アナキンの親友になろうとしたら暗黒面に落ちた件 作:紅乃 晴@小説アカ
「いよいよね、暁美さん」
凪が立つ見滝原の市街地の中、暁美ほむらの隣に立つマミはスーパーセルの前兆とも思える暗く影は曇り空を見上げながら言う。
ほむら一人が立つはずであったこの場は、一人ではなく三人の魔法少女がすでに準備を終えて立っていた。否、そのうちの二人は、すでに魔法少女の枠から外れつつある者でもある。
「ワルプルギスの夜かぁ…一体どんな強大な敵か」
槍を肩に担ぎながらあっけらかんと言う杏子に、隣にいるさやかは魔法少女としての刀剣と、師の教えで作り上げた真っ赤なライトセーバーを手にする。
「マスターたちには、まどかの護衛をお願いした。私たちの力もフォースとの結びつきで増してる」
フォースの鍛錬も出来る限りしてきた。魔力もフォースも漲っている。あとは迎え撃つだけ。不気味な使い魔たちのパレードが過ぎ去り、かの舞台装置の魔女が現れるカウントダウンが始まった。
「暁美さん。信じなさい」
何も言わずにワルプルギスの夜の出現に備えるほむらへ、マミは恐れなく、穏やかな口調で言葉を紡ぐ。
「私たちのことを。それが無理なら…フォースを信じなさい」
カウントダウンが終わると同時、マミは青く光るライトセーバーを立ち上らせる。襲いかかってくるワルプルギスの夜の使い魔たちを、瞬時に切り捨て、身動きを封じるためにありったけの弾幕を展開した。
「今日こそ、勝負をつける…!」
ほむらも同時に駆ける。時間停止と世界中の軍事企業や自衛隊、軍隊から奪った火器弾薬を展開して、マミの波状攻撃と共にロケット弾や爆雷装置、炸裂弾をありったけ撃ち込む。
「まだまだぁ!!」
ガソリンや液体酸素満載のトレーラーをぶつけた上に、落下地点には所狭しと並べた地雷やC4爆弾を一斉に点火。爆炎に飲まれたワルプルギスの夜。その影を目掛けてマミやさやかも仕掛けた。
「こいつも持って行きなさい!ティロ・フィナーレ!」
「刀剣乱舞、全刀身射出!」
周囲に展開したマスケット銃と、最大火力を誇るティロ・フィナーレ。さやかは刀剣の切っ先をワルプルギスの夜に向ける形で出現させ、そのすべての刀身を弾頭の如く射出してゆく。
ほむらの貯めた火力と、マミとさやかの追撃。クレーターを生み出す猛攻を前にして、ワルプルギスの夜は…。
まったくの無傷であった。
「これでも…ダメだというの!?」
驚愕する三人目掛けて、ワルプルギスの夜から真っ黒な触手が伸びる。その攻撃の先に、使い魔たちをあしらっていた杏子が滑り込んだ。
「ロッソ・ファンタズマ!ぼさっとするな!ほむら!」
展開した幻影魔法は、幾人もの杏子を出現させ、ワルプルギスの夜の攻撃を迷わせる。その隙に一度体勢を整えるため、マミやほむらたちは撤退した。
距離を開けながら追撃するほむらたちであるが、その攻撃を物ともせずにワルプルギスの夜は見滝原市街地を悠然と浮游し、街を破壊しながら進んでゆく。
「この先には避難所が…進ませるわけには…!!」
その瞬間、ワルプルギスの夜があたり一面の構造物を巻き上げ、浮遊させた。足場を崩されたほむらたちがタタラを踏んでいる中、浮遊させた大きなビルが驚くほどの速さでほむらたちの元へと投擲される。
「がっ!!」
瓦礫をもろに受けたほむらたちは、そのまま廃墟と化したビルに叩きつけられる。コンクリートの壁を障子紙を突き破るような勢いで吹き飛ばしながら打ち付けられるほむらたち。
やっと止まったと意識が朦朧とする中、足元をみれば大きな岩塊に利き足が押し潰されていた。声にならない悲鳴を上げ、なんとか襲いくる痛みに耐える。口から鉄臭い匂いと共に、どろりとした赤い血が溢れた。脇腹に鉄筋が突き刺さっている。
ほんの一撃を食らっただけで、ほむらたちは満身創痍だった。
「これほど…だというの…」
鉄骨を無理やり引き抜き、潰れた足を引きずりながら立ち上がる。痛みで精神がどうにかなりそうであったが、ほむらは食いしばって歩いた。潰れた足を引きずりながら。
「私たちは…私はまた…勝てないというの…」
何度も繰り返した。
何度も、何度も、何度も。
どれだけ策を費やしても、どれだけ想いを持っても、アレには敵わない。勝つことができない。そもそもの規格が自分とは違う。それを思い知らされるばかりだ。
「せっかく…みんなが助けてくれたのに…私はまた…振り出しに…」
心がぶつりと切れて、なくなってしまいそうになる。足がほつれてほむらの体が倒れる。コンクリートに体を打ち付けて、脇腹から溢れる血が当たりに散らばった。
冷たい。体も、心も、何もかもが。
このまま諦めてしまった方が…諦めることができたらどれだけ楽になるだろうか。その思考に気がついたほむらは、咳き込んで、血を吐き出した口元を、ぐっと噛み締める。
「いやだ…」
嫌だ、嫌だ、嫌だ…嫌だ!!
