アナキンの親友になろうとしたら暗黒面に落ちた件   作:紅乃 晴@小説アカ

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戦争と悪夢

 

深い微睡の中。

 

黒い霧が全てを覆い尽くしている。

 

手を伸ばしても、視覚的にそれが見えることはない。全てが黒に覆われている。自身の体や手が存在しているのかもわからない。

 

静寂の中だったはずの景色から、声が聞こえてきた。遠く掠れるような声だが、それは徐々に輪郭を得て聞こえてきた。

 

〝やめて…やめて…!!〟

 

愛する者の嘆くような声。

 

とても苦しげだ。まるで呼吸ができないような掠れゆく声の中、名前を呼んでいる。続いて聞こえたのは、ライトセーバー特有の鉄を焼くような音だ。

 

〝何故だ!!何故なんだ!!私はお前を…!!〟

 

激情に似た声。兄のように信頼していた者の声。青い閃光が重なり合う中で、火が走り、怒りがフォースに乗って駆け巡ってゆく。

 

〝助けて…アナキン…!!助けて…〟

 

〝助けてくれ…アナキン…!!〟

 

二人が手を差し伸ばして助けを求めてきた。黒い霧の中、再び手を差し伸ばす。今度は自分の腕が見えた。大丈夫、体はちゃんとある。二人を助けられる。

 

僕はジェダイだ。

 

共に戦ってきた友と一緒なら――。

 

差し伸ばした手の先に青い一閃が立ち上った。その閃光の向こうには黄金色の瞳をした誰かが立っている。

 

波打つような強力なフォースが、体の自由を、意思を、決意の全てを叩き伏せていく。

 

『貴様らは…ここで…死ぬ…』

 

そこで、初めて気がついた。

 

肌を焼くような熱に包まれる場所に立っていることに。周りにはパドメと、オビ=ワンが変わり果てた姿で横たわっていた。震える手でなんとかライトセーバーを掴んで、光刃を起動させたが、そこに現れたのは真っ赤な光だった。

 

〝なんだ、これは…〟

 

そんな言葉を待たずに、目の前でブレードを構えていた影が一閃を放ってくる。咄嗟に受け止め、赤と青の光が稲妻を放った。

 

〝嘘だ…〟

 

その時、目の前に迫った影から真っ黒なフードが落ちる。

 

そんなバカな…そんなバカなことがあっていいのか。

 

驚愕する自分を他所に、剣を交える相手は恐ろしい形相をして鋭い視線を浴びせてきた。

 

『お前には何もできないぞ、アナキン…!!』

 

そこにいたのは――。

 

〝嘘だあああああ!!!!〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、暗い部屋の中でアナキンは体を起こした。目が覚めたアナキンは、自分の体が驚くほど汗ばんでいることに気がついた。

 

右手に違和感を感じる。

 

手を持ち上げると自分の腕が無くなったように見えた。瞬きをして顔を振ると、そこにはしっかりと自分の腕がある。

 

また、こんな夢だ。

 

アナキンは気落ちした中で、隣から穏やかな息遣いを感じ取った。隣で眠るパドメの髪をそっと撫でる。

 

コルサント上空での戦いの後、事件の後処理を引き受けてくれたログのおかげで、アナキンはパドメとひと時の安らぎを得ることができた。

 

彼女の妊娠が発覚したのは、ほんの少し前の事だ。

 

母であるシミ・スカイウォーカーや、ラーズ家にも祝福され、アナキンは今まで味わったことのない幸福感と同時に、ジェダイとしての行く先に不安を覚えていた。

 

オビ=ワンに伝えるべきか?彼もマンダロアの内戦にてサディーンへ秘めたる思いを持っていた。クローン戦争の中で、多くのことを共に経験してきた。今ならば…彼に自分とパドメの秘めたる関係を伝えても良いのではないだろうか。

 

そう思い始めた頃だった。

 

あの悪夢を見るようになったのは。

 

アナキンは右手で目元を押さえて深く息をつく。母の危機を察知した時の感覚と全く同じだった悪夢が、再びアナキンを苦しめている。しかも、その結末はまったくもって信じられないものだった。

 

黄金の目をした親友がパドメやオビ=ワンを殺して、こちらに刃を突きつけてくる。

 

そんなことはありはしない。そんな不幸なことはありえない。アナキンにとってログは、かけがえのない親友であり、アナキンが理想とするジェダイの一人だった。

 

フォースと深く繋がり、平和と調和のために闘う彼が、暗黒面に落ちるはずなんてない。

 

そんなことはあり得ないのだ。

 

万が一にも。

 

アナキンは隣で微睡むパドメの頬にキスを落として、再び眠りにつく。

 

コルサントの日は、まだ上がっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月が見えるバルコニーにやってきた俺は、コルサントの街並みをゆっくりと眺めていた。

 

