ダンジョン、閉鎖致します   作:小名掘 天牙

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どうもおはようございます。小名掘 天牙でございます。
この度、UA4800、総合評価670を突破することが出来ました。本当にありがとうございます!
今回は決闘&グダグダ編です。楽しんでいただけたら幸いですノシ




 さて、さっきの男装騎士さんに先導されて村の役場前の広場に来たわけだけど、

 

「うーん、まるでお祭りだね」

 

素直にそんな感想が出てくるくらい、村の人達は決闘の開始を心待ちにしているように見えた。

 

(ま、当然か)

 

元々、都市部と違って娯楽を発展させるにも限度があるし、娯楽の供給にばかり傾倒しすぎると、ダンジョンを失ったときに生活基盤がすかすかになるという危険がある。そういう意味では、多少村人が娯楽に餓えているくらいが丁度いいのかもしれないとも思った。

 

「それはそれとして……」

 

改めて正面に立つ彼女を観察する。

 

 

スッと延びた背筋に、綺麗な佇まい

 

凛とした美貌に、色気に満ちた流し目

 

流れるような、それでいてきびきびとした一挙手一投足に、豪快ながら傍目からも実戦を想起させる体捌き

 

 

寓話から飛び出してきたと言われても、驚かないくらい様になった騎士様は、それこそ宮廷画家に絵画のモデルとして選ばれていても不自然じゃないだろう。もっとも、

 

「では、始めようか。我が名はミロ。ミロ・フロンティア! 貴君に貶められた仲間の仇を討つため、いざ立ち上がらん!!」

 

その、並々ならない戦意が直接向けられてるとなると、流石に苦笑いしか出てこない。

 

「ま、いっか」

 

状況的には好都合。精々上手く使わせてもらうのが、今の僕の役目だろう。

 

「……」

 

歓声の中、見下ろしてくる騎士様。まあ、此だけ多くの人間に囲まれていて、しかも、その殆どが彼女のファンとなると、

 

「出やがった! "耳削ぎ"だ!」

 

「なんだよあいつ、辛気くせー!」

 

「パブ様やソカロ様にまであんなことして、最低よっ!!」

 

「そうだっ! 二度とそいつが冒険者出来ないようにしちまえっ!!」

 

こう、何をやっても、大概の事はどうにかなる上虚が出来上がる。本来、先に仲間が絡んできた彼女の逆恨みなんだけど、そういった理屈は何処へやら。反対に僕の方は下手なことをすればそれこそ袋叩きだろう。

 

「……」

 

ふと気配を感じて後ろを振り返ると、遠巻きにしていたサルバが口をへの字にして不機嫌そうに腕を組んでいるのが見えた。はいはい、無理しない程度で終わらせるから。もう行った行った。

 佇むサルバに手を振ると、大きく肩をすくめたサルバが今度こそ踵を返す。んー、心配して……いや、どっちかっていうと、周りの反応にムカついているだけかな? ま、いいや。

 

「何処を向いているのだね?」

 

と、そうこうしているうちに、今度はまたしても騎士の方に呼ばれる。振り返ると、まだ微笑を浮かべながら、だけど、視線にはほんの少し苛立たしさを乗せながら男装の騎士さんが流麗な眉毛を持ち上げた。

 

「別に何も」

 

そもそも、何かあっても、わざわざ言うわけがないじゃん。強いて言うなら、ご想像にお任せします、かな。

 

「……なるほど」

 

うん?

 

「彼女に良いところを見せたいと考えて、我が団員に暴力を振るった訳か」

 

「は?」

 

何処をどう解釈したらそうなるのか、そもそもサルバは男って、それは向こうからは解らないか。それにしても、不思議な思考回路をして……いや、そうじゃないか。

 

「なんだって? つまり、パブ様達はその糞野郎の見栄のために耳を削がれたってのか!?」

 

「そんな、酷い……」

 

「男って何時もそう。見え見えの背伸びしないと生きていられないなんて、しかも、それが、かっこいいと思っているなんて、本当に理解できないわよね」

 

「そういえば私見たわよ、あいつがパブ様を油断させて耳を切ったの」

 

「あんなひょろっちい奴がパブ様をどうこうできるなんておかしいと思ったんだ! やっぱり騙し討ちか!」

 

「本当に、男の風上にも置けねーな!!」

 

「……」

 

