不幸中の幸いか、私の大きなライブは、新型コロナウイルスの脅威が本格化する前の、二月の中旬だった。私のレッスンは無駄にならなかったが、それ以降のライブやイベントはほとんどが中止になっていたので、素直には喜べない。当然ながら、それはプロダクション全体の問題となっていた。
親友と、MCN部門を発案したあの小柄なひとが、部門の再編に尽力して、アイドル達は活躍の舞台をネットへと移すことになった。それは、新型コロナウイルスの特効薬が無事に開発され、猛威がひと段落してからも変わらなかった。生真面目なありすちゃんが文香さんとのレッスンの様子を配信している一方で、お酒を好きなひとの配信はただお酒を呑んでいる。数々の配信は実に自由奔放だったが、どうやら、アイドルのありのままな姿が観られると好評のようだった。
私もなにか配信をしたほうがいいのかな……?
「ぼくにも出演させておくれよー、一緒にゲームしよー?」
「ゼッタイ炎上するんでヤです。#リスクマネジメント」
「やむ!」
MCNからライブストリーム部門となった一室では、次はどのような配信をしようか企画しているあきらさんに、りあむさんが戯れていた。
ライブストリーム部門の担当でもある親友は、当然ながらこの部屋でも仕事をするから、打ち合わせに呼ばれたりと、私はすっかりここの一員のようになっていた。ライブやイベントがないのを口実に、私はここの机の下ライフを満喫してしまっていた。
あきらさんが企画している、アイドルの用意してきた得意なゲームに挑戦するというコラボは、なかなかに人気のようだった。ゲーマーアイドルとして知られている紗南ちゃんや、私の後輩でもあるシンデレラプロジェクトの杏さんを筆頭に、菜々さん美世さんに晶葉ちゃん、小梅ちゃんも「SIREN」「零」シリーズで何度か参加していた。
なぜかジェンガを用意してきたみくさん(杏さんの同期でもある)は、見事に却下されていた。
「それにりあむサン……、得意なゲームとか、あるんデスか?」
「ない! よ!」
「……」
論外だとばかりに、あきらさんは絶句していた。
ライブストリーム部門にある親友のデスクの下でもキノコのようにひきこもるようになっていた私は、変な話かもしれないが、むしろ交友関係が広がっているように思う。
あきらさんりあむさん、二人とユニットを組んでいるというあかりさんからはときどき林檎を貰っている(愛梨さんと一緒にアップルパイにしている)し、三人と同時期にデビューしたちとせさん千夜さん、凪ちゃん颯ちゃんには、お近づきの印にきのこパスタをご馳走したこともある。
「凪が語り掛けます。うまい、うますぎる」と、凪ちゃん。
「フヒ……」よく分からなかったが、たぶん、喜んでいたと思う。「それは、よかった……」
あきらさんりあむさんあかりさんと四人は、プロデューサーが同じだという。件のプロデューサーさんは、たまにライブストリーム部門であきらさんと打ち合わせをしているが、西洋の血もあるのか、色白でとても綺麗なひとだった。あきらさんとコラボ動画を撮っていた菜々さんは、「メリー・ポピンズみたいな方ですねえ」と言っていた。
誰だ……?
