ダンジョン、閉鎖致します   作:小名掘 天牙

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トウトウ村編
第一報 君は影か人間か


―永いことダンジョンに独りだと、人は自分の影を無二の相棒だと妄執する様になるのさ―

 

 ダンジョンで(・・・・・・)ランタンを掲げた瞬間、唐突に過去の記憶が脳裏を過った。これは確か、僕がまだダンジョン閉鎖士補佐をしてた頃に一応の師匠が口にした言葉だった気がする。

 まだ七つか八つだった当時の僕が「はぁ……」と聞き流した言葉は、それから十年近く経った今でも、変わらず「はぁ……」のままだった。まあ、あの人(・・・)が感傷めいた言葉を口にした時点で割と事件ちゃ事件なんだけどね。

 つらつらと埒もないことを考えながらランタンの灯が舐め上げたダンジョンの内壁に意識を向けると、その更に奥底から漂ってくるグズグズに腐敗したリンゴの実を思わせる饐えた甘ったるい悪臭が一段と濃くなっている。

 

「……ここか」

 

嗅ぎ慣れたダンジョンの死臭(・・・・・・・・)に思考を打ち切って歩を進めると、間を置かず小さな小さな最深部へと辿り着いた。

 がらんとした空洞に照明を向ければ、固い岩肌が蛇の鱗の様に陰影を震わせる。所々に走る裂傷は、かつてこのダンジョンに踏み入った勇敢なる冒険者(侵略者)によって刻み付けられた所有印みたいだ……なんてね。

 宝はおろか、小石や苔の一つすら残さず剥ぎ取り刮げ落とされたダンジョンの奥底で、人間の欲望と執念の爪痕に包まれながら、僕はいつもの通り“最後の踏破者”としての仕事に取り掛かる。

 持っていたランタンを置いて、背中のナップザックから手持ちのシャベルを取り出すと鼻先に全神経を集中して部屋に充満したダンジョンの死臭を吟味する。

 

(……あった)

 

辺りに満ちる、甘ったるい腐ったリンゴの臭いの中に一点、濃縮に濃縮を重ねた結果、類推出来る臭いが思い付かなくなった純粋な悪臭の一端があった。

 その臭いを一歩、また一歩と辿っていくと次第に強くなる純粋な悪臭。そして嗅ぎ付けた悪臭の根源。

 

(うん、間違いないね)

 

念のため、鼻先を付けて臭いを嗅いでみれば、鋭く射し込むようなそれが僕の鼻神経を痺れさせてくる。

 一見して何の変哲もないただの岩壁。それがこのダンジョンの心臓(・・)、”ダンジョン・コア”だった。

 探り出した心臓が疵付かないように注意して外縁部を削り、零れ落ちた“コア”をブリキのケースに詰められた珪藻土に沈めれば今回の仕事は粗方終了となるのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 "ダンジョン・コア"の摘出を終えると、その足でこのダンジョンを管理している村の村長宅へと向かう。

 

「こんばんは」

 

凝った意匠のベルを鳴らしてドアを開けると、車座になって何かを話し込んでいた村の人達が口を噤んで一斉にこっちを向いてきた。

 

「「「「「……」」」」」

 

中心に立てられた小さな蝋燭だけが唯一の光源となっている薄暗い室内にぼんやりと浮かぶ無数の双眸。視界の悪い暗がりの中にありながら、それらの眼球には疑心、疑念、敵意、悪意、そして恐怖といった負の感情がありありと浮かんでいる。まあ、いつもの事なんだけど。

 

「村長さんはいますか?」

 

変わり映えのしない反応は置いておいて、目的の人の事を尋ねると、仄暗い部屋を漂っていた眼球達が緩慢な動きで奥を向く。

 

「あー……これはこれは……」

 

視線の奥からのろのろと出てきた村長さんは流石にあからさまな敵意を向けるつもりは無いらしく、代わりに貼り付けた様な愛想笑いを向けてきている。

 

「"ダンジョン・コア"の摘出は完了しました。後二三日もしないうちにダンジョンは完全に朽ちて入り口は閉じるでしょうから、その間に村の子供達が中に入らないように注意してください」

 

「左様……ですか……」

 

規定に沿って閉鎖の報告と注意事項を伝えると、一瞬何か言いたげに口を開いたものの結局何も言わずに俯いてしまった。……ま、いっか。

 

「それ「おう、それは良いけどよ」

 

と、残りの通達事項を伝えようとしたところで、車座の中からのそりと立ち上がった熊みたいな風貌と体格をしたおじさんが唐突に割って入ってきた。

 

「何か?」

 

「ちょいと小耳に挟んだんだけどよ、ダンジョンの閉鎖に同意してあんたらダンジョン閉鎖士?っつーのを呼ぶと礼金が出るらしいじゃねえか。そいつは本当かい?」

 

「ああ、お金は出ますよ。礼金じゃなくて見舞金ですけど」

 

彫りの深い髭面に不格好な、それこそ傍からでも慣れてないのが丸分かりな愛想笑いを浮かべるおじさんの質問に割と大事な訂正を(ダンジョンはあんたのものじゃないと)伝えてみるけれど、僕の言葉にはあんまり興味が無かったらしく「そ、そいつはいくらなんでい!?」と色めき立って身を乗り出してきたのだった。まあ、今話そうとしてた事だから丁度良かったけど。

 

「どうぞ」

 

「!!」

 

事前に準備しておいた封筒をおじさんに差し出すと、髭面のおじさんは引っ手繰る様に僕の手からそれを毟り取った。

 

「………………………おい、どういうことだよ、これは」

 

そして、逸るように力尽くで封筒を破り捨てると、コロンと掌に零れ落ちた金貨を前になぜかギョロリとした目を一杯に見開く。そして、慌てたように二度三度と封筒を振ると、最後には封筒の奥底に顔を突っ込むようにして空っぽの紙筒の中身を眺め、震える声でそんな言葉を搾り出したのだった。

 

「どういうことだって言ってんだよ!!!」

 

ビリビリと空気を震わす怒号。それが空っぽの吹き抜けを突き抜けて、家のガラス窓を震わせた。

 割とよくある反応なのもあって、僕は事前に耳を塞いでたんだけど、間に合わなかったはずの村の人達はおじさんの怒号に堪えた様子もなく、むしろ同調する様な表情でこっちを睨みつけてきている。

 

(もしかして、全員耳が遠いのかな?)