うーん、好き勝手。何か、昨日の酒場に居なかった人達まであることないこと言ってるんだけど。まあでも、人間、気持ちよくリンチするのは大好きだしね。仕方ない仕方ない。それに、こうやって観衆が敵意を持つだけでも案外馬鹿にならない意味を持つ。単純に雰囲気に相手が飲まれるってのもあるけど、それ以上に重要なのは観衆、つまり、実質的な見届け人が煽った側に対して偏った判断を下すというところにある。具体的には、多少のズル(・・)をしても観衆はむしろ喜ぶようになるということ。

 彼女(自分達のヒーロー)に煽られて、ある意味実に人間らしい村人たちの反応に納得しながら、取り敢えずさっさとこの茶番を終わらせるために剣を抜く。

 

「!?」

 

「さっさと始めましょ」

 

「……」

 

神妙な顔したり、大仰に観衆を煽って仕込みをしてるところ無駄骨なんだけど……僕はあんまりそういうの興味ないんだよね。

 敵に切っ先を向けながら、一度息を吐ききって肺の中を新鮮な空気で満たし直す。整った呼吸は何時も通り。鼓動も異常なし。観客が居るのは珍しいけれど、居たら居たで敵役が僕なのは日常茶飯事。よって、何も戸惑う必要はない。

 

「……良いだろう」

 

相手の騎士が長剣を立て、臨戦態勢に入ったのを確かめて距離を詰める。始めは手早く……ここかな。

 

(うん、見事な殺気)

 

ある境界線に近付いた瞬間、一気に昂る殺気に、目の前の男装騎士の射程距離を悟る。

 

(これ以上、半歩でも進んだら斬られるね……)

 

確信を覚えながら、再度息を吸うと、

 

「はあああああああああああ!!!!」

 

程よく釣れた、相手が一気に勝負をつけに剣を振り下ろしたのを確かめて、予め決めていた通りに呼吸を吐く方に切り替える。

 

「ふっ!」

 

「!?」

 

上手く想定の裏をかけたのか、ピクリと半……いや、十分の一呼吸程固まった相手(男装騎士)の喉に切っ先を向ける。女性らしく喉仏もないつるんとした綺麗なそこに切っ先が噛み付きかけた瞬間、

 

「ぬうううううううううう!!!!!!」

 

一瞬すら永遠に思える、刹那の拘束から抜け出した彼女がぎりっと歯を食い縛って首を捻る。空を切る白刃、直後、

 

「しいいいいいいいいいい!!!!!!」

 

捩れた体勢からすり上げる様に向けられた長剣。技巧云々以上に、本人の膂力を感じさせるそれは確かに意外ではあった。けれど、一度見切ってしまえば、立ち位置や体勢といった不利を覆すほどの速度は持っていない。

 

「しっ!」

 

伸ばした諸手を引き寄せ、片刃剣をそのまま下に振り下ろせば、すぐに逃がしたばかりの獲物(首筋)が無防備な姿を晒している。

 体勢と位置取り。二つの利を得て放った一撃は、当然ながら男装騎士さんの一撃に比べて遥かに"有利"だった。というか、流石に此処までハンデがあって剣速で負けるほど、僕も弱くはないしね。

 

「くっ!?」

 

案の定、明確に出た遅速。だけど、そこからの男装騎士さんのリカバリーは逆に僕よりも速かった。

 

「っ」

 

無茶な体勢からの剣撃が間に合わないとみるや、そのまま一歩、力任せに大きく踏み込んできた。

 死中に活を求める一歩。その一歩が、僕と彼女の一刀の交錯を紙一重で上回った。

 

「うぐっ……」

 

直後、どんっと強く響いた激突音と、水月を振るわせてくる重量。

 

(あ、体当たりされた……)

 

何処か他人事のように感じながら、鎧分の体重差に僕は大きく宙を舞って吹っ飛ばされていた。

 

「かはっ……」

 

腹の次は背中から響く衝撃を逃がすために息を吐ききりながら、勢いに任せて地面を転がって距離を取る。立ち上がってみれば、同じく起き上がったばかりの彼女が乱れた髪を丁寧に整えているところだった。うん、そういった乱れを直す仕草も色気があるな……。本当に所作の細部までが作りこまれている。実際周りの村娘は黄色い声を上げていて、自分達よりも凛々しい彼女の所作に男衆迄溜息を吐いている。否応なしに高まる周囲の興奮。それはとても、