あきらさん達のプロデューサーさんも、親友が新型コロナウイルスの対応に苦慮したように、中止になった新人主体のライブの後処理や次善策に追われていたが、もっとも多忙だったのが、志希さんのプロデューサーさんだとプロダクションではもっぱらの噂だった。
新型コロナウイルスの特効薬を開発したのが、志希さんのお父さんらしいという話は、もはやヒョウくん(小春ちゃんのペットのイグアナである)でも知っている。微妙な関係なのか、志希さんはあまり家族の話をしないのだが、当然ながらマスメディアには関係のない話である。連日のように、志希さんへの取材の申し込みが殺到しているというが、彼女のプロデューサーさんがすべて断っていた。かつて、家庭事情を取材しようとしていた週刊誌の記者が原因不明の病に侵され、ついには退職したという与太話を、志希さんのプロデューサーさんはまるで疑っていないのか、彼女というよりもマスコミの方々を守る為に奔走しているようだった。外出自粛の制限が段階的に解除されているが、それでも近頃はほとんど「失踪」していない志希さんに、「志希ちゃんなりにプロデューサーさんに感謝しているのかもね」とは、美嘉さんの言葉だった。
ほぼ輝子さん(どうも背中がむずむずする)の一件から、なにかと多忙な親友に私も感謝したほうがいいのかもしれないな……。
いや、したほうがいいからと感謝するのも、打算的で、なにか嫌だ……。
違う。
私が親友に感謝したいから、するんだ。
「フ、フヒ……」
な、なんだか、照れるな……。
机の下で、私は一人勝手に赤面していた。
早速、親友が好きな(た、たぶん……)缶コーヒーを買ってきた私は、メッセージを書いたポスト・イットと一緒に、デスクの片隅に置いた。
「親友へ
いつもありがとう」
恥ずかしいあまりに
もしバレていたら、私はミサに招待した二人を蝋人形にしなければならない。
○
「配信デスか?」
「う、うん……」
無事に蝋人形にならなかったあきらさんに、私も配信をしようかと、相談していた。
普段はなにかと先輩であるまゆさんに相談しているが、配信ならあきらさんも立派な先輩なので、なにも問題はない。先輩として情けないかもしれないが、私が立派にアイドルしているかどうかは微妙なので、今更な話だ。
「無理にするものでもないと思いますけど……、あー……、でも今は配信が仕事みたいなトコ、ありますからねえ……。仕事ないデスし」
「だから、わ、私もなにかしようかなって……」
「輝子サンなら……、山歩きとかいいと思いますし、コロナ収まってからでいいんじゃないデスか? #Stay_Home」
「……」
「やっぱり輝子サンの好きなこととか、したいと思ったことを配信するのが一番じゃないかと。今のニーズは、アイドルのありのままの配信だと自分は思うんで」
「フ、フヒ……」
あきらさんに圧倒され、私は朦朧としたが、ともあれ、陶芸の様子を配信している肇さんや、空手の稽古を配信している有香さんのように、好きなことを配信すればいいというのは、実に単純明快だった。
ただ、私のありのままを、誰が観たいのかというのが疑問だ。
「ぼくも餃子焼いてただけだし、テキトーでいいのに」
「それはどうかと思うんデスけど」
「でもでも、オタクども、ケッコー観てくれてたよ?」
「りあむサン、知名度と胸だけはありますからね」
「トゲあるな!」
りあむさんは右頬が痒いのかしらと思ったが、どうやら笑ったらしい。不格好で、私に似ているかもしれないと思った。
「あ、だから……、えっと……、ぼ、ぼくでも大丈夫なんだから、輝子ちゃんはもう全然オッケー、問題なしだって! ふ、へへへへ!」
「キョドりすぎでしょ」あきらさんが呆れていたが、棘はなかった。「ギョーコサンで慣れたとか言ってませんでした?」
ほぼ輝子さんには「ギョーコ」というあだ名(偽の輝子だかららしい)が、プロダクションで定着していた。誰が最初に呼んだか、都さんが調査をしているが難航しているという。例外は、「ほぼ輝子さん」と呼んでいる親友と私、「ほぼちゃん」と呼んでいるりあむさんや一部の年長アイドルだけであった。
「や、ほぼちゃんは違うっていうか、別っていうか……、二郎がラーメンであってラーメンじゃない豚の餌みたいなさっ?」
豚の餌はあんまりではないかと思ったが、りあむさんと付き合いのあるあきらさんには、繊細微妙なニュアンスが分かったのかもしれない。「あー……、ジャンクフードってことデスかね?」やや呆然としながらも、あきらさんは納得していた。りあむさんはいつものように能天気に笑っていた。これでも悪気はないのが、りあむさんの大物たる所以かもしれない。
「まずは、レッスンの様子を配信するのが無難デスかね。あとは、あつ森って、手もありますけど。最近、人気デスし」
