自分を星輝子だと思いこんでいる一般人   作:木木木登美彦

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星輝子(1)

 所属しているプロダクションで、私が実は双子なのではないかという噂が広がっていた。

 寝耳に水だ。

 私は双子でも三つ子でもないし、生き別れや腹違いの姉妹もいない。一応、お母さんにも確認したが「寝耳に水ねえ」と呑気に笑っていた。

 親友によれば、どうやらあるネットユーザーが私に瓜二つらしい。

 

「ちょっと、違うとこもあるけど……、とっても似ているね……」

「ボクもかなり似ていると思いますよ」

 

 情報共有の為にも確認してほしいと親友から渡された動画データを、私と一緒に観ていた小梅ちゃんと幸子ちゃんが驚いていた。あまり実感はなかったが、やはり似ているらしい。

 

「まるで、ドッペルゲンガー、だね!」

「え、縁起でもない」

「小梅ちゃんが、よ、喜んでくれるなら、嬉しい……」

「輝子さん……」幸子ちゃんが呆れていた。「他人事じゃないんですから……」

 

 他人事。

 幸子ちゃんの言葉に、私は妙に納得していた。

 まるで他人事だった。

 

「フヒ」

 

 ノートパソコンのモニターには、私に似ているという少女が映っていた。どの動画でも、「彼女」は熱心に私を演じているようだった。これまでアイドルを続けてきて、まだ自覚はほとんどないけれど、やっぱり私は「アイドル」なのだなと思った。

 望む望まないに関わらず、アイドルにはチカラがある。

 それは純粋に凄いことだと私が思うのは、親友が私へのファンレターやプレゼントを確認しているように、プロダクションがインターネットを監視しているように、プロダクションと親友が私を守ってくれているからだ。

 私が誰かの悪意に晒されない為に。

 

「なにもなければ、それでいい。ただ、あれだけ似ている子が輝子の名を騙ったら……、最悪、訴訟になるかもしれない」

 

 親友の言葉も、なるほど納得だ。

 でも、大袈裟だなと私は思った。

 まるで他人事だった。

 私だけが薄靄に包まれているかのように、現実感がない。

 それは、私がアイドルになったばかりの頃にずっと味わっていたものだ。私がアイドルに慣れてきて、すっかり忘れてしまっていた感覚だった。

 ふと、懐かしいなと思った。

 

 ○

 

 プロダクションが彼女を知ったきっかけは、どうやらりあむさんらしい。

 ふと、ツイッターで私について検索(パブリックサーチというらしい)していたりあむさんは、botやハッシュタグ、ファンアート、膨大な数のツイートに埋もれていた彼女のアカウントをたまたま発掘してしまった。

 

 ほぼ輝子@syoko_O6O6

 自分を星輝子と信じて止まないひきこもりが、ピザとコーラで優勝する動画です。

 

 りあむさんは激怒した。必ず、この邪知暴虐のケダモノを除かなければならぬと決意した。

 

「神聖不可侵にして尊いアイドルの名を穢すなど、不届き千万。呆れたファンだ。生かしておけぬ。やむちゃんが成敗してくれよう」

 

 が、彼女は瓜二つだった。

 りあむさんの想像以上に。

 

「実質輝子ちゃんだこれ」りあむさんはぷるぷると悶絶した。「ジェネリック輝子ちゃんじゃんズルだよー……」

 

 りあむさんの正義の鉄槌は早々に矛先を失ってしまったが、「おいしすぎて、お、大石泉ちゃんになった」には、さすがのりあむさんも激昂した。「ぶち殺されたいのか?」

 

 ほぼ輝子@syoko_O6O6

 自分を星輝子と信じて止まないひきこもりが、野生と戯れる配信です。

 