 

(都合が良いね……)

 

既に五月蠅かった歓声は最早絶叫の域に迄達している。これなら、僕とサルバが村からいなくなっても、観衆の記憶からは彼女に村から叩き出された奴が居たくらいにしか思わないだろう。

 

(と、なると)

 

後はどの塩梅で彼女に叩きのめされるかを考えるだけだ。

 

(流石にこの状態から一方的にやられるのは不自然だしね……)

 

中々の強敵。だけど、彼女に比べれば大したことはない。そう、周囲が思ってくれるのが理想かな。欲を言えば、出来るだけ無様に、村人の話で「あ、そんな事あったな」とはなっても僕が何者なのかが一切分からないくらいが望ましいけど、はてさて……

 

「くそっ!」

 

取り敢えず、吹き飛ばされた事に苛立ちながら、力を込めて剣を握り直す。努めて力任せに、努めてぎくしゃくと。なるべく気負いと焦りで、力んだように見せかけながら、もう一度、但し、心持ち急いで距離を詰める。

 

「……」

 

(うん、丁度良いね)

 

果たして相手の男装騎士は目に見えて大きくなった僕の隙に、勝機が一気に近付いたのを悟ったのかほんの少しだけ、口元に余裕の笑みを浮かべる。勿論、そんなものを敵、つまり僕と周りの観客に見せる訳にもいかず直ぐに引っ込めるが、逆に僕がそれに気付かない振り(・・)をして距離を詰めると、僕の焦りを上方修正したらしく、今度こそ勝利を確信した笑みを浮かべた。

 

「! はあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

それを確かめると、今度こそ遮二無二に突っ込む。

 

相手の勝利を確信した笑みに神経を逆撫でされて、力任せな攻め口をえらんだように見せながら。

 

但し、あくまで"僕ならば"という注釈をつける。

 

流石に、切先を効かせた構えから大上段に振りかぶるのは流石に不自然すぎる。

 

狙うなら喉元への"突き"。下半身の瞬発力は速く。だけど、力み(・・)によって、意外に伸び(・・)がないそれは、確実に大きな隙に見えた筈だ。

 

さて、何処を狙ってくる?

 

「!?」

 

次の瞬間、腰を沈め、滑らかに地を滑ってきた男装騎士さんが横薙ぎに一刀を振るうと、その軌道に合わせて全身に纏わり付いていた殺気が急激に凝集していく。僕はその殺気の先を追いながら相手(男装騎士さん)の狙いを探る。

 

 

脚……違う

 

腹……違う

 

胸……違う

 

首……通り過ぎた

 

腕……近い

 

(……指……か)

 

 

 ちりっと産毛が逆立つような感覚。鋭い相手の殺気に刺され、急激に泡立った肌の感覚を信じ、次の仕込み(・・・)を行う。しかし……

 

(かなりいい(・・)性格してるね、この人)

 

爽やかな所作と、風采の良さに気を取られて気付かなかったけど、昨日の半破落戸連中のリーダーらしく、思いの外この男装騎士はエグイ人間らしかった。

 指というのは、意外に致命的になりやすい器官だ。普段日常生活で真っ先に使用する部位でもあり、人によっては戦いにも使用する、そんな部位でありながらその動きは繊細かつ緻密でそれ故に僅かな食い違いで一生使い物にならなくなる危険を孕んでいる。時にダンジョンに潜っていた武道家やモンクが拳を壊し、低ランクのモンスターにすら負けるようになるなんて話は枚挙に(いとま)がない。そういう視点から見ると、ある意味臓器と同等以上の急所とも言えるだろう。

 が、そういった切実な事情を知っているのは冒険者やそれ関連の人間に圧倒的に多く、極々普通の村人には余り急所という印象を持たれていないのが実情だ。

 今回の決闘は一応相手のパーティーが原因になっている。今こうして熱狂に包まれているが、仮に臓器や顔などを損傷させてしまうと、この場は収まっても、後日自分達の評価に影を落としかねないというのが彼女の考えだろう。そういう意味で、神経が多いせいで怪我に激痛を伴う"指"は、相手を降伏させながら、一見致命傷に見えず適度に手加減をしてやったように見せることの出来る部位という意味で彼女にとっては都合がいい急所だ。

