自虐的心理闘争の末に、二歩下がって三歩進展しながら、私はYouTubeの地の底をずりずりと邁進していた。
私のYouTubeチャンネルは幾度かのバズりや小火によって、一時はチャンネル登録五〇〇〇人も間近であったが、あまりにも貧相なコンテンツに呆れられたのか、現在は一〇〇〇人強となっている。それでも凡百のオタクである私には望外であるのは百も承知だが、凄いかと言われれば微妙なラインのようにも思われるし、ニコニコ動画に無断で投稿されている私の配信の切り抜き動画のほうが再生されている始末(例のまとめブログは私ではアクセスを想定より稼げないと判断したのか、早々に撤退している。実に賢明である)であった。
逆転マジックミラー配信では同時接続が最大一〇〇人弱である。リスナーはどれだけ女に飢えているのかと、やや心配である。主にリングフィットでひんひん喘いでいるとスパチャをされるのだが、ときおり、シャワーをしている物音や無防備な寝相などにもスパチャがされるので、あまりにもいじましい妄想を展開させているリスナーに、私は涙していた。いつかは幸せになっていただきたいが、私にスパチャするお金があるならば、上野動物園でお昼寝しているシャンシャンを見ていたほうがよほど幸せかと思われる。私が動物園の檻の中の見世物かのように読者諸兄は思われるかもしれないが、真にケダモノなのは品性を失ったお下劣なリスナーどもである。
なにやらチープなリアリティーショーのようであった。
なお、普段のゲーム配信では同時接続はだいたい十人前後でしかない。「大乱闘スマッシュブラザーズ_SPECIAL」では、たまたま官能コイルさんと実力が拮抗していたので、ときどき対戦しているが、「Mr.ゲーム&ウォッチ」ミラーというなかなかに泥沼な争いを配信している。また、あきらちゃんに憧れたのか、ガブリアむさんから「Apex_Legends」に誘われたが、右も左も分からない初心者二人、八割方は芋っているだけであった。会敵すれば数秒で殺されるからか、ガブリアむさんは「無理!」「わからん!」と三日で飽きたので、それからはFPS経験者の八つ折作戦さんにときどき付き合っていただいている。頭が上がらない。ネット麻雀をしたこともある。驚異的なビギナーズラックで調子に乗っていたガブリアむさんであったが、結局はサム・ライミ8さんにボコボコにトバされていた。日頃から接待麻雀で鍛えられているという苦労人であった。ガブリアむさんは麻雀も三日で飽きた。
斯様に、四天王を中心に形成された、ぼんやりとした繋がりのコミュニティーであった。場末のオタクサークルのような私の配信には、これが分相応であるし、身の丈に合っている。YouTubeのメンバーシップ制度で新たに二人がDiscordに加わっていたが、私がただのダメ人間だと分かってきたのか、ときどき、一部のメンバーからボイスチャットもされるようになった以外は特になにもない。
大した特典もないのに酔狂なものであると、我々は新たな偏屈家どもを歓迎した。
「特典って、なにすればいいと思う?」
「メンバーディスコも特典だと思うけど」
「オフ会とか?」
「オフ会かあ……、あんまりなあ……」
これまでさんざんしょうもない小火を起こしてきた私である。あまりいい予感はしなかったし、それは四天王も同意見のようであった。
「オフ会するにも、まず遠いしねえ」と、新潟のサム・ライミ8さん。
ガブリアむさんは東京らしいので近いかもしれないが、官能コイルさんは兵庫、八つ折作戦さんは岡山在住である。新メンバーの二人も「静岡です」「愛媛」と、見事にバラバラである。オフ会は前向きに善処するという方針になった。
それからは、スマブラSPのオフ大会にも参加しているという愛媛の「ディオ・ブランデー」さんとの対戦を配信した。「スネーク」使いであった。私と官能コイルさんはいっちょ新参者を揉んでやるかとイキっていたが、官能コイルさんが勝率五分、私は三割弱と逆に揉まれていた。官能コイルさんと実力が拮抗していると思ったのでメンバーに加入したという。切磋琢磨したいというディオ・ブランデーさんに、オフ大会になかなか参加できないらしい官能コイルさんは喜んでいた。
「俺は?」と、私は思った。
●
土曜日。
養成所が終わった夕方である。
受講生の方々がこれからどこで呑もうか、和気藹々としているのを尻目に、一人帰り支度をしていた私は、Wii_Fitトレーナーのようなトレーナーさんに呼ばれていた。私が受講しているコースでは一番の若手トレーナーなのか、色々と雑用もさせられているようであった。具体的には、いまだに滑舌も覚束ない私の面倒などである。
「貴方と話をしたいという方が来ていまして……、お時間、空いていますか?」
「あ、はい、大丈夫ですけど……」
