ダンジョン、閉鎖致します   作:小名掘 天牙

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こんにちはこんばんは小名堀天牙です。
前話は久し振りの投稿にもかかわらず、ご感想ご評価お気に入り登録ありがとうございます。お陰様でとても励みになりましたm(__)m
今話も楽しんでいただけますと幸いです。また、面白かったらご感想やご評価など頂けますととても嬉しく思います。ではノシ



第二報 処女探索(ロストヴァージン)

 島の人に案内されてやってきた会場には既に大きな人だかりが出来ていた。その中には漁船で僕達と揉めた冒険者の姿なんかもある。

 

(多いな……これ、全員招待客か?)

 

(じゃない? 流石にそれ以外でこんな辺鄙な島に来る理由も思い当たらないし)

 

(そりゃそーか。にしても一癖も二癖もありそうな連中ばっかだな)

 

(そうだねえ……)

 

ザッとその人だかりを見渡して両目を細めるサルバ。その言葉通り、大多数を占めるダンジョンコートに袖を通した冒険者の人達は皆一様に堅気とは思えない風貌をしているし、数人だけ居る妙に高級な衣服を身に纏った人達は一見すると愛想の良い笑顔を浮かべつつもどこか蛇を思わせる眼光で周りの人達を品定めしている。

 

「うおっほん!」

 

 と、そんな来訪客の群れと対峙する島の人達の中から大きな咳払いが上がり、ぬっと白い頭が突き出た。

 

「えー、長らくお待たせいたしましたが、ただ今より本島が生み出したガイアエラ初の人工ダンジョン“ラビュリントス”の披露会を始めたいと思います! 申し遅れましたが私はレクター、このジャクー島の自治領主を務めております」

 

「「「……」」」

 

「どうぞお見知りおきを」と付け足して慇懃に一礼をしたのは目の下に隈が目立つ正装をしたお爺さんだった。その“自治領主”という言葉に、数人の来訪客が僅かに目を細める。

 

(どう見る?)

 

(まあ、事情を知ってるとしたら一番可能性があるよね)

 

(だよな)

 

一方の僕達も“共有”で打ち合わせをする。少なくとも、このお爺さんには話を通さないと、こんな大規模な建築は行えないはずだ。

 

「さて、先にお伝えさせていただきますが、披露会が終わりましたらこちらにお越しいただきました勇敢なる冒険者の皆様には“ラビュリントス”の“処女探索”に入っていただく予定です!」

 

「「「「「!!!」」」」」

 

と、そんなことを話していると、お爺さんの一言に今度はさっきよりも多くの聴衆が色めき立つ。

 

(ま、冒険者の性だからな)

 

(っていうと?)

 

(“処女探索”と聞けば嫉むか滾るもんなんだよ)

 

(そうなの?)

 

(まーな)

 

小さく顎を引いたサルバがチラッと青い流し目を送ってくる。

 

(地形も生息モンスターも分かんねー代わりに、力さえありゃ誰に邪魔されることもなく獲物を狩れるんだぜ? しかも、それがギルドに実力を認めさせた奴の特権なんだからな)

 

(なるほどね……)

 

つまり、名実共に優秀な冒険者の証な訳か。

 

(それにな)

 

(うん?)

 

(“処女”って単語は男としても興奮すんだろ?)

 

(破るモノ(・・)が付いてないのに?)