「うん……」
前述したように、ありすちゃんを筆頭に、かなりのアイドルがレッスンの様子を配信している。ありすちゃんはレッスンしている姿をただストイックに流しているし、美嘉さんはレッスンの合間にファンと雑談もしているという。普段、アイドルがどのようなレッスンをしているのか、なにをしているか知りたいという需要もあるのだとか。
「話は聞かせてもらいましたよ!」
「どうぶつの森」はあまり知らないから、レッスンの配信をするのが無難かもしれないなと私も思ったとき、ライブストリーム部門に颯爽と現れたのは、幸子ちゃんだった。
○
「ボクもレッスンの様子を配信しようと思いましてね」
「ウチも、いい機会だと思ったからさ」
私はライブストリーム部門を訪れた幸子ちゃんと美玲ちゃんに、「ロズウェル事件」のリトル・グレイ(有名な写真だが、後年の捏造だと判明している)のようにずるずると引きずられていた。友達である幸子ちゃん達とのレッスンは嬉しいが、どうして連行されているような格好なのか、私には分からなかった。
「引きずり出さないと、輝子さんははずっとひきこもっていますからねえ」
「フ、フヒ……」
私がライブストリーム部門の机の下にひきこもっていたのは事実なので、面目次第もない。
でも、親友の管理の下、私はノルマであるレッスンをしていたし、ときどき、ライブストリーム部門でゴロゴロしていたあきらさん達とも自主レッスンをしていた。私もそれほどひきこもっていないんじゃないかと思うのだがと反論したが、二人には呆れられた。
「ショーコは鈍感だなッ」
「鈍感ですねえ」
「フヒ……?」
どうやら私は鈍感らしい。もしやひきこもっていたから匂うのかなと思って、私は身体をすんすんと嗅いだがやはり分からない。またも二人に呆れられながら、私はレッスンルームへと連れられていった。
レッスンルームの片隅では、小梅ちゃんがノートパソコンとウェブカメラで配信の準備をしていた。随分と手際のいい小梅ちゃんに、私は「ほえー」と感心したが、ボノノちゃんも小梅ちゃんの隣で「ほえー」となっていた。小梅ちゃんがあきらさんの企画に何度か参加していたのは、この為だったのかもしれない。私は小梅ちゃんの先見の明に脱帽した。
「どうだ?」
「だ、大丈夫、だと思う」
「アングル、確認しましょう」早速、幸子ちゃんがレッスンルームの中央でステップを踏んだ。「どうでしょう?」
「オッケー、だよ」
小梅ちゃんの言葉に、幸子ちゃんは揚々と頷いたが、「ほんとにするんですか……?」とボノノちゃんは弱腰だ。レッスンの様子が全世界に配信されるのだから、無理もないと思う。アイドルの配信に需要はあるのかもしれないが、机の下のひきこもりの配信に需要が本当にあるのか、はなはだ疑問だからな。
「ボノノちゃんも一緒に、わ、私と、見学し」
「レッスン、するよ……!」
「フヒッ」
小梅ちゃんにむんずと掴まれ、私は問答無用に引きずられていった。このまま黄泉の国に攫われるのではないかと思うほどであった。
配信は、カワイイボクと142'sとインディヴィジュアルズの合同レッスンという名目だった。つまり、私のレッスンは二倍である。予期せぬシゴキに、私はアイドルにあるまじきびしょびしょの濡れ雑巾のような姿を、全世界に配信していた。ひんやりとして冷たいレッスンルームの床と、トモダチになれた気分だった。
虫の息の私を尻目に、主に幸子ちゃんと美玲ちゃんが、交互にリスナーさんとの雑談を担当していた。美玲ちゃんによれば、リスナーさんは、幸子ちゃんのいないときだけ「カワイイ」「カワイイ」と絶賛していたらしい。どうせアーカイブで確認されるのだから意味はないと思うのだが、これがインターネットのノリというものかもしれない。
「おつかれさま」
「お、おつかれ、さま……」
レッスンが終わっても床にべったり潰れたままの私の鼻面を、小梅ちゃんが余った袖でぺしぺしと叩いてきた。
「く、くすぐったいよ」
「ふふ」
イタズラに満足したのか、小梅ちゃんは上機嫌に笑っていた。
○
外出自粛の制限が全面的に解除され、かつての日常も戻ってきた後日。
さまざまな猫カフェを探訪しているみくさんの配信に、私が映っていたという。映っていたのは十数秒だったが、あまりにも微妙に心理的距離のあるみくさんと私の会話に、ネットではアイドルの不仲説が面白半分に謳われていた。
だが、厳密には私ではない。ほぼ輝子さんだった。
「あの偽物ではないのか」という声もあったが、どちらにせよ話のネタにできればそれでいいという雰囲気が、やはりネットにはあるようだ。
りあむさんほどではないが、彼女もなかなかにトラブルメーカーらしい。
なにやら不機嫌な小梅ちゃんの隣で、私は苦笑した。