とあるフリーの科学術式   作:ジャックフロスト

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 即行暗部堕ち決定!。
 ちょっぴり修正。
 松岡の方ではない。


原作開始前・とある四月の昼下がり

 目が覚めると、視界の中には透明な円筒型の水槽が床や天井と同化するように設置されており、水槽の中は真っ赤な液体で満ちておりその中には緑色の手術着を着た人間が逆さまで水槽の中で浮かんでいた。その水槽の手前三メートル前後の場所で意識を失い倒れていた男―――夜霧アズマは意識を取り戻しふらふらとした足取りで立ち上がり、周りの環境と目の前に居る手術着の人間から自分が今置かれている状況を理解するとニヤリと笑った。

 

 「なるほどな、これが学園都市流の手厚い歓迎の仕方と言ったところなのか。まったくこっちは害意もしくは悪意を持って学園都市へやってきたわけではないのに空港に降りた途端に昏倒させられるとは……いやはや、怖いねぇ学園都市は」

 

 夜霧は目の前の水槽に浮かぶ人間に対してまるで友人へ冗談を言うようなこの場に相応しくない異常な軽さで話しかけた、真っ赤な液体の中から夜霧を静かに見つめていた人間は相手を弄ぶ様にも恐れる様にも歓迎する様にも陥れる様にも受け取れる表情で夜霧へ接する。

 

 「ふむ、それは失礼したな。何分こちらのIDに登録されていない身元不明の客人だったようだからな、このような対応を取らせてもらった」

 

 「…………アンタは誰だ」

 

 「学園都市統括理事長アレイスター・クロウリー」

 

 

 アレイスターという名を聞いた瞬間、夜霧の猫のような瞳が切れ味の鋭いナイフのように鋭くなった。夜霧はアレイスター・クロウリーという名前の魔術師を知っている、別に友人というわけでもお世話になった友人の友人というわけでもないが魔術に携わる人間として最低限知っておくべき常識の中にその人間の名前は刻み込まれている。

 アレイスター・クロウリー、世界で最も偉大な魔術師であり同時に世界一魔術を踏みにじった人間である。

 

 「アレイスター……ねぇ、アンタが世界で最も魔術に貢献した男なのか?」

 

 

 夜霧の率直な問いに機械に生命活動を任せた人間は男にも女にも子供にも大人にも聖人にも囚人にも魔術師にも科学者にも見える存在のまま答えとも受け取れないし同時に答えとも受け取れる言葉を呟く。

 

 「さて、なんのことだか。魔術は君達《魔術サイド》の特権だろうに、私達《科学サイド》は超能力を君達は魔術をお互いがお互いの特権を生かしているからこそ今の平穏が保たれているはずではないのか?」

 

 「平穏…………ねぇ」

 

 

 如何なる存在にも当てはまる人間の言葉に夜霧は苦虫を噛み潰したような表しようのない表情のまま人間の言葉を吟味する、もしこの人間が魔術師アレイスター・クロウリーならばなぜ自分はこの場に居るのか。もしこの人間が学園都市統括理事長アレイスター・クロウリーならばなぜ自分は空港で昏倒させられた時そのまま死体にならなかったのか。

 分からない、いくら考えても夜霧の頭の中には明確な答えは思い浮かばなかった。それは目の前の人間が何者か分からないせいもあるのだが、ここは学園都市だ魔術サイドとは袂が異なるいわば異世界の空間、いくら魔術師である夜霧が答えを出したところでそれが正解であると判断するものがないのだ。

 

 

 

 アレイスターは猫が鼠を半殺しにして必死に生きようともがくようすを楽しむよう残虐な表情でいて、怪我を負った子猫を親猫が手厚く看病するような慈愛にあふれるような表情で、

 

 「さて、と。ここで異分子一人を始末するのは容易いがそれでは面白くないプランに縛られた現状ではイレギュラーこそが私の愉しみだ、そこで君に二つの選択肢を提示しよう」

 