 

(はっはっは! この野郎)

 

 

 

青く澄んだジャクーの空の下に一発の銃声が鳴り響いた。

僕は体を反らせて回避した。

 

 

 

「な、なあああああああ!?!?」

 

「だ、誰だ!?」

 

「チッ!!」

 

その音を聞いて、方々で臨戦態勢に入る冒険者の人達。多少混乱の色がありつつも、相応に腕が立つみたいだった。

 

「……」

 

一先ずステージの上で絶句していた自治領主のお爺さんに手を差し出すと、二度三度と目を瞬かせたお爺さんは「あー、えー……皆様の無事を祈り、私の挨拶とさせていただきます」と尻切れ蜻蛉の様に演説を締めくくったのだった。

 

「「「「「……」」」」」

 

サルバが発砲したのを見ていた冒険者の人達は少し迷う様な素振りを見せたものの、“処女探索”の優先度の方が勝ったらしく、遠くの人から順にお爺さんの後ろにある巨大な“門”へと目を向ける。

 

「えー、“ラビュリントス”の“処女探索”に際してなのですが、我々島民より細やかではありますが皆様に贈り物をご用意させていただきました」

 

そんな冒険者の人達の視線を掲げられたお爺さんの右手が遮った。その皺の目立つ掌には一枚の白い紙片が握られている。

 

(なんだ、ありゃ?)

 

(んー……ダンジョンの地図とか?)

 

パタパタと潮風にはためくその中に見え隠れする精緻な模様からの推測だけど……、

 

「こちらは“ラビュリントス”の設計図です! 私達島民が建設の際に用いたものではございますが、皆様の“処女探索”の一助となれば幸いです!」

 

(お、正解だな)

 

(そうだね)

 

「「「「「!!!」」」」」

 

その言葉を聞いた瞬間、“共有”を介して頷き合う僕達の周りで冒険者の人達が次々に生唾を呑んだ音が上がった。まあ、未踏のダンジョンの地図なんてものが手元にあれば、その優位性は計り知れないだろうからね。

 

「ご準備の済みました方からどうぞこちらに「どけ!」「俺が先だ!!」「邪魔すんな!!!」

 

お爺さんが言い終わるか言い終わらないかの内に、先を争って殺到する冒険者の人達。多分、招待状の枚数分は用意してるんだろうけど、彼らからしたら一秒でも周囲に先んじたいだろうしね。

 

「んで、俺らはどーする?」

 

「待と。今行っても無駄に疲れるだけだし」

 

「それもそーだな」

 

その点、冒険そのものとは無関係な僕達は気楽な立場だ。

 頷いたサルバが煙草に火を点けてフッと上空に紫煙を吹き出すと、血色の唇から伸びた白い筋は潮風に揉まれてするりと解けるように掻き消えたのだった。

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

 結局、僕達の番が回ってきたのはサルバが都合三本目の煙草を吸い終えた頃だった。

 地面に罫書いた○×ゲームを切り上げて立ち上がると、「どうぞ……」と他の人達に配られたものと同じ紙片を渡される。

 

「どうも」

 

「……」

 

「? 何か?」

 

「あ、いえ……」

 

それを受け取った瞬間、妙に視線を感じて顔を上げる。けど、自治領主のお爺さんは言葉少なに否定して「お気を付けて」と直ぐに頭を下げてしまう。まあ、いっか。

 

「じゃ、行こっか」

 

「おう」

 

 人工ダンジョンの設計図をポケットに仕舞いながら分厚い木戸と固い鉄格子の二重扉を潜ると、少し肌寒く仄明るい空間が僕達を出迎えたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 人工ダンジョン“ラビュリントス”の中は案の定外よりもきついダンジョンの臭い(腐敗したリンゴ臭)が充満していた。同時に相当数のモンスターが生息しているらしく、至る所で発生した怒号や金属音、野太い悲鳴に獣の様な咆哮が通路を伝って入り口まで反響してきている。

 

「やっぱ、この空気は興奮するな!」

 

「そう?」

 

 その音を聞いた瞬間、サルバが獰猛な笑みと共にパンッと掌に拳を打ち付ける。

 

「まあ、サルバがやる気になる分には別にいいけどね。僕も手間が省けそうだし」

 

「おう、任せとけ! どんなモンスターでも狩って狩って狩りまくってやるからな!」

 

「いや、そこまでは求めてないけど」

 

「っておい!?」

 

勢いのままにつんのめったサルバがビシッと突っ込んでくる。んー、

 