ここまで戦ってこれた。仲間もいる。誰も失っていない。誰も壊れていない。みんながいてくれる世界にやっとたどり着いた。こんなところで…こんな結末で!!
「諦めるなんて…私は、絶対に嫌だ!!」
泣き声のような悲鳴を上げて、ほむらは涙を止めどうしなく流しながら、それでもと言って立ち上がろうとした。諦めてたまるものか。生きて、生き延びて、まどかを助けるために戦うんだ!!
そう決意したほむらの体は、不可視の力によって浮き上がる。
途切れかけた意識の中、ほむらの体を優しく誰かが受け止めてくれた。
「よくぞ、耐えた。暁美ほむら。人の境地でありながら、よくぞ」
真っ黒なローブに身を包む影。その人物の腕の中に降りたほむらは、かすれた目をローブの下から覗く優しげな老人へと向けた。
「パルパティーン…さん…」
シーヴ・パルパティーンがそこに立っていた。ほむらを抱える彼は、マミやさやかたちを救助したログへ、大怪我を負うほむらを託すように渡す。
「ログ、彼女を」
「はい、議長」
それだけ言うと、パルパティーンは崩れ落ちたビルからするりと身を落とした。まるで浮游するようにゆるやかに降りたパルパティーンは、ローブの下に隠れる視線を空に浮かぶ舞台装置へと向ける。
「ふむ、避難所に邪悪なダークサイドが忍び寄っている。そう思い見に来てみれば、やれやれ…こいつは何とも醜いダークサイドだ。見るに耐えん。あれほどの力を持ちながら、根元には邪悪と、怒りと、憎しみしかない」
純粋なダークサイドの力。だが、変わりはしない。ほかの魔女と何も。単なる憎しみや怒りから生まれたエネルギーをいたずらにひけらかして、振るい、辺りに暴力を撒き散らしている。それこそ、さやかの魔女化と変わらず、言葉を聞かぬ赤子が暴れていることと変わりはしない。
「故に、余は少々怒っておる」
黄金の眼となったパルパティーンは、空を見つめながら言葉を放った。
「どこかで見ておるのだろう?小さき、哀れで、稚拙なごみ虫よ。そなたたちが、あれを体現させたことに誇示を持つというなら、あまりにも愚かだ。ダークサイドの力の何たるかを知らぬ」
強大な影は、強大な光の陰影によって生み出される。影があるからこそ、光が輝く。光の輝き無くして、影は決して繁栄しない。
ワルプルギスの夜がいかに強大であろうと、それは明確な光がある故に存続できる事象的なものに過ぎない。その程度でフォースを、宇宙の延命ができるなど…片腹痛い!!