 人間アレイスターは魔術師夜霧アズマへ迫る。

 

 

 「一つは、今すぐここで物言わぬ死体に成り下がり下部組織の構成員に処理されるという魔術師な君向けのプランだ。死体は摂氏五千度以上の炎で一瞬にして蒸発し灰すら残らないだろう、もう一つは私の手駒となり私のプランの為にひいては学園都市の為に働くか………さて、どちらがお好みかな?」

 

 

 

 学園統括理事長の提案に対して夜霧は一瞬の迷いすら無く決断を言い渡す。

 

 「そりゃあ答えは決まっているさ、アンタのために働いてやるよ。というよりは俺は傭兵だからにゃあ、誰かのために顎で指図されて戦火の中に突っ込んで行くのが生きがいなのさ」

 

 

「ふふふ…………それは素晴らしい、私の手駒にうってつけの人材だな。いやはや魔術師という存在は聞くところによれば自身の信念のためならば軽々と自身の命を放り出すという精神障害のありそうな人物だと聞いていたが中には君のような素晴らしい性格の持ち主も居るようだな」

 

 

 

 人間アレイスターは笑みにも嘲りにも見える表情で静かに夜霧が立っているさらに後ろを指差した、いつのまにかそこには夜霧と同じか一、二歳年下の少女が立っていた。どうやら交渉は成立したらしい、これより夜霧アズマは学園都市の深い深い闇の底へとその身を落としていく。だが、夜霧の顔に浮かんでいたのはこれから起きることへの絶望感でも、学園都市の暗部へ関わりを持ってしまった悲壮感でも何物でもない。

 

 

 ただ彼の顔に浮かんでいるのは猫のような笑みだけだった。そう、まるでこれが昔からあった自分の日常とでも言うかのようにただ彼は―――笑っていた。

 

 「これからの指示は後日行う、それまで体を休めるなり学園都市を散策するなり好きにするといい。だが、これだけは言っておこう魔術師よ」

 

 学園統括理事長アレイスター・クロウリーは告げる去りゆく魔術師の背中へ向かって。

 

 

 

 「ここは私の街だ。いままで君が生きていた世界とは勝手が違うのだよ、ここでは科学こそが全てだ。君も今のままではこの街に食い潰されるだろう」

 

 魔術師は人間へ背を向けて歩きながら少女の手を取った、そして。

 

 

 「そうだったなアレイスター、だが知ってるかにゃ?俺の術式はな―――」

 

 

 「―――科学術式って言うんだぜ」

 

 

 

 

 猫のような他者を嘲笑うかのような愉快そうな笑みと自分の術式に対する自信とともに夜霧は少女と虚空へと消えた。一人水槽の中へ残されたアレイスターはただたださっきまで夜霧が居た空間を見つめ、

 

 

 「覚えておこう夜霧アズマよ、その天使をも自身の下僕として使役する術式。私のプランの礎の一部とさせていただこう」

 

 

 

 人間アレイスターはそう呟き、瞳を閉じた。

 

 

 

 

 科学を選んだ妹と魔術を選んだ兄、二人の道はいまだに遠く、二つの道が交わる気配はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜霧アズマが学園都市を訪れてから約一ヶ月が過ぎ、学園都市はなんだかんだで春真っ盛りの季節だった。

 灯夏が常盤台団体旅行から帰ってきて約一ヶ月が経っていた、入りたての初々しい一年生達が外の学校とは一線を画す常盤台中学校の校則を四苦八苦しながら体へと叩き込んでいる今日この頃。二年生となった灯夏は友人である御坂美琴と共に土曜日の麗らかな昼下がり―――。

 

 

 「うだ~、……本ッ当に暇なんだけどさ、何かおもしろい物とか事とかないかしら灯夏?」

 

 「そんなに暇でしたら読書などいかがでしょうか美琴、一時ではありますがこのどうしようもない現実から逃避できますわよ」

 

