ダンジョン、閉鎖致します   作:小名掘 天牙

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こんにちはこんばんは。小名掘天牙でございます。
UA21,000&総合評価1,400&お気に入り700人突破致しました。本当にありがとうございます!
いよいよ解決編! と思っていたのですが、思いの外文字数を食ってしまったので
直接的には後2回くらいの見込みです(ゴメンナサイ
なるべく早く上げられるよう頑張りますので、どうぞお付き合いの程宜しくお願い致しますm(__)m

P.S.例によってご感想ご評価等頂けますととても嬉しいです(オナシャス!


第十四報 潜航

 橙色に染まった空の下、いつも通りの薄暗い裏路地に入ると長く伸びた一筋の影が僕の足元に絡みついて来た。そのたもとを手繰ってみると先に着いていたサルバが塗装の剥げたギルドの壁に寄りかかってぼんやりと上空に鼻尖を向けていた。

 

「お待たせ」

 

「ん? おう」

 

声を掛けると、顔を下したサルバがひらりと手を振る。割と長い間そうしていたのか、少し癖になった前髪の隙間から覗く青い左目が少しだけ細められた。

 

「遅かったな」

 

「ちょっと準備に手間取ってね」

 

首を傾げるサルバに片刃剣を軽く叩いて答える。

 

「なんだ、ガタが来てたのか?」

 

「そこまでじゃないけど、これから結構人を斬るかもしれないからさ。後はまあ……色々?」

 

「なんだそりゃ」

 

僕が答えるとプッと小さく噴き出すサルバ。

 

「そういうサルバは大丈夫なの?」

 

「俺の方はいつもとそう変わらなかったからな。メンテもちょちょっとやって終わりだ」

 

「そ」

 

なら問題ないか。

 

「じゃ、行こっか」

 

「おう」

 

頷いたサルバを伴って、ロハグの街の入口へと向かう。時折すれ違った人達がいつも通り顔を顰めて視線を逸らす中、ふと思い出した様にサルバが「そーいや」と小首を傾げた。

 

「今回は車じゃねーんだな」

 

「ま、流石に?」

 

暗殺前には目立ち過ぎるからね。

 もちろん、そんなことは百も承知のサルバは「ケツの心配はしなくていーみてーだな」と軽口を叩きながら、ペチンと自分のお尻を叩いてニヤッと白い歯を見せてきたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「案外あっさりだな」

 

「ま、最初だしね」

 

 ふかりと分厚いレミュール夫人邸の絨毯に降り立ちながら、サルバが少し拍子抜けした様に呟いた。そんなサルバに頷きながら、僕は消音と飛散防止のためにガムテープでベタ貼りしたガラス片を、音を立てないように注意しながら廊下の隅に置く。

 既に消灯を終えた邸宅の中は薄暗く、外から差し込む月光だけが唯一の光源となる廊下はまるで冒険者を呑み込むダンジョンの胎内の様だった。しかもだ、

 

「けど、こっからは気を引き締めて」

 

「つーと?」

 

ダンジョンの臭い(腐敗したリンゴの臭い)がする」

 

「そうか……」

 

僕が鼻腔を突いてきた悪臭について告げると、声を潜めたサルバが愛銃の先に鈍く光るナイフを装着する。

 

「それは?」

 

銃剣(ベヨネッタ)だ。ダンジョンじゃ取り回しにムラが出るからあんま使わねーけどな」

 

「なるほど」

 

初めて見る付属品らしいパーツについて尋ねると、サルバはニッと笑いながらくるくると器用にナイフ付きの拳銃を回した。消音性とフィールドを考えたら、確かにメリットの方が大きく出るだろう。

 

「お前はどうすんだ?」

 

「ま、流石にこっち(・・・)かな」

 

僕も遭遇戦を想定して短剣を抜いて見せると、サルバの方も納得した様に「ま、だろーな」と頷いた。出来ればこのまま寝室あたりまで誰にも気付かれずに行けたら楽なんだけど……流石にそれはちょっと高望みかな? ま、いいや。

 

「取り敢えず、背中は頼んだよ」

 