パルパティーンは、ダース・シディアスである。
歴代のシス卿中で、最も智命で、知識に富んだ彼は、両手に稲妻を宿してワルプルギスの夜と対峙した。
「ダークサイドの力を見誤ったか?インキュベーターども。余が直々にその真髄を指南してやろう…!!」
凄まじい雷撃の音と共に放たれたフォースライトニングは、巨大なワルプルギスの夜の体を一瞬で包んだ。肉は焦げ、装甲的な外殻は剥がれ、唇が深刻な火傷を負う。笑い声を上げていたワルプルギスの夜は、その痛みに悲鳴を上げた。
「どうした?邪悪な舞台装置よ。よもや、この程度で苦しいなどなかろうて」
苦しげにのたうつ魔女は、その苦しみから逃れようと雷撃を放つパルパティーンへ黒い触手やありったけの使い魔を手向かわせる。その様を見て、パルパティーンは笑みを浮かべた。
「哀れな…」
片手を下げて、袖に隠していたライトセーバーを抜く。赤い光刃は目にも留まらぬ速さで振るわれ、伸びていた触手は寸断され、襲いかかってきた使い魔はあっという間に両断された。
「小細工は通じぬ。余に全てを見せよ。でなければ、そなたはここで無様に解体されるだけだ」
その言葉に怒りを覚えたかのように、逆さであったワルプルギスの夜が起き上がった。触手がさらに増え、衝撃波と共にパルパティーンが立っていた場が瞬時に崩壊する。稲妻を振り払った魔女は咆哮をあげて、パルパティーンがいた場所付近の全てを吹き飛ばした。
残骸すらも塵芥と化す衝撃を放つ魔女は、本気を出した相手に敬意を示すとともに、苦しめた相手の死を喜び———。
「よくぞ戦った。だが、余の力には及ばぬ」
ズルリと、視界が〝ズレた〟。ワルプルギスの夜の頭部が、赤い溶断跡を残して、上下真っ二つに切り裂かれる。回転して落ちる魔女の頭部。死際に見えた視界は、彼女の肩口に乗る真っ黒な影を捉え、そして直後、青白い稲妻に焼かれた。
「舞台装置はそれ相応に、舞台へと組み戻されるがいい」
燃えカスと化したワルプルギスの夜の頭部を見下ろしながら、パルパティーンは死者を弔うように穏やかな口調でそう告げる。肩口から首を貫通させるように突き刺したライトセーバーを引き抜き、彼はふわりと浮かび上がると、頭部を失っても現存している魔女の肉体に、滅びの稲妻を撃ち放ったのだった。
▼
「ば、馬鹿な…!!彼女は古代から現代まで語り継がれてきた古の魔女だ!!そんな簡単に…!!」
一部始終を見ていたキュウベエは、あまりにも呆気なく打ち倒された歴史上最強クラスの魔女のありさまを受け入れることができずにいた。
あのクラスの魔女を打ち倒すには、同等の素質を持つまどかが魔法少女になり、その命と引き換えに倒すしかないはずなのに。
「たかが、数千年の歴史でフォースの深淵にたどり着いたと思っていた貴様たちの失態だ」
そのキュウベエの背後。気配なく現れた人影に、キュウベエは本来なら捨て去ったはずの何かを感じ取った。
「ログ…ログ・ドゥーラン!!お前たちは…お前たちは一体…!!」
振り向きながら見上げる相手。青白い眼光を光らせる相手、ログ・ドゥーランに、キュウベエは明確な〝恐怖〟を抱いてしまっていたのだ。
「フォースの意思を司る者。かの意思はお前たちの屈曲した価値観を認めはしない。故にフォースの意思は〝私〟たちをこの星へと導いた。叡智を極めた文明が待つものは、その叡智にすり潰される結末しかあり得ない」
「ふざけるな!僕らはそうやって宇宙の命を絶やさずに守ってきた!そのエネルギーを対価にして、宇宙の生命を守ってきたんだぞ!」
「それが傲りだと言うのだ。小さく哀れな愚者よ。死に生命の灯火を見いだした段階で、貴様たちの知恵はそこで止まったのだ。貴様たちのいう宇宙の繁栄、宇宙の延命など、所詮は進歩ではなく停滞そのものだ」
あたりの瓦礫が浮かび上がる。まるでその場には重力などないと言わんばかりに。フォースの意思と一体と化したログは、かつてジェダイを滅ぼした時と同じように、この場にいるキュウベエへと歩み寄ってゆく。
「フォースの一つの側面のみ、上部だけを観測し、その全てを理解した程度で全能と謳った愚者よ。かの意思にお前たちの到達した解など不要。ならば、その罪を断罪しなければならない」
ライトセーバーを起動させ、キュウベエの前に立った彼から、尋常ならざるフォースが放たれ、その全てがキュウベエに襲いかかった。身動きなどできない。普段の全能的な余裕すら見せることはできない。個体という意思を持たないキュウベエが震える。その恐怖は、キュウベエの肉体を通して、すべてのインキュベーターへ伝搬した。
「フォースの意思として、私が貴様たちが超えたと思う「死」をくれてやる」
「や、やめろ…やめてくれ…やめろぉおおー!!」
振り上げられた一閃は過たず。ライトセーバーは恐怖に支配されたキュウベエの肉体を断ち切った。フォースの揺らめきが切り裂かれたキュウベエの肉体から立ち上り、消える。
スペアとして復活できるはずのキュウベエは、もう蘇ることはできない。そのフォースすら、ログは断ち切った。立ち上ってゆくキュウベエだったフォースに意識を向けながら、ログは遠くで見ているであろう、彼の同胞へ言葉を綴った。
「聞こえているか、インキュベーターども。貴様たちがこの罪を改めんと言うならば、次はその星そのものを断罪するぞ」
その日、インキュベーターは自分たちの知識がいかに愚かであるということを体に刻み込まれたのだった。