自分を星輝子だと思いこんでいる一般人   作:木木木登美彦

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偽者(3)

 まとめブログ。

 それは、コバエのような品性のブロガーが、一部のネットユーザーから蛇蝎のように嫌われ、血で血を洗うような蠱毒さながらの様相を呈しているこの世の地獄の底である。

 ほぼ輝子を無断転載したまとめブログは、女性配信者関連を中心に更新していたが、アクセスを稼げないと判断したのか、最近ではVtuber関連に比重を置いていた。実に浅ましい根性であるが、噂に違わぬ独自の嗅覚で、輝子ちゃんに瓜二つというセンセーショナルな存在のほぼ輝子をキャッチしていたのは、恐るべき執念である。

 まず私が疑ったのは数人ばかりの常連さんであるが、可能性は低いように思われた。常連さんを疑うという、紳士にあるまじき所業を私が許さなかったのもあるが、我々はYouTubeの底辺で一ヶ月は戯れていた。常連さんが、もし餌になるネタを常に探しているハイエナならば、いまさらなタイミングであると桃色の脳細胞たる私は確信していた。私は、孤島ミステリー第一の被害者のように、易々と疑心暗鬼に陥るような男ではないし、まとめブログの管理者はアドレスやアカウントを公開している。仮に常連さんのひとりが犯人だったとしても、それに凸すればいいだけの話である。推理を展開するまでもなかった。

 ただ、迂闊に凸をするほど、馬鹿な私ではない。荒らしはスルーすべし。「古事記」にも書かれている、由緒正しき方法である。配信をせず、我々は事態を様子見していた。ツイッターのダイレクト(D)メッセージ(M)で招待コードを送った常連さんとともに、私は冬を越すヒグマのように「Discord」にひきこもっていた。

 ほぼ輝子とは誰なのか、よもや輝子ちゃん本人なのかと、ほぼ輝子のツイッターの通知欄は随分と賑わっていたが、我々のDiscordはいつものように、冬眠しているヒグマもいない、冬の禿山のように森閑としていた。Discordでの配信も試したが、環境が変わったからとて配信スタイルは変わらなかった。我々は、配信者と視聴者一体となってほとんど無言という、硬派なストロングスタイルを貫いていた。雑談はほとんどテキストチャットであった。歴戦の猛者である我々は、CGIチャットの呪縛から逃れられなかったのもあるし、ボイスチャットで異性と雑談するのは憚られるという、紳士的な常連さんの確固たる意思を尊重していた。

 

 ● 

 

 Discordでの配信はやや難儀であったが、避難所生活も慣れれば都であった。濁流のようなツイッターの通知も、ほぼ輝子のアカウントに触らなければ問題もない。

 ただ、ついには私の本アカウントにもほぼ輝子の話題がリツイートされていたのがやや問題であった。

 

「どうしたもんかなあ……」

 

 私は呻いた。

 意識的にシャットアウトするのにも限界がある。

 私はほぼ輝子がどのように話題にされているかを確認することにした。なお、これは私の溢れんばかりの知的好奇心を満たす為である。短絡的な愚行かどうかの判断は、諸君の自由である。

 ニコニコ動画を運営するドワンゴのネットニュースから、後発のネットニュース、SNS、5ちゃんねる(この名前に、私はいまだ慣れない)にまとめブログと、次々に動画が拡散されているのは、私も小耳にしていた。5ちゃんねるにどのようなスレがあるのかも興味はあったが、ツイッターへのリプライかニコニコ動画のコメントを確認するのが、やはり手短に思われた。

 ニコニコ動画は「草」を生やしていればコミュニケーションが成立する、密林のジャングルである。ウホウホとドラミングしているゴリラ達のほうがよほど高尚にコミュニケーションをしている。いわゆるクソリプによる精神的ダメージを考慮し、まずはニコニコ動画のコメントをチェックする為に、我々調査隊はアマゾン奥地へと向かった。

 

「嫌いじゃないけど好きじゃないよ」

「大物YouTuber」

「奈落シチュー」

 

 YouTuberとして活動する以上、インターネットでおもちゃにされるのも想定していたが、いざ直面するとなかなかのダメージであった。拙い編集技術から、外見相応の子どもと思われているのはやや釈然としないし、私の独創的にして革新的なチキンカレーが地の底(アビス)の産物にされるとは、よもやである。