 

目の前の光景にそんな推測を立てていると、ワナワナと震えていた髭面のおじさんの手からカラン……カラン……と乾いた音を立てて、都合三枚の金貨が床板の上へと零れ落ちたのだった。

 

「どういうことと言われても、質問の意図がよく分からないんですけど」

 

僕には人の思考を読み取る能力なんて無いし。

 

「この金額の事に決まってんだろうがよ!!!」

 

「決まってるのかは知りませんけど」

 

ごく当然の指摘をしたら、なぜかおじさんは顔を真っ赤にして、さっき以上の声量で怒鳴りつけてきた。

 

「てめぇは! この村の! 俺達のダンジョンを閉鎖したんだろうが!!」

 

「まあ、仕事なので」

 

じゃなきゃ、態々こんな二三年で急速に寂れた(・・・・・・・・・・)村になんか来ないしね。

 

「なら! おかしいって分かるだろうがよ!! こんな、こんなはした金はよぉ!!!」

 

「いや、別におかしくはないですけど」

 

青筋を浮かべて力説するおじさんの言葉に、僕は首を横に振る。まあ、金貨三枚の普遍的価値については個人の感覚に依るところが大きいと思うけど、そもそも見舞金に関しては議論の余地自体が無い。

 

「ふ、ふざけるな!!」

 

だけど、そういった話は聞きたくないらしいおじさんは、威嚇する様にダンッ!と床に零れた三枚のダムツ金貨を踏みつけにする。別にふざけてなんていないんだけどね。する意味も無いし。

 

「お前、俺達のダンジョンがどんだけ稼いでいたのか知ってるのか? ああ!? 年に金貨百枚だぞ! 金貨百枚!! お前みたいなギルドの犬如きに想像できるか!? 俺達はお前がそれを閉じろって言うから閉じてやったんだ!! その見舞金が金貨三枚!? 人様舐め腐るのも大概にしろよ!!!」

 

「「「「……」」」」

 

再び響くおじさんの怒号。そして、それに触発されたかの様に、僕を囲んでいた村の人達の死んだ魚の様な双眸が次第にきつくなっていく。ま、別に良いんだけどさ。それよりも、

 

「で、それって今のダンジョンの価値とどう関係しているんですか?」

 

「ああ!?」

 

正直、無駄に一手間掛かっちゃうんだけど、話を一段落させないと帰してくれそうもないので、仕方なしに軽い説明を行うことにする。

 

「今のあのダンジョンは昔ダンジョンだったというただそれだけの洞窟です。無駄に人が入り込みやすく、獣や熊などが冬眠に使いかねない……何なら一種の公害です。年間金貨百枚とおっしゃっていましたが、それはもう何年も前の話でしょ? 今のあのモンスターを狩り尽して、鉱石を掘り尽くして、宝箱を破り尽くしたダンジョンにはそんな価値ありません。何なら、帝国として見ればその価値はマイナス。負債でしかありませんよ」

 

「て、てめぇ!?」

 

まず、あのダンジョンの現状を伝えると、なぜかおじさんや村の人達が顔を真っ赤にしてくる。ま、どうでもいいけど。

 

「それと、さっきから自分達がダンジョンの閉鎖を許可してやったと言いたげですけど、それも大きな勘違いですからね?」

 

「な、なんだと!?」

 

続けた説明に、既に頭に溜まった血が弾け出て来そうなくらい、蟀谷の血管を太くするおじさん。

 

「ダンジョンはあくまでその土地を納める貴族の物で、あなた達はその集金の代行をする代わりに一部利益を分配されてるだけですから、主体的に何かを決定する権利は持ってません。そして、狩猟と採掘を完了させたダンジョンの閉鎖はさっき話した安全の他に、国防や衛生の観点からも所有する貴族の義務なんですよ。あなた達には一切の関係がありません」

 

義務の無いところに権利は発生しないし、逆もまた真なりってね。

 そういう意味じゃ、僕みたいなダンジョン閉鎖士が一々所有という名の集金代行をしている村に一声掛ける義務自体が無いんだけど、その辺はこの土地独自の事情がある。

 

「僕がこうして顔を出したのも、領主のハップルカ伯爵が慰撫政策としてさっきの見舞金制度を取ってるからってだけですし。何なら伯爵としては閉鎖に掛かる費用を直接徴税で賄いたいはずなんで、その辺は本当に手厚いですよね」

 

正直、直接顔を出すのは面倒なんだけど、ギルドの方とそういう取り決めになっちゃってる以上は仕方がない。それに感謝するかどうかはおじさん達の勝手だけど。

 

「じゃ、じゃあ」

 

あ、次が来た。

 

「そんな領主様が慈悲のある方なら、こんな、困窮した村の最後の希望まで取り上げて、そんな情のない事をするわけがない! そうだろ!? なあ!! お、お前が! お前がちょろまかしたんだろ!? なあ!! そうに決まってるよな!! ダンジョン閉鎖士なんて何処に行っても鼻摘まみ者だって聞いたぞ!! 金も持ってないって!! だから俺達の金を横取りしたんだろ! ああそうだろ! そうに決まってる!!!」

 

「話聞いてました?」

 

慰撫政策でやってるんだから、ハップルカ伯爵のところに問い合わせたら中抜きなんて一発でばれるじゃん。

 

「そんなに疑うんなら直接伯爵に確認してください。別に伯爵自身の言葉は聞けなくても、屋敷に問い合わせれば何らかの回答は出てくるでしょうから」

 

どうせ僕の言葉なんて信用する気も無いんだから、さっさと解放してほしい。まあ、ダンジョンに入る冒険者から徴収した”冒険料”を全部散財しちゃった人達の話を伯爵がどこまで本気で聞くかは分からないけど、それこそ僕には関係無いしね。

 

「じゃあ、僕はこれで」

 

伝えることも伝えたし、もとよりここに留まる理由も無いし、さっさと町に戻らないと……ん?

 

「どうかされましたか?」

 

僕が村長さんの家を出ようとしたその先で、出口の前に蹲る影があった。

 

「お願いです」

 

その影が上げたのは、年かさの女性の声だった。

 

「この見舞金、どうか増額をしていただきたいのです」

 

そのおばさんは伺うでも尋ねるでもなく、直接的に金銭の増量を要求してきた。

 

「そういう話もハップルカ伯爵に「娘を売らなければいけなくなるかもしれないのです!!」いや、だから僕は関係が「確かに、ダンジョン閉鎖士様のおっしゃる通り、私達が愚かだったのかもしれません。或いは、もっと領主様の言葉に耳を傾ける機会があればとも……ですが、こうして生まれた娘達に一体何の罪があるというのですか? 一年、一年しのげれば、また今まで通りの、農業を始めることも税を納めることも出来るかもしれないんです。だから、だからどうか……」

 

聞いてもいないのに、おばさんは滔々と自身の事情を語り始める。……自分の娘を盾にして金寄越せって言ってるだけだしなあ。

 

「そろそろ最後にさせてほしいんですけど、僕に言うのは本当に無駄なので、そういう陳情はハップルカ伯爵に直接どうぞ。あと、あなたの娘さんを売るのはあなた自身です。僕じゃない。あなたがあなた自身の意志で、あなた達の尻拭いをさせるために売るんです。勘違いしないでくださいね」