 たまたま配信中だった。

 もちゃもちゃと餃子で優勝しながら、りあむさんは彼女の配信も観ることにした。コメントはない。視聴者もほとんどいなかった。それでも、ぽつぽつと必死にアイドルを演じている彼女に、りあむさんは地下アイドルを応援している心地だった。近頃はレッスンや仕事に追われ、なかなか「現場参戦」できていなかった。遠い昔のようだと、りあむさんは思った。

 りあむさんは、餞別とばかりに彼女にスパチャ(二五〇円)をし、ツイッターの裏アカウントで彼女のアカウントをフォローをした。

 という話を、りあむさんは興奮しながら、同期のあかりさんあきらさんにした。

 頻繁に炎上しているので、りあむさんは裏アカウントを禁止されていた。すっかり忘れていたりあむさんは、ちひろさんにがっつり怒られた。

 

「お願い許して!」ちひろさんの足元に縋りつき、りあむさんは懇願した。「裏垢ないとぼく生きられないよう!」

 

 おんおんと野犬のように号泣していたりあむさんのアイドルにあるまじき姿は事務所で注目の的となり、発端でもある彼女の話もプロダクションに広まってしまったらしい。幸い、りあむさんの裏アカウントはフォロワーもほとんどいない鍵アカウント(いわゆる愚痴アカウントらしい)だったので、彼女はネットでも話題にならなかった。

 あれから私も彼女の動向を確認していた(ツイッターでフォローされているのは知らなかった)が、ぽつぽつと他愛もないツイートや動画の投稿、配信をするばかりだった。

 親友がいなければ、お前はぼっちのままだったと言われているようだ。

 

「きっと、ぼっちのままだった、な」

 

 もし、親友がいなければ、私はどうしていただろうか。

 

 ○

 

 悩んでいるときは、素直に、頼れる先輩であるまゆさんに相談しようと思う。

 まゆさんは机の下という奇妙な隣人同士であり、「アンダーザデスク」というユニットで一緒に活動している仲だ。アイドルになった時期はほとんど変わらないけれど、アイドルになる前から読者モデルとして活動していたまゆさんは、芸能人としての先輩だ。身近で、かつ歳も離れていないまゆさんは、日陰のキノコのような私にとって貴重な存在だった。

 

「遅かれ早かれ、輝子ちゃんはアイドルになっていたと思いますよ」

「ま、まさか……」

 

 が、あまりにも直截なまゆさんに、私は言葉を失った。

 まゆさんは微笑んでいた。

 

「アイドルとして大成するほどのひとを、世間は放っておかないと思うんです。早いか、遅いか。それだけです」

 

 まゆさんの嘘偽りない言葉でも、やはり私には信じられなかった。

 

「私って、アイドルとして、た、大成しているのか……?」

「もう、そこからですか?」

 

 まゆさんに呆れられた。

 が、ぷりぷりとしているまゆさんは、とてもかわいい。眼福だ。やはりまゆさんのようなひとが、アイドルとして成功していると私は思うのだが。

 

「だって、親友がいないと、なにもできない……」

「もしかして、輝子ちゃんは……、ありきたりな表現ですけど、アイドルとしてのこれまでが、プロデューサーさんにすべて敷かれたレールだと思っていませんか?」

 

 親友に敷かれたレール。

 なるほどと思った。だから他人事だったのかと納得した。私の薄靄に包まれるような感覚を、的確に表現したまゆさんはやはり凄い。

 

「ち、違うのか?」

「敷いたのがプロデューサーさんだとしても」まゆさんは断言した。「これまでずっと走ってきたのは、努力してきたのは、輝子ちゃん自身です」

 

 まゆさんの言葉には、熱がある。瞳は、まっすぐとしていた。

 私にはないものだ。私がアイドルとして成功しているはずもないと思う最たる理由だった。

 眩しいな、と思った。

 俯いた私に、まゆさんは、ただ、頭を撫でてくれた。

 

 ○

 