「意気込みはいいんだけど、本来の目的忘れてないよね?」

 

「あー……お、おう。もちろん」

 

「やっぱり忘れてた」

 

「……」

 

僕が呟くと、視線を逸らしたサルバは気まずそうに口笛を吹き始めた。ま、いいけど。

 

「主題はこの人工ダンジョンそのものの調査だからね。道中のモンスターは処理する必要があるけど、それはあくまで余禄」

 

「おう……」

 

頷きつつも少しだけ未練ありげな目をするサルバ。

 

「んじゃ、どこを目指すんだ?」

 

「取り敢えず最上階かな」

 

通路内に等間隔で吊るされた照明の下で、地図中央にあるドームの天辺を指差すと、サルバが「ちょい遠いな……」と呟く。

 

「この距離ってなると、ダンジョンでも上位のモンスターが縄張りにしてる可能性があるぜ?」

 

「そうだね」

 

「……」

 

「……」

 

そこまで打ち合わせて僕達は視線を交叉させる。まあ、危険がどうとかはあるんだろうけど、

 

「いける、サルバ?」

 

「誰に物言ってんだ」

 

やらなきゃいけないことに変わりはないしね。

 ニッと白い歯を見せて拳銃を引き抜いたサルバに頷きながら、僕も片刃剣を引き抜く。

 

「Ahhhhhhhhhh……」

 

そして、近付いてきていた悪臭に切っ先を振り下ろすと、低い呻き声と共に腐敗した人頭がゴロンと転がったのだった。

 

「ゾンビか……」

 

割と一般的な低級モンスターの頭部を念のため細切れにしておくと、サルバが蹄鉄の付いたブーツで顎骨部分を更に念入りに踏み砕く。

 

「少なくともモンスターは本物みてーだな」

 

「サルバから見ても?」

 

「おう」

 

「ふむ……」

 

つまり、熟練の冒険者の目でも、そこは動かないってことか……、

 

「取り敢えず、進もっか」

 

「あいよ」

 

頷いたサルバを背に、前衛として先を行く。はてさて鬼が出るか蛇が出るか。

 

(まあ、どっちでもいいけど)

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 最深部へと向かうにつれて一段と濃くなった臭気の中、高速で向かってくる独特の獣臭さに向けて片刃剣を振るう。

 

(ワーウルフか……)

 

下段の横薙ぎに軌道を切った剣先を飛び退って避けたのは半獣半人といった様相のモンスター。

 

「よっ」

 

「ギャンッ!?!?」

 

その一拍の停止に、サルバの拳銃が火を噴く。都合三発の銃弾に視覚と嗅覚を奪われたワーウルフは獣らしい悲鳴と共に地面を転がったのだった。

 

「しっ……」

 

固く踏み締められた地面を蹴って、その太い首元に剣先を刺しこむとビクッとエビの様に身を跳ねさせたそれは最後にもう一度牙を合わせようとしたところで力尽きて動かなくなる。

 

「これで十匹目か……」

 

油断なく背後を警戒しながら弾丸を換えていたサルバが地面に倒れた肉食獣型のモンスターをチラッと見て、訝る様に眉を顰めた。

 

「そうだね」

 

僕も片刃剣の血振りをしながら、サルバの言葉に頷く。

 この人工ダンジョンに入って一時間ほど、僕達が狩ったモンスターの数はワーウルフが十匹に無数に徘徊するゾンビが二人の手足の指では数えきれないくらいとなっていた。ただ、サルバが眉を顰めた理由はモンスターの数の方ではない。

 

「にしても、こうも感染能力持ちばっかだと流石に面倒だな」

 

「それね」

 

ぼやくサルバに僕も同意する。

 そう、ゾンビとワーウルフは共に負傷させた人間を自分の同類に変成させてしまう能力を持っていて、浅い傷であっても致命傷になりかねないという厄介な性質を持っているのだ。お陰で戦闘は一定の安全マージンを取る必要があり、探索も予定より大分時間が掛かってしまっていた。感染部位が爪牙に限定されているから、まだマシではあるんだけど……