 

徹頭徹尾、僕は無関係だ。

 

「て、てめえええええええええええ!!!!!!!!!!」

 

「あっ!?」

 

「ん?」

 

不意の怒号に振り返った先では、他の村人を振り解いた髭のおじさん。後ろの方から聞こえて、来た「あ、あなた!?」という土下座のおばさんの声からするに、どうやら夫婦だったらしい。

 ドスドスと他の村人の間を割って村長宅のキッチンに駆け込んだおじさんは、数秒もしないうちに包丁を掴んで帰ってきた。

 

「ダンジョン閉鎖士への暴行はペナルティで「うるせえ! ダンジョン閉鎖士風情が俺達を馬鹿にしやがって!!」……」

 

「俺達のダンジョンだよ。あのダンジョンは、お前がたった半日もかけずに閉じちまったダンジョンは俺達の村のダンジョンなんだよ! これから、何年、いや、何十年と受け継いでガキやそのガキにまで受け継がれるダンジョンだったんだよ! それを、塞いだのはてめえだろうが! だからよ、責任取ってダンジョンの金よこせよ!!!!」

 

「だから、採掘の終わったダンジョンにそんな価値ありませんて」

 

「!!」

 

あ、おばさんの方も包丁持ってきた。

 

「どういうつもりですか?」

 

「私達にはお金が要るんです! 村を守って、子供達を立派に育てていくにはお金が要るんです!」

 

「で、そのためにやるのが追剥の真似事と」

 

「そんなことしません! ただ! ただ、私達の気持ちだってもっと汲んでくれていいじゃないですか!!!」

 

「自分達に与えられた一時の余裕に依存して、勝負をするでもなく、身を固めるでもなく、単に散財した人の何を汲めというのか……って、この辺も僕には関係ないんですけどね」

 

「そ、それ「う、うああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

(突っ込んできた……か)

 

 どすどすっという音と共に泳いだおじさんの上体を掬い上げて身を躱す。一瞬、宙に浮いたその身体を流れのまま地面に叩き付けると、埃の積もった床板の上で大の字になってうーんと唸ったおじさんはそのままピクリとも動かなくなった。カランと脇に落ちた包丁を投げ捨てると、包丁が突き刺さった壁の近くに居た人達がなぜか顔を青くする。ま、どうでもいいけど。それよりもだ、

 

「今の行動はありのまま報告させていただきますね。ダンジョン閉鎖士への暴行は結構なペナルティになるので」

 

「そ、それは……一体どの程度のお話でしょうか?」

 

僕が通達すると、顔を青くした村長が恐る恐ると尋ねてくる。

 

「さあ?」

 

「さあって……」

 

「僕も正直知らないんですよね」

 

ペナルティがあるのは知ってるけど。

 

「流れ的には、皇帝直属の組織であるギルド職員に対しての貴族の所有物である領民の殺害未遂ですから、ハップルカ伯爵がギルドか皇帝にいくらかの賠償金を支払うって形になるのかな? ちょっと上の話すぎて、具体的な所は分からないんですけど、強いて言うなら村一つじゃ賄えないくらい?」

 

「そ、そんな!?」

 

僕の推測に、途端に絶望に染まる村長の顔。他の村の人達も皆似たような顔をしていた。そして、縋る様な色も。

 

「そんな顔されても、僕にはどうにもできませんよ?」

 

いや、本当に。

 

「い、今あったことを黙ってていただければ」

 

「それでばれたら余計に面倒になりますし。そもそも僕には黙ってる理由が無いですよ」

 

定形外の仕事を増やしてまですることじゃないしね。

 

「ま、怨むならその人達をどうぞ。彼らが包丁を持ち出してこなければ、少なくとも最後のペナルティは付かなかったわけですし」

 

そして、僕もさっさと帰れたし。

 

「通知することも言い終えましたし、僕はこれで……」

 

頭を下げて、今度こそ家から出る。

 最後の最後に見えたのは、二人が持っていた包丁で夫婦を滅多刺しにする村の人達の姿だった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 透き通るような淡い夜風の香りに鼻先に纏わり付く甘ったるく饐えた臭いを洗い流されながら、僕は先の村から伸びた細い一本道を歩いていた。そして、ダンジョンで負った腐敗林檎の臭いの一片が掻き消えたその瞬間、鼻腔を擽ったそれ(・・)に気が付いた。

 鼻腔を離れたはずの饐えたリンゴ臭。それが、微かな鉄錆の香りを伴って、再び僕の鼻尖へと舞い戻ってきたのだった。

 

(人……冒険者の臭い?)

 

真っ先に浮かんだ考えに、内心ではて?と首を傾げる。

 このダムツ帝国に無数と存在する冒険者。そういった人達は往々にして人間の英知(鉄器)をもって大小様々なダンジョンに挑みかかる。そして、少し熟し過ぎた斜陽ダンジョンでは徐々に”ダンジョン・コア”へと繋がる死臭が漂う様になる。結果、僕の主観ならぬ主嗅(・・)としては、閉鎖が近くなってきたダンジョンに潜っていた冒険者の臭いというものは一様にこの二つが綯交ぜになったものになっている。で、それはそれとして、

 

(追ってきた? いや、そんな余裕はなかったと思うんだけど……)

 

さっきの村を拠点としている冒険者なんかが、村の意を受けて追ってきた可能性はないでもないけど、ここまで続く道は枝分かれの一切無い一本道だった。普通に考えれば先回りなんかは出来ないと思うんだけど、この辺りの土地勘があれば僕に追いつく方法があっても驚く様な話じゃないか……

 

「だーっ! ちょ、待った! 待った!!」

 

一先ず背中のナップサックを滑り落として腰の片刃剣を抜くと、直前に感じた冒険者の気配の方から、少しハスキーな若い女性の嗄声が響いて来た。そして、数秒もしないうちにガサガサと道沿いの木々が揺れて、その奥から冒険者の人達が好んで着るダンジョンコートを肩に羽織った、鼻先まですっぽりと覆うくらい長い前髪が特徴的な癖の無いロングヘアの女の人が姿を現したのだった。

 

「……」

 

「……なあ」

 

その姿にジッと片刃剣の切っ先を向けていると、前髪の推定冒険者さんが口を開いた。

 

「なんですか?」

 

僕が首を傾げると、「そいつ」と片刃剣を顎でしゃくってくる。

 

「? これが何か?」

 

「……抜いたままなんだな」

 

「抜いたままですね」

 

見ての通り。

 

「ここは平和に話をするために、剣を納めてくれるところじゃないか?」

 

