リーセン子爵の取り潰しが決まった。
先のトウトウ村ダンジョンに関する騒動から一か月、通常なら皇帝の権力の伸長を嫌いお互いを庇い合おうとする元老院だけど、今回は同じ元老院議員でもあるハップルカ伯爵を妾の子と共謀してハニートラップに掛けて殺害したという証拠があり、同じ貴族である元老院からも非難の声が集中した形だった。
結果、旧リーセン子爵領の分配で多少の小競り合いがあったものの、リーセン子爵家そのものは実にあっさりと断絶したのだった。
で、僕達とは関係の無い雲の上でそんな話があった訳なんだけど、僕達は今その雲の上のはずだったハップルカ伯爵邸をなぜか一月ぶりに訪れていたのだった。
「随分とにぎやかだな」
「まあ、辺り一帯を治める伯爵の代替わりパーティーだしね」
着慣れないドレスへと強制的に押し込まれて不機嫌そうに呟くサルバ。その隣で僕も借り物の礼服に袖を通して出された高級そうなワインに口を付けいた。
「おや、ロハグの」
「ん? ああ」
サルバの眼球が僕の右目になってからこっち、大抵の人がギョッとしてからそそくさと立ち去るのにも関わらず、やけに友好的な声が向けられた。見ればにこやかに笑っているのは今回のことの発端となった隣町のギルド長で、慣れた様に礼服を着こなしながらにこやかにワインを揺らしているのだった。
「その節はどうも」
「……」
僕とサルバが軽く頭を下げると、隣町のギルド長は「こちらこそ」と目を細める。
「そちらのギルド長はいかがされましたかな?」
「あー、奥の方で料理でもがっついてるんじゃないですかね? もしくは社交ってやつか」
「ふむ。では私もご挨拶させていただきましょうか」
そう言って部屋に入ろうとしたところで、隣町のギルド長がすれ違い様に「奥の部屋へ」と耳打ちをしてきた。どうやら声を掛けてきたのは社交辞令ではなく、メッセンジャーとしてということらしい。
「行くよ、サルバ」
「おう」
頷いたサルバを連れて、屋敷の二階へ向かう。丁度、僕とサルバが押し入った時にハップルカ伯爵と面談したあの部屋がある方へ。
「来てくれましたね」
部屋に入った僕達を出迎えたのは未亡人となったハップルカ伯爵夫人と、今回新たにハップルカ伯爵となった息子らしい貴族だった。
「何かあったんですか?」
特段社交辞令を言い合う関係でもないので先を促すと、クスリと微笑を漏らした伯爵夫人が「そうですね」と頷いてから軽く頭を下げた。
「今回の件、あなた達二人の動きが非常に大きかったと聞き及んでおります。ですのでそのことに感謝を」
「はあ」
なんか、妙な感謝をされた。んー?
「夫が当主の座を退いてこの子が当家を継ぐとなった場合、懸念だったのがリーセン子爵の存在でした。経験の浅いこの子ではなく自身が伯爵位と成り上がるか、はたまた当主となったこの子に何かしらの不手際を生じさせるように動くか……どちらにせよ穏便な代替わりとはならないことが目に見えておりましたから。リーセン子爵の失脚により、私も肩の荷が下りた気持ちです」
「んー、取り敢えず何のことかと聞いても?」
「隠すことはありません。本件、当家は間違いなく感謝の身をあなた達に抱いておりますから」
一応秘匿案件でもあるのでとぼけてみるけど、ハップルカ伯爵夫人は微笑のまま首を横に振った。
「政敵であるリーセン子爵を取り潰すための代償がダンジョン村一つならば安いものですので」
「元老院の工作もされたと伺いましたが?」
「ええ。ですが、工作をするにも大義が有ると無いとでは円滑さが大きく違いますから」
実にあっさりとしたその物言いに、隣のサルバが僅かに目を細めた。想像していた以上に目の前の細身な女性が貴族然とした性格であることに本能的な警戒感を煽られたみたいで、ジワリと僕の脳裏にも警戒心が滲んでくる。まあ、僕も少し驚いたというのが本音だ。今回の件で、ハップルカ伯爵夫人は故ハップルカ伯爵とリーセン子爵の両者にとって単なるトロフィーだったようにしか思ってなかったんだけど、この一種の容赦の無さは確かに彼女がハップルカ伯爵家の血を繋ぐ貴族なのだということを物語ってるように感じた。
「この子も襲名前にいい勉強をさせていただきました」
そう言ってチラッと隣に立つ新ハップルカ伯爵、まだ若い僕達より一回りくらいしか年の離れていない男性が微笑のまま一礼をしてきた。つまり、元老院の工作の実担当は
「話は以上です。伯爵、お二人を会場まで」
「承知いたしました」
頷いた伯爵が「どうぞ」と僕達を促して部屋のドアを押し開ける。
「ギルドと貴族は潜在敵」
「?」
その伯爵に従って部屋を出ようとしたところで、ふと後ろのハップルカ伯爵夫人がっ小さく呟いた。
「ですが、それであっても良い関係でありたいものです」
「伝えときます」
その言葉を受け取るのは僕達じゃない。そう言外に伝えながら、サルバと新伯爵の後を追いかける。
「そういえば」
部屋を出たところで一瞬足を止めたハップルカ伯爵がふと隣のサルバを見下した。
「あなた達とこうして話をするのは初めてだったのですが、まさか今回の件で活躍された人物がこのように可愛らしい女性だとは思ってもおりませんでした」
「あー、そりゃどーも」
にこやかで毒の無い伯爵の称賛に毒気を抜かれたのか、サルバは困った様に頬を掻いた。
「もしよろしければ、このパーティーの後にお茶でもいかがでしょうか?」
「おとといきやがれ」
躊躇なく吐き捨てたサルバにクスクスと笑いながら、ハップルカ伯爵は「おや、振られてしまいましたね」と肩を竦めた。
「では、私はこれで」
会場に案内し終えて、すぐに使用人の人達と一緒に中に入って行った伯爵の背中を見送ってから、僕達は直ぐに彼に背中を向ける。一応呼ばれはしたけど、本題はもう終わってるだろうしね。
「んで、これからどーすんだ?」
屋敷を出たサルバがまとめた髪を解いて面倒臭そうに呟いた。
「んー、そうだね……」
何があるって訳でもないんだけど、
「取り敢えずご飯食べて」
「食べて?」
「ダンジョンの閉鎖かな」
「そうかよ」
ククッと喉を鳴らしたサルバが頷く。
丁度近くに、閉鎖が決まったダンジョンがあったはずだ。
どうもお久しぶりです。小名堀天牙です。
今年に入ってからじわじわと微修正を加えておりましたトウトウ村編、これにて修正完了となります。
もしよろしければ楽しんでいただけると幸いです。
次はラビュリントス編……頑張ります(;'∀')