 普段であれば可動範囲が大きく、狙いにくい位置だけど、今は僕の"力み"によって両腕がノビを持っておらず絶好の的になっている。仲間に対しては"致命傷を負わせた"と説明しながら、観衆には"軽い怪我だけで手を打った"と思い込ませられる状況は、成程、乗ってこない理由も無いだろうね。

 

(そして、それが有難い……)

 

何せ、男装騎士さんの意図に乗るだけで、村から尻尾を巻いて逃げ出すところまでを演出できるんだからね。

 

(うん、意図せずだけど、最高の結果だね)

 

絶好の機会。その事実に相手に悟られないように注意をしながら続き(・・)の準備を始める。

 既に、振りぬかれた彼女の一刀は僕の両拳を狙って軌道に乗っている。このまま振りぬかれれば、確実に両手の指が駄目になる。僕に必要なのは目の前の彼女のシナリオに乗りながら、彼女には「全てが上手くいった」と思わせつつ、致命傷を回避することだ。まあ、

 

「見ている人達全員を騙すのに比べれば全然楽だけどね」

 

うん、とてもありがたい。今後彼女には足を向けては寝られないなあ。

 

(じゃ、終わりにしようか)

 

直撃の瞬間、手早く演技を終わらせて、両手の筋肉を弛緩させる。流体の如く、柔らかく、滑らかに。そして流れるがままに両手をグローブの奥から引き抜く。そして、

 

「ぎゃんっ!?」

 

直後に響いたギンッ!という音に合わせて無理矢理に喉を鳴らす。そのまま、直撃を受けた両腕ごと剣を抱きしめる様にして、腹の内に致命傷を受けた事になっている部位を納めて蹲る。うつ伏せになりながら砂利塗れの広場を転げまわり、最後にうつ伏せで体を丸めて肩を震わせれば、はい、調子に乗った雑魚の末路の出来上がり。後は、周りが上手く騙せたかだけど……

 

「「「「「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」」」」」

 

うん、心配するまでもなかったね。本当に単純に悪党()が無様に負けたことを喜んでいる。まあ、都合がいいから良いんだけどさ。

 

(最後に勝ち名乗りかな?)

 

この後に起こる事といったら、せいぜいそれくらい。まあ、多分彼女の振舞から見るに勝ち名乗りはかなり格好よく決めるはずだろうけど、そのくらいの所作ならまあ時間使っても良いだろうし……。ん?

 

「あ、やば……」

 

蹲って肩を震わせながら待っていると、不意に聞こえてきた足音に自分の失敗を悟った。というか、そっちのパターンは想定していなかったな。本当なら想定していてしかるべきだったんだけど、向こうの方がある程度穏便に済ませるだろうって思っていたせいで、此処までやるって事を考えていなかったな。

 

「ふむ、頃合いは良し……かな?」

 

耳元でカツッと鳴った足音に次いで、降ってきた厳とした声。顔を見ずとも表情を引き締めているのは手に取るように分かった。うーん、これパーティーメンバーへのアピールにするつもりなのかな? いや、そもそも、村人に見せる為? 此処までする意味もあまり感じないんだけど……

 

「ぐっ!?」

 

彼女(男装騎士さん)の意図を思案していると、今度は前髪の方に本当の激痛が走る。というか、痛い痛い。地味に痛い。

 

「さて、何の意図があって僕の仲間に手を出したのかは解らない。もしかして、自分達のパーティーの名を売ろうとしたのかな? だが、それは些か以上に浅薄だったと言わざるを得ないな。確かにこの僕、ミロ・フロンティアは同級の冒険者達からは非常に穏やかな……まあ、性格が穏便に過ぎると言われている。だがっ! 不当な理由で仲間を貶められ、傷付けられて平然としていられるような、卑怯な人間ではないのでなっ!」

 

「……」

 

あー、そういう事か。つまり、観客の反応を見て、昨日の夜の事がまだ村全体に迄情報が行き渡っていないのを察知して、この際だから、自分達のパーティーが絡んだのがそもそもの原因という事実も全部こっちにおっ被せちゃおうって訳か。……何て言うか、

 

(剣筋通り、エグイ性格している騎士様だなあ……)

 

これなら、自分の怒りを演出するために多少過剰に振舞う方が理に適っている。決闘相手の事を考えなければって注釈が付くけど、

 

(まあ、そこは黙らせる自信があるって事なんだろうね)