「おう。任された」

 

「ん」

 

顎を引いたサルバに頷き返して、照明の落とされた廊下を先行する。基本寝室のある上階に向かうとなると大抵の屋敷の中心部にある大階段を登ることになるだろうから、その辺が一番の山場になるだろう。いずれにしても厚みのある消音性の高い絨毯は素直にありがたかった。

 時折窓の外で響く虫の羽音がやけに大きく響く中、僕達は言葉を交わすこともなくレミュール夫人邸を冒険者の様に練り歩く。ハップルカ伯爵の邸宅に踏み込んだ時みたいに力尽くで行ければ楽なんだけど、この臭い(ダンジョン臭)が充満している家屋でそれは切るにしてももう少し後のカードだろう。

 

「っと……」

 

 そのまま暫くの間廊下を歩いていると、不意に鼻腔を蝋が焦げる臭いが擽った。

 

(入るよ)

 

(おう)

 

後ろのサルバに合図をして、近くにあったドアへと手を伸ばす。幸い、屋敷自体が高級品なおかげかその開閉に音は立たない。その僅かに出来た隙間に急いで潜り込んでドアに耳を当てると、微かな衣擦れの様な音が遠くに聞こえ、少しするとそれも聞こえなくなったのだった。

 

「……行ったか?」

 

「多分ね。出るのはもう少し様子を見た方が良いだろうけど」

 

「だな……」

 

頷いたサルバが立ち上がってドアに背を向けたところで、ふと思い出した様に「やっぱでけーな……」と呟いた。

 

「ま、案の定だね」

 

その意見に僕も同意する。

 外から見た時点で一目瞭然ではあったけど、レミュール夫人邸の造りは明らかに下級貴族の枠を逸脱していた。その毛色は実際に部屋の一つに入ってみればより鮮明で、到底トウトウ村を含めた近隣の代官職程度のあがり(・・・)で出来る贅沢なわけがなかった。つまりはだ、

 

「相当入れ込んでたみたいだね、ハップルカ伯爵」

 

「傍迷惑な……」

 

ごもっとも。

 面倒臭そうに呻いたサルバが訝る様に「にしても……」と呟く。

 

「ここまででけー屋敷を宛がわれといて、伯爵の愛人だってバレねーなんてこともあんだな。明らかに新築だろ? これ」

 

「まあ、職人の人達は日当さえ貰えれば根掘り葉掘りは聞かないだろうしね。噂くらいはするだろうけど、しょせん噂は噂だし」

 

「出入りの商人とかそっちはねーの?」

 

「商人は職人以上に口を閉じるのがマナーだからね。後、他貴族からの使者なんてのも、騎士爵相手にはまず無いだろうし。残るは実際の実務を担当している徴税官くらいだけど……この部屋を見る限りその線は薄そうかな」

 

「あー……」

 

そう伝えて部屋の奥を顎でしゃくると、サルバも納得した様に呻いた。

 段々慣れてきた目に映ったのは一面に所狭しと蔵書が収められた内壁で、その冊数と中央に置かれた上質な執務机を見る限り、ここはハップルカ伯爵の執務室だろう。村娘から愛人として取り立てられたレミュール夫人に必要なのはこんな上等な執務室じゃなくて、同じくらいお金を掛けた鏡台と化粧品だろうからね。

 

「徴税官が使ってた部屋って可能性は?」

 

「なら、もう少し装飾品は抑えられると思うよ。少なくとも本当の主人であるハップルカ伯爵が出入りする屋敷な訳だしさ」

 

「ま、そりゃそーか」

 

サルバは納得した様に頷いた。

 

「しかしそうなると、あの伯爵夫人って結構アレな女だったりするのか?」

 

「ん? どういうこと?」

 

「ん? ああ、いやな……」

 

妙なことを言い出したサルバに問い返すと、少し考えをまとめる様にサルバはバリバリと頭を掻いた。

 

「もし、自宅の居心地が良いとはいかないまでも悪くねーなら、こんな長時間滞在する想定の部屋なんざ態々造らせねーだろ? 仮にばーさんになった夫人相手じゃ勃たねーにしても、普通の夫婦関係ならもっとコソコソすんだろーし」