「分かりました。では、付いてきてください」
雑談していた受講生の方々は、なにかあったのかと怪訝な表情をしている。晒し者にされているかのように思われ、私は取調室に連行される容疑者のように俯きながら、足早にトレーナーさんに付いていった。私が案内されたのは、スタジオの事務所の奥にある応接室であった。
トレーナーさんが応接室のドアをノックした。
「失礼します。お連れしました」
堅苦しい口調であった。いよいよ私が容疑者かのように思われた。
応接室のソファーには、フリルのある派手なドレスシャツの男性が座っていた。当然、面識はない。私はトレーナーさんの様子を窺っていたが、トレーナーさんはドレスシャツの男性に一礼をすると、早々と退室してしまった。私は左顧右眄とした。
「座ったら?」
ドレスシャツの男性は、ガタイとは裏腹にイヤに色気のある口調であった。
「あ、はい」私はペコペコと頭を下げながら、男性の対面に座った。「失礼します」
ドレスシャツの男性は、なかなかにインパクトのある風体をしていた。さながら「ヘンダーランドの大冒険」のマカオとジョマのような男性である。より直截な表現をするならば、オカマのような大男であった。
オカマ魔女氏が、懐から名刺を出していた。
「アタクシ、プロダクションで番組プロデューサーをやっております」
オカマ魔女氏はかつて他局のディレクターとして働いていたが、現場での実績を買われ、プロダクションにヘッドハンティングされたという。肩書きは番組を企画、考案するプロデューサーであるが、現在も、ときどき、ディレクターとして現場で指揮を執っているらしい。ディレクター時代には、我那覇響ちゃんとも仕事をしたことがあるという。
どうやらオカマ魔女氏は随分と話好きのようであった。
「そ、それで……、私に話とは……?」
「あらヤダ、ゴメンなさいねえ」
キャラクターが濃ゆいのは、どうやらアイドルだけではなかったらしい。げに恐るべきプロダクションのマンパワーである。私は圧倒されていた。
「あるドラマの役者を探していてね。アナタの噂を耳にしたものだから」
オカマ魔女氏が手元のビジネスバッグ(メンズともレディースとも判然としなかった)から、なにやら紙の束を出していた。企画書のようである。表紙にはドラマの題字らしきものが印刷されていた。読んでもいいらしいので、私は渡された企画書をぱらぱらと確認していた。主人公が子どもの頃に遊んでいた三人の幼馴染、男だと思っていたが実は女の子だったという青春ラブコメディーである。ツイッターにゴロゴロ転がっているような設定であったし、実際にツイッターから書籍化された漫画が原作であった。
オカマ魔女氏が探しているのは、幼馴染の子ども時代の役者であるという。
ただ、かなり小柄な輝子ちゃんは、実際、女性らしい起伏もそれほどないが、男の子っぽいとまでは思わないのだが。
「輝子ちゃんってインディヴィで中性的なブランディングもされてるから、もしかしたら合うかもって思ってね。あんまり期待はしてなかったんだけど、想像以上だったわ。アナタ、ぜんぜん女の子っぽくないもの」
やかましい。
当然である。二十むにゃむにゃ歳にもなるむさ苦しい男が女の子ぽかったら、それはヘルマン・ヘンキング以来の性染色体の遺伝学的研究に対する冒涜に他ならない。
輝子ちゃんの姿になってからも、私は女の子らしい実益のあることなどなにひとつしていないと断言しておこう。異性との健全な交際、美の追求、女子力向上、花嫁修業など、社会的有為の女性となる為の布石の数々を、当然ながら無視してきた。あるとすれば、女性用の洗顔料や除毛クリームを買ったこと(男性用は肌への刺激が強すぎたからである)か、あるいは輝子ちゃんも愛用しているというボディーソープやリンスインシャンプーで身体を洗っていることだけであるが、それは私が男であったときからしている。いや、誤解しないでいただきたい。断じて、倒錯的偏愛行為ではない。輝子ちゃんのファンとして当然の、応援の一環である。
オカマ魔女氏も企画書をぱらぱらと捲っていた。
「端役だから、できれば無名の役者がよかったの」
企画書によれば、主人公や三人の幼馴染の配役は既に決まっているようで、どうやら新進気鋭の若手俳優のプロモーションという側面の強いドラマであった。子ども時代は、回想シーンで一言、二言、セリフがあるかないかという案配である。私のようなぺーぺーが選ばれるのも納得ではあるが、私である必要性も薄いように思われた。
オカマ魔女氏には申し訳ないが、硬派な私は浮ついたトレンディードラマなどに興味もなかった。
「さいですか」
「実は続編の構想もあるんだけど……」
つまりはまた呼ばれるかもしれないということである。