 

「さて、一先ず誰が見ても分かる通り僕の勝利となった訳だし、まずは我がパーティーに手を出そうとしたツケ(・・)は払ってもらわなければいけない」

 

うーん、この。

 呼吸は浅く早く。痛みで何も考えられない風を装うけれど、正直色々と突っ込みどころが多いのに何も言えないってのは辛いなあ。個人的には舌先から産まれてきた類の人間なだけにこういうのは本当に面倒くさい。とはいえ、今更演技も止められないしなあ……。

 

「身ぐるみを剥いだ後、髪を剃って村の外に放り出しておいてくれ」

 

え……。

 

(それはちょっとまずいかもな……)

 

というか、普通に良くない。髪を剃り落されるのは別に良いけれど、身ぐるみを剥がされると指を砕かれたフリ(・・)がばれてちゃうし。

 どうする?この際、騙し討ち、いや、それをしちゃうと今度は完全に名前を覚えられちゃうし村から逃げられなくなる。かと言って指を砕くのは後に響くから論外だし。うーん、どうしたものか……。

 

「!?!?」

 

「お?」

 

自分の口元まで僕の首を持ち上げて脅してくる男装騎士さんにぶらぶらと頭を引っ張られながら思案していると、不意にパァン!というここ数日やたらと聞き慣れた発砲音が辺りに響き渡った。同時に離される髪の毛にほっとしていると、同時に頬がかぁっと熱くなり、直後に漂ってきた鉄錆の臭いに、左の頬が切裂かれた事を悟る。

 

「……」

 

頬の傷の切り始めの方、即ち弾丸の発射された方を振り返ると、果たして、予想通りのサルバが硝煙漂う銃口をこっちに向けて無言のままじっと佇んでいた。

 

「君はっ!」

 

「……」

 

決闘、と言うよりは詰め(・・)か。それを邪魔された男装騎士さんが声を上げるけど、それに対してピクリとも反応せず右手に持った拳銃の照準をこっちに合わせたまま、サルバがつかつかと軽い足取りでこちらへと向かってくる。漂う殺気に、村人達が絶句する。まあ、そうだよね、普通に物騒だし、

 

「な、何だよお前!! あ、あのクズの仲間か!?」

 

あ、自殺志願者。

 殆どの村人がサルバの異様な雰囲気に息を呑んで道を開ける中、多少勇気がある(知能が低い)村人が、その目の前に立って声を上げた。果たして、その男の人の行動が勇敢な正義の行動だったかは、

 

「……」

 

「ぎゃんっ!?」

 

「な!?」

 

「ひ、ひいっ!?」

 

一切の躊躇なく発砲したサルバと、その凶弾によって片耳を吹き飛ばされた村人を見て、悲鳴を上げた観衆が勝手に決める事だろう。

 

「あ……あが」

 

「……」

 

溢れ出す鮮血の中を出来たばかりの銃創を押さえながら身悶える村人を踏み潰し、決闘場に入ってきたサルバは再び躊躇なく銃口を男装騎士さんに向けると、これ見よがしに撃鉄をカチリと引き下ろした。

 

(あ、怒ってる)

 

ハンマーを落とした瞬間、硬質な音と共に揺られたサルバの前髪の隙間から鋭く刃の様な瞳が覗いた。一目で怒っていると分かるそれと撒き散らされる殺気、そして、傷口を押さえたまま唯々怯える村男が、不用意な事をすればサルバが激発しかねないという事を何よりも雄弁に物語る、一種の脅し(・・)になっていた。

 

「これはお嬢さん……一体何の用かな? この場は神聖な決闘の場、私と彼以外の人間が入り込むのは余り宜しくないのだが……」

 

が、流石にそこは腹に一物を抱えた騎士らしく、男装騎士さんは余裕をもって首を傾げた。正直、既にあっさりとフェイドアウトって選択肢が無くなりつつあるけど、

 

(まあ、仕方ないよね)

 

どうせ、身ぐるみを剥がれてたら、程度の差こそあれど、似たような結果になっていた可能性が高いんだから。

 仕方ないと割り切り、一先ず流れを全部サルバに任せることにする。

 

「何が"神聖な決闘"だあほくさい」

 

第一声、サルバは男装騎士さんの言葉を鼻で笑うと、そう吐き捨てた。

 

「何を「言っておくが、決闘って単語の是非を問う気はないぜ?」

 

「それは学者様の仕事だ」とサルバは口元を歪める。

 

「俺があほくさいって言ったのは、あんたがおっぱじめた茶番の事だ」

 

「むっ……」

 

サルバの言葉に、何を追及されることになったのか悟ったらしく、男装騎士さんは「失敗した」といった風に顔を歪めた。ま、確かに失敗だよね。自分達の評判の為に、ちょっと成果を欲張りすぎた。パーティーの面子だけを護るはずが、思いの外あっさりと決闘に勝てたから、評判の方も有耶無耶にしようとしたわけだ。……あれ?