 

「言われてみればそんな気もするね」

 

確かに伯爵の執務室にしても、レミュール夫人領だけならここまでの部屋は必要ないだろう。となると、伯爵はこの部屋で自分の本来の執務まで手を付けていた公算が強い。そして、そんな行動を取る理由があるとすれば……、

 

「なんか、めんどくせーな」

 

「だね」

 

少なくとも、僕達みたいな人間(ダンジョン閉鎖士)が考える話じゃないだろう。

 

「じゃ、いこっか」

 

「もういいのか?」

 

「うん、ここには流石に居なさそうだし」

 

「りょーかい」

 

頷いたサルバを連れて、音を立てないように注意しながら再び部屋のドアを開ける。

 

 

 

するとその瞬間、長い廊下から強いリンゴの腐敗臭(・・・・・・・)鉄錆の臭い(・・・・・)が襲い掛かって来たのだった。

 

 

 

「!」

 

「っ!?」

 

咄嗟にサルバを背に庇った直後、ガガガガガッ!という空気全体を粗い鑢で逆撫でするような音が響き、一拍遅れて火薬の刺激臭が漂ってくる。

 

「斉射!?」

 

流石に愛用の武器に関することだけあってすぐに解に辿り着くも、愕然とした様に呻くサルバ。

 

「気付かれたみたいだね」

 

「言ってる場合か!?」

 

「まあ別に本職(暗殺者)って訳じゃないし、相手が元同業なら僕達がこう来ることは読めないでもないから」

 

そりゃ、バレないで済むならそれがベストではあるけどさ。

 

「じゃ、ここからは普通に実力行使といこっか」

 

「っておい、それ(・・)!?」

 

「冒険者なら珍しくもないでしょ?」

 

「そりゃそーだけどよー!?!?」

 

「なら耳塞いで口を開けておいて。後、すぐに出られるように準備して」

 

ドア口から手差し出して応射していたサルバに注意をして、僕は背嚢から引っ張り出した調理器具の紐(・・・・・・)を引き切る。そして、サルバと入れ替わりにドアの前に立つと見えない廊下の腐敗臭に向かって思いっきりそれを投げ飛ばした。

 コンッ……コンッ……という金属がぶつかる音が鳴って一拍、ボンッ!!という破裂音が響き渡り、窓ガラスが粉々に砕け散る音と紙や木が焼け焦げる臭い、そしてそれ以上に強い鉄錆の臭いが入り込んできたのだった。人の気配は……うん、大丈夫そうかな。

 

「まさか、遅れた理由ってポテトマッシャーのせいかよ……」

 

「ご名答。さ、行くよ」

 

「あーくそ! 分かったよ!」

 

短剣を握り直して廊下に出ると、すぐ後ろから拳銃剣を握ったサルバが追いかけてくる。

 廊下を少し進んだ先には大人数人分と思われる人肉のミンチと破損した銃器の残骸が血溜まりに散乱して大きなシチューを作っていた。

 

「ぱっと見まずそうなのは……うん、無いかな」

 

「だな。……こいつら、屋敷の使用人どもか?」

 

「”ダンジョン・コア”で操られたってのが付きそうだけどね」

 

小首を傾げたサルバに頷きながら、足元で壊れた銃器のトリガーを繰り返し引く誰かの人差し指を念のため踏み潰す。前の襲撃とこの有様を見る限り、レミュール夫人?がそういう”ダンジョン・コア”を持っているというのはもう動かしようもないだろう。同時にその効能も……

 

「で、こっからどーすんだ?」

 

「そうだね……」

 

サルバの問いに改めて屋敷内の臭いを嗅いでみる……うん、

 

「二階の奥に向かうよ」

 

「なんだ、結局心臓部に突っ込むのか」

 

「まあ、さっきまで散乱していた臭いが集約してってるからね」

 

「罠の可能性は?」

 

「もちろん十二分にあるんじゃない?」

 

「そーか……」

 

僕の言葉に小さく溜息を吐いたサルバは、けれどすぐに顔を上げてニッと白い歯を見せる。普段の快活なそれとは違う、妙に粗野な印象の笑みだった。

 

「じゃ、しゃーねーな」

 

「うん、仕方ないね」

 

その言葉に同意して、僕も短剣だけでなく片刃剣の方も抜いておく。

 

「っし、行くか」

 

「ん」

 

サルバと頷きあって、僕達は同時に屋敷中央の大階段を駆け登ったのだった。……ん?