「こんな夜道で一人のところに声を掛けてくるのは大抵後ろ暗いところのある人間ですから」

 

それこそ、ハニートラップを仕掛けてくる盗賊なんて掃いて捨てる程いるだろうしね。

 

「俺、こう見えても割と誠実で実直な人間だぜ? もちろん、夜盗なんかじゃねぇし」

 

「まあ、口では何とでも言えるので」

 

僕が割と口先だけの人間だから尚の事ね。

 軽く肩を竦めると、前髪さんは「シビアだな、お前」と言って、天を仰いだ。闇夜よりも黒い御髪(みぐし)が大地と平行にさらりと流れる。

 

「どうすりゃ信用してくれる?」

 

「流石に今すぐは難しいんじゃないかなと。最低限、名前と住居としている土地の領主の名前と、それから家族構成くらいは自己申告すべきだと思いますよ?」

 

「自分の名前と居住地のある領主の名前は分かるが……なんで家族なんだ?」

 

「だって、知ってたら脅しに使えるでしょ?」

 

「ひでー奴」

 

僕が答えると、何故か前髪さんは「くっくっくっくっく」と楽しそうに喉を鳴らした。なんか笑うポイントあったかな?

 

「いや、悪い悪い」

 

そんな彼女を不思議に思っていると、前髪の奥を拭う様な仕草をした彼女は白い歯を見せる。

 

「お前が思いの外面白い奴だと分かって、ついな」

 

「人質取られて面白がるって、変わった性癖してますね」

 

「そっちじゃねぇからな!?」

 

何か驚かれた。……ま、いっか。

 

「ダンジョン閉鎖士ってのはこんな奴らばっかなのか?」

 

僕が少し警戒を解きかけた瞬間、前髪さんが聞き捨てならない言葉を口にした。

 

「いや、どう考えてもそんなはずはねぇけど、いや「前髪さん」ん? どうし、いや、俺は前髪じゃ「覚悟」……は?」

 

両脇を締めて、喉元に向けた切っ先をそのまま突き出す。

 

「どぅおおおおおおおおおおおお!?」

 

「へぇ……」

 

狙った不意打ちは、前髪さんが地面に転がったことで回避された。予想以上に素早い身のこなしで、肩に羽織っていたダンジョンコートが脱げても更に転がり続け、僕から大きく距離を取ろうとしてくる。

 

「させない……!」

 

右の足を束の間の支えにし、素早く左足を送る。再び繋がった体重を、もう一度地を蹴って敵に向ける。

 

(とった)

 

詰まる距離に、弐ノ太刀の直撃を予感する。けど、

 

「!?」

 

不意に背筋に走った悪寒に、僕は咄嗟に踏み込んだ右足を蹴って、無理矢理に仰け反った。腰に大分来たものの何とか上体を反らすことに成功すると、次の瞬間、ザンッ!という空気をサメ肌で削る様な擦過音と共に、鼻先を焦げ臭い硝煙の臭いが通り過ぎていった。

 

「おおっ!?」

 

そして続く感嘆した様な声。身体を起こして見ると、前髪さんの小さな手には細指に似合わない重厚なリボルバーが握られていた。

 

「へぇ……」

 

銃口から漂う火薬の臭いに、僕は思わずそう漏らしていた。あの一瞬、地べたを転がりながら、動きを一切殺さずに銃を抜き、引き金を引いたわけだ。しかも、その狙いは正確で即座に急所を狙ってきた。

 手練の技……いや、神業と言っても過言じゃなかった。となると、

 

(どうやって逃げようかな……)

 

「……お前、やっぱすげぇな」

 

「はい?」

 

逃走の思案をしていると、なんか寝っ転がったままの前髪さんからそんなことを言われた。

 

「見た感じ嗜殺趣味もねぇくせに、ここまで躊躇なく殺しを決定した上に、しくじったと思ったら即逃げを打とうとしただろ? 正直、熟練の野盗でもここまで割り切った動きは出来ねぇぜ。どうだ、俺と一稼ぎしねぇか?」

 

「断ります」

 

「理由は?」

 

「待ち伏せが面倒なので」

 

「あー、そりゃ確かにな」

 

そう言って、前髪さんがまた「くっくっく」と笑った。なんて言うか、よく笑う人だな……。

 

「……」

 

「ちょ!?」

 

「ちっ」

 

隙あったと思ったんだけどな。

 

「一応和やかに笑ってたタイミングで躊躇なく短刀投げてくるかよ!?」

 

「俺でもやんねぇぞ……」と呻く前髪さん。別に誰彼構わずやる訳じゃないんだけどね。さてさて……

 

 

 

 

「おい、いたぞ!!」

 

「「ん?」」

 

 

 

 

盤面が膠着して、千日手になりかけた状況にどうしたものかと考えていると、不意に人気の無い夜道に似つかわしくない興奮気味の怒号が割って入ってきたのだった。

 

「……なあ」

 

「何ですか?」

 

「お前……何やりやがった?」

 

直前の交戦に集中していたせいで気付かなかったけれど、僕と前髪さんはいつの間にか無数の火の玉によってまとめて包囲されていたのだった。

 

「特に何も?」

 

「嘘つけぇ!?」

 

質問に正直に答えると、何故か怒声をあげられた。……なんでだろ?

 僕がはて?と首を傾げていると、無数に焚かれた松明の中から一人の男の人が進み出てくる。その表情は揺らめく火の光に歪んでいるけれど、確かさっき村長の家に居た人だったはずだ。

 

「へ、へへ。追い付いたぜ。なあ……ダンジョン閉鎖士よぉ!!!」

 

男の人は縄張りを侵された猿の様に黄色い歯を剥き出しにして、上ずった声で威嚇してくる。見れば、僕達を取り囲む人達もこの男の人と似たような表情になっているものの、さっきの村で見たことがある顔をしている。……ふむ、

 

「前髪さん」

 

「あん? って、前髪さんって何だよ!?」

 

「それは置いておいて」

 

嫌ならその前髪はやめておいた方が良いと思うけど。

 

「ちょっとこの場を切り抜けるまで、僕と共闘してくれませんか?」

 

「お前、やっぱり何か心当たりがあるだろ……」

 

取り敢えず、敵に回すと面倒そうかつ交渉が出来そうな相手に声を掛けてみると、何故か疑いの声を向けられた。いや、心当たりが無いのは本当だよ? 実際、恨まれるのはいつものことだけど、直接殺しに来られるのは滅多に無いから。

 

「つか、俺達今の今まで殺し合ってたよな?」

 

「前髪さんの方は分かりませんけど、僕の方はそうですね」

 

多分、冒険者だと思ってたし。

 

「そんな相手によく共闘を持ち掛ける気になるな」

 

「そんなに変ですかね? それとこれとは話が別じゃありません?」

 