 度し難い。

 ただ、ほぼ輝子があまりにも瓜二つだからか、輝子ちゃん本人かも分からない相手に、直截な中傷コメントをするのはどうやら憚られるようであった。おもちゃにはされているが、誹謗中傷はほとんどなかった。共通の話題で騒げればそれでいいという土壌がインターネットにあるように、ほぼ輝子が誰であるか、関係ないのかもしれなかった。

 懸念は、ほぼ輝子が5ちゃんねるでどう思われているか、である。

 5ちゃんねるに囚われると、全感覚の喪失、それに伴う意識混濁、自傷行為に陥るという。さらには人間性をも喪失し、やがて死に至る、現代の深界五層である。5ちゃんねるでは、人間性を失った成れ果てどもによって形成された数多のスレッドが地層のように堆積している。なかでも悍ましいのが、いわゆるアンチスレである。

 恥ずかしながら、私もかつてはイベント会場で迷惑行為をしていた厄介オタクを叩いていたものだが、それでも温情である。もっと理不尽に誰かをディスっているスレなど、枚挙に暇がない。令和のガンジーたる寛大な私も、おもちゃにされるならまだしも、サンドバッグにされるのはさすがに御免である。私は5ちゃんねるから退避した。

 敵前逃亡ではない。戦略的撤退である。

 無事に撤退した私は、布団を被りながら、ぷるぷると武者震いをした。

 しかし、数日もすれば、徹底した静観が功を奏したのか、だいしゅきホールドの起源を主張して嘘松認定された作家や、ワニくんはどう死ぬのかがトレンドになっていたのか、ツイッターのオタクどもはほぼ輝子にほとんど興味を失っているようであった。

 好都合ではあるが、やや釈然としない。

 ただ、なにやら5ちゃんねるの一部の強硬派が、ほぼ輝子を輝子ちゃん本人と断定(残念ながら早計である)していた。プロダクションはアイドルの管理責任を果たしていないと声高にロビー活動をし、あきらちゃんの同期である新人の夢見りあむちゃんがネットで炎上していた。りあむちゃんは頻繁に炎上していることで有名である。プロダクションがアイドルを管理できていない筆頭だと思われているようであった。

 まさに対岸の火事である。

 しかし、私の所為でプロダクションが批難されているのは事実である。声がデカいだけの、ほんの一部のアンチの仕業だと思われているのが不幸中の幸いであるが、輝子ちゃん一人の汚名云々の話ではない。プロダクションがどのように対応するのか不安であった私は、夜しか眠れなかった。

 

 ●

 

 翌日。

 ほぼ輝子のアカウントに、プロダクションからDMが届いていた。

 私は呆然とした。

 

「マジか」

 

 さながら嵐のようであったほぼ輝子のツイッターの通知もすっかり収まっていたから、それはまさに晴天の霹靂であった。なにかの悪戯ではないのかと私が疑ったのも無理からぬ話であるが、正真正銘、プロダクションの公式アカウントであったし、エイプリルフールは一ヶ月以上も先の話である。ほぼ輝子とワンチャンむにゃむにゃしたいのか、理性の欠片もないセンシティブなリプライを送ってきた野獣どものアカウントを次々にミュートしてから、私の心はやっと冷静になったように思われた。

 私は深呼吸をし、DMをクリックした。

 大企業らしい、実に格式あるビジネスメールに、私は労働アレルギーの発作に襲われていたが、つまりは「プロダクションでもストリーマー部門を発足させる。ほぼ輝子を配信者として配属させたい。話はできないか」という用件であった。

 私は「ほんまかいな?」と思った。

 嬉しいが、疑わしいのも本音である。輝子ちゃんばりの優れた容姿でバズったが、YouTuberとしてのほぼ輝子はただのペーペーである。話題性も、じゃがりこに爪楊枝を混入させたとして数年前に逮捕されたYouTuberと、もはや大差はなかった。実は輝子ちゃんと双子でしたーという設定でアイドルとしてデビューさせるほうが、まだ真実味があった。なにか裏があるな、と頭脳明晰な私は判断していた。他人の厚意をまず疑うへそ曲がりだと表現してもよい。

 もしプロダクションがほぼ輝子を管理下に置きたいとすれば、やはりほぼ輝子の迂闊な行動がプロダクションや輝子ちゃんの不利益になると判断したからか。

 不本意ではあるが、私が輝子ちゃんの不利益となれば、ファンとして恥ずべきことである。DMで謝罪をすればいいのかもしれないが、誠意を示すためにも件の担当者と会うべきだと私は思った。既に話題も下火になっているから、再燃の火種にしかならない、プロダクションへの配属だけは断ればいいように思われた。