 

「これ、何かの縛りだったりするのかな?」

 

「人工ダンジョンを成立させるためのか? 確かにそーかもな」

 

「Ah……」

 

同意しながら先を促す様に顎をしゃくったサルバに頷いて、近くまで来ていたくぐもった声にまた片刃剣を振り抜く。そうして、角を曲がればいよいよ“ラビュリントス”の最深部が見えてくるはずだ。

 

(ここだね)

 

(ああ)

 

 果たして、地図に記載されていた最後の曲がり角から音を立てないように注意して顔を出してみると、案の定そこには岩を切り出した玉座に腰を下ろす一匹のモンスターの姿。

 

(ヴァンパイアか……)

 

青白い肌に尖った耳、黒いマントに特徴的な乱杭歯は上級のモンスターの中でも高い知名度を誇る種族の特徴とピタリと一致していた。

 

(あいつがボスってことだろーな)

 

(そうだね……にしても人工ダンジョンでもボスなんてあるんだ)

 

(製造までが人工で、その後の生存競争までは関知しねーってことなんだろーな)

 

(だね)

 

(ま、それはそれとしてだ……)

 

(うん……)

 

 

 

 

(また感染能力持ちだな)

 

(予想はしてたけどね)

 

 

 

 

うんざりとした様に呻くサルバに相槌を打ちつつも、僕自身いい加減面倒にはなってきていた。まあ、いいけど。

 

(んで、どーするよ?)

 

(ちょっと待って)

 

下で小首を傾げたサルバに断って、鼻に意識を集中する。幸い、狩ったモンスターを放置して進んできたお陰で他の冒険者の姿は見当たらないから、少しくらい時間を掛けても問題ないだろう。

 息を吸い込むと鼻先がスンと鳴って、“ラビュリントス”最深部のダンジョン臭(腐敗したリンゴ臭)が僕の鼻孔に押し寄せてくる。鼻が曲がりそうな悪臭は鼻腔を突き抜けて脳髄を掻き毟って来るみたいだったけど、お陰で来航から持っていた推測が確かなものとなる。

 

(やっぱり、もうコアが形成されてるみたい)

 

(マジか……)

 

そう呟いて太い眉を寄せたサルバは胡散臭い物を見る目で最深部のヴァンパイアを見詰める。まあ、そういう反応にもなるよね。

 人工とはいえ、開いたばかりのダンジョンで既にこの濃度の死臭(コアの臭い)が漂っているというのは明らかに不自然だった。この不自然さもまた、人工ダンジョンを成立させるためのからくりなのかもしれないけど。

 

(じゃあ、抉り出すのか?)

 

(んーん、取り敢えず今日は戻ろ。最悪、それは後ででも出来るし)

 

最低限の事は分かったしね。ダンジョンの攻略も手段であって目的ではないし。

 

(りょーかい)

 

コクリと頷いて、サルバが通路の角から顔を引っ込める。

 

 

 

そして、妙な胸騒ぎがしたのはその時だった。

 

 

 

(っと)

 

(うおっ!?)

 

咄嗟にサルバを突き飛ばした瞬間、僕の膝元とサルバの鼻先の間を何かが高速で駆け抜けたのが分かった。

 尻餅をついたサルバの方は“共有”で体重を僕に移すことで着地音を抑えたものの、事の発端となった何かはそのまま直進してダンジョンの内壁へと着弾したみたいだった。

 

「GU?」

 

バンッ!という弾ける様な異音に顔を上げるヴァンパイア。その翼をバサリと羽ばたかせた音が響いて、着弾音の出所を確かめに向かってきたのが分かった。

 

(逃げるよ)

 

(おうっ)

 