前髪さんと村の人達が仲間なら兎も角。

 

「いや、まあ、そうなんだけどな……」

 

ボリボリと頭を掻きながら立ち上がった前髪さんは血色の唇でポケットから取り出した煙草を咥えると、ライターで火を点けてたっぷりの紫煙を吐き出した。辺りに立ち込めた白い煙が夜風に吹かれてツンと鼻をつく煙草の香りが漂った。

 

「まあ、紆余曲折はあったが、当初の目的には適うか……」

 

そうぼやくように顔を上げた前髪さん。

 

「良いぜ。共同戦線だ」

 

「対価は何を?」

 

前髪さんの了承を確かめて、僕は契約の詰めを進める。

 

「話早えぇな」

 

「どっちかと言えば頼ったのはこっちですしね」

 

対価を払うのは当然かな。

 そも、やらなきゃいけないならやるけど、可能であれば前髪さんと村の人達を同時に相手にするのは避けたいところだ。村の人達の方は兎も角、先の一射を見る限り、前髪さんを相手に気を散らされるのは割と詰みに近い気がするし。なら、それ相応の対価は惜しむべきではないだろう。それに、

 

「交渉材料が無かったら、こんな話を持ち掛けたりしないんですけど、こんな真夜中に態々僕なんか(ダンジョン閉鎖士)を待ち伏せするなんて、何かしら事情があるに決まってますから」

 

「図星じゃあるけど、言い方をなぁ……」

 

そう言って、頭を掻く前髪さん。

 

「じゃ、何も要りません?」

 

「そうは言ってねぇだろ」

 

むっと煙草を咥えたまま、器用に唇を尖らせる前髪さん。そして、少し迷う様に「うー、あー……」と呻いた後、やがて決心した様に口を開いたのだった。

 

「俺を……ダンジョン閉鎖士の助手か何かとして雇ってくれねーか?」

 

果たして前髪さんの口から出た言葉に、僕は首を傾げた。

 

「え? もしかして、変態ですか?」

 

「なんでだよ!?」

 

いや、だって、ねぇ?

 

「ダンジョン感知能があれば、態々僕に声を掛けないでもギルドに申告すればなれますし……それをしないってことは、ダンジョン感知能を持ってないってことですよね?」

 

「ああ、まあな」

 

「じゃあ、やっぱり変t「だから、どうしてだよ!?」

 

なんか、前髪さんは理不尽なことを言われたみたいな雰囲気を出してるけど、これに関しては僕の方が正しいと思う。

 そもそも、ダンジョン閉鎖士は資源の枯渇したダンジョンから、”ダンジョン・コア”を摘出することでダンジョンを閉じて、ただの土に戻す仕事だ。そして、ダムツ帝国に限らず国としてはそれをしなきゃいけない理由が無数にあるけれど、どんな事情があるにせよ、ダンジョンを所有している(と思っている)村の人達からは今みたいに割と一方的に恨まれる仕事だ。

 しかも、収入は安定こそしているものの、冒険者と違って一獲千金なんかもあり得ないし。恰好を見る限り、推定冒険者の前髪さんの転職先としては最悪もいいところだと思うんだけど……。

 

「まあ、本気なら「てめぇら無視してんじゃねええええええええええええ!!!!!」あ、うるさ」

 

返事をしようとしていた僕の声を引き裂いて、さっきの村人さんの怒号が割入ってきた。声の方を向いてみれば、ぜーぜーと肩で息をしたさっきの村人さんがギラギラとした殺気混じりの視線を僕達の方に向けてきている。

 

「何ですか?」

 

正直、実のある話は無さそうだけど、これ以上怒鳴られてもうるさいし、一旦水を向けてみる。というか、全員が漏れなく錆びた農機具を持っているあたり、何をするつもりなのかが見え見えなんだけど……、

 

「へ、へへ、そうだよ。それでいいんだよ……なあ、さっきのこと、領主様には黙ってろよ。なあ、このとおりだからよ」

 

そう言って、怒気に満ちた表情を無理矢理捻じ曲げたようなへんてこな作り笑いを浮かべた村人さんはヒョコッと首を差し出すような、不自然なおじぎもどきをしてくる。

 

「これでいいだろ? なあおい!」

 

そして、これでけじめは済んだとでも言いたげに、周りにいる他の村の人達に同意を求めようとすると、そんな村人さんに賛同する様に、村の人達は思い思いに首肯や「そうだそうだ!」と声を上げたりしている。そうやって、周囲の意志が統一出来たことを確かめると、村人さんはどこか勝ち誇ったように「問題ねぇよな?」と言ってきた。ふむ、

 

「さっきも言った通り、僕は所定の手続きを進めるだけですけど」

 

変に同意と取られても面倒だし、あの村でした答えを繰り返す。……なんか、絶句されたんだけど。

 

「勘違いしないでほしいんですけど、僕は別に怒ってもなければ、貴方達に害意を持っている訳でもありません」

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「けど、それとこれとは話が別です」

 

喜色を浮かべた村人さんがにじり寄ってくる前に待ったを掛ける。

 

「これも重複しちゃうところですど、変な独自判断を入れると何かあった時面倒なんですよね。”そんなことしない”とか”黙ってる”とかなんてのも、その場限りの話で何の保証も無いですし」

 

だからまあ、

 

「僕は助ける気も助けない気もありません。というか、何かを働きかける気がありません」

 

その結果がどう転んでも―何なら、村の人達全員がとんでもない富豪になったとしても―僕には興味が無いというのが本音だ。

 

「なので、その辺の陳情は他にどうぞ」

 

時間の無駄だからさ。

 

「……じゃ、行きましょうか」

 

話も終わった僕は、また道を歩きかけたところで、一応共闘を持ち掛けた彼女にも声を掛ける。前髪さんが何でダンジョン閉鎖士に雇われようと思ったのかなんかはまだ聞いていないしね。

 

「こ、この……」

 

「! お、おいっ!」

 

村の人達に背中を向けた瞬間、背後から地を這う様な声と、慌てた前髪さんの嗄声が上がった。

 

 

 

 

「何で……何で首を縦に振らねえんだよおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

直後、ぶわりと膨れ上がる殺気。荒っぽくて雑なそれだったけど、熱だけはあるそれ(・・)に振り返ると、錆びた鍬を振り被った村人さん達数人がどたどたと僕の方に殺到してきているところだった。

 軽く横っ飛びになって回避をすると、丁度僕が立っていた砂利道に錆びた農具が深々と突き刺さったのだった。

 

「へ、へへ、へへへっ!」

 

ザリッと音を上げながら錆農具を引き抜いた村人さんが、誰ともなしに肩で笑った。なんていうか、薬でもやっちゃった様な、正気から程遠い笑いに見えた。

 

「お、お前が悪いんだ。お前が、お前達ダンジョン閉鎖士が!!」

 

あ、なんか責任転嫁し始めた。……っていうか、”達”?