 

(という事は、彼女が僕の身ぐるみを剥ごうとしたのは元をただせば僕の八百長が上手く行き過ぎたのが原因か)

 

苦戦、或いは、もう少し拮抗していたら此処迄欲張りはしなかった可能性があるしなあ……

 

(うん、失敗だったね)

 

もう少し、抵抗をするべきだったか、いや、そもそも、他人の心情の操作なんてのは土台不確実なものか……。

 

(サクッと斬れれば楽なんだけどね)

 

まあ、そうもいかないのが事実か……。

 

「あんたは仲間の敵討ちだとか言ってたが、そもそもその仲間はクソだぜ? 酒場で人様に絡んできた上に、その場で身体に手を伸ばしやがった」

 

「……」

 

滔々と語られるそもそもの切っ掛けに、周囲の村人達が俄かに騒めき始めた。

 村で人気のパーティーが手を出そうとした。しかも同意も得ずにってのは、それなりの醜聞だ。まあ、それでも村人全体に伝播するには時間が掛かるだろうけど、昨日の晩に近くにいた人間達も居ないでもない。勿論、喧騒に酔っ払い、真面に話にならない可能性の方が高くもある。けれど、あの場で騒ぎがあった事は幸か不幸か目の前の彼女が村全体に此処まで大きく喧伝してしまっている。少なくとも、いざこざがあったのは事実。そして、いざこざがあったとしたら、何故? 何でそこで?という疑問符が付いて回る。こっちは事実を繰りかえせば良いが、向こうは周りを信用させられる嘘を吐く必要がある。そういう意味で、サルバの方が達成目標が楽な位置にあるというのもあるだろう。

 

「そして、それを、お前は俺達の方がちょっかいかけたって事に仕立てようとしやがった」

 

「……」

 

「お前も、あのクズ共のリーダーにうってつけなカスだな」

 

そう吐き捨てたサルバが引き金に人差し指を食い込ませた。いや、それは流石に不味いからね?

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

一瞬、サルバと視線が合った。……多分。

 

「……まあ、これ以上どうこう言っても仕方ない」

 

「……」

 

ああ、どうやら、ちゃんと伝わっていたらしい。

 

「俺達は村から出て行く。……それで良いだろ?」

 

「……」

 

お互いこれ以上掘り起こしても面倒なだけだ。落とし前は付けた。なら、後は不要だ。そう告げるサルバの言葉に、一瞬男装騎士さんが顔を顰める。最初の目的が達成された段階で告げていれば、まだ飲みやすかったかもしれないけど、今は情況的にそこから一歩足を踏み出してしまっている。まあ、要するに欲をかいたって事なんだけど。その分の無様さを飲み込めるか……。

 

「良いだろう……」

 

(へぇ……)

 

色々と欲をかいた割には何だかんだで引くのか。

 

(うん、優秀なリーダーなんだろうね)

 

勝てると思った時にがめつく、負けを知ったら手早く損きりをして、可能な限り値切る。

 阿漕なやり口だけど、そういう汚れ仕事を平然とこなして、尚カリスマを失わないのが良いリーダーの資質の一つではある。

 現状、形勢は不利とは言わずとも好き勝手出来る潮目を逃している。これ以上は自分達への不信感につながりかねない。その辺は理解しているという事でもあるだろう。うん、本当に、

 

 

 

 

「冒険者らしくない……ね」

 

 

 

 

「ん? 何か言ったか?」

 

ちょっとだけ、サルバの耳に届いちゃったらしく、サルバが不思議そうに首を傾げた。小声で取られた確認に首を少しだけ横に振ると、「そうか」と再度囁いて、サルバは両手を抱える僕を無理矢理引き上げる。抱きかかえられるままに、立ち上がりながら、一先ずこの場から去るまではと全体重をサルバの腕に預ける。