重量を奪ったままのサルバの襟首を引っ張り上げて、背中で受け止めながら石畳を蹴る。ボフンッ!と柔らかい感触が乗っかってくるのと同時に、サルバが後ろに向かってリボルバーを乱射したのを聞きながら、僕はダンジョンの入口へと全力疾走するのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 不自然にならないよう、途中で念のため狩っておいたワーウルフを担いで人工ダンジョンを出ると、島の人達が忙しくテーブルを運んでいるところだった。

 

「おや、ご無事のお戻りで」

 

「どうも」

 

僕達の気配に気が付いたのか、その島の人達に指示を出していた自治領主お爺さんが振り返って笑顔を作ってきた。

 

「これ、どうすればいいですか?」

 

ワーウルフの死体を掲げて見せると、お爺さんは「ああ」と頷いて人工ダンジョン前の広場の端を指差す。そこには島から提供されたと思われる簡易テントの下で使用人や世話の子供達に指示を出す三人の商人らしき人達の姿があった。その後ろには既に結構な数のワーウルフが積まれていて、それぞれ解体や下処理が進められている。

 

「あちらで商人の皆様が換金の準備を済ませております。どうぞご自由にご交渉くださいませ」

 

そう言って目を細める自治領主のお爺さん。

 

(これ、良いのか?)

 

(んー、多分?)

 

(多分?)

 

(うん。ダンジョンのアガリ(・・・)はギルドへの提出が義務付けられてるけど、この島にはギルドが無いし、ギルドへの提供は皇帝陛下と貴族の間での取り決めだからね)

 

(そーいやそーか)

 

(それに、そもそも人工ダンジョンが現行法の適用範囲内かっていう問題もあるし)

 

(確かにな……)

 

「取り敢えず、行ってみます」

 

「ええ、ええ。皆様、先程から今か今かとお待ちですよ」

 

難しい顔になって唸るサルバを連れて商人の人達の前に立つと、一斉に品定めをする様な目を向けられた。

 

「これを」

 

「随分と少ないですな」

 

僕がワーウルフの死体を差し出すと、同宿に宿泊予定のカポストと呼ばれていた商人が細い目を更に細めて妙に甲高い声で呟いた。

 

「まあ、本業じゃないので」

 

「本業ではない?」

 

「ええ。僕達は冒険者じゃなくてダンジョン閉鎖士ですから」

 

「ダンジョン閉鎖士ですと?」

 

「「……」」

 

脂身みたいな商人の人は僕の言葉を反芻すると、他の二人と共に汚い物を見る様に僅かに顔を顰めたのだった。

 

「……まあいいでしょう」

 

そう言って、僕からワーウルフの死体を受け取って鑑定を始めていく。数分して目の前の脂身の人が口にしたのは「あまり良くありませんね」という一言だった。

 

「まず、このワーウルフですが目がありませんね」

 

「うむ、これでは眼球が得られん」

 

「左様左様」

 

「しかも、鼻まで欠けていて、毛皮も血だらけですな」

 

「これでは下処理に時間が掛かってしまう」

 

「然り然り」

 

そして一斉に続けられる指摘。その口振りは何となく陰湿で、僕達の身分を聞いたことで足元を見てきたのが察せられた。まあ、これで儲けようなんて思ってないから、それ自体は当たりとも言えるんだけど、

 

「!!!」

 

(サルバは怒るよねえ……)

 

元冒険者、それも冒険団の団長をしていただけあってモンスターの相場に明るいサルバからしたら、この対応は侮辱に他ならないだろう。顔も真っ赤だし。

 けど、流石に今の立場は認識しているのか、大きく深呼吸をして自分を鎮めようと

 

「おや? なんですかその目は。まさか御不満でも?」

 

「悍ましい化物の分際で図々しい!」

 

「むしろ、我々は慈悲深いと断言いたしますぞ」

 

(あ……)

 

「テメェら!!!」

 

するよりも先に、キレたサルバが引き金を全弾分引いたのだった。

 