前髪さんも村人さんの言葉に気付いたらしく、唖然としている。

 

「金目のもの、置いてけ。身ぐるみも、"ダンジョン・コア"もだ!」

 

たどたどしい言葉遣いと、直接的な要求。うん、もう殆ど猿だね。

 

「逆上の次は追剥の真似です「お前が! お前達がそうさせたんだろうが!!!」いや、自分でやっただけでしょ」

 

思案がてら眉間を揉もうとすると、別の村人さんが「う、動くんじゃねえ!!」と吠えた。見ると、その右手には鈍く光る包丁。そして、左手には……、

 

「前髪さん?」

 

その細い首筋に鋭利な刃先を向けられた前髪さんの姿があった。

 

「ひ、ひひひっ! ど、どうしたよダンジョン閉鎖士! 何とか言ってみろよ!!!」

 

「えー……」

 

どうも、何か変な電波を受信してそうな村人さん達の戯言に唖然としているうちに、距離を詰められてしまったらしく、前髪さんが焦ったように身を捩ろうとしている。

 

「どうしたダンジョン閉鎖士!! ええっ!?」

 

なんか、もの凄い勝ち誇られてるけど、正直僕としては焦る理由が無い。そもそも、前髪さんとは行きずりでしかないし。

 この場で唯一それが分かっている前髪さんだけが焦っているけど、当然そんなこと知らない村の人達の間では、次第に勝利への陶酔が伝播していっているようだった。

 

「おら、さっさと身ぐるみを置けよ!!!」

 

「今日あったことも言うんじゃねぇぞ!!!!」

 

そして、昂揚した意気が噴き出す様に、ここを包囲する村の人達の間から、誰ともなしにそんな声が上がり、更に同意するような意味をなさない歓声が続く。

 

「それをした場合、彼女はどうなりますか?」

 

「どうすっかなぁ……」

 

一応の義理として確認してみると、何を勘違いしたのか先頭に居た村人さんが僕を試すかのようににんまりと口角を持ち上げた。

 

「お前の出方次第じゃ助けてやることを考えてやってもいいかもなぁ?」

 

含み以外の何も持たせない恩を擦り付けるような言葉と、心底愉快そうな笑みが纏わりついてくる。

 

「ま、いつ帰すかは俺達次第だけどよ!」

 

「ちげぇねぇ!!」

 

ぎゃははは!という、さっきの嘲笑とは別の、端的に言えばひどく下卑た色を帯びた笑い声に、前髪さんがサッと顔色を変えて身を強張らせている。

 

(ま、意図は明白だよね)

 

分かりやすいくらい今後の未来を暗示した言い方をする村の人達にどんな声を掛けようかと考えていると、その中の一人が「ま、終わったらちゃんと解放してやるさ。来月にはいつもの女衒が来るからな!」と言った。っていうか、いつもの?

 

「なんだ、それって普段から村の娘を売ってたってことじゃん」

 

さっきのおばさんの泣き落としだと、さも僕達のせいでそうなるみたいな言い草だったから言いがかりと判断したけど、正真正銘ただの言いがかりだったのには流石にちょっと驚いた。……いや、大抵そんなものか。

 僕が納得と関心を半々に頷いていると、別の村の男の人が前髪さんににじり寄って「いつ帰ってこれるかは、お前さんの頑張り次第(・・・・・)だけどなぁ」と嗤う。

 

あがり(・・・)を迎えりゃ会えるんじゃねぇの?」

 

「それより早く会いたかったら、高級娼館にでも行けばいいかもな。この顔なら、そっちに行きそうだしよ」

 

「!?」

 

そう言って、真っ直ぐに切り揃えられた前髪さんの長い前髪を捲る村人さんの一人。咄嗟に口元を強張らせてその手を払い除けた前髪さんの反応に、げらげらと嗜虐的な笑いをあげている。その嘲笑に、顔を俯かせてプルプルと小さな肩を震わせる前髪さん。小柄な彼女のそんな仕草が琴線に触れたのか、前髪さんを囲む村の人達は一層その笑みを深くした。

 

「で、文句ねぇよなぁ?」

 

そして、そんな状況に満足げな表情を浮かべて、村人さん達が最後通牒らしきものを突き付けてくる。

 

「彼女、僕とは何の関係も無いんですけどね」

 

一応の義理として事実を告げてみるけど……多分無駄だよね。

 

「はっ、そんなに連れが可愛いか?」

 

案の定、誤解を深めた村人さんが恫喝する様にせせら笑った。いつの間にか僕の連れということにさせられていたのを知った前髪さんは、更に肩の震えを大きくしている。

 

「仮にそれが本当だとしても、ダンジョン閉鎖士と楽し気に話してたんだ。構うことはねぇや!!」

 

「楽しそう?」

 

そんな要素あったっけ? ……ま、いいや。

 

「で、誰からこの女とやるよ!?」

 

そんなことを考えているうちに、向こうも向こうで状況が煮詰まったのか、辛抱たまらなくなったらしい村人の一人が前髪さんの細腕を掴んで自分の方に引き寄せようとする。

 ズボンの股座に出来た膨らみが、明らかにその村人の本音を物語っていた。その光景に気付いたのか、前髪さんの肩がビクンッと跳ねてから動かなくなる。

 

「よしっ! 誰も居ねぇなら俺から!!」

 

そして、とうとう我慢の限界を迎えた村人の一人が、夜の小道のど真ん中で、公開輪姦ショーを開催しようとズボンのジッパーをジィィと引き下ろした。

 

「うし、どこからいく!? いきなり突っ込むのもそれはそれで「……れが」あん?」

 

昂揚と共に回る豊饒な舌の中に、ポツリと地の底から湧き上がる様な微かな黒点が浮かび上がった。

 紫煙の様に浮かんでは消えたそれに一瞬首を傾げる村の人達。そして、それを発したのが前髪さんだと気付くと、わざとらしい愛想笑いを浮かべて「なんだ、何か言いたいのか?」と不自然なくらい明るい声で、前髪さんに視線を合わせるように腰を落として首を傾げる。

 

「……」

 

その言葉に、前髪さんは応えない。代わりに、視線を俯かせたまま、黒いグローブを嵌めた小さな手がぎゅっと強く握られた。

 

「へへっ……」

 

それを見た村人さんは、その仕草が彼女の精一杯の強がりに感じられたらしく、そんな反応一つを楽しむ様な笑みを零す。うーん……、

 

(そんなタマ(・・)かな?)