 仮にもアイドルの端くれなので、私にもツイッターやインスタグラムのアカウントがある。

 が、ほとんど更新できていない。私がネットに疎いというのもあるが、まずなにをすればいいのか分からなかった。ときどき、幸子ちゃんや美玲ちゃんに呆れられてしまうが、分からないものは仕方がない。ユニットでお仕事したときに、みんなで撮った写真を投稿する(これも幸子ちゃんや美玲ちゃんがよくしてくれる)のがほとんどだ。私をよく知っている親友が代わりにすればいいと思うが、親友によれば「ファンは輝子のありのままの姿を知りたい」らしい。

 日陰のキノコを知りたいのか、私には疑わしいのだが。

 

「それで……、な、なにをすればいいんだ?」

「え、えー……?」

 

 私の疑問に、ボノノちゃんが困惑していた。

 ボノノちゃんはもう一人の、机の下の隣人である。「アンダーザデスク」のほかにも「サイレントスクリーマー」、「インディヴィジュアルズ」などのユニットとして一緒に活動している。いわゆる公私ともに仲のいい友達のひとりだ。

 

「輝子ちゃんがあんまりツイートしないのって……」

「なにをすればいいか、わ、分からないんだ」

「えー……」アイドルとしていまさらな話に、ボノノちゃんは呆然としていた。「なにって……、それは輝子ちゃんの自由だと思いますけど……」

「なら、ツイートしないのも、じ、自由ってことで」

「詭弁ですけど!」

「フヒッ」

 

 ボノノちゃんに叱られ、私は呻いた。

 が、ぷりぷりとしているボノノちゃんもまたかわいい。

 

「怒っているキミも、かわいいよ」

「貴方って、嘘ばっかり」

「嘘じゃない」

「ホントに?」

「本当さ」私はボノノちゃんに微笑んだ。「僕がキミを愛しているように、ね」

「きゃっ」

 

 鴨川に等間隔で並んでいるという唾棄すべきリア充の真似をしながら、私はボノノちゃんと他愛もない会話で戯れた。やがて小芝居に飽きた私達は、机の下でみんなのアカウントを話の肴にしていた。

 

「炎陣のみなさん、昨日は焼肉に行ったんですね……」

「焼肉……、ボノノちゃんはなにが好き?」

「シロコロ」

 

 私とそれほど更新頻度が変わらないボノノちゃんも、ときどき、イラストを載せている。絵本作家になる夢があるらしい。まゆさんはツイッターに手作りのお弁当(誰の為に作ったかは、乙女の秘密だ)を、インスタグラムにはファッションコーデを載せていて、男性向け女性向けを意識しているようだ。比奈さんはツイッターがメインで、美嘉さんはインスタグラムがメインだ。番宣や告知以外は、プロデューサーとアイドルの裁量に任されていて、それぞれの特徴があった。

 私はほとんどをプロデューサーと友達に任せている。

 だから他人事なのかもしれない。

 変わりたいと思った。

 

「あの……、ボノノちゃん」

「……?」

「一緒に、お、お、オフショット、撮らないか?」

 

 これは人類にとって小さな一歩だが、私にとっては偉大な飛躍である。

 ボノノちゃんとの机の下のツーショット自撮りは、どうにか無事に投稿できた。「一緒になら……、いい、ですけど……」ボノノちゃんはオフショットを了承してくれたが、私もボノノちゃんも自撮りを碌にしたことがなかった。慣れない自撮りに悪戦苦闘しながら撮影できたまともな一枚も、私の笑顔はへなちょこだし、ボノノちゃんの視線もどこに向いているか分からなかった。

 

「これはこれで、私達らしいかもしれないですね」

「フヒ」

 

 内緒話をするかのように、私は机の下でボノノちゃんと一緒に笑った。

 

 ○

 