 

「サルバ?」

 

「んお?」

 

「大丈夫?」

 

「……どうしたんだよ、急に」

 

「んー……なんか、ちょっと緊張してるように感じたから」

 

隣を走るサルバの横顔を見てるうちに何となくそう思っただけなんだけど。

 

「……お前、変な所で鋭いな」

 

「そう?」

 

「おう」

 

「……」

 

「……」

 

少し迷う素振りを見せた後、ふっと溜息を洩らしたサルバが「いやな」と呟いて頬を掻く。

 

「俺も一応少し前までは普通の一般的な冒険者だったわけだ」

 

「まだちんちんが付いていた頃ね」

 

「心のちんこは失ってねえから……」

 

ま、女湯覗く元気はまだあるしね。

 

「で?」

 

「当時だったら貴族様に逆らうなんて考えもしなかったわけだ」

 

「ギルドの洗脳が上手くいっている証拠だね」

 

「それをギルド所属のお前が言うのかよ」

 

「ギルド所属だからこそじゃない?」

 

普通に冒険者してたら、ギルドが冒険者を教育する役目も負っているなんて知らないだろうしさ。

 

「よし、話し戻すぞ」

 

「どうぞどうぞ」

 

「当時、貴族に剣や銃を向けるなんて思いもしなかった俺としては、平然と貴族に剣を向けたり殺害したり簒奪するってのはこう、常識外の話な訳だな」

 

「常識が広がって良かったね」

 

「どちっかっつーと、壊れたって感じだけどな」

 

はっはっは。

 

「んで、そんな常識壊しやがった人間二人の内の一人がよりにもよってお前な訳だ」

 

「感謝してくれても良いよ?」

 

「おう、どこをどうすればそうなるんだよクソ野郎」

 

二回目のはっはっは。

 

「で?」

 

「これから戦う奴がどんな人間かは分からないけどな、お前と同じダンジョン閉鎖士で、お前と同じ様に貴族を殺すことに躊躇の無い奴だとしたら、相当厄介だと思ってな」

 

「成程ねえ」

 

だから、この後の戦いを考えて緊張していたと。うーん……、

 

「ま、最善を尽くして相手を殺せば後はなる様になると思うよ?」

 

もしくはなるようにしかならないとも言うけど。

 

「雑だな」

 

僕の答えに、サルバが苦笑気味に肩を揺らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなサルバの側頭部を銀閃が貫いたのはその瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと」

 

もし僕の手が間に合わなかったら、残像じゃなく本物の方がそうなっていただろう。

 

「なっ!?」

 

 眼前を(はし)った銀光にサルバが息を呑む音が聞こえる。紙一重で先んじれたのは、咄嗟に突き飛ばした胸元が無駄におっきなおっぱいの分距離を稼いでいてくれたおかげ……かな?

 

「くっ!?」

 

 飛散する射干玉の前髪。射し込む月光を反射して綺羅星の様に輝いたそれの奥で、顔面を抑えたサルバが二度引き金を引いた。

 

「ごぼっ」

 

暗がりから襲い掛かって来た銀閃の根元、大ぶりのナイフを構えたメイドの口と喉が弾けて腥い血糊が噴き出る。すれ違い様に肩口と手首を斬り飛ばし、振り返って背中から十字に体を切断すると、バラバラになったメイドはそれ以上動こうとはしなかった。

 

「大丈夫?」

 

「あ、ああ……」

 

メイドの掌を踏み潰しながら尻もちをついたサルバに手を伸ばすと、右顔を抑えたままおずおずと左手を差し出してきた。ふむ……、

 

「あー、サンキュ」

 