「な、なああああああああ!?!?!?」

 

「ひいいいいいいいいいい!?!?!?」

 

「耳が! 私の耳が!?」

 

「あーあ」

 

当然全員漏れなく体に四つずつ空いた穴から鮮血を噴き出してのたうち回る。そして、そんな火鍋の上に撒かれた芋虫の様に身悶える商人の人達を跳び越えて、サルバは後ろで唖然とした顔をしていた先の金髪の男の子の手から帳簿らしきものを引っ手繰る。

 

「おう、こいつはどーいうこった」

 

 パラパラとそのページを捲ったサルバが指差した先には僕達より前に買取が済んだワーウルフの通し番号とその状態の詳細な記録があった。そこには両眼球と鼻を欠損、毛皮の状態を四割程度の汚損と記載がされていたものの、右端に書き込まれた金貨の枚数は意外と悪くない内容だった。

 

「「「……」」」

 

 明らかに同品質の物を安く買い叩こうとした証拠に、何も言えなくなる商人の人達三人。まあ、単なる交渉事なら舌先口先で簡単にサルバを転がせるんだろうけど、相手は頭に血の昇った銃撃犯だからねえ。

 

「で、どうします? 僕としては正直さっさと決めてくれればどうでもいいんですけど」

 

「「「……」」」

 

 流石にこれ以上相手の神経を逆撫で出来ないと思ったのか顔を見合わせる三人。けれど、この状況で正規の金額で仕入れてしまうと物理的にだけでなく帳簿的にも赤字だと思ったのかお互いを探る様に目配せをしている。

 

「……わ、分かりました。ネロ」

 

「は、はい」

 

最終的に手を挙げたのは脂身の商人の人だった。まあ、僕達と同じ宿だから、最終的に身の安全を考慮した感じみたいだけど。

 悲鳴染みた脂身の人の言葉に声を上擦らせながら頷く金髪の男の子。そして差し出された金貨に、サルバが「初めからそーしとけ」と吐き捨てたのだった。ふむ、

 

「完全にごろつきの台詞だね」

 

「わりーのはこいつらだ」

 

「ま、それはその通り」

 

商人なのに他人の地雷を態々無意味に踏み抜いた訳だからね。

 

「何かありました、な、なんですかこれは!?」

 

と、そんなことをしていると、近くまで寄ってきた自治領主のお爺さんが悲鳴を上げた。その声に周りの島の人達も作業の手を止めて、一斉に何だ何だという様に顔を上げる。

 

「特に何も」

 

「特に何もって……」

 

「普段通りなので」

 

「……」

 

 僕が普通に説明すると、なぜか顔を蒼ざめさせるお爺さん。……まあ、いっか。

 

「あ、あー、えー……でしたら、他の方が全員お戻りになられましたら皆様の歓迎のために宴を行わせていただきたいと思いますので、それまで少々お待ちください」

 

「分かりました」

 

お爺さんに頷き返すと、そのまま僕達に背中を向けて足早に離れていったのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 島の人達による歓迎の宴が開始されたのは陽が水平線に没して、辺りがすっかり夜になってからのことだった。

 

「以上をもちまして、私の挨拶とさせていただきます!!」

 

例によって長い自治領主さんの話が繰り広げられ、その後ろで煌々と燃え上がっていた流木の篝火から煮詰められた海産物の鍋が引き上げられると、用意されたお酒と共に順に会場の人間達へと配膳されていく。

 

「ど、どうぞ」

 

「どうも」

 

僕達の所へは例の脂身の商人の人達の中から一人の子供が出てきて、酒食を乗せたお盆を渡してきた。

 

「はい、サルバ」

 

「ん、ありがとよ」

 

受け取ったそれをサルバの前に置く。

 

「うし、かんぱーい!」

 

「ん、乾杯」

 

