉ」
そういう結芽はまだ眠いのか欠伸をして眠そうな目を擦っている。
刀剣類管理局の本部の前で偶然にも合流した僕たちは談笑しながら建物に入る。
コツリコツリと自分のものだけではない、三人分の足音が廊下に響く。
幾度となく見て来た風景、通ってきた廊下はいつも厳かと感じるが、今日は少し柔らかく感じる。
一人で居れば耳に残る様な足音も今日は話声に紛れて全く気にもならない。
暫く廊下を行き、執務室の前で止まる。
一つ息を吸い、ドアをノックした後、皆で入室する。
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはよーございまーす」
思い思いの挨拶と共に執務室に入ると聞きなれた声が返って来る。
「おはようございます、皆さんお揃いとは珍しいですね」
ああ、やっぱり彼女は誰よりも早い。
お付き合いいただきありがとうございました。
夜見!誕生日おめでとう!