 

前髪さんの姿に、僕は内心で首を傾げた。正直、さっきのファーストコンタクトといい、直前の大立ち回りといい、この程度で彼女が尻尾を丸めるとは思えなかった。まあ、その程度の人なら、この際纏めて切っちゃってもいいんだけどな……。

 

「じゃ、俺一番乗りぃ!!!」

 

 そんなことを考えながら抜身の片刃剣をいつでも振り抜けるように体重を沈めていると、そそり立つ男根を剥き出しにしていた村人の一人がとうとう前髪さんの小さな肩を力任せに掴んで抱き寄せ、そのまま唇を奪おうとしたのだった。……その瞬間、

 

 

 

 

「誰が女だこらぁっ!!!」

 

 

 

 

辺り一帯を震わす怒声の咆哮と、同時にズドンッ!と鳴り響く重い打突音。

 

「がびょっ!?」

 

そして続くプチッという軽い破裂音の後に、前髪さんに挑みかかろうとしていた村人は切なげが悲鳴だけを残して崩れ落ちたのだった。

 

「んー……」

 

どさりと地に伏せた村人と、その股間を蹴り上げた右膝を掲げたままの前髪さんを見比べて、僕は少し頭を捻る。とりあえずは、

 

「そんなおっきなおっぱいしてて、女じゃないは無理があると思いますよ」

 

率直な感想を口にしてみた。

 この前髪さんダンジョンコートを肩に掛けるような着こなしをしているせいで分かり辛いけど、全体的に小柄だし華奢な印象だ。

 ただ、そんな全体的に小柄で細身で華奢な体躯とは裏腹に、おっぱいが大きい。凄い大きい。何なら、ズボンを釣り上げているサスペンダーを押しのけて、白いシャツのボタンが弾けそうになってるくらいには。

 その疑問は、前髪さんの次の言葉で氷解した。

 

「俺は! "ダンジョン・コア"のせいでこんな身体になっちまってるが、正真正銘の"男"なんだよ!!」

 

「あ、そういうことか」

 

 

 

"ダンジョン・コア"

 

 

 

 このダムツ帝国のみならず、ガイアエラ大陸全土に出現するモンスターに塗れたダンジョンの心臓は、摘出を行うことで採掘したダンジョンそのものを閉鎖出来るという性質の他に、もう一つ厄介な特性を持っていた。それこそが、前髪さんの身に降りかかった現象だった。

 “ダンジョン・コア”は一見ただの岩石にしか見えないが、その岩石に強い衝撃を与えて破砕することで、”励起”と呼ばれる発光現象を引き起こすことが出来る。そして、この光を浴びると、このガイアエラに存在するありとあらゆる化学や物理学、エーテルソーサラーと呼ばれる魔法でも説明が出来ない奇妙な事態を無秩序かつ無作為に生み出すとが知られていた。

 ただの水が砂金に変わったり、何も無い空間から見たこともない生物を生み出したり、果ては性別を反転させたり……。

 僕がダンジョンから摘出を終えた”ダンジョン・コア”を保管するのもそれが理由だし、何ならダンジョン閉鎖士なんて職業が存在する大きな理由なわけだけど。

 

「俺が男に戻るためには、どんなに調べても”ダンジョン・コア”に頼るしか手が無いって分かったから、どうにかしてこう、糸口を掴もうと……」

 

「だから、僕を見張ってたわけか」

 

「ああ……」

 

こくんと頷いて肩を落とす前髪さん。なるほどなるほど……、

 

「不憫ですね」

 

「ストレートに同情するんじゃねぇ!!」

 

前髪さんが激昂するけど、それは無理でしょ。男のアイデンティティ以前にちんちん取られるとかさ。

 けれど、こうなってくると色々と理屈が通ってくる。確かに、何とかして糸口をって考えたらダンジョン閉鎖士に声を掛けてみるくらいしか手は思いつかないだろう。何せ、"ダンジョン・コア"を取り巻くその事情もあって、基本的にその存在はどこの国であっても禁制品扱いだ。”彼女”改め”彼”が言っていた当初の目的も分かりやすい。で、

 

「まあ、その読みは正解ですね」

 

幸運にもと言うべきか、前髪さんは目的に沿って、正しいアプローチをしたと言える。

 確かに、ダンジョン閉鎖士は”ダンジョン・コア”にコンタクト出来る数少ない職業で、そして、”ダンジョン・コア”に関しては一つの裏道(・・)を持っていた。

 

「ほ、本当か!?」

 

僕の”正解”という言葉に、喜色を浮かべて身を乗り出す前髪さん。両目を前髪に遮られた(かんばせ)には明らかな期待の色が浮かんでいる。

 

「ど、どうすればいい!? 土下座か!? 土下座すればいいのか!? それとも脱ぐか!?」

 

「おい」

 

今の今まで女として扱われるのにキレてたくせに、希望が見えた途端脱ごうとするなと。睾丸を潰されて投げ出された村人さんが不憫でならない。本心は抜きにして。

 

「まあ、本気なら相談に「てめぇら、何ごちゃごちゃ言ってやがる!!」

 

つらつらとそんなことを話していると、また村人さんが割って入ってきた。けどね、

 

「へぎょっ!?」

 

その顔面を顎下から唇、鼻から額と削ぎ落すと、村人さんは珍奇な声を上げて吹っ飛んだ。

 

「へ? ひ、ひいいいいいっ!?」

 

削ぎ取った顔の皮の方はもっと遠くに飛んで行ったらしく、村の人達の群れの奥から、そんな悲鳴が聞こえてきた。同時に、そこかしこからツンとしたアンモニア臭が漂い出した。

 

「な、なんで……」

 

一番近くで仲間の顔が削がれたのを見た村人さんが、腰を抜かしてそんなことを聞いてくる。いや、なんでもなにも、

 

「襲われたらそりゃ反撃しますって」

 

他に何があると?

 

「だ、だって今まで……」

 

「ん? あ、あー……」

 

要領を得ない言葉を話す腰を抜かした村人さんの視線が、他の村の人達に遠巻きにされた前髪さんの方に流れたのを見て言いたいことを理解する。

 

「この程度の包囲にもなってない包囲で詰んでたら、僕なんて命がいくつあっても足りませんよ」

 

というか、既に百回は死んでるんじゃない?