サルバと酒杯をカチンと合わせると、早速中身を飲み干したサルバは「ぷはーっ!!」と大きな息を吐き出しながら口元を拭ったのだった。そして、煮物の魚にかぶりつくと、手酌で二杯目を注いで更に酒を進めていく。と、そんなサルバを見ながら僕の方もお酒に口を付けていると、何となく背後から人の気配を感じた。

 

「?」

 

見れば、そこに居たのは例の脂身の商人の人に酌をしながら、何か不思議なものと相対したかの様に小首を傾げている金髪の男の子だった。

 

「どうかした?」

 

「あ、いえ……」

 

「?」

 

囁く様な声音で答えつつも、なぜかこっちを伺う様な仕草を見せてくる。んー?

 

「えっと、その、食べないのかなと思ってて」

 

「食べない? ああ」

 

それか。

 

「魚が苦手だからね」

 

男の子にそう答えて三杯目のお酒を注ぐと、男の子は「あ、そうだったんですね」と頷いて、また主人(脂身の人)の方へと向かうのだった。

 

(まあ、嘘なんだけど)

 

本音を言ってしまえば、例のサルバによる海上大嘔吐事件のせいで暫く魚介類を食べる気になれないだけなのだった。まあ、正直に言っても誰も幸せにならない話だから、優しい嘘の範疇だろう。

 

「あ~? 何が優しいんだ~?」

 

「早速酔ってやがるよ、この原因は」

 

「優しいのの何が悪ぃんだよ!! チクショウ!!」

 

「しかも絡み酒だし」

 

 ヒック!としゃっくりをしながら憤懣を露わにカチカチと盃を打ち鳴らしてくるサルバ。僕はサルバの元恋人(ダリアさん)じゃないんだから、寄りかかってこないでほしいんだけど。サルバって身長の割りにおっぱいのせいで結構重いし。

 

「んだと? レディに“重い”は禁句なんだぞこら~!」

 

「扱いはレディで良いのかよ」

 

男の尊厳はどこ行った。

 

「それもそーだな!!」

 

僕が突っ込むと、今度は嬉しそうにひゃっひゃっひゃと笑いながら纏わり付いてくるサルバ。と、いい加減鬱陶しいなと思っていると、不意に喧騒の中から「何いちゃついてやがんだダンジョン閉鎖士が!!」という悍ましい字面の怒号が上がった。っていうか、これがいちゃついてる様に見えるのかと。

 声の方を見ると、数人の冒険者がお酌をしていた島の女の人の腰に腕を回してグビグビと盛大に喉を鳴らしていた。ただ、その腰を抱かれた女の人達は顔の半分が真っ赤に腫れ上がっていて、明らかに怯えた様に身体を震わせている。

 

「……」

 

「おいおい聞こえないふりか色男!?」

 

これはどういう状況だろうと考えていると、何をどう取ったのかそんないちゃもんと共に彼らが身を乗り出してくる。けれど、その表情も一瞬、彼らはなぜかニタァと相好を崩してきた。んー?

 

「ま、無視したくなるのも当然か! 何せ地図まで持ってたくせにあんな小物しか狩れなかったっつーんだからな!!!」

 

(あ、そういう)

 

どうやら、僕達の冒険の成果を論うことで、自分達の優位性を誇示する方針にしたみたいだった。まあ、だからどうって話でしかないけど。

 

「おい、なんとか言ったらどうだ小物野郎!!」

 

(サルバ以上に面倒臭いな)

 

そもそもモンスターの大小とか僕達にしたらどうでもいいし……。そんなことを思いながら、酒杯に次の一杯を注ぐ。その間にもサルバはサルバで「俺以上に面倒臭いってなんだよ~」と絡みついてきていた。

 

「大体な!」

 

「うひゃぁ!?!?」

 

「あっ」

 

けど、その一拍の間に酔っ払いは当然の様に後ろからサルバの身体に思い切り抱き着いて来たのだった。

 

「こういう大物(・・)は俺達上級冒険者が相手にするのが相応しいんだよ!!」

 