上空であれほど大規模な戦闘があったというのに、ジェダイ・テンプル付近の街並みはいつもと変わりなく、空を飛ぶスピーダーが高速で行き交っているのが見える。

 

しばらくその光景を眺めていると、後ろから誰かが近づいてくるのがわかった。

 

「フォースの行く先に、何か見えたか?ログ」

 

語りかけてきたのは、マスタークワイ=ガンだった。彼もまた、コルサントの戦いに尽力したジェダイの一人であり、コルサントの混乱を収めるべく、司令塔の一人として戦いに参加していた。

 

彼がいなければ落ちてくる分離主義者たちの船や、アナキンや俺が乗っていた船の着陸でも、甚大な被害があったに違いなかった。

 

俺はコルサントの街並みを見つめたまま、隣にやってきたマスタークワイ=ガンに見えるように首を横に振った。

 

「何も見えません、マスタークワイ=ガン」

 

フォースと深く繋がり、共感できる感覚を培ってきたつもりだったが、戦争が深刻化していくにつれて、フォースの輪郭を捉えることができなくなってきていた。

 

フォースの導きが示すはずの道筋は、黒い霧に覆われ、多くの悲鳴が響き渡っている。まるでそれは、誰かが炎に焼かれているようにも思えた。

 

「フォースの流れに身を委ねるほどに…聞こえてくるのです。この戦争で命を落としていった者たちの苦しみや、痛み、絶望が」

 

瞑想を深めていくと、その炎の中から誰かの手が伸びてきて俺を掴んで連れて行こうとする。ここではないどこかへ。

 

俺は、フォースを感じることが出来なくなりつつあった。

 

「この戦いでは、多すぎる者たちが犠牲になった。我々の役目はそれを終わらせることにある」

 

マスタークワイ=ガンも、フォースの変化を如実に察知している様子だった。彼もまた、フォースの探究者の一人であり、クローン戦争の合間にもジェダイの寺院や、シスの歴史の調査を続けている。多くの文献でも、フォースとジェダイ、そしてシスは切れない関係性を持つ存在であることが書き綴られていた。

 

「ジェダイとは調和をもたらすモノだ。しかし、我々は剣を振るいすぎた。共和国の体制に不満を抱く分離主義…それ以前に、我々は戦い過ぎたのだ」

 

平和と調和の象徴。

 

欲望と渇望と利己意識のままに突き進むシスからフォースのバランスを保つために作り上げられたジェダイは、その身をどこにも加担させず、平坦な第三者として調律する存在だったはずだ。

 

だが、今はそうではない。

 

共和国という一勢力に加担して、それに抗う分離主義を討たんとする戦士たちとなった。マスタークワイ=ガンは、クローン戦争が始まってからずっと疑念に思っていた。

 

自分たちは本当にジェダイなのか、と。

 

「マスタークワイ=ガン」

 

俺は共にコルサントの夜景を見つめながら、マスタークワイ=ガンへ語りかける。彼はこちらを見ずに、ただ夜景を見つめていた。

 

「―――ジェダイは、ただの暴力装置に過ぎないのでしょうか」

 

戦争。戦い。分離主義との殺し合い。

 

多くのジェダイが死に、多くのクローン兵が消耗品のように殺され、多くの人々が戦禍に巻き込まれ、多くが大切なものを失っている。

 

苛烈な戦争の中で俺は、この世界に飛ばされた時に感じたフォースへの感動や、ジェダイとしての誇らしさがすっかり消えてしまっていた。

 

武器を持った分離主義者を切り捨てた時、絶望と悲しみに満ちた瞳から生命が失われていくのを見るたびに、俺の心とフォースの間に、決定的な溝が出来上がってゆく。

 

俺たちはジェダイなのか。

 

それとも戦争を助長する単なる暴力装置なのか。

 

根底にある疑問をぶつけると、マスタークワイ=ガンは、真っ直ぐとした目で俺を見て答えた。

 

「それを決めるのは、我々ではないさ。歴史が決めてくれる」

 

マスタークワイ=ガンはそういうと、俺の肩を叩いてテンプルへと戻っていった。バルコニーに静寂が戻ってくる。俺は夜景を見つめながら目を細めた。

 

マスタークワイ=ガンには言わなかったが、俺にはもう一つの不安があった。

 

夢に見る悪夢。

 

赤いライトセーバーを持ったアナキンが、シスの玉座に座っているビジョン。

 

それに貫かれる自分。

 

泣き叫ぶパドメと、光を失って死んでゆくオビ=ワン。

 

響き渡る笑い声。

 

 

 

 

 

―――させない。

 

そんな未来は絶対に起こさせない。

 

そのために俺は戦ってきた。アナキンやパドメが泣かない未来のために。フォースとの絆を揺らがされ、ジェダイを信じられなくなった俺が拠り所にしているものだ。

 

バルコニーに掛ける手にぐっと力が入る。穏やかに愛を育む彼らを守るためになら、俺は―――。

 

 

 

 

 

 

 

 


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