 翌日。

 今日は小梅ちゃん幸子ちゃんとレッスンだ。

 最近では「アンダーザデスク」や「インディヴィジュアルズ」としても活動しているが、私がもっとも活動しているのは小梅ちゃん幸子ちゃんとのユニットだ。二人とも、私の大切な友達だ。世間でも私は小梅ちゃん幸子ちゃんの「カワイイボクと142's」で認識されていると思う。なぜかずっとユニット名がなかったのだが、理由は私にも分からない。

 私が所属しているプロダクションのアイドルは、レッスンが充分に確保され、余裕があると言われている。

 創業したばかりの頃は映画の制作会社だったらしいが、俳優のマネジメントを筆頭に事業を拡大していき、今ではテレビや映画、ラジオにコマーシャルなど、あらゆるメディアコンテンツを企画、制作する一大芸能プロダクションとなっている。所属しているモデルや歌手、アイドルを自社コンテンツで起用、宣伝できるので、それだけスケジュールの確保、管理がしやすいらしい。

 実際に、私は「六本木ヒルズ」や「お台場」にほとんど行ったことがない。

 

「お、おはようございます」

 

 余裕があるというレッスンスケジュールの恩恵をまさに受けている私は、挨拶をしながら呑気にレッスンルームに入っていた。

 

「おはよう……」

「おはようございます」

「……」

「フヒ……?」

 

 小梅ちゃんに睨まれていた。

 不機嫌な小梅ちゃんもかわいいが、どうすればいいのか私には分からなかった。困惑している私に、幸子ちゃんは呆れていた。さながら私がすたみな太郎でキノコばかり焼いていたときの拓海さんのようだった。「肉も焼け、肉も」

 幸子ちゃんが笑った。

 

「小梅さん、乃々さんに妬いているんですよ」

「……」

「イタ」幸子ちゃんは、トマトのように赤面した小梅ちゃんにぽかぽかと叩かれていた。「わ、分かりました、分かりましたから……」

 

 仲睦まじい二人の姿にほんわかしていると、小梅ちゃんにも呆れられた。

 なぜ。

 幸子ちゃんが私に囁いた。

 

「乃々さんとのツーショットをツイートしていましたけど、今までプライベートでは全然撮らなかったのに、どうしたんですか?」

「フヒ」私は自信たっぷりに笑った。「人類にとって小さな一歩だが、わ、私にとっては偉大な飛躍だ」

「はあ?」

 

 幸子ちゃんの剣幕に、私の心のニール・アームストロング船長は月面着陸に失敗していた。

 

「お、怒らないでくれ……」

「怒っていませんって……」幸子ちゃんは嘆息した。「ご自分で更新するようにと、ずっと言ってきましたからね。やっと分かっていただけたようでなによりです」

「フヒ」

 

 幸子ちゃんの言葉に喜んでいた私の肩が、むんずと掴まれた。

 小梅ちゃんだ。

 小梅ちゃんが幽鬼のように佇んでいた。さながら「シャイニング」のジャック・トランスのようだった。

 

「フ、フヒ……?」

「撮ろう。オフショット。私と、一緒に」

「あ、え、レッスンのあとで、いいんじゃないか?」

 

 私はレッスンウェアの裾を抓んだ。小梅ちゃんはいつもの袖の余ったパーカーも着ていたが、レッスンウェアはあまりにもシンプルな格好だった。自撮りをするなら私服のほうがいいんじゃないかと思うのだが。

 

「今」小梅ちゃんは決然としていた。「すぐに」

「う、うん」

 

 どうにか頷いた私に、小梅ちゃんはすっかりご機嫌になっていた。なぜかは分からないが、小梅ちゃんが喜んでいるなら、それでいいかなと思う。私は小梅ちゃんと一緒に自撮り(小梅ちゃんのピースは、パーカーの袖に隠れていた)をした。「フヒ」私が笑うと、小梅ちゃんも微笑んだ。

 笑顔の小梅ちゃんも、やっぱりかわいい。

 

「ハァ……」

「……?」

 

 どうして幸子ちゃんは呆れているのか、私には分からなかった。


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