「ん」

 

「……」

 

引き起こしたサルバに頷くと、一瞬サルバが何か言いたげな雰囲気を出した気がした。ま、別にいいけど。それよりもだ、

 

 

 

「お見事」

 

 

 

刻み終えたメイドの後ろからヌッと現れたもう一つの影の方が今は大事だった。

 丁寧にオールバックで固められた銀髪に設えの良い燕尾服。傍目からもそうと分かる執事の男性が無機質な口ぶりで感情の籠っていない称賛を口にしたのだった。

 

「実に鮮や「えい」

 

まあ、特に聞く気もないんだけど。

 

「おい……」

 

口を開きかけた燕尾服の顔を口元から切断すると、立ち上がったサルバがジトッとした左目を向けてきた。どうかした?

 

「いや、こいつ何か話そうとしてただろ」

 

「そうだね」

 

「なら何で」

 

「呪文の可能性があったから」

 

「……」

 

エーテルソーサラーの可能性がある以上はね? それに、敵か敵の手駒のどっちかなのは確実だし。

 

「ま、そりゃそーだけどな……」

 

「?」

 

呻くように呟きながら何か諦めた様に頷くサルバ。よく分からないけど、まあいいや。

 

「じゃ、再出発といこっか」

 

「はぁ……」

 

斬り倒した執事風の男の人もバラして先に進むと、後ろのサルバが呆れとも感心ともつかない妙な溜息を漏らしたのが聞こえた。

 

そして、それとは別に踏み越える直前の足元から、何かを呟く様な音が漏れていたのだった。

 

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「来たわね」

 

 屋敷の最奥の扉を開くと、玉座の様に置かれた上等なソファの上でくすんだ金髪の女の人が雑に開いた脚の上に肘を突きながら、気だるげにそう呟いた。

 赤く濁った視線。ハップルカ伯爵の愛人である貴族の女性でも、村の顔役である新進気鋭の冒険者でもあり得ない荒んだ瞳は僕が知るダンジョン閉鎖士にはとても似つかわしいものだった。

 

「んっ」

 

試しに彼女の横に侍っていたメイドの一人に短刀を投擲してみる。頭蓋が割れ、鮮血が飛び散って脳漿と共に彼女の横顔を濡らすけど、ピクリとも反応をしなかった。

 ぐしゃりと崩れ落ちたメイドの躯がそれ以上動くこともなく唯々作り出した血溜まりに足を絡めとられながら、特に表情を変えることもなく淀んだ視線を向けてきている。……ふむ、

 

「やっぱりその人形は全部半任意操作(セミオート)か」

 

「初めから分かっていたんじゃないのかしら?」

 

「んー、まあ一応検証は必要かなと」

 

無機質に投げ付けられる言葉に肩を竦めると、隣のサルバが「半任意操作?」と首を傾げた。

 

「そ、半任意操作。って言っても、正式な名称じゃないんだけどね。支配系の”ダンジョン・コア”の場合まず被支配者の人格が残るかどうかがあって、支配が常時かどうか、さらには命令についても一度受け付けるか常時受け付けるかとか……結構細部に個性が出るんだよ」

 

「ほーん……」

 

「そして、ハップルカ伯爵と一緒に襲撃された時の動きを見た感じ、この人が使った“コア”は被支配者の人格を完全に奪った上である程度自動操縦が成立するタイプ。けど、任意操作が出来ない訳じゃなくて、マリオネットみたいに自分で手繰ることも可能な印象だ。そして、その際の方法は五感の接続……かな?」

 

じゃなきゃ五体の緩慢な人形の使嗾はまず成立しないし、自分の肉体を越えた動きが取れる訳もない。そして何より、襲撃してきたパーティーの欠点を補う様に先の廊下では銃器が用いられた。あれは最初に襲ってきた人形の情報をフィードバックされないと、まず取られない選択肢だっただろう。

 

「……」

 

視線を向けてみると、目の前の彼女は是とも否とも言わず、代わりにゆっくりと絹の手袋に包まれた手をテフテフと打ち鳴らしたのだった。

 