 私は「プロダクションの方から話がしたい」というDMがあった、会うべきか迷っていると、常連さんに相談することにした。これは多角的な判断をする為であり、優柔不断ではないと諸君にご理解いただきたい。新部門の発足やスカウトの件は伏せている。プロダクションは炎上(というか小火である)の件について話がしたいのだな、と聡明な常連さん達ならば理解すると信頼していた。

「絶対、話をしたほうがいい」と、ガブリアむさん。随分と積極的であった。なにか誤解をしているのかもしれない。

「一旦、保留にしたほうがいい」は、官能コイルさんとサム・ライミ8さん。消極的であるが、ほぼ輝子のバズりもほとんど沈静化しているから様子見は妥当である。

「人間はなにかを選択したとき、選ばなかったほうを後悔するようにできているので、どちらでもよい」と、八つ折作戦さん。論外である。一見、論理的で心理学的な知見であるが、なにも解決していない。「今度のデート、どこにする?」「どこでもいい」というレベルである。童貞か。さすが「シン・ゴジラ」が好き(ハンドルネームからの憶測である)なだけはある、なかなかの愛すべき偏屈野郎であった。絶対、理想主義的な矢口蘭堂より、現実主義的な赤坂秀樹派である。

 常連さん(私は勝手に四天王と呼んでいる)の意見も考慮して、カップヌードルが完成するまで慎重に悩んだ末、私は担当者と会うことにした。やはり誠意は示すべきであると思った。もし失敗したとしても、ガブリアむさんと八つ折作戦さんの所為にすればよい。私はカップヌードルを貪り、昼寝をしてから返信した。

「ご足労いただいた際には、交通費と、わずかばかりではありますが、謝礼をご用意いたします」という言葉がDMにはあったが、私の決断に一ミリも関係はない。

 

 ●

 

 後日。

 指定されたのは、渋谷のとある喫茶店であった。ジャージ姿で担当者と会うのはさすがに憚られたので、私は「GU」でジーンズとパーカーを新調していた。

 担当者によれば、仮に私が東京都民でなかったとしても、全国各地にプロダクションの支社があるから問題はないが、対応しやすいに越したことはないという話であった。秘密の花園たるプロダクションの社屋に入れるのではないかという淡い期待もあったが、こればかりは仕方がない。

 喫茶店があるのは、ドブの匂いがすると評判の渋谷の歓楽街からはやや離れた高級住宅街の一角であった。渋谷という土地に圧倒的なアウェーである私は、喫茶店の脇にある公園で、待ち合わせの三十分前から店の様子をじっと敵情視察していた。お昼時を外しているからか、客はスーツ姿の男二人と年配の女性だけであった。

 スーツの二人組がたぶんプロダクションの方であるが、一人は随分と大柄であった。さながら金剛力士像である。喫茶店でスーツ姿の金剛力士像が窮屈にちょこんと座っている姿を想像したらなかなかに痛快であったが、怒らせたら肉団子のようにボコボコにされ、浅草仲見世通りの人形焼の材料にされるかもしれないのでほどほどにした。不埒な妄想逞しい私に、公園を散歩していた若奥様のヨークシャー・テリアが「きゃん」と鳴き、私は仔犬のような悲鳴を上げた。

 ヨークシャー・テリアから逃げるように喫茶店に入った私に、もう一人の男が店員さんより先に「お待ちしておりました」と微笑んでいた。強面の大男とは対照的に、アイドルとして活躍していても不思議ではない、やや細身の優男であった。優男はさながら二十年来の友人か、はたまた歌舞伎町のポン引きかのような人懐っこい笑顔をしていたが、ツラのよい男は腹黒と相場が決まっている。これは歴然たる客観的事実であり、私の個人的な感情とはまるで関係ない。

 

「では、私はこれで。失礼します」

 

 奇妙な沈黙を破ったのは、大男であった。渋いバリトンボイスである。どうやら優男が担当者であるらしい。無骨ながらもぶきっちょがどこか愛らしい(私の勝手な妄想である)大男が担当者ならば、どれほどよかったか。私に会釈をしてきた大男は、やはりどこか窮屈にしながら喫茶店を去っていった。

 孤立無援である。

 私は決然と優男を威嚇したが、優男はまるで仔猫を前にしたかのように飄々としていた。

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