 

「……」

 

下手に、自力で動いて、変に勘繰られても困るという事情もあり、サルバもそれが分かっていてくれてるらいく、特に文句を言う事も無かった。

 

「じゃあな」

 

言葉少なに、サルバが背中を向けると、後の村人達のざわめきが一度大きくなり、そしてすぐに花火の様に掻き消え、後は引いたさざ波の様な雑音だけが残ったのだった。

 

 

 

 

 さて、無事に面倒な盤面から抜け出せた訳だけど。

 

「もう、誰も居ない?」

 

「おう、大丈夫だぞ」

 

「荷物は?」

 

「ん」

 

振り返って見せたサルバの背中に二人分の背嚢が確かにあった。うん、

 

「よし、じゃあさっさと行こうか」

 

「ああ」

 

一先ず、この村で出来ることはひと段落したしね。

 頷いたサルバから背嚢を一つ受け取ると、村の外へ続く道を歩き出す。可能な限り素早く。そして、出来る限り無様に。理想を言えば、誰の記憶にも残らないのが一番なんだけど……まあ、そのプラン自体はサルバがあの三人組に絡まれた時点で破綻していたとしか言いようがない。上手く話を合わせる、或いは行き摺りで身体を許す馬鹿な冒険者のふりをするというのもあったかもしれないけれど、少なくとも僕は男相手にそれは御免だし、サルバに頼むのも酷だろう。

 

「……なあ」

 

「ん?」

 

「大丈夫だったか?」

 

村が遠くなり、そして、視界から消えた頃、其れ迄黙々と後を付いてきていたサルバがおずおずと言った様子で口を開いた。

 

「? 何が?」

 

というか、どうしたんだろう、急に。

 

「何か悪いものでも食べたの? 口に指突っ込んであげようか?」

 

「言うに事欠いてこいつは……」

 

何か、凄い呆れられた。あれ?

 

「さっきの決闘もどきだ。怪我してないのかって」

 

「問題ないよ?」

 

というか、あるわけ無いし。

 

「サルバがぶち切れながら割って入ってくれたからね」

 

「そうか」

 

「美人が怒ると本当に怖いよね。村人も尻尾丸めちゃったし。まあ、中身は男なんだけどさ」

 

「そんだけ軽口叩けりゃ問題ないな」

 

「まあね」

 

くすくすと笑ったサルバに肩を竦めて返す。

 

「でも、間に入ってくれて助かったってのは本当だよ。ありがとう」

 

助けられたのは事実だった。

 

「あ? 何か悪いもんでも食ったのか?」

 

「はっはっは。言うに事欠いてだね。この野郎」

 

こういう反応になるのも予想していたけどね。さて、

 

「ま、それは置いておいてなんだけど、一つ、新しい発見があったよ」

 

それは置いておいて、最後の最後に拾った、思わぬ……でもないか。但し、不信感を補強するに足る情報を共有しておくことにする。

 

「? 何があったんだ?」

 

「さっきの男装騎士さんなんだけどさ」

 

「ああ」

 

「多分、冒険者になる前に人殺しを生業にしていた人だ」

 

さっきの決闘。その中での彼女の動きを思い出しながら、僕は想定をサルバに告げる。

 

「……騎士か?」

 

少し考えたサルバが、一先ず穏当な答えを出す。

 

「んーん。それはないね」

 

が、残念ながらその可能性は限りなく低い。

 確かに、騎士は対人戦を想定した訓練を受けるものだし、あの男装騎士さん、実際は騎士かは分からないけれど、彼女の風貌とかを考えると、的外れな意見ではない。ただ、

 

「あれ、かなり日常的に人を手にかけてた人間の動きだった」

 

「てことは治安維持の可能性は低い……あっても、荒事か汚れ仕事専門の部隊ってところか」

 

意図するところが直ぐに伝わったのか、そう言ってサルバは首を傾げた。

 そう、現在の国の事情を考えれば、殺人を日常にしている職業は非常に限られてくる。

 

「候補となる前職は山賊とか暗殺とかそういうのを抜きにすると、一番穏当な所で軍人、一番妥当なところで傭兵ってとこか。後はギルドナイトと……」

 

「ダンジョン閉鎖士……だね」

 

一つ一つ上げては指を折るサルバの丁度薬指に合わせて、言葉を重ねる。

 

「……」

 

意図するところが伝わったのか、前髪を揺らしながら振り返ったサルバの目が何となく鋭くなった気がした。

 

「お前が想定しているのはダンジョン閉鎖士か?」

 

「断定はできないけれど……ね」

 

彼らしく、率直に尋ねてくるサルバに、肩を竦める。実際、ボクとしても断定できる要素はないのだ。

 

「理由を聞いても?」

 

神妙な顔をしてくるけど、直接の理由は単純に一つだけだよ?