 「知ってる灯夏、それって俗に言う現実逃避ってやつなのよ?」

 

 「うっさいですわよ美琴、俗に言う認めたら負けってやつですわ」

 

 

 

 第七学区にあるオープンテラス、その一席を常盤台なお嬢様達は確保し土曜の人が溢れる昼下がり、雲ひとつない青空から降り注ぐ日光を灯夏は持参した日傘で防御しながら常盤台のお嬢様二人はお嬢様らしくない会話をしていた。

二人共服装は常盤台中学の冬服を着ていて、通りかかる学生達が常盤台中学の制服というブランドに目を引かれちらちらと美琴と灯夏を見ていくが二人は別に気にする様子はなかった。もちろん、下手に二人へ声を掛けようものなら即座に美琴の雷撃で死の恐怖を味わうはめになるのだが。

 

 

 各々持ち寄った嗜好品で彼女達は退屈な土曜の昼下がりを凌ぎ切る予定らしく、灯夏は黒蜜堂で買ってきた一個千四百円以上する大してボリュームもないフルーツゼリーをパクパクと片手で口の中へと放り込みながらもう一方の手では哲学書を持っていた。

 

 美琴は美琴で近くのコンビニから買ってきた日本一有名な漫画雑誌をオープンテラスに設置してあった木のテーブルの上に広げている。

 

 美琴は持ち寄った雑誌を読み終わったらしく片手でフルーツゼリーを食べながらもう一方の手を使って読書しつつ鎖骨と首で日傘を固定するという器用な芸当を繰り広げている灯夏の背後へと回って彼女が読んでいる本を覗き込んだ。だが、その直後あまりの文字の多さに若干の眩暈を感じた美琴は何もリアクションを取れずに黙ってさっきまで自分が座っていた椅子へと座りなおした。

 

 「本の虫」

 

 「読書家と言ってほしいですわ、大体美琴はいつも漫画ばかりを読みすぎなのですよたまには思考を変えて哲学書などいかがでしょうか?」

 

 「いいわよ、私は七つの玉を集めればなんでも願い事が叶うぜヤッフーとか海賊王に俺はなるぜヒャッハーとかそんな感じの読み物が丁度いいのよ」

 

 

 美琴は今もなお自分が読もうとしたならば三ヶ月は掛かるだろう国語辞典のように分厚い哲学書に目を通している灯夏から視線を外して、絵画のような澄み切った青さを見せる空を見上げて呟いた。

 

 「本当退屈よね……あ~あ何か面白いこととか事件とかないかしら」

 

 

 御坂美琴と夜霧灯夏の世界はつまり平和ボケするくらいに平和だった。

 うだ~、と青空を見上げていた美琴はそこで何か思い出したように哲学書を読む灯夏へと話掛けた、

 

 「そういえばさ、アンタのお兄さんって傭兵なのよね?」

 

 いきなり友人に自分の気がかりである兄のことを言われやや面食らった灯夏だったが、今は特に取り乱すことも慌てることもなく読みかけの本に栞を挟み美琴の話に応じた。

 

 「ええ、そうですが。それがなんなのですか美琴?」

 

 「いや、ね。帰りの飛行機の中でアンタのお兄さんの話をした時にさ、アンタなんかお兄さんの雇い主が修道女とかなんとか言ってたじゃない」

 

 「ええ、そうですけど」

 

 「…………。いや、だって、おかしいじゃない!なんで修道女が傭兵なんて物騒な人を雇っているのよ!?普通、傭兵って危険な紛争地帯とかでビュンビュン銃弾が飛び交う中を走り回って仕事するのが普通じゃないの?」

 

 

 灯夏は美琴の話を一応聞ききつつも、腰まである自然に脱色した茶髪のツインテールを両手でいじいじして枝毛を探しながらまっとうな世界で生きている親友へつまらなそうに告げた、

 

 

 