そう言って、ダプダプと水を詰めた大袋みたいにサルバのおっぱいを弾ませて見せてくる冒険者の人。その節くれ立った掌による荒っぽい手付きにサルバが「ぐっ、くっ、てめっ! 痛っ!!」と顔を歪めた。

 

「なん「ていっ」が!?」

 

流石にこれ以上は見ていられないので、件の冒険者の口内に片刃剣を根元まで刺し込む。

 

「あ゛……が??」

 

そのぎょろりとした目を見開いて一瞬何が起こったか分からないかの様にきょときょとと視線を走らせる、絡んできた自称上級冒険者の人。

 

「よっ」

 

「お゛っ、ごっ、ごっ……???」

 

口腔から生えた片刃剣の柄を馬の手綱みたいにして引っ張り、少し歩いたところに置かれている篝火に向かって振り抜くと、冒険者の人が篝火に突っ込んでガラガラと積まれた薪が崩落したのだった。

 

「きゃあああああああああああああ!?!?」

 

「なっ!? ななっ!?」

 

「ひいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

飛び散った火の粉や転がってきた燃え枝に悲鳴を上げて逃げ出す近くに居た島の人達。けど、投げ込んだ当の冒険者の人は最初の片刃剣で喉笛が切れていたのか、特に悲鳴らしい悲鳴は上げてこなかった。

 

「「「「「……」」」」」

 

後ろを振り返ると、今の冒険者の人と一緒に島の女性を嬲っていたと思われる数人の冒険者の人が絶句した様にこっちを見詰めながら後退りをしていた。んー?

 どうやら、僕がこうしたのが意外だったみたいだ。モンスターとの戦いに慣れていない分何に技術が割かれているかって考えれば、自然と答えは出てくると思うんだけどね。まあ、どうでもいいけど。

 

「帰るよ、サルバ」

 

「んおー」

 

この状況をケタケタと笑いながら見ていたサルバに声を掛けると、酒瓶を片手にのそりと立ち上がったサルバはふと思い出した様に背後の冒険者の人達と振り返った。

 

「おう、てめーら」

 

そして反対の手で拳銃を引き抜くと、これ見よがしに撃鉄を引き絞る。

 

「「「「「……!!」」」」」

 

ガチリという金属の弾ける音が上がり、サルバの眼光と銃口に射竦められた冒険者の人達が良いも覚めた様に顔を強張らせたのが分かった。

 

「先に警告しとくぞ。俺の事だけなら億歩譲って勘弁してやらねーでもねーが、一言でもこいつの事を何か言いやがったら、即座に眉間に風穴空けてやるからな!!!」

 

威嚇する様に咆哮をするサルバ。酔いが吹っ飛んだお陰で、その意味することは多分正確に伝わっただろう。

 

「調子に乗ってんじゃねえぞクソアマ!!!」

 

もっとも、それで納得するかはまた別問題なんだろうけど。

 サルバの恫喝が癇に障ったのか、怒号と共に一団の中から立ち上がる冒険者の人。

 

「よっ」

 

けど、その脳天に茶色いビール瓶を叩き付けると、パリンッ!と軽い破砕音が響いて「ぎゃっ!?」という悲鳴を上げて再びその場に着席したのだった。パラパラと散ったガラスの破片が篝火の光を散乱させてきらきらと星屑の様な燐光が辺りに舞う。そして、飲み口だけになった遮光瓶の残りを適当に捨てて、威圧感を撒き散らしながら対峙していたサルバに「サルバ」と声を掛ける。

 

「帰ろ」

 

「おー……」

 

拳銃を下しつつも相変わらずトリガーに指を掛けたままのサルバ。そのサルバが少しうつらうつらとしながらも頷いたのを確かめて、僕達はラビュリントスに背中を向ける。果たして、後から僕達を追い駆けてくる気配は一つも無かった。

 

 

 

 

 

 




26/02/19:内容修正いたしました。
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