 

「ダンジョンで妙な事しようとしていたパーティーのリーダーだった」

 

「そりゃそうだ」

 

物凄く当たり前の事だけど、ねえ?

 

「ダンジョンで妙な事をするって事は、最低限ダンジョンの状態を確かめられる人間、つまりダンジョン閉鎖士があの中に居るって考える方が自然だからね。勿論、他のパーティーメンバーがダンジョン閉鎖士だった可能性も無きにしも非ずだけど」

 

「単純に考えりゃ、ダンジョン弄ってたパーティーのリーダーが対人戦に秀でてるってなると」

 

「そ。彼女がダンジョン閉鎖士だったって考える方が色々とすっきりするよ」

 

特に対人戦に秀でているというのは大きな、或いはダンジョンを弄っていたという事情よりも大きな意味を持つかもしれない。

 僕が冒険者のふりをしてのダンジョンへの潜行で戦闘に今一手間取っているのは、それだけ狙うべき獲物と扱う武芸というのが密接に繋がっているというのが一番の理由だった。そして、彼女の剣、といういうよりは戦い方の癖、あれはどう考えても冒険者のそれじゃない。対人、というか殺人を前提にした戦い方だ。

 

「これをちょっと見て欲しいんだけど」

 

「ん?」

 

首を傾げたサルバに、丁度さっきまで手に嵌めていたグローブを差し出す。

 

「これは?」

 

「愛用のグローブ。指の保護のために、拳の部分に金属の筒が仕込まれてるんだけど……」

 

「お……」

 

その指の部分をひっくり返して見せれば、

 

「やっぱり」

 

見事にひしゃげて潰れた金属片が姿を現した。

 

「これ、さっきの決闘か?」

 

「うん」

 

「お前の方は大丈夫なのか?」

 

「来るって分かって、指引っ込めてたから大丈夫」

 

「蜥蜴か」

 

「どっちかって言うと蛇じゃない?」

 

何となくだけど。

 

「やっぱり、ただ単にやられるたまじゃねーな、お前」

 

「解らないよ? 僕だって正義の味方に一方的に斬り殺される日が来るかもしれないし」

 

「それこそ、そんなたまじゃねーだろ」

 

そう言って、サルバは肩をすくめた。

 

「まあ、その辺は置いておいてなんだけど、指ってある程度そういうの(人斬り)に慣れた人間じゃないと、あんまりやらないんだよね」

 

「ああ、モンスター達だと、指狙ってってのはあんま意味ないもんな」

 

「対して人間には効果絶大と……」と、僕の意図したところを全て察してくれたらしいサルバが小さく頷いた。

 

「指を狙うなんて技、対人でしか役に立たない。しかも、手間も大きいから、集団戦では今一使いづらい。殺し慣れているけれど、集団戦を想定していない。1対1を想定しているけれど、暗殺者みたいに見えないところからってのは考えていない。なら消去法でギルドナイトかダンジョン閉鎖士……まあ、後付けの理由だけどね」

 

「だが、無視も出来ねえ……か」

 

「まね」

 

むしろ、その通り。

 

「ギルドに戻ったら、調査依頼を出すよ。それと資料請求。あのミロって男装騎士含めた五人の素性と周辺ダンジョンの状態。もしかしたら、中々に不味い事実が隠れている可能性もあるしね」

 

「あいよ」

 

頷いたサルバを連れて、心持ちギルドへの足取りを早くする。

 さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。ただ一つ分かっていることがあるとするなら、

 

「ろくなことにならないのは間違いないよなあ……」

 

半ば以上確信をもって、僕は思わずそんな言葉を溢していた。

 

「? 何か言ったか?」

 

後ろで首をかしげたサルバに「んーん。何も」と告げて送った足を更に一つ急がせることにした。

 

 

 

 

 


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