 

「それと、前髪さんとは話をしてはいましたけど、赤の他人なので人質にはなりえません」

 

何なら、僕が真っ先に排除することを考えてたし。

 

「じゃ、じゃあ、なん」

 

「彼女と会話をしてたのは、事情を聴き出すためですね」

 

何かしら妙な策謀をしている可能性も無きにしも非ず。大陸禁制品を取り扱う人間に接触を図るというのはそういう可能性を内包しているものだからね。まあ、結果としては全部杞憂で、何ならひどく個人的かつ端的な事情だったわけだけど。

 

「その辺を踏まえれば、後は全員追い散らせば終わりです」

 

「へ? ぶっ!?」

 

説明を終えた村人さんの右耳から頭皮を削ぎ取ると、ぺろんっと伸びたそれがへばりついた隣のおじさんが「ひいぃ!?」と悲鳴を上げて飛び退った。

 

「……と、いった感じで、続きはこの人達をどうにかした後でどうですか?」

 

水を向けてみれば、明らかにへっぴり腰になった村の人達に取り巻かれた前髪さんが「へっ」と小さく笑って、これ見よがしにリボルバーの撃鉄を引き絞った。うん、合意ってことでいいかな。

 

「あ、一応の注意ですけど、撃つときは耳とか鼻とか、命にかかわらないところでお願いしますね」

 

「おうよっ!」

 

僕がそう伝えると、頷いた前髪さんの拳銃が遠巻きにしていた村の人達の頼みの綱だった農具類を破砕した。

 

「ひっ、ひいいいいいいいいいいいいいいいい!?!?!?」

 

 唯一残った心の支えが砕かれたのを見て、群れの一番端に居た誰かがドサッと何かを投げ捨てるようにして、暗い森の奥へと走り去っていくのが見えた。

 

「ま、待てっ!!」

 

「お、置いていくなよ!!」

 

次いで、最初の一人を追いかけ始める他の村人達。

 一人、また一人と欠けるうちに、とうとう雪崩を打って村の人達は逃げ去ってしまった。

 

「よっ」

 

「ぎゃっ!?!?」

 

数人踏みとどまろうとした人達も居たけれど、追い打ちで顔の皮を削いであげれば、その場で気絶して崩れ落ちるか、先に逃げた人達を追いかけるだけだった。

 後に残ったのは無数の錆び農具と、顔の皮や耳鼻を剥がれて穿たれた人間が数体。それも、意識は途切れているらしく、立ち上がって歯向かってくる気配は見られなかった。

 

「片付きましたかね」

 

「だな」

 

軽く血振りを加えて納刀すると、近付いて来た前髪さんが頷きながら拳銃をホルスターに戻す。

 

「じゃ、行きましょっか」

 

僕が再びこの細道を歩き出すと、少し躊躇う素振りを見せた前髪さんは直ぐに決心したのかタタタッと追いついてくる。

 

「あれは置きっぱなしで良かったのか?」

 

「ああ」

 

そう言って後ろをしゃくる前髪さんに「問題ありません」と肩を竦める。

 

「死んではいませんし、農具なんかも錆びてますけど貴重な財産ですから、ほとぼりが冷めたら取りに戻ってきますよ」

 

僕がそう答えると「そうか……」と呟いて、前髪さんはそれ以上何も言おうとしなかった。ま、それよりも、

 

「さっきの話に戻りますけど」

 

「!」

 

僕が何を言おうとしているのか察したらしい前髪さんはピクンッと小さな肩を跳ねさせた。

 

「……裏道って言ってたやつだよな?」

 

「ええ」

 

おずおずとした前髪さんの確認に首肯を返す。

 

「一応言っておきますが、”ダンジョン・コア”は禁制品なので、僕達も使用は許可されてません」

 

「……」

 

「ただ、こういう身の上なので、"ダンジョン・コア"の輸送中に襲われた結果、緊急避難的に使用させられてしまう可能性については考慮されてます」

 

僕の説明に、前髪さんが微かに息を飲んだのが分かった。

 

「……つまりだ」

 

そして、その内容を咀嚼する様にゆっくりと蟀谷を揉んで言葉を紡ぐ。

 

「緊急避難が成立する状況で”ダンジョン・コア”を使う分には罪には問われない……ってことだよな?」

 

「そういうことです」

 

僕が首肯すると、もう一度反芻する様に頷いた前髪さんは、数秒の間口を引き結んだ後、パアッと満面の喜色を浮かべた。けど、すぐにもう一つの疑問にぶつかって小首を傾げた。

 

「でも、それってダンジョン閉鎖士だけなんだよな?」

 

「ですね」

 

「で、俺はダンジョン感知能が無いんだよな……」

 

視線……ではなく、雰囲気を向けて「どうするつもりなんだ?」と確かめるように唇を尖らせてくる前髪さん。そうだね、

 

「一応、ダンジョン閉鎖士には補佐制度があるんですよ」

 

「補佐制度?」

 

「ええ」

 

僕の言葉に、前髪さんはコテンと首を横に倒す。

 

「ダンジョン閉鎖士一人につき一人まで申請することが出来るんですけど、ダンジョン閉鎖士の仕事を手伝う代わりに、ダンジョン閉鎖士と同じ権利を受けることが出来るんですよ」

 

その目的としては業務に慣れてない閉鎖士にベテランの閉鎖士が指導をするためだったり、後は戦闘が苦手な閉鎖士が護衛を雇う場合なんかが適用される。

 

「で、僕は今、補佐を付けていないので」

 

「お前が申請してくれりゃってことか……」

 

「ご名答」

 

僕が首肯すると、何故か前髪さんは難しいことを考えるように唇を尖らせた。

 

「ま、そんな形で良ければ、僕がギルドに前髪さんのことを申請しますけど?」

 

どうします?と目を向ければ、事情を全て飲み込んだらしい前髪さんがニッと白い歯を見せた。

 

「頼んだ」

 

「頼まれました」

 

バッと頭を下げた前髪さんに、僕も頷き返した。……あ、

 

「そういえば、それをする前に一つ聞いておかないといけないことがありました」

 

「んあ?」

 

「名前、教えてください」

 

ダンジョン閉鎖士補佐の申請にも必要ですし。

 

「あー、そういや言ってなかったな」

 

そう言ってフッと口元を緩める。

 

「俺の名はサルバ。B級冒険者の”双銃”(トゥーハンド)サルバだ。お前は?」

 

「? 調べて知ってるんじゃないんですか?」

 

「知ってはいるけど、お前の口から聞きたいんだよ」

 

「名乗り上げってそういうもんだろ?」と笑う前髪さん改めサルバさん。……ま、いっか。

 

「アルタです。ただのアルタ」

 

「アルタ。俺と同じイントネーションだな」

 

そう言って楽しそうに笑ったサルバさんがグローブに包まれた小さな右手を突き出してくる。

 

「よろしく頼むぜ、此れからな」

 

「ええ」

 

差し出された手を握ると、その小さな掌は当然のようにごつごつとしていた。

 

「短い事を祈ってますよ」

 

「……」

 

「何か?」

 

「いや」

 

何か、変な顔をされた。

 

「こうもストレートに、応援されると思わなくてな」

 

はあ。

 

「やっぱお前、ちょっと変な奴だな」

 

さいで。

 

 

 

 

 

 




何か、思い付きで書きました……。何を真面目くさっているんでしょうかね。
2024/10/23:修正実施。
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