アナキンの親友になろうとしたら暗黒面に落ちた件 作:紅乃 晴@小説アカ
師であるマスタークワイ=ガンと共に、レーザー遮断装置から解放された私は、大きな排気ダクトの淵にいるドゥーランの下へと駆け寄ろうとした。
その姿はすでに勝敗が決しており、シスの暗黒卿の首筋へライトセーバーを振るい、1000年ぶりに現れたシス卿の首をはねるジェダイとして当然の責務を果たすものだと思っていた。
しかし、あろうことか彼は一閃を寸でのところで停止し、シス卿にトドメを刺さなかった。その行動に驚愕した私は、同じ思いであろうマスタークワイ=ガンと共にその場に立ち尽くしてしまった。
ドゥーランは何も語らず、セーバーの切っ先をじっと見つめるようにシス卿へと意識を集中させているようだったが、ひとときの間を置いて、今度は何とライトセーバーを下げたのだ。
二歩、三歩、四歩と立ち尽くすシス卿から距離を離してから、ドゥーランは再びライトセーバーを構える。
一体何を考えている…!!シスの暗黒卿を目の前にして!!
ジェダイの教えに則った考えのもと、激しい動揺と理解できない感覚が私の中で暴れまわっていたが、その時のマスタークワイ=ガンは、何か…新しいものを発見したときのような、興味深いという横顔をしたまま、ドゥーランとシス卿を見つめていた。
「貴様、名は何という」
そう呟いたシスの暗黒卿のフォースを感じ取って、私は驚愕した。
何も感じない。
暗黒面たる不愉快さや、ざわざわとしたフォースの揺らめき。怒りや憎悪によって生み出された力強いプレッシャー。
そのどれもを感じ取ることができなかった。彼が纏っていた殺気すらも。
「ログ。ログ・ドゥーランだ」
そんな彼に、ドゥーランは真っ直ぐとした声で答える。ライトセーバーの基本的な型であるシャイ=チョーの構えは解除しないまま、彼はただ静かに暗黒卿を見つめる。
「俺はモール。〝ただのモール〟だ」
そこからだ。
そこから、全てが変わった。
まずはシスの暗黒卿から信じられないフォースの漲りを感じ取った。しかし、そこに殺意や敵意はない。ざわざわとしたプレッシャーもなければ、揺らめきすらもないのだ。
そのフォースを感じ取ったのか、ドゥーランもすぐに構えを解除し、別の構えへと変貌する。伝統的な構えから、幾分もステップアップを経て生み出された戦闘特化型の構え。
ドゥーランが構えたのは、ヴァーパッドの構えだった。
▼
モールの雰囲気が変わった。
シャイ=チョーで受けきれていたプレッシャーが、ほんの一瞬で崩された俺は、反射的に自分が最も信頼を置く技、ヴァーパッドへと意識を切り替える。
師には禁止されているが、相手が相手だ。
俺の今できる最高の力を発揮できなければ、避けられない死が待っているのは直感的に理解できた。
駆けてきたモールは、二対から一刀となったライトセーバーを振るい、交差を仕掛けてくる。セーバー同士がぶつかり合う独特な音を響かせた瞬間、モールは剣だけではなく体術も駆使してきた。
すれ違いざまに肘打ち、裏拳。気を取られれば足払いと、ライトセーバーに一辺倒だった彼の戦いは、この短時間の戦いで爆発的に進化したのだ。
「こいつ…!!」
ライトセーバーをひねり、迫った距離を離そうと最短距離に剣線を走らせるが、モールはそれを見切っていた。横一閃に放った閃光を彼は飛び上がることで回避する。
頭上から見下ろす彼と、目があった。そこには殺意や暗黒面の怒りはなく、純粋な闘志が漲る彼の瞳が揺らめいている。
「――シィッ!!!」
頭上から振り下ろされた斬撃。間一髪で避けたが赤い一撃は身に付けるジェダイの胴着の一部を切り落とした。
「お返しだ…!!」
振り下ろした一瞬の隙に、俺は無防備になったモールの顔面に拳を叩き込む。フォースによって強化された打撃にモールはタタラを踏むが、すぐに顔を振り払って斬撃の応酬を再開した。
先ほどとは比べ物にならない速さの攻撃、軌道、不規則さ。
ヴァーパッドを使っても、モールの攻撃はその攻撃性を上回る動きを持って、こちらの動きを止めてくる。さっきまでの攻防で得た経験など役に立たない。戦いの全てを再構築しながら、俺はモールとの打ち合いに神経を研ぎ澄ませる。
一瞬でも気を抜けば、首が飛ぶのはこちらだ。
思い出せ。セーバーを振るっていたあの時を。
思い出せ。ここまで培ってきた全てを。
思い出せ、思い出せ、思い出せ!!