「ご名答。よくアタシの”ダンジョン・コア”の特性を言い当てたわね」

 

「まあ、ヒントはそこかしこにあったので」

 

「やっぱり良い(・・)わね」

 

抑揚のない賞賛の言葉を紡ぐ彼女に軽く肩を竦めると、目の前の偽レミュール夫人は妙なことを口走りながら身を乗り出してくる。

 

「ねえ、アンタ達二人はこの国に不満を持ってないかしら?」

 

その視線に浮かぶ、先の虚無的な色とは違う奥底に灯った情念の色に内心で首を傾げていると、更に意図の分からない言葉を続けてきた。

 

「……どういうことですか?」

 

一瞬サルバと顔を向かい合わせてから、一先ず代表して同時に抱いた疑問を告げてみる。

 

「言葉の通りよ」

 

対する偽レミュール夫人の回答も簡潔だった。

 

「もうバレてるでしょうけど、アタシは元リーセン子爵領のダンジョン閉鎖士。そして、あの男の庶子でもあったわ」

 

「あ、やっぱり。確か、子爵の陞爵活動の折に失踪したんですよね。もしかしなくても消されかけました?」

 

「ええ。その通りよ」

 

割と核心に迫る質問に、彼女―リーセン子爵の庶子―はあっさりと頷いた。

 

「あの男……リーセンは自身の陞爵の邪魔になると判断してアタシに刺客を差し向けてきたわ。自分に庶子が居て、あまつさえそれがダンジョン閉鎖士だという事実を隠蔽するためにね。元はと言えば自分の締まりのない下半身が悪いくせにね」

 

そして、怨みの籠った声でそう吐き捨てた。ふむ、

 

「つまり、その復讐ということですか?」

 

「まさか」

 

僕の確認に偽レミュール夫人ことリーセン子爵の庶子である彼女はあっさりと首を横に振る。

 

「確かにダンジョン閉鎖士に落とされたことに思うことはあるわ。それも、ダンジョン感知能を持つってだけでね。けど、それはそもそもアタシ達ダンジョン感知能を持つ人間を白い目で見ることが当然となってるこの国自体がおかしいのよ。だってそうでしょ!? アタシ達ダンジョン閉鎖士は全員が全員、この国の人間には出来ないことが出来る。”ダンジョン・コア”を収穫できるのはアタシ達だけ。ならアタシ達こそがダンジョンの全ての権益を握るべきなのよ!!!」

 

「はあ……」

 

なんか、益々訳の分からないことを言い出したんだけど……

 

「そう、”ダンジョン・コア”さえあれば、この国をひっくり返すなんて容易いこと。そう思わない?」

 

「まあ、多少はそういう向きもあるからこそ、ご禁制の品になってるんだとは思いますが」

 

というか、事実そうだからこその取り締まりな訳だしね。

 

「けど、所詮一品一様でしかない無作為な資源に国家転覆を頼るのは無謀だと思いますよ?」

 

「そうね……」

 

その上で彼女の構想における明確な問題点を指摘してみるけれど、彼女は僕の指摘に機嫌を悪くするどころかあっさりと首を縦に振った。

 

「確かに性質が無作為かつ事実上のワンオフ機でしかない"ダンジョン・コア"に依存するのは無謀。けど、その思考はそもそもが”ダンジョン・コア”が消耗品であるという前提に根差している……違うかしら?」

 

「まあ、そうですね」

 

「じゃあ、もしよ。もし、”ダンジョン・コア”を育成したり補充する方法があるとしたら……どうなるかしら?」

 

「……その前提は崩れますね」

 

「そうでしょう」

 

頷いた彼女はいつの間にか使用人人形が取り出した悪臭の漂う石ころ、”ダンジョン・コア”を手に取りその表面を愛おしそうに撫で付けた。

 

「そして、アタシはその方法(・・・・)を知っている。つまり……」

 

「”ダンジョン・コア”を根拠にした国家転覆は可能であると」

 

「そういうことよ」

 

薄っすらと笑みを浮かべて頷く彼女。……ふむ、

 