ほぼ輝子の名を全国に轟かすビッグチャンスに、私は即断した。
「ぜひ」私は番組プロデューサー氏に深々と頭を下げた。「よろしくお願いいたします」
「やっぱり女の子っぽくないわねえ」
現金な私に、オカマ魔女氏が苦笑した。
●
翌週。
私はオカマ魔女氏とともに、ある出版社を訪れていた。
ドラマの関係者の打ち合わせがあるという。出版社で打ち合わせをしているのは、版権元である出版社の担当者の都合であるらしいが、それは些細な問題であった。重要なのは、なぜ私が関係者の打ち合わせに同行しているか、である。
「配役は、監督やみんなの意見も聞かないとね」
オカマ魔女氏によれば、ただの顔合わせらしいが、それではもはやオーディションである。
最悪、却下されるかもしれないのであれば、話が違う。私が頭を下げた意味もないではないか。
私はぷりぷりとしたが、オカマ魔女氏は飄々としている。柳に風であった。私は動物病院を前にした仔犬のようにずるずると引きずられながら、会議室へと入っていた。
「おはようございまーす。お待たせしました」
「お、おはよう、ございますっ」
「おはようございます」
会議室には四人の男性が座っていた。
四人を代表するように挨拶をしてきたのは、ブロータイプの眼鏡に、ロマンスグレーの髪、ストレートパートとアンカーのお鬚がダンディーなジェントルマンであった。四人にヘコヘコと挨拶していた私に、男性が柔和に微笑んでいた。風貌に相応しい、実に紳士的な男であった。「バーテンか喫茶店のマスターかな?」と思ったが、どうやらドラマの監督であるという。このダンディーな監督に却下されるのならば、それはもう仕方あるまいと私は思った。
ダンディー監督が、三人を紹介した。それぞれ、ドラマの脚本家、原作者、出版社の担当者であった。
「しかし、実に似ていますねえ」ダンディー監督が微笑んでいた。「眉唾でしたが」
ダンディー監督はさながら水谷豊氏のようである。つまりは杉下右京のような口調であった。
「似ているって、誰にです?」と、原作者さん。顔一面が剛毛に覆われた、漫画家というよりマタギか山賊をしているような髭面の男であった。
「アイドルの星輝子さんですよ」
「あー……、メタルアイドルとかいう?」
ダンディー監督が頷いていたが、ヒゲモジャ漫画家はあまり理解できていないようである。それは他の二人も同様であった。
ネット上で叩かれながらも、なぜほぼ輝子がそれほど話題にならなかったのか、私はようやっと氷解していた。アイドルにさほど興味がない大半のパンピーは、まず輝子ちゃんを知らないか、知っていてもなぜかデスメタルかなにかの恰好をしている奇抜なアイドルという印象しかないのである。オタクくんにありがちな、我々が興味あるものは誰もが知っているはずであるという、あまりにも初歩的な盲点であった。養成所でもさほど話題にされなかったが、なるほど道理である。いやはや、メタルアイドルとして活動している輝子ちゃんの、ギャップのある素朴な姿が実に愛らしいというのに、世間の皆様方は人生の半分を損している。
アイドルに詳しいのは、どうやらオカマ魔女氏とダンディー監督だけのようであった。
「さて、配役にあたって、何個か質問をさせてもらいますが、よろしいですか?」とダンディー監督。
いよいよ本番のようであったが、「なにかスポーツはされていますか?」「お芝居の経験はどれほどですか?」「ウィッグを被れるように、髪を切ってもらいたいのですが、大丈夫ですか?」「好きな俳優はどなたですか?」などなど、最初は私も緊張していたが、ダンディー監督の紳士的な雰囲気のおかげか、終始、他愛のない世間話のようであった。
「結構です」ダンディー監督が、なにか納得したかのように頷いた。「申し訳ありません、我々は貴方の仕草や口調を見たかったのですよ」
まるで探偵かのようなダンディー監督の言葉に、「やっぱり杉下右京かなにかか?」と私は思った。
「いいんじゃないですか?」と、老けた高橋一生氏のような、淡い茶髪の脚本家さん。「仕草も随分と女性的ではなかったようですし」
やかましい。
だが、不本意な理由であれど、それでデビューできるのであれば、やぶさかではない。
異論は誰からもないようであった。ダンディー監督が微笑んだ。
「では、これからよろしくお願いします」
よもやガブリアむさんの世迷言が現実になるとは思わなかった。私は、拍手をしている一同に、「ありがとうございます」「ありがとうございます」「フヘヘ」と、何度も頭を下げた。
安堵している私に、オカマ魔女氏が囁いた。
「阿部寛が好きなの?」
「え、いいじゃないですか、結婚できない男」
「いや、いいドラマだけどね……、アナタ、ホントに女の子?」
鋭い、と私は思った。
オカマが切れ者なのは、フィクションだけにしていただきたい。