 「傭兵って言ってもやることは多種多様なのですわ、例えば……そう美琴が言ったように紛争地帯を走り回って仕事をすることもあれば。特定の組織に契約期間属して仕事をする、個人と契約してその人の警護をする、まぁあの人の場合『元』雇い主の修道女から聞いた話では世界各地を飛びまわって一定の期間契約した組織の為に仕事をこなしその組織の『技術』を主に報酬としていたようですが」

 

 

 「う~ん、つまりそれって…………どういうこと?」

 

 灯夏は返答の代わりにまだ食べていない分の黒蜜堂のフルーツゼリーを袋ごと投げつけて、美琴が袋から転がり落ちたフルーツゼリーが通りの中へ単身突撃していく様子に気を取られているスキに栞を挟んでおいた哲学書をもう一度開いた。

 

 なぜ、あの人があんな危険な事をしているか知りたいのは私の方ですわ。灯夏はもう十年以上会っていない兄のことを思いながらフルーツゼリーが転がっていった人であふれる第七学区の通りを眺める、もし、あの中に兄が居たならば灯夏は迷わずそこへ駆け寄って行くだろう例え人の波が彼女と彼女の兄を遮ろうとしても彼女は己の武器である能力を使って人の波を文字通り切り裂いて兄の元へ行くだろう。

 

 

 それだけ灯夏は兄を欲していた、正確に言えば自分が身を完全に安心し切って委ねられる安全地帯を求めていた。

 

 

 

 夜霧灯夏は学園都市で心の底から身も心も委ねられる人物を御坂美琴しか知らなかったなかった、灯夏はぼんやりと思考しながら目の前に座っている親友を見つめる今はフルーツゼリーが転がっただけであたふたと忙しくゼリー回収作業に追われている彼女だが少なくとも灯夏は美琴のことを信頼している。

 

 

 美琴とは義務教育九年間のうち、今年で八年も行動を共にしているそうなれば嫌でも彼女のことは分かってくるし嫌でもお互いのことを知り尽くしてしまう。無論、灯夏は嫌々ながら美琴と行動を共にしているわけではない。彼女のことは信頼しているし信用しているだからこそ学園都市に来てから今まで誰にも話していなかった兄の話を打ち明けたのだ。

 だが、今の彼女が熱望しているのはそういう類の人間ではない。

 

 「(アズマお兄ちゃん……どうして灯夏のことを置いていってしまったの?)」

 

 

夜霧灯夏には両親がもう存在していない、そう―――灯夏が学園都市に入学して能力テストでレベル5だと判明した瞬間両親は魔術師に殺された。

 

 

 

 別にどこかの教会や魔術結社が彼らを殺したわけではない、偶然彼らの娘が学園都市に入学しあまつさえレベル5という強大な科学サイドの力を手に入れたという事実を偶然苛烈な反学園都市派の魔術師が耳にし彼らを殺してしまったのだ。

 

 ―――夜霧灯夏は魔術師の娘だった。

 

 

 

 幼い灯夏が両親の訃報を聞いた時、既に兄とは音信不通になっていてしまった。それからは美琴が灯夏の精神的な柱になっていった、もし御坂美琴という人物に出会わなかったら今この瞬間に夜霧灯夏という存在は存在し得なかっただろう。彼女の精神状態は両親が死んだ瞬間から兄と会えなくなってから一歩も前には進んでいない、どれだけ外見を着飾ろうとどれだけ強大な能力をこの先手に入れようと灯夏という人間は前には進めないだろう。

 

 灯夏自身それを分かっている痛いほどに分かっている、だからこそ彼女は熱望するのだ。

 夜霧アズマという精神的な支えを、この世に残ったラストワンの肉親を。

 

 そこまで思考して灯夏は意識を手元の哲学書へ向けた、記憶の中に残る兄の好きだったニーチェの哲学書へと。

 

 

二人の道は遠く、いまだに交わる気配は無かった。

 

 

 

 

 




 とりあえず次回は暗部のお話。
 きっと、おそらく、もしくは。
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