「あなたが拠点にしていたトウトウ村にあるダンジョンのモンスターの増加は、その方法の実験場か何かでしたか」

 

「……」

 

一層深くなる笑み。どうやら、これも当たりということらしい。

 

「……"ダンジョン・コア"の補給と補充は、必ずしもダンジョン感知能を必要としない。けど、その収穫には絶対にダンジョン感知能が必要となる。だから、”ダンジョン・コア”に立脚した軍事経済の運営のためにはダンジョン閉鎖士の力が必要なのよ」

 

「ま、そこはそうでしょうね」

 

というか、彼女の語った国家運営の大枠は完全にダンジョン閉鎖士を前提にしている。

 

「一つ聞かせてください」

 

「何かしら?」

 

「そこまでする理由はなんですか?」

 

「……」

 

 僕の質問に、彼女の顔からスッと感情の色が消える。つまり、なにかしら事情があると。

 

(ま、そりゃそうだよね)

 

その表情に、僕は内心で納得を覚えた。

 もし、単に良い生活をしたいだけなら、彼女は既にそれが可能な立場にある。少なくとも、ハップルカ伯爵がこの家に投じた私財がそれを可能にする規模なのは、この屋敷そのものから見ても間違いない。或いはリーセン子爵に復讐するだけなら、事のあらましを全て事細かに証拠として綴って、帝都の皇帝陛下に捻じ込めば喜んでその四肢を捥いでくれるはずだ。けど、彼女はそのどちらの選択肢も取らなかった。それよりも一段上、この国そのものの転覆を企図している。それにはやっぱり相応の理由が無ければおかしかった。

 

「アタシは……あの女みたいにはならない。そう決めたのよ」

 

「あの女?」

 

「そ。あの女……アタシの母親だった女よ」

 

「……」

 

その言葉には字面ほどの親愛も無ければ尊敬も無く、唯々純粋に唾棄するような軽蔑の念だけが込められていた。

 

「あの女はアタシを身籠ったせいで暇を出されてから、故郷でアタシを産んだ後に結婚をした。けど、ある時から突然家に戻らないようにと言われるようになった。その時は父と一緒に家を出て、外で夜を明かすこともあったわ。初めは楽しかったけど、途中から違和感を覚えてこっそりと家に帰ってみたの。そこで見たのはあの男に媚態を向けながら甘ったるい声で尻を振る母だった女のあさましい姿だったわ」

 

彼女はそう吐き捨てて、挑むようにこっちを見上げてきた。

 

「あれを見た時に決めたのよ。アタシはあんな女みたいにはならない。自分を良いように弄んで、はした金で叩き出した男に尻尾を振る様な人間には!」

 

そう言って、彼女はダンッと玉座の手摺を殴り付ける。

 

「アタシは尻尾を振らない。尻尾を振らせる側になってやる! あんな惨めな男に縋らないといけないような生き方だけはまっぴらよ!!」

 

「はあ……」

 

まあ、幼少期のトラウマって中々取れないらしいからなあ。

 

「で、どうなのよ?」

 

キッとこっちを睨みつけた彼女。その視線と同時に周りに侍っていた使用人達が一斉にナイフや剣を構える。まあつまりは、首を横に振った瞬間にこの人形達が一斉に押し寄せてくると。見た感じ銃器の類を持ったのが居ないのが救いと言えば救い……かな?

 

「そうですね……」

 

一拍時間を取るために首を傾げる。と言っても悩む理由なんて特に無いんだけど。

 

「分かりました」

 

彼女の言葉に頷きながら後ろ手に一瞬だけサルバの銃のトリガーに触れると、隣のサルバが僕にしか分からない程度に小さく息を呑んだ。

 

「その話、受けます」

 

同時に踏み込む。

 首を縦に振りながら、相反する様に片刃剣を左手で引き抜く。隣接距離からの逆手の一刀は一瞬呆気に取られた偽物の頸へと伸びたのだった。

 

 

 

 

 

 




7/8 オリジナル23位
7/9 オリジナル35位
どうもありがとうございますm(__)m

20/09/30:誤字修正致しました。隣の席の県民様どうもありがとうございます!
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