でなければ―――負けるっ!!!
バチリッと刃が弾け、ほんの刹那の停止が俺とモールの間に訪れた。ライトセーバーを上へ構える彼と、下へ居合切りのような構えで置く自分。
「 「――ハァッ!!」 」
水の一雫が弾けるような時間の中、互いの全部を乗せた一閃が煌めいた。俺の肩にモールの切っ先が届き、俺の一閃はモールの左目から額にかけて赤い傷を残した。
カラン、と利き腕の力をなくした俺の手からセーバーが落ちる。顔に走った痛みに苦痛を覚えたモールは、俺をフォースで突き飛ばしたが、俺は咄嗟に彼の手を掴み後ろへと吹き飛ばされる。なんとか訪れる衝撃から切られた肩を庇おうとしたが、その衝撃は訪れなかった。
眼下に目をやると、そこに広がっていたのは巨大な排気ダクトの奈落だった。
「ドゥーラン!!!」
誰かの声が響き、虚空に伸ばされていた手が掴まれる。重力に従って俺の体は排気ダクトの側面に打ち付けられた。顔をしたたかに打ち付けて、思わず呻き声を上げる。
見上げると、俺の手を掴んでくれたのはマスタークワイ=ガンとオビ=ワンだった。そして同時に切られ、焼けただれた肩に激痛が走る。
俺は、落ちていくはずだったモールの手を掴んで踏ん張っていたのだ。
「ドゥーラン!手を離せ!!このままだと引き上げられない!!」
〝引き上げられない〟
その言葉の意味に、俺は怒りを覚えた。俺は下でぶら下がっているモールを見た。彼も傷ついた片目を閉じて、俺を見上げている。
「嫌だ!!」
「なっ…!?」
「絶対に離さない!!コイツはまだ、〝怒りと憎しみ〟以外の世界を知らないんだ!!」
その言葉を聞いて、一番驚いていたのはモール自身だった。俺は彼を握る手を強めて決して離さないように力を込める。同時に、モールを支える片腕から傷ついた肩へ負担がかかり、痛みは増していった。
「何を言ってるんだ!!相手は…」
「関係ない!!俺は俺の在り方を信じる!!彼からフォースを感じた!!だから!!」
ただ、彼は知らなかっただけだ。
怒りと憎しみ以外に、触れてこなかっただけなんだ。暖かさも、喜びも、感動にも触れずに来たから、持っている力の使い方を間違えたし、向かう道も間違えてしまったのだ。
だからこそ、彼は知らなければならない。
多くのものを。この広い世界を。
「ログ」
そう呼びかけられて俺は下へ視線を向けた。
そして目を見開く。
そこには、俺が掴んでいる腕にライトセーバーの切っ先を添えるモールの姿があった。
「俺の敗北だ。感謝する」
「やめろ」
「お前のおかげで、俺は新しい未来を見た」
「やめるんだ、モール」
「お前なら、負けはしない。俺が感じた怒りにも、恐怖にも」
「やめろ!!だめだ!!モール!!俺の目を見ろ!!」
必死に声を振り絞った。だめだ。やめろ。そうじゃないんだ。そうしないために、俺はお前を…!!そう目で訴える俺に、彼は自然な笑みを浮かべて、こういった。
「ありがとう、俺を見つけてくれて。―――フォースが共にあらんことを」
そう満足そうにモールは、自らの腕を、ライトセーバーで切り落とした。
「やめろおおおおおお!!!!!」
モールは俺を見上げたまま排気ダクトに落ちていく。俺の叫び声が遥か底へと続くダクトの中に響く。彼の体は小さくなって、やがて見えなくなった。
響いていたはずの俺の声は、もう聞こえなくなっていた。